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第二十八話― 光り輝け! 派茶目茶高校番長組(1)

 派茶目茶高等学校には強きを挫き弱きを助ける……というモットーを掲げているものの、いつも街中をぶらぶらしているお気楽な番長とその仲間たちがいる。

 生徒たちは彼らを派茶目茶高校番長組と呼んで恐れており、あのハチャメチャトリオの面々すらもできる限り関わりたくないのか一定の距離を置いている。

 授業をすっぽかして早退や欠席ばかり。校内の屋上で平気でタバコをふかす不良たちだが、警察にご厄介になったりするような粗暴な連中ではない。要は大人への階段を踏み外した悪ガキといった感じか。

 今回はそんな派茶目茶高校番長組が大活躍する愉快痛快なお話である。どうかご期待いただきたい。


* ◇ *

「いきなり電話で呼び出してどういうつもりだ?」

「下らない用事だったら帰るからそのつもりでな」

 語調には明らかに怒気が混じっている。大きなあくびをして不快感を示しているのは番長組メンバーのノルオとコウタの二人だ。

 どうして怒り口調なのか?それは至って単純明快で、今日は日曜日でただいまの時刻は朝六時三十分。電話で無理やり起こされた挙句に呼び出されたのだから彼らが苛立つのも無理はない。

「俺たちは由緒正しき派茶目茶高校番長組だぜ? 朝早くから活動するのは当たり前だろうが」

 まったく答えになっていない答弁をした人物こそ、番長組のリーダーであり責任者。巷では変人扱いされているが番長の風格をそれとなく醸し出している碇屋弾その人である。

 ちなみに、彼は女子教師の下着を盗んで停学処分を食らってしまうような劣等生だったりするが、教師に暴力を振るったり生徒を虐待したりする乱暴者ではない。

 彼から言わせると、守るべき秩序はそれとなく守っておき羽目を外す時は徹底的に外すのが人から尊敬される番長というものらしい。あくまでも自論でしかないのだが。

「で、こんな朝早くから集合して何をするつもりなんだよ?」

 弾の自分勝手な強引さを多少なりとも理解しているのだろう、ノルオとコウタは内心苛立ってはいるもの反発したりせずやんわりと問いただしてみた。

「さっきも言っただろ? 俺たちは由緒正しき番長組だ。強きを挫き、弱きを助ける正義のヒーローなんだぜ」

「いやいや、おまえは誰が何と言おうと悪役だ」

 ノルオが間髪入れずにツッコンでみたところで、厚顔無恥の弾はどこ吹く風とばかりに話を進めていく。番長組が率先的に活動する目的はただ一つ、人助けなのだと。

 これまで市井に迷惑を掛けた罪滅ぼしなのか、はたまた不良のままではいられないからと心を入れ替えたのか、心変わりの激しい弾の心境を知る者などここには誰もいない。

「はぁ、人助けだとぉ? なぜそんなことしなくちゃいけないんだ」

「さっきも言っただろ! 俺たちは由緒正しき番長組なんだぞっ」

「さっきから理由になってねーんだよ、この大バカ野郎!」

 仮にも番を張っている者が人助けなんてできるか!ノルオとコウタの二人は憤りを表情に示して、不良と呼ばれるだけのプライドだけは保持しようとした。正直なところ、彼らはただ単純に面倒くさがりなだけなのだが。

「ほう……。どうしても人助けをやろうとしないんだな?」

「当然だろ。おまえだけ勝手にやりやがれ」

 やってられるかと言わんばかりに、文句たらたらでそこから去っていこうとするノルオとコウタ。――だが次の瞬間、ギラリと鈍く光ったダガーナイフの刃が彼らの首筋に宛がわれる。

「これでもやろうとしないんだな?」

「うわっ、や、やや、やるから鋭利な刃物だけは勘弁してくれっ!」

 ここぞという時のために、弾は常日頃から凶器を持ち歩いている。しかしこれでは、警察から事情聴取を受けたら間違いなく銃刀法違反で連行されてしまうだろう。

 ノルオとコウタはホッと吐息を漏らして安堵したが、朝早くから面倒事に付き合わされる羽目になって途方に暮れるばかりだ。

「ちくしょ~、何で俺たちが人助けなんて下らねーことを」

「仕方がねーよ。アイツのオヤジさん、キリスト教徒だからな」

 一月も下旬に差し掛かった冬晴れの朝に、派茶目茶高校番長組は人助けという名の活動を開始することになった。弾は配下の二名を連れ立って歩き始めたのはいいが、果たしてどこへ向かうつもりなのだろうか?


* ◇ *

『カキーン!』

 高らかな金属音が鳴り響いた直後、白球が抜けるような冬の青空に向かって飛んでいった。

 ここは矢釜市の市営公園内にある野球場。ただいま小学生が所属しているチーム同士の対抗試合が行われていた。

 宙を舞っているボールをボーっと見つめている守備側の小学生たち。そして、そのボールをワクワクしながら凝視する攻撃側の小学生たち。その数秒後、ボールはフェンスを越えていった。

「ほぉ~、よく飛んでくれたのう」

 ホームランをかっ飛ばしたのは、ヘルメットを被りバットを握って満足そうな顔をしている弾番長である。なぜ彼がこんなところで野球なんかをしているのかというと……。

 彼は攻撃側のチームから助っ人をお願いされていたのだ。対戦相手のチームが高校生の助っ人を呼んだらしいとのことで、その対抗措置という形で手助けすることになったわけだ。

 それが功を奏し、このホームランのおかげで攻撃側のチームは見事に勝利を収めることができた。弾も勝利に酔いしれながらゆったりとした足取りでダイヤモンドを一周した。

「どうだ、この俺に頼んでおいて正解だったろ?」

「うんうん! さすがはダン兄ちゃんだ。どうもありがとう」

 弾と味方の少年たちはハイタッチで喜びを分かち合った。

 この時、ガッツポーズを決めて笑っている弾の表情は不良なんかではなく、十年ほど若返ったわんぱく少年そのものであった。

 その一方、苦杯を喫する結果となってしまった相手チームはというと、鼻水と涙を零して悔しさを滲ませていた。助っ人で参加した高校生も地団駄を踏んで悔しがっている。

「兄ちゃ~ん、負けちまったじゃんか~!」

「こ、こんなバカな。俺が一発打って大勝利を収めるはずだったのに~!」

 あえてお伝えすると、弾の成績は二打数二安打一打点、こちらの高校生の成績は四打数一安打ゼロ打点。助っ人対決でも弾の方が一枚も二枚も上手だったようだ。

 弾は試合の途中から参加しているため打数が少ないものの、打率十割でしかもサヨナラホームランの立役者。プロ野球の世界であれば、ヒーローインタビューを受けてもおかしくない活躍ぶりだった。

「覚えてやがれっ! 次こそは勝つからな」

「ケッ、いつでも来やがれ、負け犬め」

 次も打ち負かしてやると豪語した弾。貫禄たっぷりに仁王立ちしながら、捨て台詞を残して敗走していく相手チームのことを鼻で笑っていた。

 さて、少年たちとの絆を深め合ったところで人助けも無事に終わった。

 それはそれとしてノルオとコウタはどうしていたかというと、ベンチ裏でしゃがみ込んでぶつくさ言いながらふて腐れていた。

 野球の試合に出場機会があったわけでもなく、ただ空き缶にタバコの灰を落とすだけの無意味な時間を過ごしていた彼ら二人。いったい何のためにここまでやってきたのやら。

「おう、二人とも待たせたな」

 待ちぼうけはもううんざり、ようやく帰宅できるとホッと胸を撫で下ろすノルオとコウタ。ところが、そう簡単に人助けという束縛から解放されることはなかった。

 次に行くぞ!番長が清々しく言い放ったその言葉を聞いて、冗談じゃないとばかりに彼らの表情が瞬時に強張った。

「ちょっと待て、まだあるのかよ!?」

「当たり前だろ? 次こそ、おまえらに手伝ってもらうんだからよ」

 弾曰く、次に向かう先とは彼の遠い遠い親類のご自宅とのこと。人様のご自宅でどんな人助けが待っているというのか?

 ノルオとコウタの二人はガックリと肩を落として番長の後ろに付いていく。嫌なら無視して帰ればいいのだが、キレた番長の恐ろしさを知るだけに従うしかない彼らであった。


* ◇ *

 ここは閑静な住宅街にある一軒家。弾たち番長組の人助けその二の舞台である。

 遠い親類に当たるこの家の奥様が彼らのことを丁重に出迎えてくれた。柔和な笑みを浮かべて優しそうな印象を感じさせる女性だ。

「ダンちゃん、よろしくお願いするわね」

「この俺にお任せください、おば様」

 弾たちが案内されたのはきちんと整理されている台所、ここでの人助けは奥様の悩みの種である苦情を解決すること。しかも、かなり難儀な内容らしい。

 汚れてもいいようにと、お家にお邪魔する前から上着をジャージに着替えていた彼ら。いよいよ弾の口よりその悩ましい人助けの全貌が明かされる。

「実はな、数週間前からここにネズミが棲み着いているらしいんだ」

 そのネズミはずる賢くて市販の駆除アイテムではまったく捕獲できず、他にもありとあらゆる方法を試してみたがまったく効果がなかったという。

 体長も気性も普通のネズミをはるかに超えており、このまま放置していたら食材だけではなく人的被害がいつ発生するかわからない。いわば、緊急事態といっても過言ではないのだ。

 そんなわけで、暇を持て余しているであろう親戚の弾にすがる思いで頼むことになった。つまり彼の任務とは、この台所に巣食うネズミの退治なのである。

「俺たちがネズミ退治だと~? おまえ、ふざけてんのか!」

「そもそも、害虫駆除のプロでもないのにどーいう了見だっ」

 こればかりはさすがに納得のしようがない。ノルオとコウタの二人は眉を吊り上げて怒鳴り声を上げた。いくらボランティアとはいえ限度があるというものだ。

 ここまで来たからには意地でも手伝わせると、弾は番長特権を振りかざして従わせようとするが、男三人の出口の見えない言い争いはしばらく続く。

「いいかよく聞け、俺たちは正義のヒーローなんだぞ。ご奉仕しなくちゃいけないんだぞ」

「おまえは朝からそればっかりだな。ヒーロー番組見過ぎて頭が洗脳されちまったのか?」

 揉めていても近所迷惑になることもあって、それから数分後にはノルオとコウタは言いくるめられる格好でネズミバスターの一員になることを了承せざるを得なかった。つくづく報われない男たちである。

 いよいよネズミ退治開始となるわけだが、彼らは問題のネズミを見たことがないので素性がまるでわからない。そこで、似顔絵が描かれた手配書を奥様から事前に用意してもらっていた。

 手配書をいざチェックしてみると、そこに描かれていたのはアニメチックながらも目が鋭くて牙が生えているいかにも凶暴そうなネズミの姿。しかも、ネズミのくせに二足で直立している。

 あえてもう一つ付け加えるが、その手配書にはネズミの素性も特徴もまったく関係のない奥様直筆のサインまで入っていた。もしかすると、彼女は案外お茶目さんかも。

「なぁ、こんな人相の悪いネズミがいると思うか?」

「目撃してるおば様が描いたんだ。きっといるんだろう」

 多少はデフォルメされてはいるだろうけど、ここまで凶悪な顔立ちをしたネズミが実在するのだろうか?ノルオばかりではなく、弾も初めて拝見した時は目を疑ってしまった。

 呆れ果ててしまって、無気力さがさらに加速してしまうノルオとコウタの二人。弾から発破を掛けられても、元々気乗りしていないせいもあって捜索行動すら起こそうとはしない。

 ――運命の巡り合わせは、それから数秒後に起きた。

(ん!?)

 弾たちのことを嘲笑うかのごとく物怖じもせずに二足歩行で通り過ぎていく一匹のネズミ。それを見つけるや否や、彼らは口をあんぐりと開けたまま全身が固まってしまった。

「……マジにいやがった。おば様、ごめんなさい、少しだけ疑いました」

「……図体も態度もでかいしよ。しかも、後ろ足だけで歩いていたぞ」

「……見た目は確かにネズミなんだけどよ、とてもネズミには見えねぇな」

 番長組三人は驚愕するあまりその場から一歩も動けない。目の前を悠然と歩いているのは、新種の生物と思わせるほど動物離れしている凶暴そうなネズミだ。

 大の男が三人も並んでいるにも関わらず、ネズミは台所のど真ん中で腰を下ろしてのんきに耳を掻き始めた。どうやらこのネズミ、人間という生物に恐怖心がまるでないようだ。

 とはいえ、いつまでも呆然としているわけにはいかない。ネズミバスターズを結成した以上、任務を遂行しなければいけないのだ。

 幸運にも、ターゲットの方から出現してくれたおかげで捜す手間が省けたというもの。彼らはそれぞれ声を掛け合っていざ捕獲作戦を決行する。

「まず俺が正面から行く。おまえらはフォローを頼む」

「わかった」

 ネズミの逃げ道を塞ごうとして三角形の包囲網を敷いた弾たち。奥様から取り揃えてもらった捕獲アイテムを手にして準備万端だ。

 一方のネズミも人間三人が行動を開始したことに気付いた。それでも逃げる仕草も見せず、正面に立つ弾のことを鋭い目つきで睨んでいる。

「このクソネズミめ。とっ捕まえて懲らしめてやるからな」

『チュッ、チュチュチュ~!』

 これはネズミの鳴き声であるが、人間が理解できる言葉に翻訳すると”やれるものならやってみろ!”となる。

 知能指数の低い人間と知能指数未知数のネズミとの戦い。前代未聞の対決の火蓋が今切られる――!

 弾は床に伏せるなり先制攻撃の右手を振り下ろした。ところが、それを身軽な動きでさらりとかわしたネズミ。

 攻撃第二段として左手も振り下ろしてみたが、ネズミは横っ飛びしてそれすらもあっさりと回避する。この素早い身のこなし、ただのネズミとはレベルが違う。

「すばしっこいヤツめっ、これでどうだ~!」

 両手で挟み込んで捕まえようとしたが、ネズミは跳躍力を活かしてピョーンと頭上に跳ね上がってまたしても逃げ失せた――と思いきや、何と弾の頭の上に乗っかってダンスを踊っているではないか。

 動物とは思えない図太い神経と傍若無人な立ち振る舞い。これでは市販の駆除アイテムで撃退できないのも頷ける話だ。

 彼が悔し紛れに頭を振り回してみても、絶妙なバランス感覚を持つネズミを振り落とすことはできなかった。これを見るに見兼ねたノルオが手に持っていた木製ハンマーで助太刀に入る。

「くたばれ、このやろー!」

『ドスーン!』

 鈍い音と同時に木製ハンマーが弾の頭に直撃した。しかし、肝心のネズミは一瞬の隙を突いてそこから脱出しており無傷であった。

 頭に大きなたんこぶができて失神してしまった彼。助けてもらうはずが反対に攻撃を食らってしまうとは何とも哀れな男である。

 ご承知の通り、ネズミはすでにそこにはいない。それなのに、ノルオはあたかも追い討ちを掛けんばかりに横たわる弾に蹴りを入れていた。おまけにコウタまでやってきて一緒になってキックの雨あられだ。

「くたばれっ、くたばれっ! おめぇなんざとっととくたばれ!」

「偉そうな口ばかり叩きやがって、ふざけんじゃねーぞ、こら!」

 苛立ちと憎しみを込めて弾の背中を足蹴にしているノルオとコウタ。彼らの怒りの矛先がネズミではなく、番長一人に向けられているように見えるのは気のせいだろうか?

 ――いや、気のせいではないだろう。頭部痛打で地獄の沙汰を彷徨っていた弾は、蹴られっ放しでこのままくたばってたまるかとばかりに意識をハッキリと取り戻した。

「待たんか、てめぇら~!」

 ゾンビのごとく立ち上がると、弾は額から滴る出血を止めるのも忘れてノルオとコウタのもとに詰め寄っていく。

「故意に俺にだけ蹴りを入れていただろ!?」

「誤解だ。ネズミ狙ってたらたまたま当たったんだって」

「そうそう。俺たちがおまえを狙うわけないじゃんか」

 ネズミバスターズ早くも内部分裂か。ここはノルオとコウタの嘘か本当かわからない言い訳により、弾が怒りを収めてくれてどうにか解散とならずに済んだ。

 そもそもターゲットのネズミがまだ健在なのだから、そんな簡単に解散して任務を放棄されてはたまったものではない。彼らにネズミ退治を頼んだ奥様のためにも努力してほしい。

 さて、問題のネズミだが今どうしているかというと、いつの間にか流し台の上に移動していて腹を抱えながら笑っている……ように見える。その様は明らかに弾たち三人をバカにしているようだ。

 額の傷に応急処置を施し、弾は仕切り直して戦闘態勢を整える。ノルオとコウタの二人も面目丸潰れのまま黙って帰れる心境ではなくなっていた。

「クソネズミがっ、絶対にぶっ潰してやるぞ!」

 人間様を舐めるんじゃないと、弾は顔を紅潮させて血気盛んに走り出した。

 彼だって番長としての戦闘能力が備わっている。握り締めた両拳を猛スピードで突き出すピストンジャブパンチを繰り出した。

 一方のネズミにも優れた戦闘能力があるようで、ボクシングのスウェーのような動作で彼のパンチをことごとく避けてしまった。もしかすると、能力的にはネズミの方が上なのだろうか。

『チュチュチュッ!』

 ネズミが凶暴な鳴き声を上げた。翻訳すると”次はこっちの番だ!”となる。すなわち、防戦一方ではないと宣言するものだった。

『ガブッ』

「いってぇ~!」

 ネズミは飛び跳ねた直後、弾の拳に噛み付いた。鋭利に尖った牙が皮膚に食い込んで彼の神経に激痛が走った。

 頭部だけではなく拳からも出血に見舞われた弾。痛さと悔しさのあまり、うずくまりながらもがき苦しんでいた。

 向かうところ敵なしの自信なのか、ネズミは床に腰を下ろしてケラケラと高笑いしている……ように見える。そんな余裕をかましているネズミの背後へゆっくりと回り込んだ二つの人影、そうノルオとコウタだ。

(俺の合図で飛び掛かる、いいな?)

(オッケー、任せておけ)

 囁き声で慎重に打ち合わせた結果、お互いが左右に分かれてネズミを挟み撃ちにする作戦に決まった。

 彼らは一歩、また一歩と足音を立てずに忍び寄っていく。ネズミとの距離は約一メートルほどといったところ。ここまで近づけば射程距離、いよいよ作戦実行の時がやってきた。

 よし、今だ――!ノルオのアイコンタクトが突撃の合図。彼ら二人は猪突猛進の勢いでネズミ目掛けて飛び掛かっていった。――しかし、動物固有の研ぎ澄まされた感覚を持つネズミが彼らに気付かないわけがない。

 わずかにできた隙間から何食わぬ顔で逃走していったネズミ。一瞬で姿を消してしまったターゲットに驚愕する彼ら、当然だがいきなり動きを停止することなどできるはずもなく……。

『ゴッツーン』

 ノルオとコウタはお互いの顔面同士をぶつけ合ってしまった。その衝撃で鼻血が噴出してしまい、床の上を転がってジタバタとのた打ち回る。

 残念ながら戦況からしてどう見てもネズミが優勢だが、まだまだ白旗なんて振るもんか!と弾が苦痛に堪えながらもむくりと起き上がる。彼の闘志はまだ消えてはいなかった。

「こんちくしょう、これでもか~!」

 右足を振り抜き、そしてそれが避けられると次は左足を振り抜く。これでもかというほど繰り返す弾の連続攻撃は、軽やかなステップを踏むネズミにはまったく役に立たない。

 それはもう無我夢中、ひたすら一心不乱。彼は任務を遂行するために攻撃の手を休めようとはしなかった。たとえネズミから軽くあしらわれてるとしても。

 こうなったら破れかぶれ。床を走り出して頭からヘッドダイビングを試みた彼。結果は火を見るより明らかだが、ネズミにあっさりと逃げられた挙句、床の上を滑るだけ滑って流し台の戸棚に頭をぶつけてしまうのだった。

「ぐおぉ~、頭から突っ込んで失敗したぜ~!」

 負傷中の頭を抱えて苦しがってる番長は何とも情けない。相手が思ったよりも強敵だけに、もう少し知恵を絞ってから攻撃を仕掛けてほしいものだが。

 ――そうだ、ここは頭脳戦で勝負せねば。それを真っ先に思い付いたのは、鼻の穴に丸めたティッシュを突っ込んで止血しているノルオだった。

「今だっ!」

 タイミングを見計らって振り下ろされた真っ白な網。これこそが、ノルオが捕獲アイテムとして借用していた虫取り網であった。ネズミは逃げることができず網の中、今度こそ間違いなく捕獲成功だ。

 ナイスアイデアにナイスキャッチ!コウタは万歳三唱して子供のようにはしゃいだ。頭痛のせいで若干ふらついている弾も、ネズミを見事にひっ捕らえたノルオの功績を褒め称えた。

「よくやったな、ノル」

「まぁな。おまえと違って頭の出来が違うぜ」

 ノルオは知能の差をアピールしていたが、この三人の成績の違いなんてたかが知れている。いつも赤点確定の定期テストでどんぐりの背比べをするぐらいの仲だから。

 いずれにせよ、ネズミが虫取り網に閉じ込められている限り勝機は弾たちバスターズにある。だがまだ退治できたわけではなく、この網からネズミ捕獲器へ移送しなければ任務完了とは言えない。

「俺が捕まえるから、網はそのままにしておけよ」

「わかってる。いいか、しくじるんじゃねーぞ?」

 相手はずる賢くて狡猾なネズミだ。ここで油断して逃がしてしまったら元も子もない。弾は顔中に滲む汗を腕で拭き取り、深呼吸一つして高揚している気持ちを落ち着かせた。

 いよいよここからが正念場。身を低くしてから虫取り網へそっと手を伸ばしてみると、その直後、彼はある異変を察知した。

 なぜか網が小刻みに揺れており、ピリッ、ピリッと繊維が切れているような音が聞こえてきた。よく見てみると、縫い込まれている一部の糸が直線的に切断されて解れているではないか。

(ま、まさか……)

 弾の悪い予感は的中した。その異音の正体とは、囚われの身だったネズミが自慢の牙を駆使して網を噛み切っている音だったのだ。

 切り取られた四角形の升目から顔を覗かせるネズミ。あくまでも印象ではあるが、ニヤリと凶悪な微笑を浮かべたような気がした。

「ぎゃ~! コイツとんでもないやろうだっ」

「やっぱりコイツ、ただのネズミじゃねーぞ!」

 弾率いるバスターズはそれはもう恐怖におののいててんやわんやだ。やっとのチャンスもいとも容易く破られてしまっては打つ手なし、彼らは頭を抱えて落胆の声を上げるしかなかった。

 ネズミは怒り心頭なのか後ろ足で立ち上がり、威嚇するかのごとく尖った牙を剥き出していた。人間相手にここまで敵意を示すネズミは世界中を探してもここに一匹だけかも知れない。

 ずば抜けた戦闘能力を誇るネズミを前にして、人間は手も足も出ずにこのまま屈してしまうのだろうか?

 いや、あの派茶目茶高校の番長組がそんな意気地なしのはずがない。敵が強ければ強いほど、闘志をみなぎらせて闘争心が燃え上がるのだ。それを証拠に、彼らの目は獰猛な野獣のようにギラギラしていた。

「もう最悪、息の根を止めても構わん」

「よし、その言葉を待っていたぜっ」

「それなら、とことんやってやるかっ」

 見境なく暴れまくると、台所にある食器や道具に被害が出てしまう恐れがある。というわけで、弾は奥様に事情を説明して了解だけはちゃんともらった。損害賠償請求だけは勘弁してほしいからだ。

 ネズミバスターズ三人は三角形を作って戦闘準備に入った。これより、長年築き上げてきた団結力が試されるチームプレイを発揮する場面だ。

「行くぞ、このクソネズミ! 人間様の実力を思い知るがいい」

 弾が先陣を切ってかかとを蹴り出した。ノルオとコウタも彼を追うように駆け出してネズミを両脇から包囲しようとする。

 ネズミの方も戦う気満々である。弾が仕掛けてきた下段蹴りをジャンプ一番でかわすと、身軽な体をくねらせて彼の上半身に襲い掛かってきた。

 そうはさせるかとばかりに、弾がストレートパンチを振り抜いた。ところが、ここでもネズミはトリッキーな動作でそれを避けてしまった。しかも、彼の拳の上に乗って二段ジャンプまでやってのける偉業っぷりだ。

『チュチュ~!』

 ”甘いわ~!”と、ネズミ語で鳴きながら弾を襲撃しようとするネズミ。あまりに至近距離過ぎて、どうやっても彼にそれを避ける術はなかった。

 万事休すか――!と思われた直後、宙を舞っているネズミの背後に大きな影が映った。それは何を隠そう、フライパンを握り締めてネズミに照準を合わせているノルオであった。

 彼はクリーンヒットをイメージして、迷うことなくフライパンを強振した。

『カッコ~ン』

 さすがに背後からの攻撃では対処できず、ネズミはフライパンによる打撃をまともに食らって吹っ飛んだ。

「へへヘ、ナイスバッティング」

 本日初めてと言うべき会心の一撃が炸裂し、ノルオだけではなく弾もコウタも胸がスカッとしたようで満足そうな顔をしている。

 ただ、普通のネズミであればこれでノックダウンするところであろうが、このネズミはこれぐらいのダメージでくたばったりはしない。生命力まで動物離れしているようだ。

 吹っ飛ばされながらも体勢を整えて、台所の壁やら食器棚を上手にバウンドしながら弾に逆襲を仕掛けてきた。

「ケッ、そううまく行くと思うなよ」

 それを迎撃する弾の手には調味料の小瓶が握られていた。彼は乱暴にキャップを取り外すと、その調味料をネズミに向かって投げ付けるように振りまいた。

 粒子の細かい茶色の調味料、それは一般家庭にはなくてはならない味塩コショウだった。いつの間にか、バスターズ全員コショウ対策とばかりにマスクとメガネを装着していた。

 粉塗れになってしまうネズミ。視界を失うばかりか感覚まで刺激されて空中でジタバタともがき苦しんでいた。完全に制御を失ってしまい、後は床に落下するのを待つばかりの状態だ。

 彼らの攻撃はこれで終わったわけではない。フライ返しを手にしているコウタが、放物線を描いて宙を舞うネズミに狙いを定めていた。

「おりゃっ!」

『――ペシッ』

 ただ浮いているだけの敵など倒すに容易い。コウタはフライ返しを思い切り振り下ろしてネズミをハエのごとく叩き落とした。

 床の上で腹ばいになっているネズミ。虫の息ですっかり弱り切っており、先ほどまでの威圧感はすでにそこにはなかった。これで勝負あり、ネズミバスターズに軍配が上がった。

「どーするダン。トドメ差しておくか?」

 ノルオは流し台の戸棚から抜き取っていた包丁をちらつかせていた。さすがにそれはやり過ぎだろうと、それを早々に片付けるよう指示を下す弾。彼らの目的は退治であり殺戮ではない。

 トングを使って捕まえたネズミを捕獲器の中に閉じ込める。そしてもちろん、コショウが散乱している台所の床も箒と雑巾でしっかりと清掃した彼ら、これでようやく任務完了である。

「ここからはおば様に任せるとするさ」

「ふぅ、ようやく終わったか」

「まさかこんなに疲れるとはな」

 弾たち番長組は二つ目の人助けも無事に終えた。ついでに、日頃からの運動不足も解消できてご満悦の様子だ。

 奥様からご褒美としてお汁粉をごちそうになってから、彼ら三人は戦いのフィールドであるご自宅に別れを告げた。

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