第二十七話― これこそ若者の主張? 意見文発表会(1)
カレンダーの上では一月も中旬になろうかというある日。
短いようで本当に短い冬休みも終わり、派茶目茶高校にも賑やかで騒がしい日々が帰ってきた。
ここは二年七組の教室。見飽きるぐらいお馴染みの生徒一人ひとりの顔を眺めながら、担任の静加が教壇に立って熱弁を振るっていた。
「始業式も終わって今日から三学期が始まります。皆さん、いつまでも寝ぼけてないでシャキッとしなさいね」
二学期の成績が良かった人はこれからも持続を、悪かった人はさらなる努力を、そして赤点教科があった人は死ぬ気で踏ん張ること。新学期早々、鬼教師の厳しい常套句が生徒たちの鼓膜に鳴り響く。
何よりも彼女からの聖なる鉄槌を恐れているのは、死ぬほど踏ん張らなければいけない留年生であるハチャメチャトリオだった。彼らは後ろめたさを感じてか、こそこそと小声で囁き合っている。
「よう、タクロウ。おまえ赤、何教科?」
「俺は三教科。おまえは?」
「俺は四教科だわ」
勝と拓郎の二人は二学期の不本意な成績をお互いに慰め合っていた。ここに割り込んでくるのは、赤点仲間として色っぽい唇を緩ませて苦笑している麻未だった。
「あはは、あたしも三教科~」
「おまえも、そんなにあったのかよ?」
「うん、出席日数が足らなくてね」
遅刻組とも揶揄されるほどの常習犯である麻未。頭脳はそれほど劣ってはいないものの、午前に集中している教科の出席日数不足で減点を食らってしまうのは致し方のないところだ。
ここでもう一人の遅刻組、運動なら誰にも負けないが、お勉強ばかりは疎かな拳悟がハチャメチャトリオの代表としてしっかりとオチを付けてくれた。
「わっはっは! 俺なんて五教科だぞ、エッヘン!」
「威張ってどーする!? アホか、おのれは」
本来ならここで聖なる鉄槌がハイスピードで飛んでくるところだが、今回ばかりは静加も相当お怒りなのか、教壇から駆け出すなり拳悟に狙いを定めて空手技でいう跳び横蹴りをお見舞いした。
「ちょっとは反省せんかー!」
『ドカーッ!』
「ぎゃぁぁ~!!」
後頭部に痛撃を受けて、教室の床を転がりながら悶絶している拳悟。五教科の赤点の代償がまさかこんな形で跳ね返ってくるとは思ってもみなかっただろう。
これは言うなれば自業自得。彼の惨めな姿を同情というよりも呆れ顔で見つめるしかないクラスメイトたち。巻き添えを食らいたくないばかりに、黙り込んでしまっている生徒も一部にはいたようだが。
「ねぇ、シズカちゃん、さすがに後頭部への不意打ちは致命傷の危険性も……」
「あなたぐらい頑丈ならそう簡単に死なないでしょう」
「あのさ、俺のこと人間扱いしてくれてる?」
人間扱いだろうが、ロボット扱いだろうが関係ない。静加はあからさまに眉をしかめて、このままでは進級も危うくなってしまう教え子の不甲斐なさを嘆くばかりだ。
拳悟だけではなくハチャメチャトリオ全員今年が二回目の二年生、いわゆる留年生なわけだ。いつまでも赤点教科を引きずってしまっては、担任としても頭を抱えて苦悩するのも無理はない。
「あなたね、もう一年、二年生をやりたいの?」
「ま、まっさか~! 同じ授業三年連続なんてイヤだよ」
もう留年なんてまっぴら御免、クラスのみんなと一緒に三年生になりたい。拳悟は素直なままに首をぶんぶんと横に振った。
「だったら真面目にやんなさいよっ!」
「は、はい。了解であります!」
仁王立ちしている静加から耳の痛いお説教をもらってしまい、拳悟は反論することもできずに反省の言葉を繰り返すしかない。
そんな哀れな仲間の姿を見て、同情の眼差しどころか嘲るように無情な眼差しを送る者も少なからずいるわけで……。それは何を隠そう、拳悟の悪友とも言うべき勝と拓郎の二人だった。
「ケンゴの野郎、ざまぁねーな」
「まったくだ、情けないヤツだね~」
肩を揺すってせせら笑っているが、勝と拓郎だって進級できるかどうか微妙な位置にいるのは間違いない。ここで女子が一人、冷め切った目つきで彼らのことを見つめていた。
「あんたたち、他人事じゃなくね?」
「……そうでしたね」
麻未からここぞとばかりにツッコミを入れられて、笑っていた表情が一瞬で凍り付いてしまう勝と拓郎の二人なのであった。
静加のそれはもう長い説教も終わってようやく解放された拳悟。席に着くなり、心配そうな顔をしている由美から励ましの言葉を投げ掛けられた。
「ケンゴさん、お勉強一緒にがんばりましょう」
「ユミちゃん、どうもありがとう。迷惑にならない程度に付き合って」
赤点など皆無の優等生からの激励は嬉しいもの。勉強嫌いは克服できずとも、どうにか進級できるようがんばってみようと意気込む拳悟だったが、果たしてどうなることやら。
* ◇ *
「えーと、ちょっと脱線しちゃったけどここからが本題ね」
静加は教壇に戻るなり、本日のホームルームの授業内容を黒板に板書する。
黒板で記された文字は”意見文発表会”――。冬休みの課題の一つであった意見文をクラスメイトの前で発表してもらうというものだ。無論、一時間という限られた枠なので特定の生徒のみではあるが。
読書感想文ではなく意見文とは何ぞや?そう思われる読者の疑問にお答えしよう。
意見文とは文字通り意見を書いた作文のこと。つまりテーマに関して率直な感想だけを述べるのではなく、経験や体験したことにより自分なりの正誤といった考え方をまとめたものと言えよう。
とはいえ、悪ガキだらけの派茶目茶高校の生徒にそんな大層な意見文など書けるはずもなく、ここでは少年少女らしい若者の主張と捉えてもらえたらと思う。
「さーて、最初は誰に発表してもらおうかしら」
静加がまず最初に選んだ生徒、意見文発表のトップバッターは伊集院コンツェルンのお嬢様である舞香に決まった。ある意味、この辺りが無難と言えるかも知れない。
舞香は原稿用紙を握り締めて席を立つ。彼女が語る意見文とはどんなものか?
「皆さんのご承知の通り、わたくしは伊集院家の一人娘、つまり跡取りになる必要がありますの」
お嬢様としての風格や威厳、何よりも気品と魅力を持ち続けなければいけない舞香が掲げるテーマ、それは伊集院コンツェルンをさらに大きくするための夢のようなプランだった。
「まず取り掛かるべきプランですが、会社の事業の一角である海外投資について、ライバルであるアメリカのビーアルアイ社の株式をさらに十五パーセント買い取ることで」
株式の取得に留まらず、企業買収やらコストカットやら地域貢献に至るまで、舞香はあたかも経営者にでもなった気分で延々と夢を語り出す。
これでは二年七組の子供たちもまったく頭に入らずちんぷんかんぷんだ。困り切った顔をして固まってしまう生徒もいれば、机に突っ伏して居眠りしてしまう生徒もいる始末だった。
「なぁ、おじょうのヤツさ、何の話してるんだ?」
「俺が知るかよ。お金持ちを自慢したいだけかね」
勝と拓郎は呆けた顔を向け合って首を傾げていた。そもそも大富豪の夢なんて興味がないし、ニュースをチェックしない彼らに経済用語を理解しろという方が無理難題であろう。
伊集院家を飛躍させるための主張はまだまだ続き、会社組織全体のコンプライアンスの見直しを語り始めた直後、苦笑気味の静加からストップの号令が掛かった。
「あら、どうしてですの? まだ原稿用紙三ページほど残ってますわ」
「もう結構よ。あなたの意見文、何だか株主総会みたいでクラスのみんなが疲れちゃってるから」
強制終了となってしまい、頬を膨らませて不服そうな表情をする舞香。その一方で、難儀な経営談義が終わって安堵するクラスメイトたち。ハチャメチャトリオにおいては、手を叩いて静加に感謝のメッセージを贈っていた。
さて、次の発表は誰にしようか。静加が生徒たちの顔を窺っていると、積極的にも自ら挙手する二人の男子生徒がいた。
「先生、俺たちが話してもいいかな?」
「あら、モヒくんとシナチクくん。いつの間に登校してたの?」
「朝からいましたってー!」
担任から存在すら忘れられてしまった悲しき脇役コンビの勘造と志奈竹。彼らだって時には主役ばりに目立ちたいと思っているのだ。
彼らの意見分は共同制作とのこと。冬休みの期間中、ヒマさえあれば二人で打ち合わせて原稿用紙を文字で黒く染めたのだという。
「ふーん、共同制作とはおもしろいわね。それなら二番手をお願いするわ」
勘造と志奈竹の二人は緊張の面持ちで席を立つ。彼らが主張するテーマ、それはシンプルながらもとても重要である”存在感”についてであった。
発表を前にして、二年七組の教室が水を打ったように静まり返る。原稿用紙を両手で抱えた勘造が熱意を込めて語り始める意見文とはいったいどのようなものか?
「俺たちはストーリー開始早々から登場してるけど、ここ最近になってなかなか登場の機会がない。それにはきっとそれなりな理由があるんだと思う」
なぜ出番が少ないのか?なぜ登場しても目立つことができないのか?勘造は恵まれない己の立場を悔しがる。隣にいる志奈竹もコクンコクンと頷いて同調の意思を示していた。
お勉強ができるわけでもない、スポーツ万能というわけでもない。つまり無個性こそが自分たちの出場機会を減少させているに違いない。彼らの結論はそこに行き着いたのだ。
ならば打開策を考える必要がある。勘造ならヘビメタバンドで活躍したり、志奈竹ならお寺で熱心にお経を唱えたりと。自分たちにしかない個性を読者に見せ付けてやればいいのだと――。
「あっ、そこまででいいわ」
「……えっ?」
まさにこれから存在感をアピールしようとした矢先、先程と同様に静加からストップの号令が掛かってしまった。
理由がさっぱりわからず、呆然とした顔を付き合わせる脇役コンビの二人。他のクラスメイトたちも固唾を飲んで状況を見守っている。
「この先の発表もあるし、時間の都合で終わりにして。どうせ、あなたたちを主軸にしたストーリーの構想はないみたいだし」
「うわー、ハッキリ断言されちゃったー!」
担任教師がさらりと言いのけた台詞は、少年二人を奈落の底へ突き落とすには十分過ぎるものだった。
ショックのあまり床の上に泣き崩れてしまった彼ら。脇役は所詮脇役、主役よりも目立とうだなんてどうやら甘い考えだったようだ。
「シズカちゃんの言う通り。主役は俺たち以外にいない」
「そういうこったな。モヒカンとボウズじゃ面白味に欠ける」
拳悟と勝は腕組みしながら誇らしげに高笑いした。主人公になれる人物像とは、個性よりも破天荒な性格をアピールしてドタバタ劇を演じられる者でなければいけないと締めくくった。
敗者は黙って去るのみとばかりに、勘造と志奈竹は肩をガックリと落としたまま着席した。そして、二度と目立とうだなんて安易に考えないことを心に誓った。
さて、次の発表は誰がいいだろうか。静加が生徒たちの顔を窺っていると、一人の男子生徒とピタッと目が合った。
ここは一か八か――。三番手として白羽の矢が立った生徒こそ、ハチャメチャトリオの一人、長期休暇の宿題なんて滅多にやり終えたことがない拳悟であった。
「言っておくけど、書いてきていないならすぐに謝りなさい」
「ちょっと待ってよ。書いてないことを前提にするなんて失礼だな」
これを見てみよ!拳悟は一枚の原稿用紙を高々と頭上に掲げる。それこそ、冬休み最後の夜に徹夜してまで書き上げた意見文だった。
これには二年七組のクラスメイトたちが一斉に驚愕した。静加もびっくり仰天して開いた口が塞がらないといった様子だ。それぐらい、彼が宿題を最後までやり切るのが異例なのであろう。
信憑性を疑うどよめきに包まれる教室内。予想以上のリアクションの大きさに戸惑いを隠しきれない拳悟。
「待て、おまえらっ。俺が意見文書いたのがそんなにおかしいのか? さてはおまえら、俺のことを侮辱してるだろ? そうなんだろ!?」
愚弄されていると思って拳悟は腹立たしく怒号を響かせていたが、ここで勝のたった一言により傷が入ったプライドにトドメを刺された。
「当たり前だろーが。今頃気付いたのか?」
「やっぱりなのねーん!」
遠慮のない言われように痛さ爆発の拳悟だったが、今はズッコケたり落胆している場合ではない。せっかく書き上げた意見文を発表しなければいけないのだ。
「書き上げたのならそれは評価しましょう。それなら早く発表しなさい。さほど内容は期待してないから」
「おっ、言ってくれるじゃないかっ。俺の発表を聞いて腰抜かすなよ?」
拳悟は目立ちたがり屋なだけに、静加から呼ばれてもいないのに教壇までズカズカと近づいてきた。発表する前からやる気満々である。
原稿用紙を教卓の上に置いて礼儀正しく一礼すると、クラスメイトたちの応援の声と拍手の音がピタッと鳴り止んだ。いよいよ彼が徹夜してまで書き上げたテーマが明らかにされる。
「タイトルはその名もバトルロード。みんなちゃんと聞くように」
”バトルロード”、それは死闘の道――。
何だかゲームのタイトルのようで物騒な印象を受けるが、果たして拳悟が語り始める意見文の内容はどのようなものだろうか?
「みんなも知ってると思うが、俺は喧嘩が強い。これまで十八年間生きてきて、俺はいろんな格闘を演じてきた」
バトルは喧嘩、ロードは生きてきた道。拳悟のテーマは喧嘩で才能を開花させた自分自身の生き様だったようだ。
ここであえて言っておくが、彼の喧嘩は正義の拳。決して弱い者いじめや理不尽な暴力行為を実践しているわけではない。ただ、頭に血が上ってしまうと見境がなくなってしまう点ではまだまだ子供なのだ。
それはそれとして、拳悟は初めて経験した喧嘩にまつわるエピソードを紹介し始める。それは彼がまだ小学生時代、同じクラスの友人と下校途中の時のこと。
「雑談しながら楽しく歩いていると、目の前からツッパリ小学生三人が近づいてきた。俺はその時、風雲急を告げる何かが起きる――ってそんな予感がしたんだ」
拳悟の前に立ちはだかったツッパリ小学生三人組。小学生とはいえ、風貌も佇まいもまるで大人のような威圧感があった。
ランドセルを壊されたくなかったら給食費を差し出せ。三人組は理由もなく、拳悟たちに因縁を付けて金品を要求してきた。世間一般的でいうゆすりたかりというやつだ。
給食費どころか、お小遣いすら使い果たしていた拳悟はもちろん拒否の姿勢を示した。その時彼のランドセルに入っていたのは、お金の足しにならなくて授業にも関係ないガラクタのような遊び道具だけだったりする。
「俺が断ると、そいつらはさらに凄んできたんだ。このままではやられるかも知れない、俺は咄嗟にそう判断した」
生まれ持っての防衛反応か、はたまたバイオレンスを好む気質だったのか、拳悟はまるで体が勝手に動くかのごとく不良小学生と拳で語り合う激しいバトルを展開した。
人数的に不利な情勢の中、彼は類稀なる格闘センスを発揮して不良三人を瞬く間に粉砕していった。多少なりとも怪我を負ったものの、守るものを守り抜いた完全なる勝利であった。
「それがこの俺自身の初めてのバトルだったわけで、初勝利でもあったわけだな」
その時から遡って、これまでの戦績は二百六十九回中百二十勝三十八敗十引き分け、そして百一回が無効とのこと。詳しく回数を記憶していることもさることながら、よくこんなヤクザまがいな人生を平然と歩んできたものだ。
これには理解力のある静加も吐息を漏らして困惑の表情を浮かべるしかない。こんな生徒のお守りをしているだけに常日頃から疲労感がたっぷりなのは当然であろう。
「あなたはアホですか?」
「第一声の感想がアホ呼ばわりとはどういうことだっ!?」
健全なる学び舎、学業が基本の生徒たちの前でバイオレンスな話題を提供してどうするのだと、担任の静加の声色はいつしか憤りの色を帯びていた。
実際、クラスメイトたちの表情を見ても呆気に取られている者ばかりで感得している者など誰一人いない。というよりも、現実味のない世界に共感できないと言った方が正解かも知れない。それは拳悟を陰ながら慕う由美も同様であった。
「ケンゴさんが男らしくてたくましいのはわかるけど、こればかりは……」
「あの人は青春気取ってるけど、人生そのものが修羅の道みたいなもんだしね」
由美と麻未が小声が囁き合う中、教壇に立つ拳悟は困り切った顔で立ち尽くすしかない。それもそのはずで、彼が徹夜で制作した意見文はこれで打ち止めだったからだ。
このまま発表が終わっては男が廃る。彼はネタを振ってもらおうと、静加に両手を擦りながらすがる思いでお伺いを立ててみた。
「ただの経験談で終わらないで、意見文なんだから自分なりの考察を発表しなさい」
「コーサツ? 誰かを絞め殺すってこと?」
「そのコーサツじゃないわよ、どこまでバイオレンスなのよ!」
拳悟は恥じらいつつ天井を仰ぎながら考察してみる。これまで経験してきたバトルロードの一つ一つを振り返って、自分なりの考えだったり気持ちといったものを……。
それから一分少々、彼は何かの結論に辿り着いたようだ。文章が尽きた原稿用紙をしわくちゃに丸めてゴミ箱に放り投げた彼、ここからは台本なしのアドリブで意見を発表することを証明する行為であった。
「よし、これからみんなに喧嘩で負けないテクニックを伝授してやろう」
これをタイトル化するとしたらバトル必勝法――。拳悟は腕組みしながら誇らしげに秘伝術を語り始める。
男同士の喧嘩は拳一つ、決して木刀やメリケンサックといった武具を使っちゃいけない。それと、ダウンした相手に追い打ちを掛けちゃいけない。秘伝術はそんな常識的なマニュアルから始まった。
弱いとわかった相手は懲らしめる程度、強いと感じた相手には深追いをしない。己の身を守りながら戦うことこそが必勝法。彼の熱のこもった演説は終わりを知らない。
「はいはい、これにて終了~」
「な、何でやねん!?」
ついに静加から強制終了の号令が掛かってしまった。さすがの彼女も我慢の限界だったようだ。
「あのね、ここは軍隊でも戦場でもないのっ。もう席に戻りなさい!」
男同士の拳を交えた熱きロマンが理解してもらえず、拳悟は小言を零しながら自らの席へと戻っていく。暖かみというよりも、慰めんばかりに乾いた仲間たちの拍手で迎えられながら。
「いやいや、おまえにしちゃ上出来だった」
「おう、なかなかおもしろい漫談だったぞ」
「うるせー! 後で覚えてろよ、てめーら」
勝と拓郎の二人にからかわれてしまい、恥ずかしさと惨めさのあまりふて腐れるしかない拳悟。穴があったら入りたいからといって、この授業をエスケープしなければいいのだが。
さて、次の発表は誰にしてみようかな。静加が生徒たちの顔を窺っていると、お澄まし顔で髪の毛をいじっている一人の女子生徒を発見した。
「次は女子で行ってみようかしら。アサミさん、お願いできる?」
間延びした声で了承を示してから、リボンで結んだ茶髪をなびかせて起立する麻未。お色気たっぷりの彼女が手にする原稿用紙には、いったいどんな意見文が書かれているのだろか?
他のクラスメイトたちも興味津々なのだろう、私語を一斉に止めて耳を傾ける体勢に入っていた。ハチャメチャトリオや由美と舞香といった友人たちも、麻未の第一声に注目している様子だ。
「せっかくの機会だから、あたしの美容法を紹介しちゃうね」
麻未が紹介する美しくあるためのノウハウ――。ただでさえ、高校生とは思えない色香を持つ彼女だけにとても期待できる内容であろう。健全かどうかは別問題として。
まず美肌を保持するために必要なこと、それは保湿。お出掛け前は当然だが就寝前の保湿クリームを欠かしてはいけない。それと、保湿クリームを選ぶ時に成分にも気を遣うこと。
小麦色の肌は一昔前では魅力もあったが、肌を焼くのは大人になってからシミを作る原因にもなり得る。夏の紫外線対策もそうだが、季節を問わずお肌を痛めないよう衣類も慎重に選ぶこと。彼女はまるでスキンケアの専門家のようだ。
「そこで! 女子にとって綺麗なお肌を武器にするタイミングこそが男子とのデートというわけ」
麻未は勢いに乗ってどんどん舌が滑らかになっていく。とりわけ、担任の静加やクラスメイトからも反発の声もないから当然だ。
男子とのデートで必須なのは香水。某海外ブランドの香水ではなかなかお小遣いでは買えない。そこで、彼女は比較的手に入りやすい日本製の香水でオススメなものを紹介し始める。
男子は目を丸くして聞くだけだが、女子は揃いも揃ってうんうんと頷いてはメモを取ったりしている。少なくとも、これまでの意見文の中では一番実りがあるかも知れない。
「アサミさんはやっぱりすごいな。わたしから見ても綺麗だもん」
「コイツさ、モテるためには手段を選ばないからね。動機が不純だよ」
感心の眼差しを向ける由美の傍で、冷ややかな視線を送り続ける拳悟。麻未との付き合いが長いだけに、彼女の魅力もそうでない部分もいろいろと知っているのだろう。
――だが次の瞬間、知っていることが災いしてか、拳悟は麻未の美脚が繰り出す一撃をお見舞いされてしまった。どうやら、小声で話したつもりだったが彼女の地獄耳に届いてしまったらしい。
「こんな感じであたしの発表はおしまい。みんなも、あたしみたいに男子を引き寄せるぐらいの魅力を身に付けてちょうだい」
綺麗に締めくくった麻未に拍手喝采と賛美の声を送っている女子生徒たち。そんな中、手を叩きつつも複雑そうな表情をしている女性が一人いた。
「ご苦労様。でもね、意見文という点ではちょっと的外れなのよね」
その女性こと静加は教師らしいコメントで苦言を呈した。持ち前の才能や自己満足をアピールするのは悪くないが、肝要とも言うべき反省といった振り返りがないからだ。
ちょっといらっしゃいと、静加は手招きして麻未を近くまで呼び寄せた。意見文とは何たるかといった感じでお説教が始まってしまうのか?
しなやかにスマートなポーズで静加の正面に立つ麻未。すると、真剣な顔つきをした静加から何やら耳打ちをされた。
(さっきイチオシしてた香水の売ってる場所こっそり教えて)
(シズカせんせーも好きだね~)




