表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/94

第二十五話― 謹賀新年 初詣で引ったくりパニック(2)

 矢釡神宮――。矢釡東駅から二駅離れた先にある「矢釡神宮前駅」から徒歩五分少々の場所にある由緒正しき神社。

 お正月三が日にもなると数万人の参拝客が来訪し、節分や七五三といった祭事、さらに夏にはたくさんの屋台が立ち並ぶ縁日も開催されており、季節問わず矢釡市民に愛されている観光スポットでもある。

 神宮の入口に悠然と佇む大きな鳥居の前、人の往来が激しくなる中そこでキョロキョロと目を動かしているのは、ご参拝ではなくナンパ目的でここまで足を運んだハチャメチャトリオの面々だ。

「おおお~、あそこにも女子、あんなところにも女子! 女子ばっかりじゃないかっ」

 神社の境内には、晴れ着やら普段着やらのカワイ子ちゃんがより取り見取り。ナンパし放題のこの展開に、勝と拓郎の二人は興奮して眠気が吹き飛ぶほど気分が跳ね上がっている。

「だから言っただろ? 初詣はけっこう狙い目なんだって」

「ケンゴちゃ~ん、あんたはエライ!」

 ハチャメチャトリオの三人は目尻を下げてにやけた顔を向け合っている。神をお祀りしている社にやってきて何をやっているのだこの連中は……。非常識さに呆れて物も言えない。

「よーし、この俺が君たちのために初詣ナンパ講座を開催してやろう」

 女の口説き方なら任せろと言わんばかりに、拳悟は幸が薄い友人たちのために惜しむことなくナンパのテクニックを解説する。そのテクニックとは次の通りである。

 晴れ着を着た美少女タイプ――。この手を誘ってもまず九十八パーセントうまくはいかない。そもそもいざという時に脱がせたり着せたりできないだろう。お茶するぐらいは成功するが、その後のデートの約束を取り付けるのは難しい。

 ボディコン系のお姉さんタイプ――。この手を誘ってもほぼ撃沈する。たいてい彼氏と待ち合わせているか、似たようなタイプの友人と連れ立って街へ繰り出すだろうから。声を掛けても軽くあしらわれて心に深く傷を負うだけだ。

「そういう点からも、狙ってみるとしたら清楚ながらも多少は垢抜けたお嬢さんタイプだな」

「ふむふむ、なるほど、なるほど」

 メモ帳を持参しているほどマメな性格ではない勝と拓郎なので、この場では頭の中でメモ帳を開いてそこへノウハウなど必要項目を書き込んだ。

 初詣ナンパの極意を授かった門下生二人は意気揚々と人ごみの中を進軍していく。プロ気取りで偉そうにしている師匠の拳悟に見送られながら。そんな彼でも、初詣におけるナンパの成功率は三パーセントぐらいだったりする。

 それから十分も経たない頃だろうか、ナンパ三人組とは同じクラスである女子三人が予定の時刻から三十分ほど遅れてようやく到着した。

 神社の正門とも言うべき鳥居の前で立ち止まってしまう彼女たち。さすがは矢釡市屈指の参拝客を誇るだけに、家族やらグループやら老若男女を問わない賑わいぶりに呆気に取られていたようだ。

「あらあら、大変な混雑ですわね、困りましたわ」

「あんたが遅刻したのが原因でしょう? お見送りの自家用車選びで迷うなんてバカげてるわ」

 電車の中でも到着してからも一向に仲直りしてくれない舞香と麻未の二人。由美は内心ひやひやしながら、一定の間合いを開ける彼女たちと一緒に境内へと進んでいった。

 矢釜神宮の本殿には予想通りの行列ができていた。愚痴ばかり言っていても仕方がなく、彼女たち三人は狭い参道で身を寄せ合ってお参りできるその時まで並ぶことにした。

 並んで待つ間は会話も続かず暇を持て余してしまいがち。こういう時ほど、他人が身に着けているアイテムについ目が行ってしまうものだ。

「マイカちゃんのバッグ、すごく高価そうだね」

 舞香が肩からぶら下げている高級ブランドバッグ。由美は見慣れないせいか物珍しそうな目でそれを見つめている。

 高級ブランドはまさに大富豪のシンボルマークだ。バッグに留まらず衣装も靴もすべてブランド品で身を固めている舞香、”歩く高級ブランド”といっても過言ではない。

「大企業の娘ともなると何かと人の目が気になりますからね。辛いところですわ」

「人の目って、あんた神社に来てまで誰と張り合おうとしてんのよ?」

 伊集院コンツェルンのお嬢様としての風格、品行、振る舞いを常日頃から意識し、プライドの高さだけは誰にも負けないと自負する舞香だが、庶民らしく振る舞っている麻未にしたらそれがどうにも理解し難いところだろう。

 実りも価値もない話題と言ったら失礼だが、そんな他愛もない会話のやり取りがしばらく続くうちに、彼女たち三人はやっと本殿の真正面まで到着することができた。

 それぞれが思いのままのお賽銭を投げ入れてから本坪鈴をガラガラと鳴らす。そして合掌しながら願いを込めてそっと瞳を閉じた。はてさて、彼女たちの切なる願いは成就するであろうか?

「ねぇ、ユミちゃんは何お願いしたの?」

「えへへ、ナイショだよっ」

 恋の成功かな?麻未からからかい気味にそう尋ねられても、由美は表情を綻ばせるだけで正直に答えてはくれなかった。

 願い事は人に言うと叶わないというジンクスもある。ここは由美本人だけの秘密に留めておくことにしよう。

「初詣といったらおみくじですわね。さぁ、参りましょう」

 舞香が自分勝手に先陣切って向かう先こそ、神社だったらどこにでもあるはずのおみくじ所。

 今年一年の運勢や吉凶を占う運試し。金運、恋愛、失せ物、旅行、待ち人、そして健康などさまざまなジャンルがあるが、いずれにせよ占い好きの女子なら引かないわけにはいかない。

 おみくじ所も人気があるせいかそこそこの賑わいを見せていた。その大半が女子学生のグループかカップルばかりで、女の子がいかに占い好きかを象徴しているかのような構図だ。

 おみくじを引いた人は皆、神のみぞ知る運勢に一喜一憂する。いいおみくじを引いた人はお守りにしようと持ち帰ったりするが、悪いおみくじを引いた人は運を変えようと木の枝に結び付けたりする。

 ――枝が思いのほか、真っ白なおみくじだらけなのはまさか……。

「いらっしゃ~い。おお、これはかわいいお嬢ちゃんたちじゃなぁ」

 柔和な笑顔で出迎えたのは、おみくじ所の受付をしている社務所の関係者。易者のような服装で白い鼻ひげを生やした老人だった。

 おみくじ代金の百円硬貨を箱の中に投入し、女子三人はワクワクドキドキしながら手探りでおみくじを一つだけ取り出してみる。

「おほほ、大吉ですわ!」

「わー、わたしは中吉だったよ」

 新年早々ラッキーなおみくじを引いた舞香。皮肉るつもりはないが、大富豪というのはお金だけではなく幸運までも手に入れてしまうものなのか。

 由美も中吉という可もなく不可もない結果に安堵の笑みを浮かべていたが、さて残る一人の麻未はどんな結果だったかというと……?

「にゃー、凶じゃないのよー!」

 金運も恋愛運も最悪、物をなくしたり健康にも要注意、今年一年が不穏になりそうな予感――。ただでさえ、毛嫌いしているお嬢様が幸運をゲットしただけに麻未の悔しさと苛立ちは半端ではなかった。

 少しでも縁起を担ぐためにおみくじを木の枝に結び付けよう。由美がそう勧めようとした矢先、麻未は感情的な衝動からかおみくじをくしゃくしゃに丸めて放り投げてしまった。

「こんなのあてにならないわよーだっ!」

「わぁ、こらこら~、おみくじを投げちゃいか~ん!」

 それこそバチ当たり、社務所の関係者が注意しても時すでに遅し。紙くずとなったおみくじは、空中で放物線を描きながら人ごみの中へと飛んでいった。

 放り投げられた紙くずがゴミ箱にすっぽり収まるわけもなく、雑踏の中をのんびり歩いている一人の男性の頭へちょこんと当たってしまった。

 その男性はそれに気付いて地面に落ちた紙くずを拾い上げる。それがおみくじとわかった途端、彼はしかめっ面を前後左右に振って憤りを露にした。

「誰だ、凶のおみくじを投げ捨てたのは~? 俺まで悪運になったらどう責任取るつもりだ~?」

「えー、ケンちゃんじゃな~い!」

 これは幸運か、はたまた不運か?麻未たち女子三人の視点に留まった男性こそ、ナンパできそうなギャルを探し求めて境内をぶらついていた拳悟であった。

「おおっ、アサミだったのかぁ。それにユミちゃんもおじょうも一緒か」

 由美と舞香は新年の挨拶を口にしながらクスッと微笑んで会釈する。

 次の瞬間、拳悟はある点に気付いた。それは由美の両耳にぶら下がっているイヤリング。自分がプレゼントしただけに、もし気付かないとしたら失礼なぐらい鈍感だ。

 彼がイヤリングに気付いたことを察したのだろう、由美は嬉しさと照れくささのあまり無意識のうちに俯いてしまう。それから数秒後、ゆっくりと上目使いで彼のことを見つめた。

 ありがとう――。どういたしまして――。彼ら二人は会話ではないアイコンタクトでそんなやり取りを交わした。

 麻未は当然ながらそれを知るはずもない。ぎこちない笑顔を向け合う拳悟と由美を横目に見て小首を傾げるもののあえて問いただすつもりもなかった。

「神社にいるなんて珍しいね。もしかして一人で来てるの?」

「いや、アホ二人もいるけど、ただいま欲求を満たすために奮闘中さ」

「……意味わかんないんだけど?」

 その意味を語るまでもなく、初詣ナンパに撃沈して意気消沈としているアホ二人が拳悟のもとへと戻ってきた。うまくいかなかった腹いせか、彼らは八つ当たりとばかりに不平不満を口にする。

「やい、ケンゴ! ぜんぜんうまくいかねーじゃねーかっ」

「声を掛けた途端、みんな無視しやがってさ。空しさ満点だぜ!」

 ナンパの結果まで責任は持てないと、拳悟は呆れた顔をしながらそう反論する。そもそも、ナンパが成功しない理由は本人たちの技量不足であって師匠である彼が糾弾される理由なんてどこにもない。

「まぁ! 厳格な神社でナンパだなんて、なんて不謹慎な!」

 クラスメイトが不純な動機で神社までやってきたことを知った舞香。ただでさえ細い目をより細めて冷め切ったような視線を彼らに送っている。

 こればかりは麻未も由美も彼らに同情できない。ナンパ失敗の原因について言い争いをしているようでは、励ましたり慰めたりするよりも呆れた声を漏らすしかなかった。

「ちょっと待ってくれっ。俺とタクロウはケンゴに唆されただけなんだ。冗談程度に付き合っただけさ」

「そうそう! ケンゴの野郎がさ、矢釜神宮に行こう行こうってしつこくてさ。俺たちも渋々付き合ったってわけ」

「あっ、おまえら、この期に及んで裏切るつもりかっ! 最低な野郎だなっ」

 性懲りもなくハチャメチャトリオの連中は口喧嘩を始めてしまう。こうなると見境がなくなってしまう彼ら、参拝客から軽蔑な視線を飛ばされてもお構いなしだ。

 結局、他人の振りをして無視するという麻未の意地悪な行為により、疎外感を痛感させられた男子三人は口論を止めるに至ったわけだが。何はともあれ、ドタバタと慌しい元日になりそうである。


* ◇ *

 偶然にも、初詣で賑わう矢釜神宮で出会った二年七組のクラスメイトたち。

 話し合いの末、一緒に行動することになった男女六人はまずはお腹を満たそうと屋台が立ち並ぶ参道方面へと足を運んでいた。

 どちらかというと、本殿付近よりはこちらの参道の方が混雑しているように見受けられる。お祭り感覚で来訪しているお客が多い証拠なのだろう。

 お祭りの屋台といったら、焼きそばにたこ焼きといった軽食からバナナチョコにリンゴ飴といったデザートが定番だが、その他にもアイドルのプロマイドやおもちゃのくじ引きなど遊戯系なんかもあったりする。

 漂ってくるソースの香りに食欲をそそられつつ、男女六人は趣向を凝らした屋台の一つ一つを眺めながら参道を散策していた。

『ドン!』

「痛い!」

 混み合う参道を早歩きで通り過ぎていく男性と肩がぶつかってしまった舞香。

 一方的にぶつかってきて謝罪の姿勢もないとは何事か。プライドだけは人一倍高い彼女は、不快感を示して人目も憚らずに怒鳴り声を上げる。

「こらぁ、痛いじゃありませんかっ! わたくしを誰だと思ってるんですの」

「やめなよ、マイカちゃん、恥ずかしいな~」

 ここでも由美が注意を促してしまうわけだが、この時、彼女は異変を察知した。舞香が身に付けているはずの”あるもの”が見当たらないからだ。

「ねぇ、マイカちゃん、バッグはどうしたの!?」

「バッグならここにありますわ……ってあらら?」

 肩に手を触れてみると、そこにあるはずの高級ブランドバッグのベルトの感触がなかった。

 そんなまさか――!舞香は大慌てで全身のあちこちを触って確かめてみる。見当たらないとわかっていても、こういう動作を繰り返してしまうのは気が動転しているという心理状態の表れか。

 彼女の脳裏に浮かび上がる先程肩に受けた衝撃。そうだ、すれ違いざまにぶつかったあの男性の仕業に違いない。

「あの男にひったくられましたわっ!」

 舞香が突き出した人差し指は、人の群れの中に紛れ込もうとしている男性の後ろ姿を捉えていた。ひったくり犯であることを示さんばかりに、彼の手には高級ブランドバッグが握られている。

 このまま逃してはなるまいと、彼女は藁にもすがる思いでハチャメチャトリオの三人に犯人を捕まえるよう要請したが、彼ら三人の反応は冬の寒空のごとく冷たかった。

「伊集院家の娘ともあろうものが、たかがバッグぐらいで騒ぐなよ」

「バッグなんてくれてやれよ。おまえならまた買ってもらえるだろ」

「そうだな。恵まれない人のためのボランティアだと思えばいいさ」

 確かに伊集院コンツェルンのお嬢様にしたら、高級ブランドバッグなんていくらでも補充できるから盗まれたところで痛くも痒くもないだろう。

 それでも、コソ泥をこのまま見逃したのでは先祖代々が築き上げてきた名家の名前に傷が付いてしまう。それだけは断固として許すわけにはいかなかった。

 捕まえなさい!と、ほぼ命令のような口振りで大声を張り上げた舞香。しかし、彼ら三人は面倒事を背負い込みたくないのか一歩たりとも動いてはくれない。

(やむを得ませんね……)

 意地でもバッグを取り戻したい舞香は、不本意ではあるがお金持ちの特権をフルに活用することにした。

「バッグを取り返してくれた人には、報酬として五万円差し上げますわ」

 欲望という生理現象が反応し、ピクッと眉が動いたハチャメチャトリオの面々。その直後、彼らの両足は韋駄天のごとくトップスピードで動き出していた。

「待ってろ、おじょう! 俺が取り返してやる」

「いやっ、この俺が奪い返してやるぜ~!」

「バカ野郎! 五万円を手にするのはこの俺だ~」

 頭の中には報酬の五万円以外何もないのだろう、ハチャメチャな男たちは雑踏という名の人波を掻き分けて突進していった。彼らの月のお小遣いが五百円だからそれも仕方がない。

 コソ泥を捕獲するための追跡とはいえ、動機が不純なクラスメイトの後ろ姿に麻未と由美の二人は呆れた眼差しを送るしかなかった。

「あの連中は、女と金にしか興味がないのか」

「う~ん、今日ばっかりはみんなカッコ悪いな……」


* ◇ *

 少年三人に追走されているとも知らず、高級ブランドバッグを大事そうに抱えている男性は混み合う参道から脱出して神社の境内で小休憩を取っていた。

 ボサボサの髪の毛と無精ひげ、死んだ魚のような目をしていて人相も悪い。周囲の目が気になるのか、彼はキョロキョロと顔を動かしていかにも挙動不審だ。

「ふぅ、ここまでくればもう安心だろう」

 ホッとしたのも束の間、背後から駆け寄ってくる何者かの足音。それに瞬時に気付いた彼は鼓動を激しく高鳴らせて顔を振り向かせる。

「そこまでだっ、このコソ泥め!」

 正義のヒーローっぽいスタイルで颯爽と登場したのは、見た目こそガキ大将でも気分だけはスーパーマン気取りのハチャメチャトリオの三人だ。

 盗んだ物をおとなしく返してもらおう!バッグを抱きかかえている男性に向かって、彼ら三人は大声と一緒に人差し指を突き付ける。もちろん、彼らのハートを動かしているのは五万円という現金である。

「ガキの分際で、ふ、ふざけるんじゃねー!」

 男性は汗を吹き飛ばしながら逃走を図る。少年たちは当然ながらそれを追い掛ける。

 ここで悪者とヒーローたちの金品をかけたデッドヒートが幕を開ける――と思いきや、神社の境内という狭さと人ごみが災いしてあっという間に事態は収束に向かってしまう。

 男性はハチャメチャトリオに取り囲まれるや否や、痛さ満点の正義のパンチをお見舞いされてしまうのだった。

「うぎゃぁ~!」

 ノックダウンした男性の手から見事に高級ブランドバッグの奪取に成功したハチャメチャトリオの三人。拳を高々と掲げて歓喜の雄叫びを上げる彼らだが、この意味はもちろん舞香からの称賛ではなく報酬ゲットの喜びである。

 勝利したのはいいとして、ここで彼らに一つだけ疑問が浮かび上がる。三人同時に繰り出した一撃でバッグを取り返したとなると報酬五万円は誰のものになるのだろうかと。

「コイツから真っ先にバッグを取り返したのは俺、だから五万円は当然俺のものだな」

「ちょっと待てよ。俺のパンチが一番効果的にヒットしたんだ。俺のものに決まってるだろ」

「いやいや、俺の大声でコイツはビビったんだ。報酬をもらう権利は俺にあるんだよ」

 案の定というか、想定通りというか、はたまたお約束というか……。男子三人は自分勝手に手柄を主張して報酬を独り占めしようと躍起になっていた。どこまで子供なんだろかと、とことん呆れて物が言えない。

 とはいえ、下衆な理由で殴り合うほどおバカではなかったらしく最終的な結論として三人で報酬を分け合うことで落ち着いた。なお、端数の二円は最後まで公平にうるさかった拳悟がもらうことになった。

「俺たちは警察を呼んでくるから、おまえはコイツを見張ってろよ」

 勝と拓郎が矢釡神宮の近くにある派出所へ向かっている間、拳悟がバッグを保管しつつ見張り役をすることになったわけだが、コソ泥の男性は気絶しているようで完全にグロッキー状態だった。

 数分間ほど暇を持て余しているうちに、彼のもとへ舞香たち女子三人が到着した。血相を変えて詰め寄ってくる彼女、コソ泥なんてどうでもよくバッグの行方が心配で気が気でない様子だ。

「ケンゴくん、わたくしのバッグはどうなりました?」

「フッフッフ、ほれご覧の通りよ」

 拳悟は誇らしげな顔をしながら高級ブランドバッグを見せ付ける。あまり触れたくはないが、彼の顔には”早く金寄こせ”と書いてある気がしてならない。

 バッグが無事に戻ってきて安堵感に包まれる舞香。某有名デザイナーが考案した高級感のあるブランドマーク。それに指先が触れた瞬間、彼女はとんでもない事実に気付いて身が凍り付いてしまう。

 ガタガタと全身が震え出す姿はどう見ても尋常ではない。彼がどうかしたのか?と問い掛けてみると、彼女は泣きべそをかきながらそのとんでもない事実を打ち明ける。

「これ、わたくしのバッグじゃありませぬ~!」

「はぁ!? 今頃になって何を言ってやがる!」

 気絶している男性が持っていたバッグは舞香のものではなかった――!高級ブランドであることに違いはないが、彼女の所持品は別のブランドメーカーだったのだ。

 ということは、彼は罪を着せられて吹っ飛ばされたただの不幸な人……。危害を加えてしまった張本人の拳悟はしどろもどろになって愕然とするしかない。

 ひざから崩れ落ちて泣き崩れてしまう舞香、そんな彼女のそばに寄り添って慰める由美、そして事態を重く受け止めて動揺を隠し切れない麻未。こうなってしまうと、たった一人の男子である拳悟がどうにかするしかないわけで。

「お、おい! 目覚めてくれっ。頼むから俺のことをすべて忘れてくれ~!」

 男性の肩を掴んでゆさゆさと揺さぶる拳悟。このまま意識が戻らなければややこしい話になってしまうので、彼が涙目になって保身に走るのも無理はないだろう。

 正義のパンチがかなりの威力だったのか、男性は白目を剥いたまま一向に意識を回復してくれなかった。もう少し手加減しておけば良かったと、今になって後悔する哀れな拳悟がここにいる。

「お~い、ケンゴ! お巡りさんを連れてきたぞ~」

 事態が好転しないまま、事態はさらに悪化の一途を辿る。勝と拓郎が一人の警察官を連れ立って戻ってきてしまったのだ。

 拳悟を含めた女子三人は緊張感に縛られて身動きが取れなくなってしまった。言い訳をしてここから退散したくても、ここまでの顛末など事情徴収を受けるだろうからいずれは矛盾が生じて拘束される可能性が高い。

「わ~、お巡りさ~ん、お勤めおめでとう~!明けましてお疲れさんです~!」

 警察官の正面に立ちはだかり、世間話をしながらできる限り時間を稼ごうとする拳悟。しかし、気持ちばかりが焦ってしまい、口から出てくる言葉は支離滅裂なものばかりだ。

 意味不明な言動をする友人を見るなり、勝と拓郎の二人は怪訝そうに首を捻っていた。そんな彼らもその数秒後、麻未からすべての真相を聞かされることになる。

(おい、それマジかよっ!?)

(それじゃあ、アイツはひったくりじゃなかったってことか?)

(うん、あんたたち傷害罪で逮捕されるかもね)

 男女三人は冗談では済まないお話を小声で語り合っていたが、拳悟一人が踏ん張ったところで警察官をいつまでも足止めできるわけもなく……。結局、彼は強制的にその場から退去させられてしまうのだった。

「なるほど、この男がバッグをひったくった犯人だね?」

 警察官はひざを落として男性の身元確認を行う。時折トランシーバーなどを使ってセンターに犯歴照会しているようだ。 

 もう事情を説明できる余裕もなく、少年少女たち六人はそれを固唾を飲んで見守るしかない。こうなったらなるようになれ!それぞれの表情にそんな投げやりな感情が映し出されていた。

「おい、きみたち!」

『ビクッ――!』

 男女六人は心臓が止まりそうになった。次の展開が怖くて怖くて、みんながみんな目を瞑って奥歯を噛み締める。

 ――わずかな沈黙。それからほんの数秒後、警察官の険しかった表情が突如穏やかな表情に一変する。

「よくやってくれた! 窃盗犯逮捕のご協力感謝する」

「……あり?」

 想像もしていなかった感謝のメッセージに、男女六人ともどう受け止めてよいのかわからず唖然としてしまう。バッグが舞香のものではないのに窃盗犯で間違いなかったとはいったいどういうこと?

 では、その真相を種明かしすることにしよう。

 実をいうと、ハチャメチャトリオがやっつけた男性の正体だが、初詣の参拝客を専門に狙うひったくり犯として警察からすでにマークされていたのだ。しかも、彼が持っていたバッグも本日被害届が出されていた盗難品だったのである。

 応援の警察官も到着し、窃盗犯の男性は気を失ったままの状態で連行されていった。お手柄として金一封があるかも知れないと謝礼を告げられたが、ハチャメチャトリオの面々の心境は嬉しさよりもどこか複雑だった。

「ふぅ、一時はどうなるかと思ったぜ」

「偶然だけど、俺たちはいいことをしたんだな」

 勝と拓郎の二人は拘束されたり傷害罪で起訴される必要もなくなってホッと胸を撫で下ろした。

 事件が解決したことは解決したが、一人だけ釈然とせずに憔悴し切っている舞香がここにいる。それもそのはずで、彼女のバッグの行方が結局わからずじまいだからだ。

 由美からの目撃情報によれば、本殿でお参りの行列に並んでいる時には間違いなく持っていたとのこと。つまり、紛失したとしたらそこから参道までの道のりのどこかのはずだ。

「おじょう、よ~く思い出してみろ。どこかでバッグを肩から下ろしてるはずだろ?」

 拳悟から記憶を辿るよう指摘されても、舞香は頭の中が混乱しているらしく口から漏れる記憶も今日のことなのか昨日のことなのかさっぱり判別できなかった。

 すっかり困り果ててしまう拳悟、そして他の仲間たち。とりあえず本殿付近まで戻ってみようと話し合い動き出そうとした瞬間、何者かがこちらに向かって歩いてきた。

「お~い、お嬢ちゃんたち~」

「あれ、おみくじ所にいたおじいさんだ」

 やってきたのは何と、おみくじ所で受付をしていた社務所の関係者だった。真っ白な鼻ひげと易者のような身なりが特徴的だったので、由美は彼の存在にすぐに気付くことができた。

「どうかしたんですか?」

「どうしたもこうもないよ。これ、そのお嬢ちゃんのだろう?」

 社務所の関係者が持っていたもの、それは何を隠そう舞香がなくした高級ブランドバッグだった。まさか、落ちていたところを見つけて拾ってくれたのだろうか?

 持ち主としてはバッグが無事に戻ってくればそれで満足のはず。ところがパニック状態に陥っているせいか、舞香は御礼やら謝礼もないまま彼の傍へズガズカと怒り顔で詰め寄ってしまう。

「どうしてあなたが持ってらっしゃるんですの!?」

「お嬢ちゃんがおみくじ所の窓口に忘れていったんだよ~」

 次の瞬間、ハッと我に返ってキョトンとする舞香。断片的だった過去の記憶がようやく時系列に繋がっていく。

 おみくじ所の受付窓口にバッグを置いて財布を取り出した彼女、大吉を引き当てた嬉しさから我を忘れて舞い上がってしまったのは承知のことだろう。

 有頂天になってしまった彼女は、その後、拳悟と偶然に出会ったりしたこともあってバッグを置きっ放しにしたままそこから離れてしまったのである。

「まったく、きみたちを探すのに苦労したわい」

「それはお手間を掛けて申し訳ありませんわ。ごめんあそばせ」

 これにて一件落着。舞香の表情にも明るさが戻り、いつも通りお嬢様らしく振舞っていた。

 万時解決して由美も嬉しそうに微笑んでいたものの、ハチャメチャトリオの三人と麻未は納得がいかないのか憮然としていた。振り回された挙句にこんなオチでは、文句一つ言いたくなるのも理解できなくもない。

「二度とトラブルが起きないよう、今度からバッグを首からぶら下げておけ」

「う~、意地悪言わないでくださいませ」

 皮肉や嫌味をぶつけられても、今日ばかりは横柄な態度で切り返すことができないようで。舞香はちょっぴり反省したのか眉を下げて謝罪するしかなかった。

 報酬五万円は成り行き上消滅してしまったわけだが、さすがに迷惑を掛けた罪滅ぼしなのだろう、この後仲間たち全員に屋台の焼きそばとソフトドリンクをごちそうした彼女。まったく人騒がせなお嬢様である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ