第二十五話― 謹賀新年 初詣で引ったくりパニック(1)
十二月三十一日は大晦日。
この日ばかりは親類や親しい知人同士が一同に集まって、オードブルを囲んだりしながら一年の締めくくりを談笑して過ごしたりする。
子供たちも眠たい目をギラギラさせながら、年末恒例の特別番組やら紅白歌合戦などテレビに夢中になって夜更かししたりする。そう、それが大晦日の醍醐味というやつだ。
それは姉妹仲良くアパートで暮らす夢野由美と理恵も例外ではない。テレビの特別番組を視聴しながら今年最後の夜をゆったりと過ごしていた。
「お待たせ、年越し蕎麦が出来たわよ」
「わーい、待ってました!」
この姉妹にとって今年一年のラストを飾るお料理、あつあつの湯気を上らせた年越し蕎麦がこたつの上に置かれた。
由美は歓喜の声を上げながら手を叩いて喜んだ。つるつるのお蕎麦の上にシャキシャキおネギとプリプリのかしわ肉が乗っていて見た目もおいしそうだ。
彼女たち姉妹は本日、朝から夕方まで買い物に勤しんでいた。新年を迎えるにあたり、お雑煮の具材やら縁起の良い飾り物やらを買い揃えたりしてお正月の準備に余年がなかった。
そんな理由もあって疲れているはずの彼女たち。正直眠たいところだが、さすがは大晦日だけにまだまだお布団の中というわけにはいかないようだ。
「いただきまーす」
由美と理恵は礼儀正しくお箸を持った両手で合掌した。
かつお風味の芳しい香りと一緒にお蕎麦を一口、また一口と味わう。飽きの来ない絶妙なおいしさに彼女たちは満面の笑みを向け合った。
「もうすぐ一年が終わっちゃうんだね」
今年も残すところあと数時間ほど。由美は箸を休めて感慨深そうに呟いた。
遠くの街から引っ越してきて派茶目茶高校に転校した彼女。振り返ってみると、この一年は波乱万丈で激動の一年だった。
臆病で引っ込み思案、お友達を作ることすら苦手だった彼女が九ヶ月という長いようで短い期間にたくさんの親友と触れ合えることができた。
ここで忘れていけないのは、いつも気遣ってくれて勇気付けてくれたクラスメイトの仲間たち。孤独感に苛まれてきた由美にとってはかけがえのない存在であろう。
(来年もみんなと仲良くしたいな)
派茶目茶高校の二年七組の同級生たちを頭に思い浮かべて来年の豊富を心に思う由美。彼女の脳裏に浮かんだハチャメチャトリオは今頃どうしているかというと……?
* ◇ *
ここは築十数年は経過したであろう、ごく一般的なとある一軒家。ハチャメチャトリオの一人である勇希拳悟の自宅だ。
煌々と明かりを夜空に放出する二階の一室、そこでは数人の少年たちが揃いも揃ってワイワイガヤガヤと賑々しく騒いでいた。今まさに、今年最後のパーティーの真っ最中であった。
今夜、ここに集いし少年の顔ぶれを紹介しておこう。
拳悟とは二年七組のクラスメイト同士、ハチャメチャトリオのメンバーである任対勝と関全拓郎はもちろん健在。
それ以外にも、二年八組に在籍する知部須太郎に馬栗地苦夫に中羅欧、さらには後輩であるサン坊に丹三郎といったハチャメチャトリオとは切っても切れない仲間たちの姿もあった。
今宵のパーティーの主役、テーブルの上に並んでいるメニューはファーストフード店やコンビニエンスストアで購入したチキンやポテトフライ、スナック菓子、そしてアルコール飲料。
当然、学生が飲酒することは法律で認められてはいないが、今夜は年に一回の大晦日、どうか悪ガキたちのバカ騒ぎに目を瞑ってあげてほしい。
これだけの男子高校生が集まると雑談の中心はやはり与太話だ。どこぞの野郎がのさばっているとか、どこぞの女子がめちゃくちゃかわいいとか身に付く教養なんてこれっぽっちもありはしない。
「はいはーい、みんな静粛に~」
雑談で盛り上がっている最中、パーティーの仕切り役である拳悟が手を叩きながら声を張り上げた。それなりの酒量を喉に流し込んだ彼、ただいまほろ酔い加減でテンション上昇中ある。
「せっかくの大晦日ってことで、これからスグルがメガネを外して隠し芸を披露しま~す」
「はぁ? おまえ、いきなり何言い出すんだよっ」
勝はミラーグラスで隠した目を見開いて驚きの声を漏らした。もちろんこれはアドリブであって、拳悟がからかい半分でよく使ういわゆる茶目っ気というやつだ。
他の連中はそれを聞くなり、待ってました!と言わんばかりに手拍子した。ただでさえ人前でミラーグラスを外すことがないだけに、みんながみんな怖いもの見たさなのか興味津々のようだ。
おだてられようが唆されようが嫌なものは嫌。勝は納得がいかずに拒んではみたものの、アルコール臭の混じった熱気ある雰囲気の中でそう易々と見逃してもらえるものでもない。
こうなったら破れかぶれ。どうなっても知らんと開き直った彼が取り出したものとは、おもちゃ屋とかでよく売っているパーティーグッズのメガネ。ひん剥いた目玉と鼻ひげがセットされているものだ。
勝は自慢のミラーグラスを外すと、すぐさまパーティーグッズのメガネへと付け替えた。こんなノリのいいところを見せた最大の理由、それは彼自身もお酒が進んで結構酔っ払っていたのである。
「ははは! いいぞ、スグル、おまえは千両役者だっ」
その場に立ち上がるなり、阿波踊りやらドジョウすくいのマネをして笑いを誘った勝。恥じらいをかなぐり捨ててまでスベリ芸を披露した彼を称えるように、他の連中は大笑いしながらやんややんやの喝采の嵐だった。
「……俺も負けてはいられないな」
二年七組にばかり目立たせるわけにはいかないと、自信満々の表情でニヤリと微笑んでみせたのは二年八組の核弾頭と呼ばれる須太郎だった。
彼がここで取り出したものとは、刃先が銀色の光沢を放つダガーナイフ。これでいったいどんな隠し芸をしようと企んでいるのだろうか?
「……最近新調したこれの切れ味をお披露目してやろう」
「あのさ、スタロウ。おまえにしたらそれって隠し芸でも何でもないんでない?」
ほろ酔いながらも拳悟の冷静なツッコミなど無視して、須太郎は切れ味鋭いダガーナイフを惜しげもなくお披露目した。
いつもならここで須太郎の非常識を嗜める役目の地苦夫だが、今夜は多少なりともアルコールが入っているせいか、後先考えずに笑い欲しさにそれはもう言いたい放題であった。
「よし、スタロウ! さっそくチュンの髪の毛をバッサリとカットしてみよー!」
「冗談じゃない、アル! 幼少の頃から、伸ばした、自慢の髪の毛なのに~!」
中国国籍の中羅欧にしたら長く伸ばした弁髪は人生の証し。ダガーナイフの切れ味のお試しにされるなんてまっぴらご免とばかりに、彼は逃げるように部屋から飛び出していった。
とはいえ、このご時勢になってまで弁髪にこだわる中国人はごく稀だ。そういう点では、凝り固まったこだわりを取り除くためにもいっそ髪の毛をカットしてもらった方が彼のためなのかも知れない。
「おい、チクオ、人をおちょくるのはいいけど、おまえには隠し芸とか自慢できるものはないのか?」
仲間イジメしている地苦夫に声を掛けるのは、洋酒を飲んでもいつもと変わらない口調の拓郎だった。クールが売りの彼だけにお酒の飲み方をしっかりとわきまえているようだ。
地苦夫は腕組みしながらうーんと唸り声を上げた。ナルシストの彼だからこそ、自信を持って自慢できる特技が一つぐらいあると思うのだが。
「隠し芸っていうほどじゃないが、女子を連続十人ナンパ成功させるという至上のテクニックがあるぜ。何だったら見せてやろうか?」
「女子が一人もいないこの部屋で、おまえは何をやろうとしてるんだ?」
狭苦しい部屋の中にむさ苦しい男子がここぞとばかりに集まっていては、地苦夫の至上のテクニックも自慢のしようがないといったところか。似たような特技を持つ拓郎も溜め息交じりで呆れるしかなかった。
ゆっくりと時間は過ぎていき、時刻は夜十一時を回って今年も残すところ一時間を切った。
「……さてと、そろそろ行くか」
このタイミングで、須太郎を筆頭に二年八組の連中が一斉に立ち上がった。このまま拳悟の自宅で年を越すのかと思いきや、彼らには彼らなりの都合があったようだ。
須太郎は二年参りを兼ねた修行と称する山籠もり、地苦夫は街中に出掛けてナンパで夜明かし、そして中羅欧は恋しさからか元日の朝早々母国に帰るとのこと。いかにもそれらしい過ごし方をするところが個性的な彼ららしい。
「それでは、俺もそろそろおいとまします」
「俺も明日の朝早いから行きますね」
ここでさらに下級生の丹三郎、同学年の後輩であるサン坊までもが立ち上がった。
ちなみに丹三郎は厳格なご両親と一緒に親戚参り、サン坊も同級生の風雲賀流子の命令により買い物の荷物持ち、それぞれが元旦から慌ただしく外出が控えているという。夜更かしした挙句に寝坊なんてとんでもないといったところか。
「それならしょーがないな、みんな良い年を迎えてくれ」
狭苦しかった部屋があっという間に閑散としてしまい、拳悟はちょっぴり肌寒さと心寂しさを表情に映していた。人が消えていくのと一緒に熱気までも逃げてしまったのだろう。
「で、おまえらはどーするの?」
部屋に残っているのはクラスメイトの勝と拓郎の二人きり。拳悟が白々しく尋ねてみたわけだが、さてさて、彼らもそれぞれの都合のためにここから去ってしまうのだろうか?
「今から帰るのめんどーだから泊まってく」
「俺もそーするわ。どーせ帰っても寝るだけだしな」
余りの布団がないからこたつで我慢してくれ。拳悟はそう言いながら迷惑そうな顔を向けて見せるも、心中を覗いてみると独りぼっちにならずに済んで嬉しさ満点だったりする。
心の置けない親友がそれに気付かないわけがない。お酒が残る缶をちびりと口にしながら、勝と拓郎は思わせぶりにニヤッと口元を緩ませた。
「俺たちまで帰ったら、悲しくて泣いちゃうだろ?」
「そうそう、俺たち仲間思いのいいヤツだからなー」
正直な話、そこはツッコまれたくなかった。拳悟は心細さをこれ見よがしに見透かされてしまい、照れ隠しなのか声を荒げてつい心にもないことを言ってしまう。
「やかましい! カワイコちゃんならまだしも、おまえらなんか傍にいてほしくないわっ」
勢い任せに、グラスに残っていた秘蔵のウイスキーロックをゴクッと一飲み。子供の分際で調子に乗った拳悟はその後、喉がびりびり痺れて燃えるような熱さに悶え苦しむのであった。
声高らかな失笑に包まれる一軒家の一室に遠くのお寺から除夜の鐘が聞こえてくる。とはいえ、ハチャメチャトリオの三人が百八つの煩悩から解き放されることはないかも知れない。
(今年もいろいろあったけど、来年はどんな一年になるんだろうな)
除夜の鐘の音色に耳を澄まして物思いに耽る拳悟。来年はどんな青春の一ページが描けるのであろうか。期待に胸を膨らませる青春野郎の思いは尽きない。
さまざまな人々の今年一年の反省と来年の抱負を抱えながら、大晦日の夜はゆっくりと、そして静かに暮れていく……。
* ◇ *
新年最初の日、それは元日――。
矢釜市の元旦は快晴に恵まれた。初日の出が美しく綺麗に浮かび上がり、スッキリとしたさわやかな新春のスタートである。
世間一般的にはお正月、いつも多忙な大人も今日ばかりはお仕事を休んで自宅でのんびりと過ごし、おせち料理に舌鼓を打ちながらお神酒をありがたくいただく。
一方、子供は子供で朝早くからとても嬉しそうだ。黄な粉や磯辺焼きのお餅を頬張りながら、お年玉をたくさんもらえると思ってそわそわしながら色めき立っている。
そんな感じで、どこの家庭でもお正月らしいありふれた日常が展開されていたことだろう。
「明けましておめでとう、お姉ちゃん!」
「おめでとう、ユミ……というか、もう新年の挨拶済ませたわよね?」
そういえばそうだったと、由美は舌を出して茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
実はこの仲良し姉妹の二人、昨晩はなんやかんやで日付を跨ぐその瞬間までテレビ観賞してしまい、すでに新年のお祝いを済ませた後だった。これも元旦にはよくある光景と言えるかも知れない。
パジャマ姿のまま台所に立つ姉、夢野家の元日の朝食はこれまた定番のお雑煮。
豚肉とお野菜、そしてきのこをふんだんに使い、最後に焼いたお餅を入れていただくのが彼女たちの母親流。というわけで、ただいまぐつぐつと食材の煮込み中なのである。
「もうすぐでお雑煮できるから、顔洗ってらっしゃい……って、もう着替えていたのね」
顔を洗うどころか、由美はすでにパジャマから普段着に着替えて身だしなみを整えていた。もちろん、これにはちゃんとした理由があった。
「やだ、お姉ちゃん。昨日の夕方に言ったじゃない。今日の午前中、お友達と矢釜神宮に初詣に行くんだよ」
由美は本日、クラスメイトの和泉麻未と伊集院舞香と一緒に年始の挨拶を兼ねて初詣に行く約束をしていたのだ。ちなみに、矢釜神宮は矢釜市屈指の規模を誇る神社で毎年大勢の参拝客が訪れている。
大晦日の夕方はお買い物でバタバタしており、妹の話を中途半端のままにして聞き漏らしていたのだろう。理恵は決まりが悪そうに反省の一言を口にした。
「……それはそれとして」
理恵はもう一つだけ由美の身なりに異変を感じていた。髪型が乱れているとかファッションセンスがおかしいわけではなく見慣れないものを発見したからだ。
「あなた、そのイヤリングどうしたの?」
「あっ、これ?」
それは青い石がアクセントになっているイヤリング。由美の両耳にぶら下がっているのは、想いを寄せる拳悟から昨年のクリスマスにプレゼントされたものだ。
彼女にとっては大切にしまっておきたい宝物。とはいえ、身に着けなければ宝の持ち腐れなので、今日のお出掛けでデビューさせることにしたわけだ。
ただ外出する直前ではなく、朝早くから身に着けてしまうところがイヤリングのようなアクセサリーに不慣れな彼女らしさと言ったらそれまでだが。
「クリスマスにね、お友達からもらったの」
「お友達から? まさか、男の子……」
「ううん、女の子だよー」
女子が宝飾系を同性にプレゼントなんてするだろうか?理恵は自らの過去や経験を振り返りながら不思議に思う。ただでさえアクセサリーに無頓着な妹を知っているだけに、唸り声を上げて疑問に感じるのも無理はない。
念には念を入れて詮索してみる姉と、首を横に振ってあくまでも嘘を貫こうとする妹。その攻防戦は数分間にも及んだ。そう、お雑煮を煮込んだお鍋がぐつぐつと吹き零れていることも忘れて――。
「お姉ちゃん、お鍋がっ!」
「あっ、いけない!」
ガスコンロのスイッチを慌てて止めた理恵。お鍋の蓋を開けてみると、煮過ぎてしまったお野菜がほろほろになっていて見た目はお世辞にもおいしそうではない。
新年早々やってしまった……。理恵は溜め息交じりにガックリと肩を落とした。ショックなのは彼女だけではなく、母親の味とも言うべきお雑煮を楽しみにしていた由美も同様だった。
元日の朝食はどうなってしまうのだろうか?由美が恐る恐る尋ねてみると、理恵が引きつった笑みを浮かべながらそっと振り向く。
「カップラーメンだね」
「え~、そんなぁ~……」
* ◇ *
それから少しだけ時間が流れた朝九時過ぎ。物語の舞台は拳悟の自宅に移る。
大晦日の夜から元日未明まで、喧嘩やら恋愛といった自慢話を語り明かした拳悟と勝と拓郎の三人は電気が付けっ放しのこたつを取り囲んで眠りこけていた。
窓を覆うカーテンの隙間から優しい朝日が差し込む。幸か不幸か、それが丁度顔面に降り注いでしまったおかげで拳悟は眩しさのあまり目覚めてしまった。
「ふわぁ、もう朝か~」
上半身だけ起こして大きく背伸び、そして大きく口を開けて大あくび。オーバーアクションを繰り広げた彼はおもむろに立ち上がり、明るい朝日が差し込む窓の方へと向かう。
カーテンを乱暴に開け放ち、新しい年を迎えたご近所の遠景を望んだ拳悟。すると、すぐ傍の路地を見ず知らずの若い女性が艶やかな晴れ着姿で歩いているシーンを目撃した。
「おおっ、そこのお姉さん! 明けましておめでとー。かわいらしい晴れ着だね、初詣帰りかな?」
会ったこともない他人からいきなり呼び掛けられて、晴れ着姿の女の子はあたふたとして戸惑っている。
普通ならここで無視して歩き去ってしまうところだが、ナンパ慣れしている彼の独特の話術と雰囲気に飲まれてしまってか、その女の子は照れ笑いを浮かべながら素直に質問に答えてしまった。
「おめでとうございます。はい、矢釜神宮に行ってきました」
その女の子曰く、矢釜神宮は朝早くから参拝客で賑わっていたそうだ。屋台もたくさん出ていてとても楽しかったらしく、もしだったら足を運んでみたらどうか?というものだった。
「初詣も悪くないよな。よし、行ってみようかな」
いざ初詣に出掛けると決めたのはいいが、まずは部屋の中でいびきをかいて寝ている男子二人を起こすことが先決だろう。
行動を起こさんばかりに拳悟がやってきたのは、ミラーグラスを外して仰向けで寝ている勝の枕元だ。レム睡眠なのか熟睡なのかわからないが、勝は時折悪口にも似た寝言を漏らしていた。
拳悟が枕の代わりにしている座布団を無理やり引く抜くと、床の上に後頭部を打ち付けた衝撃から勝はうめき声を上げて期待通りに目を覚ましてくれた。
「いってぇな! 何しやがるんだよっ」
「もう九時過ぎだ。とっとと起きろよ」
未成年のくせにお酒を飲んで二日酔い気味らしく、勝はこれ見よがしに不機嫌な顔つきで不満をぶちまける。秘蔵のウイスキーを遠慮なく飲まれてしまった拳悟にしたらいい迷惑であった。
この二人のやかましい口論のせいで、拓郎も起きてしまったようで掠れた声で愚痴を漏らしていた。彼はおしゃれ優先なのか、寝癖の付いたヘアスタイルをすぐさま整え始める。
男子二人が起床したというわけで拳悟がさっそく本題に入る。今日はおめでたい元日、一年の計は元旦にあり、そんな文言を並べて初詣に行こうと誘ってみるのだが。
「はぁ? そんなの面倒くさいだけじゃんか」
勝と拓郎の二人の返答はそんな覇気のない消極的な台詞であった。屋台目当てのガキでもあるまいし、今更神社参りなんてつまらないといった顔つきだ。
神様に対する冒涜か!拳悟は口を尖らせて苦言を呈した。健康促進、交通安全、商売繁盛、精力増強などなど、お願い事を成就させるために初詣は必要なのだと力説する。
「祈ったところで叶うもんか。総理大臣にでもなれるんなら信じてやるけどよ」
「コラコラ、もっと現実的なところで議論しようぜ」
総理大臣どころか国会議員すら諦めている男子三人の不毛な言い合いが続く。お賽銭をケチるばかりではなく、眠たさと寒さと気怠さが合わさって勝と拓郎は留守番を買って出てまで頑なにこたつから出ることを拒んだ。
一度言い出したらてこでも動かない連中なのは百も承知。これ以上無駄な時間と労力を使っても仕方がないだろう。拳悟は呆れた顔をしながら一人立ち上がる。
「わかったよ、留守番頼むな。俺はこれから初詣ついでにナンパしてくるからよ」
ナンパ――!?寝ぼけ眼だった勝と拓郎の両目が瞬時にギラッと光った。
部屋を出ていこうとする拳悟を呼び止める彼ら。とにかく座って事情を説明しろと、鼻息を荒くしてすっかり興奮状態である。
「アホか、おまえらは。俺が参拝だけの理由でわざわざ神社に行くわけねーだろ?」
拳悟から言わせると、元日の矢釡神宮は参拝目的のカワイ子ちゃんの宝庫とのこと。これは彼自身の過去の経験だったり実際に目で確かめたりしているのでそれなりに高い信憑性らしい。
自称ナンパ師でもある彼だけに、これまで数人の女子をナンパして仲良しこよしになった子も当然いたわけで、昼から夜までそれはもうムフフなひと時を過ごしたこともあったという。
だらしなく鼻の下を伸ばして体験談を熱く語る拳悟。つい先程、神様を冒涜しちゃいかんと常識ぶって叱り付けていた当事者とはとても思えない。
「早く行かないと女子が帰っちゃうから、そろそろ行ってくるな」
「待てっ!」
勝と拓郎の怒鳴り声が部屋内にこだました。
拳悟がびっくりして顔を向けてみると、そこには両目をハートマークに変えて口からよだれが溢れている好色な友人たちの締まりのない顔があった。
「俺たちも行く~♪」
「……連れていってやるから、まずはその間抜け面を洗ってこい」
てこでも動かない男子二人が、女の子というライトな重さに動かされたというオチである。
* ◇ *
好天とはいえ空気が冷たい午前十時前。自宅アパートを出た由美は友人たちとの待ち合わせ場所である矢釜東駅を目指していた。
初詣といったらやっぱり晴れ着だが、彼女の本日の衣装はひざ上丈のショートパンツに青地のタイツ、コーデュロイ織りのジャケットの下はニットのセーターといういでだちだった。
彼女自身、晴れ着に関心があるから着衣してみたいのだが、如何せん、自宅に晴れ着がなくレンタルするにもそれなりの料金が掛かるため遠慮してしまっているのである。
矢釡東駅へと通じる商店街に差し掛かった彼女。お正月の風景らしく、しめ飾りや門松があちらこちらで見受けられる。いつもは人通りが多いこの商店街も、さすがは元日だけに歩いている人もまばらだ。
ちょっぴり閑散としている商店街を歩くこと数分、矢釜東駅の駅舎が見えてくると、約束時間の前にも関わらずすでに友人が一人待っていた。
「やっほー、ユミちゃん、明けましておめでとう」
「アサミさん、明けましておめでとう!」
由美に向かって手を振っているのは、リボンで結んだ茶色の長い髪が特徴的なお色気女子の和泉麻未であった。学校では遅刻組とも呼ばれている彼女だが、プライベートでは遅刻しないことがモットーだったりする。
彼女も晴れ着といった華やかな衣装ではなく、タートルネックセーターの上にクリーム色のトレンチコートを合わせており比較的シックな装いだ。
とはいっても麗しのメイクだけはバッチリと極めていて、ご参拝というよりも街に男を漁りに行かんばかりの容姿であることは否定できない。
「マイカちゃんはまだ来てないんだね」
「お嬢様のことだから、身だしなみ整えるのに必死になってるんじゃない?」
約束時間の午前十時三十分を過ぎたが、もう一人の友人である伊集院舞香がまだやってこない。
時間が経てば経つほど神社が混雑してしまう。麻未は眉間にしわを寄せて愚痴ばかり零している。もともと待つのが苦手な性格もあるのだろうが、お嬢様気取りで人を待たせる舞香のことがどうにも性分に合わないようだ。
関係をこじらせまいと、イライラしっ放しの友達の宥め役に徹する由美。クラスメイト同士のいざこざが勃発するたびに、こんな役目ばかりだから彼女はただただ苦笑するしかなかった。
それから待つこと数分後。お嬢様はお嬢様らしいスタイルで登場することになる。
「あっ、あれマイカちゃんじゃないかな?」
矢釡東駅の正面ロータリーに一台の高級外車が乗り付けた。
運転席から下車した老人が後部座席のドアを静かに開けると、そこからワンレングスの黒髪を揺らす少女が姿を現した。真っ白な高級レザーコートを惜しげもなく着こなした伊集院舞香その人である。
「お二方、遅くなって申し訳ございませんわ」
言葉でこそ謝罪したものの、堂々と遅れておきながら悪びれる様子もない舞香。こういうところが癪に障るのだと、麻未は眉を吊り上げてあからさまに不機嫌そうな顔をする。
「そんなに怒らないでください。せっかくの厚化粧が台無しですわよ?」
「安心して。あたしが本気で怒ったらリップが口裂け女みたいになってるから」
「あーもう、二人ともやめてよっ。ほら、早く初詣に行こう、ねっ?」
プイッとそっぽを向いてピリピリムードの舞香と麻未の二人。彼女たちの間に入って険悪な空気を和ませようと気遣う由美。水と油の関係をどうやって混ぜたらいいのだろうかと、彼女は新年早々頭を悩ませるばかりであった。




