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第二十三話― 楽しみいっぱい、胸いっぱいのクリスマス(1)

 今日は十二月二十四日、クリスマスイブ。

 商店街の店舗からクリスマスソングが流れてきて、夜にもなれば煌びやかなイルミネーションが景色を美しく彩り街行く人の心を躍らせる。

 ケーキやチキンを囲んでホームパーティーを楽しむ者もいれば、ここぞとばかりに高級ホテルを予約するカップルもいる。もちろん、一人で寂しく寒い夜を過ごす者もいる。

 それは学生にとっても例外ではなく、派茶目茶高校の生徒たちもみんながみんな一年に一回の特別なイベント、さらには明日から冬休みという嬉しさに浮き足立っていた。

 ただいま始業前の朝、二年七組の教室へ向かっている一人の男子生徒がいた。それはいつになく落ち着かなくてそわそわしている勝であった。

(う~ん、困ったな。今日の夜どうすっかな……)

 せっかくのクリスマスイブだというのに勝はこれといった予定が何もなかった。恋人がいるわけでもないのでそこまでこだわる必要はないのだろうが、独りぼっちの夜というのもまた切ない。

 ゲームに夢中になって今日というイベントをすっかり忘れていた彼、どうにか一人きりの夜になるまいと、片っ端から声を掛けて誘ってみようと画策していたというわけだ。

「おはようございます」

「……おっす」

 二年七組の教室まで到着した勝は、朝の挨拶もそこそこにしてクラスメイトの顔ぶれを物色し始める。そして、彼の目に留まったのはメッシュのパーマをかけた拓郎とモヒカン頭の勘造の二人だ。

「よう、お二人さん、おはよう」

 わざとらしくニヤニヤしながら近づいてくる勝を見るなり、拓郎と勘造は挨拶こそ交わすもののどこか胸騒ぎを感じてしまった。こういう時ほど面倒事が多いことを知っているからだ。

「おまえら、今日が何の日かわかってるか?」

 勝からさもわざとらしく問い掛けられると、拓郎と勘造の胸騒ぎはますます膨らむばかりだ。とりあえず話だけは合わせておこうと、彼らはアイコンタクトでそう合図を送り合った。

「今日ってクリスマスイブだろ?」

「その通りだ。よく知ってたな。おまえにしちゃ上出来だ」

 小学生でも正解できるとツッコミを入れたい拓郎だったが、勝の機嫌を損ねると厄介なのでここはあえて我慢することにした。

「よーし、モヒカン、次はお前に問題だ。クリスマスはどういう日か知ってるか?」

「えーと、確か、キリストさんが誕生した日でしたよね」

「おっ、ちゃんと知ってるじゃないか、偉いぞ。あとでガム一枚やろう」

 回りくどい質問を続けて関心をそそっていた勝だが、いよいよここからが本題。今日は楽しいクリスマスイブ、聖なる夜を賑やかに過ごすためにパーティーを開催しようとここに提言する。

 クリスマスは何もカップルだけのイベントではない。男子グループだけでワイワイ盛り上がるのもまったくおかしくはないはず。

 年に一度のキリストの誕生祭、しかも明日からは学生にとって嬉しい冬休み。これだけの条件が重なれば楽しまない方が損と言うべきだろう。それは拓郎と勘造の二人も同意見だった。

「よし、決まりだな! 飲むぞー、歌うぞー、狂うぞー、はっはっはー」

 今夜の予定も決まってすっかり上機嫌、勝は笑い声を教室内に響かせた。独りぼっちの寂しいクリスマスイブよ、さようならと言わんばかりに。

 ――だがその直後。

「スグル、あいにくよ、俺たち、今夜もう予定が埋まってるんだわ、これが」

 それは紛れもなく断りの意思表示。予定が瞬時になくなってしまい、勝は思わず後ろにズッコケてしまった。

 拓郎と勘造はすでに先約済みであった。彼ら二人とも中学校時代の友人とパーティーを催すらしく、二週間ぐらい前から打ち合わせて約束していたそうだ。

 クリスマスともなれば、誰もが早めに都合を調整して当日を迎えているはず。勝のように、当日になってから約束を取り付けようとすること自体無謀と言えなくもなかった。

「へぇ、そうかい、そうかい。てめぇらなんかを誘った俺がバカだったぜ!」

 両手を床に付いてゆっくりと起き上がった勝は、眉を吊り上げてあからさまに不機嫌そうな顔をする。身近にいる親友を誘わずに、どこの馬の骨ともわからない他の連中と予定を組んだことがおもしろくないのだろう。

 クラス委員長としてはあるまじき行為だが、彼は思いつくままの悪態をぶちまけると机や椅子を蹴飛ばしながら教室を出ていってしまった。

 朝っぱらからいったい何事――?他の生徒たちの不安と動揺の声が小さく漏れる中、拓郎と勘造の二人は困惑めいた顔で開きっ放しの教室のドアを見つめるしかなかった。

「あの野郎、すねるととことん始末に負えなくなるからな」

「そうッスよね。すれ違った人みんなに喧嘩売ったりしなきゃいいけど」


* ◇ *

 勝はスタジアムジャンパーのポケットに手を突っ込んでふて腐れながら廊下を歩いていた。その表情は憂鬱そのものである。

 二年七組の教室を飛び出してからというもの、思い当たるところから誘ってみようと考えて彼が赴いた先はお隣のクラスの二年八組だった。

 ここには彼の仲間である知部須太郎、馬栗地苦夫、そして中羅欧の三人がいる。それぞれを見つけては声を掛けてみたものの、その答えはさまざまであった。

「……今夜から、年末恒例のサバイバル戦に備えて山ごもりだ」

「おいおい、俺がクリスマスイブに男と過ごすと思うのか?」

「中国に、帰国するアル。クリスマスなんて、関係ないアルね」

 結局のところ、誰一人として付き合ってくれる者はいなかった。当日になってから行動を起こしている自分に後悔してしまう勝なのであった。

 まさに連戦連敗。このままでは一人きりのクリスマスイブになってしまう。孤独という危機感を募らせる彼は、腹立たしさのあまり廊下の壁に思い切り蹴りをぶち込んでしまう。

 男だろうが女だろうが関係ない、人数の多さも問題ではない。とにかく独りぼっちが解消されたらそれでいいのだ。そこまでこだわる必要もないとは思うが、彼は不甲斐なさを嘆くばかりであった。

「ちょっと、ちょっと、ずいぶん荒れてるじゃない?」

 先生に言いつけちゃうぞ~と脅しながら近づいてくる一人の女子生徒。リボンで結んだ茶色の髪の毛をなびかせて、真っ赤なロング丈のピーコートから覗く太ももが色っぽくて艶かしい。

 その女子生徒こそ、おしゃれにはいくらでもお金を費やし色気のためには努力を惜しまない、勝と一緒にクラスを取り仕切っている副委員長の麻未だった。

「おまえにはわからないだろうよ。寒い夜に一人で自室にこもってジングルベルを合唱する哀れさを」

「……よくわかんないけどさ。あんた、けっこう気に病んでるね」

 この二人の会話ではよくある光景だが、お互いに気心が知れているせいかトゲがあってもどこか憎めない。だから、口喧嘩に発展することはあっても敵対するほど仲違いしたことは過去に一度もなかった。

 そういう点では、麻未は長い付き合いだし何よりも気の置けない親友でもある。こうなったら当たって砕けてやると言わんばかりに、勝は気安く声を掛けてきたクラスメイトを誘ってみることにした。

「なぁ、アサミ。おまえ、今夜って予定があるか?」

「なーに、いきなりだね」

「いやなに、もしヒマだったら俺とパーティーでもしないかって思ってな」

 一人の男が一人の女を誘えばそれはいわゆる二人きりのデートというわけで。勝の照れくさそうな顔を見て、麻未は麗しい唇を緩めてニコッと微笑んだ。

「ふ~ん、あたしを誘ってくれてるんだぁ」

 二人でクリスマスイブをロマンチックな夜にしよう。勝から気障っぽい台詞を告げられた麻未もまんざらではない様子。デートに慣れている彼女でも、男性からのお誘いは嬉しくないはずがない。

「よし、決まりだな! 飲むぞー、歌うぞー、やるぞー、はっはっはー」

 今夜の予定も決まってまたしても上機嫌、勝は笑い声を廊下中に響かせた。身も心も温まるクリスマスイブよ、いらっしゃいと言わんばかりに。

 ――だがその直後。

「でもね~、残念ながらあたしヒマじゃないんだよね」

 それは紛れもなく断りの意思表示。予定がやっぱり予定でなくなって、勝は思わず後ろにズッコケてしまった。

 麻未ほどの女子なら予定が入っていても当然だった。彼女曰く、先月から予約の声が掛かっていたそうで今夜は二人の男性と掛け持ちとのこと。体力が持つか心配だと意味深長な発言をする始末だ。

「ふ~ん、そうかい、そうかい。そりゃ忙しくて何よりだな。好きなだけ遊んでくればいいさ!」

 両手を床に付いてゆっくりと起き上がった勝は、眉を吊り上げてあからさまにご機嫌斜めな顔をする。男らしい自分を誘わずに、どこの馬の骨ともわからない他の男を選んだことが癪に障るのだろう。

 クラス委員長としてはあるまじき行為だが、彼は廊下ですれ違う生徒を見境なく怒鳴り付けながらそこから歩き去ってしまった。

 何が何だかさっぱりわからない――。周囲の生徒たちが怯えている中、麻未は溜め息交じりで去りゆくクラスメイトの背中を見つめるしかなかった。

「もう少し性格がおとなしかったら、今よりは好感が持てるんだけどね~」


* ◇ *

 それからしばらく時間が経過し、時刻は正午過ぎとなった。

 昼食を適当の済ませた勝は一人寂しく屋上にいた。吹き荒ぶ冬の冷たい風が彼の心の奥まで震わせてしまいそうだ。

 彼は休み時間を利用して三年生の教室も練り歩いてみたが、結果的には収穫ゼロ、誰からもお誘いに応じる承諾を得ることができなかった。

 クリスマスイブの夜というのはこれほどまでに忙しいものなのか?彼は一人だけ取り残された錯覚を覚えてしまってショックを隠し切れなかった。

「この世でイブを一人で過ごすのは俺だけなんじゃあるまいな。まったく冗談じゃねーぞ、おい」

 誘っても誘ってもみんながみんな予定あり。これではそんな被害妄想を口にしてしまうのも無理はなく、これほどまでの喪失感と孤独感を味わうなんて過去にもなかったに違いない。

 幅広い交友関係を持つ勝でもそろそろ限界か。思い当たる人物を頭の中でピックアップしてみても、ほとんどが見込みなしと思われる面々ばかりだ。たった一人を除いては……。

「いやいや、アイツは論外だ。やかましいだけでこっちが疲れちまう」

 ふらっと勝の脳裏に浮かんできたのは、まだ声を掛けていなかった同級生の顔。それは何を隠そう、親友というよりは古くからの悪友でもある拳悟であった。

 思い浮かんだ無二の親友の顔を片手で仰いで消し去ってしまう勝。どんなに誘う相手がいなくても拳悟だけはお断りといったところか。

「ずいぶん落ち込んでいるな。また女子にフラれたんだろ?」

 イライラが募って頭が痛くなる中、さらに痛いところを突いてくる意地悪な人物がいた。

 勝が塞ぎ込んでいた顔を持ち上げてみると、その視界の先にはおさげ髪をぶら下げたカンフースーツを着こなした女子生徒が立っていた。

「ちっ、リュウコかよ。お呼びじゃねーよ、どこかへ行け」

「そもそも、そこはあたしの特等席だ。おまえの方こそどこかへ行けよ」

 二年四組のカンフー少女こと風雲賀流子にとって屋上はお気に入りの場所だった。もともと賑やかな場所を好まないだけに、一人きりになれるこの静かな空間を誰にも邪魔されたくないというわけだ。

 屋上の一角に特等席も予約席もあったものではない。ここは生徒の誰もが自由に使える共有スペースだからと、勝はそこから一歩たりとも動こうとはしなかった。

 言うことを聞かない者には鉄拳制裁、彼女はポキポキと指を鳴らして不敵に笑った。力で相手をねじ伏せるのは、喧嘩っ早い性格の彼女の専売特許なのである。

「おいおい、強引なやつだな。先生に言い付けちゃうぞっ」

「やれるものならやってみろ! あたしに脅しは通用しないぞ」

 ただでさえ苛立っているのに、ここで揉め事を起こして余計に疲れるのは得策ではない。勝は苦渋な面持ちでそこから退けるしかなかった。

「ケッ、男みたいなおまえだってモテねーくせに。どうせクリスマスイブも一人で過ごすんだろうがっ!」

 それは勝の悔し紛れの捨て台詞。自分自身の現状を哀れむ遣る瀬無い思いを怒声に乗せた。ところが流子の方はというと、動揺したりもせずポカンとした呆れ顔を浮かべていた。

 その数秒後、憤慨するどころか彼女は腹を抱えて大笑いしてしまった。

「はっはっは! クリスマスイブっておまえは子供か? 一人で過ごすとか誰かと過ごすとか、そんな下らないことあたしにはどうでもいいことだ」

 流子から言わせれば、クリスマスイブなどごく普通の十二月二十四日という平日であって特別お祝いする日ではない。イベント好きのカップルが勝手に盛り上がっているだけで自分にはまったく関係ないと言い放つ始末だ。

 確かにそれは間違ってはいないし一理あるが、寂しがり屋の勝にしたらどうにも釈然としなかった。せっかくの年に一回の楽しいイベントだからやっぱり誰かと一緒にワイワイ楽しみたいと思うのが本音であろう。

「何強がり言ってやがるっ。子どもみたいな幼児体型してるくせによ」

 幼児体型――!流子の顔つきが一瞬のうちに鬼の形相へと変化した。

 彼女は一歩、また一歩と勝に向かって歩み寄り、指をポキポキと鳴らしながら威圧感たっぷりの微笑を浮かべている。というよりも口角の上がり具合が痙攣気味に引きつっているが。

「キサマ、どうやら本当に地獄を見たいらしいな……」

「あ、あらら、もしかして痛いところを突いちゃったかな?」

 ミラーグラスで隠している勝自身の目のことのように、誰にでも触れてはならない禁句というものがある。当然ながら流子だって一人の女子生徒なわけで、グラマラスなナイスボディーに憧れがないはずがない。

 男女二人きりの屋上に戦慄を告げる緊張感が駆け巡る。これは真面目に逃げなければいけない、彼は咄嗟にそう判断して校舎への出入口を視界に捉えた。

「じゃあな、リュウコ。寂しいクリスマスを~」

「やかましい、殺してやる!」

 両手をばたつかせて逃走を図る勝、そして必殺技である白鷺のポーズで追い掛けていく流子。その追いかけっこは校舎内に入ってからもしばらく続いたが、お昼休みの雑踏を巧みに利用しながら走り抜けた彼の方に軍配が上がった。

 命からがら逃げることに成功した彼は、人目に付かない死角スペースの床の上に座り込んでいた。無駄な体力を消耗してしまったと、彼は息を切らせながら命知らずの暴言を吐いたことを反省するしかなかった。

「まったく何をやってるんだ俺は……。今夜をどう過ごすか考えねばならんのに」

 当初の目的、今夜のクリスマスイブをどうやって楽しむのか?勝は低い天井を見上げてそっと目を閉じてみる。誘ってみる相手がまだ残っていないだろうかと。

(あれ、ちょっと待てよ?)

 勝はこの時、大切なクラスメイトを忘れていたことに気付いた。

 拳悟はおろか、拓郎や勘造、それに麻未なんかよりもずっと魅力的でパーティーに誘うには最適の女子生徒がいたことを。

「そうだっ、ユミちゃんがいたじゃないか! 午前中、教室にいなかったから忘れていたぜ」

 実をいうと由美は午前中、拳悟と一緒にクラスを代表して社会科見学に出掛けていたのだ。ちなみに見学先というのは、猫や犬のぬいぐるみを製造する工場だったらしい。

 二年七組のマドンナである彼女なら願ったり叶ったり。ほんのりと恋心を抱いている勝にしたら理想の相手と言えるだろう。

 社会科見学は午前中いっぱいだからもう教室にいるかも知れない。善は急げと、勝はすぐさま立ち上がって行動を開始しようとする、が。

(……ってことはよ、あのバカも帰ってきてるってことか)

 バカ呼ばわりされてしまった拳悟も、由美と一緒になってぬいぐるみと戯れてきたわけで。授業の一環なのだから、二人一緒に戻ってきているのは容易に察しがつくわけで。

 ここで大きな壁が立ちはだかる。それは、由美一人だけ誘おうとしても真ん前の席に座る拳悟に気付かれてしまうこと。それと、二人きりのデートを受け入れてもらえる自信も正直なかったりする。

 ここは無難に行くしかない。勝は深い溜め息を零して渋々ながらもそう決心した。


* ◇ *

「えっ、クリスマスパーティーですか?」

「おいおい、いきなり今日の夜かよ?」

 開口一番パーティーをやろうと声を掛けられて、由美と拳悟は驚きのあまり唖然としてしまった。というよりも、鼻息を荒くして迫ってきた勝の勢いに驚きを隠せないようだ。

 鼻息を荒くするのも無理はなく、勝にとってはこれがラストチャンス。これを逃してしまうと、孤立感たっぷりの聖なる夜はもう確定なのである。

「他の連中はみんな都合が悪くてな。だからどうだ、俺たちもやらないか?」

 まず最初に反応したのは由美だった。しかも、了解を示すサイン付きで。

 拳悟や勝のことを毛嫌いしている姉が目を光らせる中、夜にふらっとパーティーに出掛けるなんてそれこそ難しいはずなのに、どうして?

 その真相を説明すると、姉も姉でクリスマスの夜を満喫しようと会社の同僚と外食してくるつもりらしいのだ。それならば、妹だって少しぐらい羽目を外しても罪はないだろう。

 品行にうるさい理恵ではあるが理解力がない人でもない。今夜ぐらいは自由に過ごしても構わないだろうと、彼女は妹の由美にクリスマスプレゼントとばかりにお小遣いをあげていたのである。

「おおっ、ユミちゃんならそう言ってくれると信じていたぜ!」

 退屈な夜よさらば!勝はガッツポーズを決め込んで歓喜に沸いた。ミラーグラスで隠した目を潤ませている彼の喜びはそれはもう半端ではなかった。

 ケーキやらプレゼントやらどうしようと、柄にもなく子供のような発想をしながら浮かれている勝。それぐらい、クリスマスというのは人の心をワクワクさせてくれるのである。

「で、ケンゴはどーする? まぁ、おまえは無理に参加しなくてもいいぞ」

「何だよ、それ。まるで俺がいない方がいいみたいじゃねーか」

 拳悟も今夜はこれといった予定がないらしく、パーティーへの招待を迷うことなく承諾した。

 お祭り好きの拳悟が予定なしというのも珍しいと思われるが、彼の場合、年がら年中イベントを企画しては仲間と遊んでいるのでクリスマスだからといって騒ぐタイプでもないのだ。

 これでパーティーの開催が決まったわけだが、どこか物足りなさを感じていた拳悟。せっかくの夜だからもっとおもしろくなればと、彼はここで一案思い付いた。

「なぁ、スグル。さやかも誘ってやったらどうだ?」

「な、何だと!?」

 さやかとは聖ソマラタ女子学院に通っている一年生で、勝に好意を寄せている明るさが取り柄の元気な女の子だ。

 彼女がメンバーに加われば男女四人になる。人数的には丁度いいし、しかもパーティーは人数が多い方が賑やかで楽しいだろう。拳悟がそう提案するも、勝は冗談じゃないと機嫌を損ねて難色を示した。

「おまえさー、どうしていつもそう突っぱねるの? さやかのこともう少し構ってやれよ」

 勝は大きなお世話だと一人いきり立っている。彼自身、さやかを嫌っているわけではないのだが、向こう見ずなところが苦手なのか彼女そのものに対してどこか抵抗感があった。

 それでも拳悟はしつこく誘ってみようと促した。寂しがり屋のさやかのこと、きっと連絡が来るのを待っているかも知れないと。これには、彼女と友人関係の由美もまったく同じ気持ちだった。

「とにかく、さやかのことはいい! 俺たち三人で決まり、わかったな?」

「はいはい、もう言わねぇよ」

 どこまでも強情っぱり、聞く耳すら持たない勝にすっかり呆れてしまう拳悟。由美もこの時ばかりは溜め息を零して困惑するしかなかった。

 午後の授業が始まる前に詳細を打ち合わせる三人。ひとまず学校付近の時計塔がある公園に夕方六時に集合、その後については合流してから決めることになった。

 派茶目茶高校の生徒たちがそれぞれのクリスマスイブを楽しもうとしている。靴下を用意したりはしないだろうが、サンタクロースから素敵なプレゼントはもらえるのだろうか?


* ◇ *

 時が瞬く間に流れて放課後になった。

 校庭から上空を見上げてみると若干ながらも雲行きが怪しくなっている。天気予報の最新情報では、矢釜市の夜は曇りのち雪とのこと。それを証拠に身を切るような北風が強く吹いていた。

 今日一日の授業を終えて玄関から校門へと躍り出る生徒たち。その群集の中には、厚手のコートとマフラーで寒さを凌いでいる由美の姿もあった。

 夜のパーティー参加のために一路自宅へと急いでいた彼女。いくらクラスメイトが相手とはいえ、年頃の女子としては制服を脱ぎ捨てて身だしなみをきちんと整えたいといったところか。

 矢釜中央駅まで足を速める由美に声を掛ける男子がいた。それは本日一緒に行動する予定の、皮製の長尺ジャケットを羽織っている拳悟だった。どういうわけか、彼は慌てた様子で息を切らせながら駆け寄ってくる。

「あれ、ケンゴさん、どうかしたんですか?」

「はぁ、はぁ、間に合ったか」

 何かトラブルでもあったのかと不安になる由美。拳悟は少しずつ呼吸を落ち着かせてから慌ててやってきた真相を明かした。

「いや、あのさ。スグルからの伝言で、集合場所が変更になったんだ」

 当初は学校近くの時計塔がある公園が集合場所だったが、勝の気紛れでいい加減で自分勝手な思い付き一つで矢釜中央駅の待合室に変更されてしまったとのこと。

 正直なところ、寒い季節に屋外で待ち合わせるのもいかがなものかと。それならば、暖房が完備されている駅の中の方が待ち合わせには好都合というわけで。

 由美はホッと胸を撫で下ろして安堵の声を漏らした。もしこれを知らないままだったら、それこそ誰もやってこない公園で一人きりのクリスマスイブになるところだったから。

 ここで二人は間違いがないようにと今一度確認し合った。夕方六時に矢釜中央駅の待合室に集合することを。

「それはそうと、ユミちゃんは毎年パーティーとかしてるの?」

「あんまりしてないかな。母と姉と一緒にケーキ作ったりはしましたね」

 女の子っぽくて微笑ましいエピソードの一つではあるが、由美は家族全員でパーティーをしたりした思い出は思いのほか少ない。

 彼女の父親は厳格で妥協を許さない性格らしく、多忙を極めると子供の誕生日すら忘れて仕事に専念してしまうとのこと。そういう理由からも、家族揃ってのパーティーなんて年に数回あればいい方だった。

 その上、実家を離れて姉と二人暮しの今、当然ながらクリスマスを賑やかにお祝いすることはできない。だからこそ、学校の親友からのお誘いを喜ばないはずがなかった。

 またとない機会だからいい思い出に残したいと、由美は期待に胸を膨らませながら拳悟と隣り合って校門を越えていく。

「よく見てみたらさ、空もずいぶん曇ってきたね。この寒さだと雪がちらつくかも知れないよ」

「本当だ~。そうなったらホワイトクリスマスですね」

 拳悟と由美の二人は冬空を見上げながら微笑んだ。北寄りの風がピューピューと吹いてきても、この後の楽しいパーティーのおかげかそれほど寒くは感じなかったようだ。

 今夜は楽しくなりそう。友達同士でクリスマスを過ごす経験がなかった由美にとっては、真っ白な雪もパーティーを演出するロマンチックなプレゼントの一つだったのかも知れない。


* ◇ *

 それから数時間ほど経過し、時刻は夕方の六時ジャスト。ここは時計塔がシンボルマークの公園だ。

 チカチカと明るく点るイルミネーションが公園内の景色を彩る。この時期らしく、電飾を施された時計塔がクリスマスツリーに変身していた。

 薄暗くなって子供の声も姿も消えてしまった中、ベンチで腰を下ろしている高校生が一人。スタジアムジャンパーのジッパーを襟元まで上げて身を縮こまらせている勝であった。

 彼はクラス委員長だけに遅刻が大嫌い。だから、待ち合わせ時刻より十五分も早くここへ到着していた。ただ、待ち切れなくて自宅でじっとしていられなかっただけなのだが。

 ――ここで一つ疑問が浮かぶ。今夜のクリスマスパーティーの待ち合わせ場所は、彼の独断で矢釜中央駅の待合室に変更になったはずだ。どうしてここに?

「ケンゴの野郎はどーでもいいけど、ユミちゃんも来ないんじゃ動くに動けないじゃないか」

 来るはずのない人を待ち続けるとは何とも儚いもの……。勝はベンチから立ったり座ったりして吹き荒ぶ北風と戦っていた。

 独りぼっちの寂しい公園に一人の少女がやってきた。彼女はフード付きのダッフルコートを着込んで赤色のショートブーツを履いている。その身なりからして由美ではないことはわかった。

 時計塔のクリスマスツリーの明るさに映し出された少女は、待ちぼうけで苛立っている勝に元気よく声を掛けた。

「スグルくん、お待たせっ」

「はぁっ? お、おまえ、どうしてここに来たんだ!?」

 勝が素っ頓狂な声を上げて驚くのも無理はない。彼の前に姿を見せた少女こそ、クリスマスパーティーのご招待を受けて喜んで家を飛び出してきた錦野さやかだったからだ。

 意中の人からのまさかのお誘いに彼女本人だってびっくりしている。脇目も振らずに駆け付けてきたせいか、ここへ着くなり手鏡片手に髪の毛や服装の乱れを慌ててチェックしていた。

 何が何だかさっぱりわからないのは勝だ。拳悟と由美が来るはずの公園になぜさやかがやってきたのか知る術もなく、寒さも忘れて汗を飛ばしながら右往左往してしまっている。

「おい、おまえ勘違いしてるぞ。俺はおまえなんか誘ってない!」

「それじゃあ、どうしてここにいるの?」

 どうして?と聞かれたら勝は待ち合わせだと答えるしかないし、そうなったらそうなったで、さやかは自分との待ち合わせだと答えるしかない。そこに不整合も違和感もまったくないわけで。

「いやいや、だから違うんだって!」

「なら、誰と待ち合わせていたの?」

 勝は包み隠さずありのままの事実を打ち明ける。拳悟と由美の二人とここで待ち合わせしており、これからパーティーの開催場所を決める段取りだったと。

 それを聞かされたさやかは首を捻って不思議そうな顔をした。それもそのはずで、ここで勝が待っているから行ってやってほしいと連絡してきた人物が拳悟だったからである。

 ――もうご承知の通りとは思うが、これもすべて拳悟が仕組んだ策略。何も知らない勝はまんまとそれに引っ掛かってしまったというわけだ。

(や、やられた~!)

 騙されたこともそうだが、それよりも由美と二人きりになろうとする拳悟に激しい怒りを覚えた勝。静かな公園内に悔しさいっぱいの怒鳴り声を響かせた。

 事態も展開もまだ把握できていないさやかは戸惑いながらそこに立ち尽くすしかない。勝に説明を求めたところで、返ってくる言葉はどれも感情的な暴言ばかりで的を射てはいなかった。

 とにかく拳悟と由美を探さねば!勝はなりふり構わず向かい風の中を駆け出していく。頭に血が上ってしまうと、周りのことが見えなくなってしまうのが彼の悪い性格だ。

(――――!)

 走り始めてから数秒後、彼は背後から何かを感じて足をピタリと止めた。

 おもむろに振り返ってみると、そこには悲しい眼差しでこちらに視線を送っている独りぼっちの少女が立っていた。

 夕闇に溶け込むことなく悲哀感を漂わせるさやか、彼女にしてみたら、勝と楽しい夜を過ごせる嬉しさでいっぱいだったはず。髪の毛も服装も乱してしまうぐらい一生懸命になって遠くからやってきてくれたのだ。

 このまま拳悟と由美を追い掛けても辿り着ける保証などない。もしここを離れてしまえば、結局独りぼっちのクリスマスになってしまうだろう。せっかくの巡り合わせを無駄にする理由などない。

 勝は大きく溜め息をつき夜空を見上げる。もう諦めてしまったのだろう、彼は吊り上げていた眉を下ろして苦笑しながら歩き出した。そう、さやかのいる方角へと。

「何、ボーっと突っ立ってるんだ。早く行くぞ」

「えっ、ケンゴくんとユミさんは?」

 さやかは急展開に付いていけずに呆然としていた。自らの横を通り過ぎていく勝の背中を見つめながら疑問を投げ掛けることしかできない。

 パーティーの開催場所は自宅、その途中にケーキやらプレゼントやらを買うから手伝え。彼の口からそう指示されても、彼女はまだ理解できなくてそこから歩き出すことができなかった。

「つべこべ言ってると置いていくぞ」

「あっ、待ってよ~!」

 とにかくパーティーへ参加する希望が叶ったのは間違いない。喜びを噛み締めながら、さやかは大慌てで地面に張り付いていた両足を動かした。

 勝とさやかの二人は時計塔のイルミネーションに見送られながら公園を後にする。

 丁度それから数分後か、上空から冷たくて真っ白い雪が舞い始めて、ここ矢釜市にロマンチックなホワイトクリスマスが訪れた。

「わぁ、綺麗だね~。積もるといいね」

「積もったら、明日は雪合戦ができるな」

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