第十九話― 恋も勉強も喧嘩も上等! ライバル出現【後編】(1)
派茶目茶高校二年七組に在籍する勇希拳悟。彼には中学校時代、切っても切れないぐらい仲良しだったライバルがいた。その男の名は今条竹史――。
中学校を卒業して以来二年半ぶりに再会を果たした二人。昔懐かしい思い出に浸るかと思いきや、二年半というブランクが彼らの溝をより大きなものにしていた。
暴力といった野蛮な行為、不良と呼ばれてもおかしくはなかった過去を自省し、豪快高校という進学校へ入学してからいうものひたすら大学進学を目指して勉学に励む毎日。
過去と現在のしがらみに悩める若者は今、通学途中にある住宅街の公園までやってきていた。
(なんてこった。まさかケンゴのやつと夢野さんが同級生だったとは……)
竹史はベンチに腰を下ろして深い溜め息を漏らした。ただいま放課後、彼はどうにも気持ちが落ち着かなくて寄り道がてら公園で気晴らしでもしようと思った。
由美との出会いが彼の心を縛り付けている。それが恋とは信じたくはなかったが、勉強が手に付かなくなってしまうこともありどうにもそれを認めざるを得ない事態にまで陥っていた。
そんな中、降って湧いて出てきた拳悟の存在。彼女との関係にあらぬことを想像してしまい、それがますます竹史の気持ちを苛立たせていたわけだ。
「ヤツなんかと一緒にいたら大変なことになるっていうのに、まったく困ったもんだぜ」
後頭部に両手を宛がい、竹史はぶつくさと愚痴を吐いてベンチの背もたれに背中を預ける。しばらく巻雲が浮かぶ秋の空を眺めていたが、やがて疲れたかのように瞳を閉じた。
「今条、竹史さんですよね?」
「……え?」
うとうとしていたせいか、夢の中だと勘違いしてしまった。竹史はびっくりして声のした方へ振り向く。
彼のすぐ傍に立っていたのは、しなやかな黒髪を秋風で揺らしている微笑ましい笑顔の女子高生。学校からちょっと遠回りしてここまで足を運んだ夢野由美であった。
「ゆ、夢野さん!?」
「こんにちは、今条さん」
どうして名前を知っているのか?と竹史は呆然としながらそう問うた。それもそのはずで、彼はまだきちんと自己紹介ができていなかったからである。
由美は事実のままに告白する。任対勝から見せてもらった卒業アルバム、そこに竹史の写真と名前が載っていたこと、そして勝も拳悟も同じクラスメイトだということも。
「そうか、スグルとも同じクラスだったのか」
「はい。今条さんはお二人と同級生だったんですね」
「……どうやらすべてを知っているようだね」
吹っ切れたかのように苦笑しながら天を仰ぐ竹史。こうなったらもう隠し切れるものでもない、彼は思いつくままにすべてを正直に打ち明けた。
拳悟や勝とつるんで自由気ままに遊ぶだけ遊んで、やりたいようにやって、生きたいように生きてきた中学生時代。特に拳悟とは無二の親友であり良きライバルでもあった。
不良っぽく振舞うことに生きがいを感じて、とにかくナイフのように尖っていたあの頃、今思えば野暮ったいところだが、何もかもがいい経験であり青春の証と言えなくもない。
「他校の連中と喧嘩してさ。俺たち三人ボコボコになっちゃって、河川敷で朝までぶっ倒れたりした時もあったな」
「そうなんですか。ケンゴさんもスグルくんもその頃からやんちゃだったんですね」
喧嘩は良くないと思っていても、男同士の熱い友情の形に憧れを抱いている由美。なかなか友達を作れなかった過去もあってか、そういう武勇伝を聞かされるとつい感動してしまうのだ。
素敵なエピソード目白押しで彼女は興奮気味に胸を躍らせている。きっと、拳悟と勝の二人の過去を知ってみたい好奇心もあったのだろう。
楽しそうに昔を懐かしんでいたはずの竹史。ところが、いつの間にか表情がどんよりと曇っていた。バカやってた過去なんかいらない、今が何よりも大切なのだと冷めた口調でそう言い放ちながら。
「それってどういう意味ですか?」
「言ったままのことだよ。俺はもうバカげたマネはしない。アイツらと友達付き合いもする気はないってことさ」
由美は衝撃を受けた。いくらバカげているとはいえ、楽しい思い出を記憶から消したり、友情の形までも崩してしまおうとする行為そのものを受け止めることができなかった。
彼女から何を言われようが、優等生の竹史はそれに応じようとはしなかった。不良と付き合っていたら悪い噂が立ち、しかも勉強や進学の支障になるだけだと。
「待って、ケンゴさんは不良なんかじゃないです!」
「この前、ケンゴに会ったよ。二年半ぶりにね」
中学校の卒業式以来、竹史と拳悟は一度も会っていなかった。由美もそれとなく勝から話を聞かされていたが、ここでその事実を初めて知ることになった。
あの頃からちっとも変わっていない。風貌こそ大人になってはいるが、後先を考えない生き方や言動は何も成長していない。それが竹史にとって久しぶりに再会した拳悟の印象だった。
「いきなり付き合ってくれって言われて、いざ付き合ってみたら何の用事だったのかな。今でもさっぱりわからないよ」
苦笑しながら首をコクリと捻る竹史に、由美はニコッと笑ってポツリと呟く。
「わたしにはわかります。あなたに会いたかったんですよ」
「え?」
お互いに拳をぶつけ合い、ともに青春時代を過ごしたライバル同士、たまたま飛び出した中学校時代の思い出話が二年半ぶりの再会という衝動を駆り立てた。
拳悟がここ数日、学校をやたら早退したり様子がおかしかったのも、きっと昔のことを思い出して懐かしさに触れてみたくなったのではないか。少なくとも由美の目にはそう映っていた。
竹史はしばらく唖然としていたが、その数秒後には気難しい表情に変わってしまった。ただ一言、正直なところいい迷惑なんだと囁きながら。
「迷惑だなんて、そんな言い方ってひどい……」
「考えてもみてくれ。柄の悪い男子が学校の前で待っているなんて、それこそどんな噂が広まるかわかったもんじゃない」
悪い噂が広まるのは、何も自分のことばかりではないと口にする竹史。拳悟のような男と一緒にいたら悪い評判が付きまとい不良と呼ばれてしまい兼ねないと、由美に友達を選ぶよう健全な交友を促した。
そう諭されたところで彼女に是正する気などなかった。彼女にとって拳悟はただのクラスメイトではなく、何でも相談できて楽しくお付き合いのできる親友なのだから。
「君はまだケンゴの本性を知らないだけ。アイツは女の子のことしか頭にないただの女たらしなんだぞ」
「わたしはそうは思ってません。ケンゴさんは男らしくてたくましいし、とても素晴らしい男性ですよ」
竹史も由美も意地の張り合い、どちらとも真剣な表情と熱い眼差しで舌戦を繰り広げる。つくづく拳悟という男が良い意味でも悪い意味でも人気者であると思えてしまう光景だ。
このまま拳悟と交流を続けると喧嘩やトラブルに巻き込まれていつか大変な目に遭う、それが嫌ならすぐにでも関係を断つべきだ。竹史は語気を強めながらそう警告した。
それでも彼女は頑固なまでにそれを拒んだ。たとえ危険な目に遭っても、拳悟を含めクラスメイト全員がいつも守ってくれる。彼女の顔は揺るぎない自信に満ち溢れていた。
もう何を言っても無駄であろうか……。竹史は思いが届かずガックリと肩を落とした。
「それなら仕方がないな。残念だけど、俺と君はこれ以上親しくはなれないようだ……」
悔しさと寂しさをそこに残したまま、由美に背中を向けて公園を後にしようとする竹史。その時の物悲しい表情は、恋する少女と決別するやり切れなさを感じさせた。
――その直後、彼女からの予想だにしない一言で、彼の去りゆく足がピタッと止まった。
「わたしは、今条さんともっと親しくなりたいです」
せっかく知り合えたのにお別れなんて寂しい。由美は本心をそのまま声に乗せた。異性との交友が少ない彼女にしたら、勇気があって誠実さを備えた竹史は信頼できる友達になれるだろう。
友達申請を受け取った彼の方はどうしているかというと、びっくりしているのか後ろに振り向いたまま硬直してしまっている。純な若者らしく頬もほんのり赤色に染まっていた。
「夢野さん……。本気でそう思ってくれているのかい?」
「はい。できればお友達でいてくれたら嬉しいです」
興奮と歓喜が込み上げてきて、竹史はふにゃふにゃと全身から力が抜けていく。危うくひざから崩れ落ちそうになったがどうにか踏みとどまった。
お別れの寂しさから一転、まさかのお友達同士で心が弾む。しかも、好感触を肌で感じることまでできて胸の高鳴りが収まりそうにない。彼の表情は締まりがないほど緩んでいた。
拳悟や勝といったクラスメイトと同じ友達になれたとはいえ、まだ顔見知り程度の仲だ。この機会にもっと親しくなれるきっかけがあるのでは?と彼は思いを巡らせてみる。
(どうしよう、もう少しお話するとしたら、どこかへ誘ったりとか……)
それではデートではないか!竹史は自分で自分にツッコミを入れてしまった。いくらなんでも二人きりでお出掛けなんて急過ぎるし、それに馴れ馴れしい。
彼が赤らんだ頬のままで思案に暮れていると、それを見ていた由美は異変に思ったのだろう頭の上にいくつもの疑問符が浮かんでいた。声を掛けるのを躊躇ってしまうほどに。
どうにも諦め切れずしばらく悩んでいた彼だったが、ふとこの前、拳悟と話し合いをしていた時のことを思い出した。
(そういえば、アイツも夢野さんとよく遊んだりしてるって言っていたな)
友達同士であれば誘ったりするのに遠慮などいらない、二人きりで遊んでも違和感はないのだ。ダメでもともとだし当たって砕けろ、竹史は力強く頷いて一つの結論に行き着いた。
「夢野さん!」
「は、はい?」
竹史は勇気を振り絞って大声を発した。そして、由美は姿勢を正して身構えてしまう。お互い、心音がバクバク高鳴って緊張感が全身を覆い尽くす。
「も、もし良かったらさ、今度の休日、一緒にどこかへ行かないか?」
「えっ?」
それは傍から見たらデートのお誘い以外何物でもない。由美はそれを意識してか、ちょっぴり頬の当たりが赤くなっていた。
竹史はとにかく汗かきまくりで必死になって説明する。デートというよりも、買い物したり一緒にコーヒーを飲んだりする程度の気楽なものだと。
断られる覚悟でいざ誘ってみたものの、真っ向から拒否されたらショックだし、友達として接していくのもギクシャクしてしまうだろう。彼は今になって後悔の念に囚われていた。
彼女からの反応が怖くて笑ってごまかすしかない彼。この話はもう忘れてくれと言おうとした直後、彼の耳にこれまた信じられない台詞が飛び込んできた。
「いいですよ。わたしで良ければご一緒します」
「なっ、ななな、何と~!?」
竹史は腰を抜かすほど驚いた。夢でも見ているのではないかと思って、火照った頬を両手でパチンパチンを数回叩く。
それでも現実味がないらしく、瞳を潤ませて繰り返し何度も何度も聞き返してくる彼に、由美は苦笑しながら何度も何度も頷いて了承の意思を示した。
「わたし、休日にそういう外出ってしたことないから」
由美はこれまで、男性とデートというものを経験したことがない。そういう理由もあってか、関心や興味がまったくないとは言えないのだ。
差し当たり次の休日は予定がないから都合も悪くなく、それに竹史は信頼できる男性だし一緒に遊んだりするのも楽しいはず。それがこのお誘いを受け入れた真相だったようだ。
成り行きとはいえ、急遽決まったうれしはずかし休日デート。集合時間や集合場所をこの公園にしようと打ち合わせた二人は帰宅のためにここで別れを告げる。
「それじゃあ、日曜日にまた」
「はい、さようなら」
公園を去っていく由美の姿が見えなくなった途端、竹史はガッツポーズをして喜びを噛み締める。顔もすっかり緩んでしまってこれではハンサムボーイも台無しだ。
一方の彼女はというと、いざお出掛けが決まったのはいいが、どんな服装をしてどんな振る舞いをしたらいいのかといった年頃の女の子らしい悩みが頭に浮かんでいた。
お互いがそれぞれの思いを巡らせる中、黄昏時を告げるように夕焼けが秋の空を真っ赤に染め上げようとしていた。
* ◇ *
時は瞬く間に過ぎて、日曜日を目前に控えた土曜日の午前中。
ここは豪快高校のとある教室。机の上に本を置き、それを真剣な表情で読み耽っているのは、明日由美と一緒にデートをすることになったラッキーボーイの竹史だ。
その本のタイトルは”オススメのデートプラン”。矢釜市でただ一つのアミューズメントパークである”矢釜遊園”が配布している小冊子だ。
さすがは優等生の彼らしく、すでに入場チケットを購入していたり園内をどの順番で回ってどのように楽しむのかなど事前準備や予習に余念がなかったというわけだ。
天気予報では明日日曜日は秋晴れ、絶好の行楽日和とのこと。日頃の行いの良さと運の良さに彼の心はワクワクと弾むばかりであった。
「よぅ、タケシ」
「なぁ、トランプでもやらないか?」
「やらねぇ……」
クラスメイトから誘われても、竹史はそれを袖にしてまるで眼中なし。今の彼には明日の予定しか頭に入っていないようだ。
気のない返事をして小冊子に一点集中している彼だが、ここでもやっぱり邪魔をしてくる人物がいるもので。
「タケちゃん!」
「うわぁぁ!?」
机の真ん前からいきなり顔を出してきた女子生徒に、竹史はびっくり仰天して本を放り投げてしまった。その女子生徒こと恭子は床の上に落ちた小冊子をそっと拾い上げる。
「何これ? あっ、矢釜遊園のやつじゃない」
恭子はパーッと顔色が明るくなって目を輝かせる。切なる想いがようやく実り、やっと竹史がデートに誘ってくれるものと勘違いしてしまっている。
それはない、断じてそれはないと、ブリザードのごとく冷淡な言葉で一蹴してしまう彼。しつこさに迷惑しているからか、彼女にだけは遠慮もなく容赦もない。
「じゃあ、どうしてこんなの見てたのよ?」
「そんなこと君には関係ないし、話す必要もない」
竹史は当然ながら由美とのデートを口外しようとはしない。そんなことをしたら、それこそ恭子からヒステリックで自己中心的な口撃を食らうとわかっているからだ。
それでも勘のいい恭子だけに、これに由美が絡んでいるのはもうお見通しのようだ。彼女は吊り目をキュッと細めて、冷静さを装うとしている彼のことを睨んでいた。
「あの不良娘ね?」
「……君には関係ないよ。それに、彼女は不良なんかじゃない」
派茶目茶高校に通っている、ただそれだけの理由で不良にされたならたまったものではない。竹史は苛立った声でそう訴えていたが、それなら拳悟や勝を不良呼ばわりするのはいかがなものかと思うのだが……。
それはさておき、どう反論されようとも恭子の方は馬耳東風。それを公然と突っぱねてまるで信じようとしない。
そこには彼女なりの言い分もあった。友人経由で聞いた話ではほとんどの女子が髪の毛を染めたりタバコを吸ったりと、所詮は不良の巣窟、由美の本性もそんなものだとキッパリと吐き捨てる。
「何度も言わせるなっ、彼女は不良じゃない!」
「タケちゃんこそ、いい加減目を覚ましなさいよ!」
小冊子を奪い返そうとする竹史、返してなるものかと抵抗する恭子、そんな二人の意地をぶつけ合う争奪戦の結果、小冊子は無惨にも真っ二つに引き裂かれてしまった。
こればかりは行き過ぎと思ったのか、彼女は顔色を青くしながら謝るしかなかった。ところが、この行為を許せなかった彼は怒り心頭、教室中に響かんばかりの怒声を張り上げた。
「どうしてくれるんだ! 君はどうしていつもいつも俺に迷惑ばかり掛けるんだよ!」
――シーンと静まり返ってしまう教室内。クラスメイトの誰もが、竹史と恭子の二人に注目している。
それから数秒後、彼はハッと我に返った。そして、萎縮してしまっている彼女の青ざめた表情と、薄っすらと頬を伝う涙が目に飛び込んで事の重大さに気付いた。
「……わかったわ。あの子とデートでも何でもしたらいい」
恭子は涙をごまかすように顔を背けると、たった一人で教室から出ていってしまった。
黙り込んだまま呆然としている竹史。ヒステリーを起こして猛反撃されると思っていただけに、拍子抜けというか予想外の展開にどう対処してよいのかわからない。
クラスメイトからの心ないひそひそ話が耳を打つ。きつく言い過ぎたのでは?と友人からも指摘されてしまい、竹史は困惑の顔色を浮かべて肩を落としていた。
(そんなこと言われても、差山くんがあんまりしつこいからじゃないか)
竹史は自分を擁護しようと思っても、女の子を泣かせてしまった罪の意識から逃れることはできない。しかし、謝罪しようにもその手段もきっかけも見つけることができなかった。
結局、その後も和解といった感じもなく会話すら交わすことがなかった二人。後ろめたさばかりが心を支配する、そんな鬱々とした気分のまま時刻は放課後を迎える。
* ◇ *
豪快高校の玄関に押し寄せてくる下校する学生たちの波。その集団の中に、憔悴し切った顔をしている女の子が一人。
竹史のことでショックを引きずっている恭子は、俯き加減のまま校門に向かって歩いている。今日ばかりは、あの甲高い声もすっかり鳴りを潜めてしまっていた。
「よっ、元気なさそうだね」
「え……?」
恭子が俯かせていた顔を持ち上げてみると、そこには見覚えのある男の子が校門の前で立っていた。
襟足まで伸びた茶色いウルフカット、ストライプのシャツに紫色のネクタイが特徴的で、ショート丈のジャケットを羽織った自称イケメン青春野郎の拳悟であった。
「ああ、あなたはタケちゃんのお友達の」
「オッス。今日はタケシが一緒じゃないんだな」
もう追い掛けるのはやめたから……。そう囁きながら、伏し目がちになって寂しげな表情をする恭子。それは好きな人への決別を暗に示していた。
拳悟は納得なのか同情なのかよくわからない顔で相槌を打っていた。ただ、かわいい子をないがしろにする竹史に対しては、ちょっぴり憤りを感じていなくもなかったようだが。
「あっ、言っておきますけど、タケちゃんはもう学校にいませんよ。先に帰ってしまったから」
その心配には及ばないと言わんばかりに、拳悟は人差し指を恭子に向けて突き立てた。
「今日は君に用があって来たのさ」
「へっ? わ、わたし!?」
ズバリ、一緒に喫茶店でも行って交流を深めよう。さすがは自他ともに認めるナンパ師、学校の真ん前で堂々と恭子にデートを申し込んだ。
彼女は汗を飛ばしてあたふたとしていた。それもそのはずで、仲良しでもない男子からいきなり誘われた経験もなく実際のところデートだってほんの数回しか体験していなかったりする。
最初こそ断りの意思を示した彼女だが、押しの強い拳悟にどんどん押されていくうちに少しずつ気持ちが揺らいでそっちの方向へと傾いていた。
それなりに話術も長けており、しかも見た目も悪くない。イケメン好きというわけではないが気晴らしには丁度いいだろうと思い、彼女は悩んだ末に下校デートを受け入れるのだった。
「そんなに遅くまではダメだけど」
「コーヒー飲んで雑談するぐらいさ。大丈夫、大丈夫」
ニコニコ顔の拳悟と表情が強張っている恭子、この二人が連れ添って向かう先は豪快高校から歩いて十分ほど先にある喫茶店であった。
クラシック音楽が流れるモダン造りの店内で、それぞれがブラックコーヒーと紅茶を注文する。二人掛けのテーブル席に腰を下ろし、ちょっぴり大人びた下校デートを味わう。
「タケちゃんとは中学校の同級生だったの?」
「そうだよ。アイツ、何も言ってなかったのか?」
「ええ、あの人ってあまりプライベートを話さないから」
紅茶をすすりながら楽しそうに談笑する恭子。いざ面と向かって付き合えば何てことはない、彼女はこの場に打ち解けてすっかりリラックスしていた。
その背景には、コーヒーを嗜んでいる拳悟の心配りや豊富な話題提供があったからであろう。女性に警戒心を持たせず安心してもらう、これこそが彼の持ち味でもあり得意技でもあるのだ。
「そもそも、あの野郎はクールを気取ってやがるけど、実際は怒りんぼで泣き虫なんだぜ」
竹史がいないことをいいことに、拳悟はここぞとばかりに調子に乗って不平不満ばかりを零していた。余程溜まっていたのか、それはもう言いたい放題。
それが悪口とわかっていても、恭子はおかしさのあまり笑いが止まらなかった。なかなか知ることができない竹史の一面が知れて上機嫌のようだ。
「しかも、あのバカ、俺が派茶高だからって不良と決め付けてさ、絶交宣言しやがったんだぜ。薄情なヤツだと思うだろ?」
「あっ、そうか。ケンゴくんも派茶高なんだよね」
次の瞬間、恭子の顔から笑みがふっと消えた。拳悟がそれに違和感を覚えて何があったのか問い掛けると、彼女は伏し目がちになって一つだけ質問を返す。
「夢野って女の子、知ってるよね?」
「夢野? ああ、同じクラスだからな」
ここで由美の名前が出たものだから、拳悟は予想していなかっただけに唖然としていたが、竹史と繋がりのある恭子なら知っていてもおかしい話ではない。
恭子は学校で起きた出来事を打ち明ける。竹史が真剣な顔でチェックしていた矢釜遊園のパンフレット、デートプランをチェックしていたのはきっと由美と一緒に出掛ける予定があるからに違いないと。
ふーんといった感じで相槌を打った拳悟。感情の起伏が激しい恭子のことだから、ここで憤慨するかと思いきやその反対にすっかり意気消沈としていた。意外に思ったのか、彼は不思議そうにコクリと首を傾げた。
「もしかしてさ、それがきっかけでアイツの追っ掛けをやめたの?」
拳悟からの問い掛けに、恭子は口に含んだ紅茶を飲み干してから力なく一回だけ頷いた。
「うん、まあね。タケちゃん、わたしのこと眼中ないみたいだし」
「でも、アイツのこと好きなんだろ?」
「もういいの。どうせ実らぬ恋ってわかってたし」
正直なところ未練がないわけではない、今でも竹史のことを想っている。しかし、恭子はそれを押し殺してまで明るく振舞って見せようとした。そうやってすぐに気持ちを切り替えられるのも彼女の性格の一つなのかも知れない。
注文したドリンクもなくなってしまった。とはいえ、帰宅するにはまだ早い時間帯。恭子は物足りなさを感じてか、もう一杯だけ飲み物を注文しておしゃべりを継続しようとしたが。
「それならさ、ここを出て街の方へ遊びに行かないか?」
「うん、そうしようか」
恭子はニコッと笑って即答した。こうやって知り合えたのも何かの縁、もやもやを晴らしてもらうナイト役に、一緒にいても気兼ねなく付き合える拳悟を指名したようだ。
先ほどよりも距離感を縮めることができた二人は、喫茶店を後にすると賑やかな街の方角へと歩いていった。




