第十八話― 恋も勉強も喧嘩も上等! ライバル出現【前編】(2)
(ここにいれば、夢野さんに会えるかも知れない。とにかく待ってみよう)
ここは住宅街の中にひっそりと佇む公園。枯葉が舞い散る大木の陰に隠れている男子高校生が一人。
彼こと今条竹史は、一目惚れしてしまった夢野由美にもう一度会おうと先日偶然出会ったこの公園で待ち伏せをしていた。放課後すぐにダッシュして駆け付けたせいか、額も背中も汗でびっしょりだ。
かれこれ十分以上は経過しただろう、公園内の子供から変な目で見られていてもお構いなし。彼はただ無我夢中で出入口付近に目を凝らしていた。
待ちくたびれた甲斐もあり、ついに幸運の時がやってきた――。
(あっ、夢野さんだ!)
由美はこの日の放課後、麻未と一緒にショッピングを楽しんだ。少ないお小遣いをはたいて買ったアイテムを手に抱えて、矢釜中央駅を目指して公園を横切ろうとしていた。
竹史はチャンス到来とばかりに急いで大地を蹴り出した。途中でつまずきそうになっても、持ち前の運動神経を駆使してどうにか彼女の傍まで駆け寄ることができた。
「夢野さん!」
「えっ?」
びっくりして背後に振り返る由美。するとそこには、記憶の中にあった学生服と端正な顔立ちをした若者が立っていた。
「あなたはこの前の……」
「ははは、この前は済まなかった。まともに御礼もできなくて」
――竹史と由美の二人はこうして再会を果たした。
待ち伏せではなく偶然を装う彼と、通学路ではなくたまたまここを通り掛かったという彼女、そんな会話をしている彼らは運命の巡り合わせを感じずにはいられなかった。
……本当のところ、これは運命でも幸運でもなく、こういう展開にしないと青春ドラマなんて始まりはしないからどうか許してほしい。
「それはそうと、あの時は恋人なのかな、怒った顔でやってきてびっくりしちゃった」
「あっ、いやいや! 彼女は恋人とかそういうのじゃなくて、ただのクラスメイトなんだよ」
竹史に対して一方的に想いを寄せている差山恭子。彼女の鬼の形相が今でも由美の記憶の片隅にしっかり焼き付いていたようだ。
必死になって恋人の存在を否定した彼だが、その背景こそ、由美にあらぬ誤解を招いてほしくないという気持ちの表れなのだろう。
顔の怪我のことや先日の出来事の話題で語らう中、竹史が一番気になっていたこと、それは由美が通っている学校が本当に派茶目茶高校かどうかである。
「はい、わたしは派茶目茶高校の二年生です」
由美からの回答は予想通りではあるが、竹史にとっては残念なものだった。
「やっぱりそうだったのか……。私服だったからたぶんそうかなって」
「そうか、わたしこの前ベストを着ていたんだった」
たまたまあの日、いつもの制服をクリーニングに出していたため姉から借用したノースリーブの茶色いベストを羽織っていた。それがかえって由美が通う学校を特定するきっかけになったわけだが。
いくら派茶目茶高校とはいえ、目の前にいるのは自分の周りにはいない純粋で可憐な女子高生。竹史は心が洗われる気持ちのままクスリとさわやかに笑った。
「その制服もいいけど、あの時のベストの方が似合っていたよ」
「えっ? あ、ありがとう……」
由美は一瞬、心音が大きく高鳴った。恥ずかしさのあまり謙遜する彼女だが、相手が誰にせよ服装を褒められて喜ばない女の子はいないはずだ。
一方の竹史も、ついつい本音が漏れてしまい照れ笑いを浮かべるしかなかった。女の子と接するのは不得意ではないが、やはりときめきだけはごまかせないといったところか。
「そうか、君は二年生だったのか」
安堵したような吐息をついた竹史に由美は疑問を感じた。それを問うてみると、詳細までとはいかずとも彼の口からその真相が明かされた。
「いやね、俺の中学校時代の知り合いが派茶高に行っているんだ。でも三年生だからきっと知らないだろうけど」
竹史が悩ましげに語る中学校時代の知り合い、それは紛れもなく勇希拳悟と任対勝のことであろう。しかし彼は、二人のことを友人という扱いで呼ぼうとはしなかった。
何か複雑なる思いがあったのか、それとも知り合ったばかりの少女が話し相手だからか、彼はその理由について事細かく語ることはなかった。
「そうそう、わたし、まだお名前をお聞きしてませんでした」
「あっ、そういえばそうだった」
先日初めて出会った時、名乗りもせずに自分勝手に逃げてしまったことを謝罪する竹史。今度こそちゃんと名乗らなければいけない、彼は姿勢を正して自己紹介しようとする。
「俺の名前は……」
「タケちゃーん!」
和やかな空気を引き裂く女の子の怒号、お約束のパターンで申し訳ないが、それは竹史にとって苦手な人物が登場したことを告げていた。
彼は青ざめた表情で身が凍り付くかのように硬直した。この甲高い怒鳴り声に聞き覚えのある由美も、まるで金縛りにあったかのごとく手足がピタッと固まってしまう。
こういう展開になってしまったらこれもお決まりのパターン。自己紹介の機会を与えてもらえぬままに、彼はまたしてもこの場から逃げ去る運命なのであった。
「こらー、待ちなさいよ!」
「待てと言われて待つやつなんかいな~い!」
住宅街にある小さな公園を舞台に、男女二人が喚きながら逃走劇を繰り広げている。そして、どうしてみようもない由美はたった一人で呆然と立ち尽くすしかなかった。
(……また結局、あの人のお名前聞けなかった)
* ◇ *
翌日のこと。
由美が持ってきた中学校時代の写真、そこから思い出話へと発展しとんとん拍子に進んでいった今回のストーリー。いよいよそれが一つに繋がる場面が訪れた。
ここは二年七組の教室。クラス委員長の勝の傍にお馴染みの仲間たちが群がって何やら盛り上がっている。よく観察してみると、机の上には数枚の写真が並んでいた。
そこへ朝の挨拶をしながらやってきたのは、黒髪をきちんと整えて今日も愛らしさ満点のマドンナ的存在の由美だ。
「おはよう。あれ、このお写真何ですか?」
「ユミちゃん、おはよっす。いやね、俺も中学の頃の写真を持ってきたんだよ」
勝が持参した写真には、中学校時代の修学旅行の思い出が詰まっていた。もちろんそこには彼の同級生である拳悟の顔もしっかり写っているが、当の本人はまだここにはいない。
ハチャメチャな彼ららしく、どの写真でも真ん前にしゃしゃり出てきて、お互いがお互いを邪魔している姿がとてもユニークで印象的だった。
由美や拓郎、そして勘造に志奈竹といった面々が写真を見ながら苦笑している中、勝がもう一つとっておきのアイテムを机の上にお披露目した。
「こんなのも持ってきたんだぜ、じゃーん」
ホワイト色の厚紙製の分厚い冊子、表紙には校章のような模様が刻まれている。それは紛れもなく勝の中学校の時の卒業アルバムであった。
いざページを捲ってみれば、クラスごとの集合写真や一人ひとりの顔写真が懐かしさと一緒になって飛び出してきた。卒業してから数年経っても、甘酸っぱい出来事や苦い経験は色褪せることはない。
勝と拳悟が隣り合って並んでいる写真を発見し、なぜか呆れながら苦笑しているクラスメイトたち。それもそのはずで、彼ら二人だけ変な顔をしてふざけていたからだ。
「いやぁ、俺とアイツとでどっちがみんなを笑わせられるか勝負してな」
いくら勝負とはいえ、卒業アルバムの顔写真で冗談など通じない。学校側がそう判断するだろうと思った勝と拳悟の二人は、アルバム製作を手伝う写真部を半ば強引に脅して無理やり悪ふざけの写真で製本させたのだという。
その結果、クラスメイトや他の卒業生から注目の的になったのはいいが、笑われるよりも教職員からきつ~いお説教を食らってしまったのは誰しもが想像できるところであろう。
「あれ?」
顔写真をじっと眺めていた由美がふと何かに気付いた。彼女が指し示した先にいるのは勝でも拳悟でもない、この派茶目茶高校に関係のない赤の他人だった。
人差し指で氏名を辿ってみると、そこには”今条竹史”と記されていた。
「ちょっと待てよ。今条竹史って聞いた覚えがあるな」
「たしか、ケンゴさんの中学時代のライバルだった気が」
拓郎と勘造は首を捻りつつ先日のことを思い出した。彼らの記憶の通り、今条竹史は拳悟のかつてのライバルであり卒業式のあと決闘を繰り広げた相手であった。
竹史について何か気になることでもあったのか?勝は不思議そうな顔で由美にそう問い掛けた。すると、彼女はしばらく唸り声を上げて記憶の中の引き出しから何かを取り出そうとする。
それはつい最近あった不思議な巡り合わせ。ゆすられていた少女を救った勇敢なるハンサムボーイ、そして彼のことを執拗に追い掛ける強気の女子高生……。
(あっ、そういえば、彼のことをタケちゃんって呼んでた)
竹史の同級生の女子高生、彼女の迫力のある凄んだ声が頭の中に浮かんできた。タケちゃん……ということは名前がタケシと安易に想像できる。
(まさか、この人が……)
――そうだ、由美はついに知るに至ったのだ。彼の正体こそ今条竹史という名前で、かつ勇希拳悟と切っても切れない人物であるということを。
「おい、ユミちゃん、どうかしたのか?」
「えっ……。ううん、何でもないの」
由美は竹史との遭遇について語ろうとはしなかった。周囲のみんなから興味本位でいろいろと詮索されるのを警戒してしまったのかも知れない。
それはそれとして、ここに姿のない拳悟はどうしているかというと、ここ最近授業に出たり入ったりを繰り返してまるで雲隠れしているような状況だった。
これにはクラス全員も気になっているらしく、拳悟がどこで何をしているのか見つけ次第知らせるよう話し合っていた。しかしどこへ行っているのやら、有力な発見情報はほとんど届くことがなかった。
「ケンゴのやつ、今日も来てねーじゃねぇか」
本日も堂々と遅刻当たり前で登校していない拳悟。勝はクラス委員長という立場上、担任の静加から怒られたり責められるのが嫌なばかりに苦渋の顔つきであった。
拳悟のプライベートに割りと詳しい副委員長の麻未、彼女も彼女なりに不安視していたようで知り合いを通じて居所や行き先をチェックしていたが、それでも……。
「う~ん、どうも掴み切れないのよねぇ。今度、ネクタイに探知機でも仕込んでおこうかしら」
ムードメーカーの拳悟がそんな調子なものだから、明朗闊達が特徴的な二年七組の教室も今は少しばかり沈んだ雰囲気に包まれていた。
風紀的に姿勢がいいとは言えない彼、とはいえ、遅刻は多くても授業を頻繁にエスケープしたりするのはどうにも腑に落ちない。いったい何があったのだろうか?
「そういえば、ケンゴがこんな感じになったのって今条竹史の話題が出た頃だよな?」
拓郎がそっと呟いた一言に、傍にいる誰もが否定したり首を横に振ったりしなかった。勝に至っては、ショートウルフの髪を掻きむしってばつが悪そうな声を漏らした。
「あの時、俺もカッとなってつい暴露しちまったけどよ、ケンゴにしてみたらバラされたくなかったんだろうな」
拳悟だって一人の男の子、触れられたくない過去もあるだろう。竹史のことを秘密にしていたわけではないが、居心地が悪くなるようなそれなりの理由があったのかも知れない。
由美はもちろん、クラスメイトのみんなが心配している拳悟の動向。その当事者はそれから数時間後にひょっこり顔を出したことは出したが、また数時間後にはこっそりと姿を消してしまった。
そんな彼が早引けして向かった先、それは、彼にとって忘れることができない懐かしい過去を辿れる人物の居場所であった。
* ◇ *
ここは派茶目茶高校から少し離れたところにある豪快高校。
ただいまの時刻は午後四時を過ぎたばかり。一日の学習を終えた優等生たちが正面玄関から校門へと流れてくる。
参考書を広げながら歩く男子生徒もいれば、楽しそうにおしゃべりをしながら歩く女子生徒もいる。いくら県内屈指の進学校でも、よくある日常の放課後がこの学校にもあった。
そんなありふれた日常の中、校門の傍で一人の男性が腕組みしながら立っていた。藍色のジャケットの下にはストライプのシャツ、そして首から下げている特徴的なネクタイ。
「ねぇ、あの人、誰か待ってるのかな?」
「わりとカッコいいわね。ここに彼女でもいるのかな」
通り過ぎていく女の子の熱視線を浴びている男性こそ、授業もおざなりにして街をふらついてた勇希拳悟その人であった。
彼がふらりとここを来訪した目的、いつもの調子ならナンパだったのかも知れないが今回ばかりは違う。そう、かつての好敵手だった今条竹史に会うためだ。
――しばらく待っていると、ついにその時がやってきた。
校舎を駆けずり回り、正面玄関から飛び出してきた一人の男子生徒と一人の女子生徒。それは今回のストーリーではすっかりお馴染みの光景と言えよう。
「こらー、待ちなさいよっ。またあの不良娘に会うつもりなのね!?」
「しつこいな、君は! それに、彼女は不良なんかじゃないって」
必死になって逃走する竹史、そして彼のことを躍起になって追走する恭子。他の生徒から好奇の目で見られても、この二人は一心不乱に校門目指してダッシュしていた。
「派茶高の生徒で良い子なんているわけないわ。あんな子はもう放っておきなさいよ!」
『ドン!』
「あいたっ!」
突然の衝撃――。恭子はいきなり立ち止まってしまった竹史の背中にぶつかった。
いったい何が起きたのか見てみると、彼の正面から見知らぬ男性がヨタヨタしながら歩いてくるではないか。彼女は警戒感からかビクッと全身が震え上がった。
知っている人なの……?彼女が小声でそう尋ねても、竹史は呆然とした表情で立ち尽くしたまま質問に答えようとはしない。ただ、中学校時代の同級生の名前を囁くだけだった。
「ケンゴ……」
「よう、タケシ、久しぶりだな。ちょっと付き合ってくれないか」
拳悟と竹史、悪いことをしたり喧嘩もたくさんした昔の親友同士が今ここに顔を合わせた。卒業式以来の二年半ぶりの再会であった。
* ◇ *
「いったいどういう風の吹き回しだ? いきなり校門の前で待ってるなんて」
「まぁ、そう勘ぐるなよ。立ち話も何だし、とりあえずベンチに座ろうや」
豪快高校の校門から歩いて十分ほど。拳悟と竹史の二人は休憩スペースを併設しているテニス場まで足を運んでいた。
ここは豪快高校のテニス部の練習場を兼ねており、今日も部活動に精を出す生徒たちが輝く汗を流している。豪快高校は勉学だけでなくスポーツも積極的に取り入れているのだ。
テニスウェアを揺らしてラリーを続ける生徒を眺めながら、プラスチック製のベンチに腰掛ける彼ら二人。
「それで何の用なんだよ? 用事があるからここまで来たんだろ?」
竹史はなぜか機嫌が悪くて苛立ちを露にしている。この再会をまったく喜んでいる素振りもなく、早く用事を済ませてここから立ち去りたいように見えなくもない。
その無愛想な態度に難色を示した拳悟。せっかく久しぶりの再会、離れていても友達同士と思っていただけに少しばかり寂しさと儚さを感じずにはいられなかった。
テニス部員の目を見張るラリーが続く。そして、ライバル二人の重苦しくなるような無言状態も続いた。
数十秒という長いラリーが途切れた瞬間、口火を切ったのは気難しそうな顔をした竹史の方だった。
「俺はもうおまえのことを友達だとは思ってない」
親友としての縁を切った――。それは拳悟にとって聞き間違いと思いたいぐらいショッキングな一言だ。
「てめぇ、そりゃいったいどういうことだ?」
「そのままの通りだ。俺はおまえとは生き方が違うんだ」
豪快高校に通う一人の生徒として、将来を見据えながらしっかりと勉強して大学進学を目指すことが己の生き方だ。竹史は心の中にある一大決心を詰まることなく高言した。
そのためには邪念を振り払わなければいけない。悪ふざけならまだしも喧嘩や暴力なんてもってのほか。つまり、それをさもライフスタイルにしている拳悟とは付き合えないと言いたいのだ。
「おいおい、俺ってそんなイメージしかないのかよ? まぁ、おまえの言いたいことはよくわかった」
「言い方が悪くて済まない。ただ、おまえはバカらしいと思わないか? 暴力で人を傷付けてまで物事を解決することが」
平和的解決こそが正しき道と、竹史は優等生を絵に描いたような発言をする。その背景には喧嘩でしか自分を自慢できなかった、悪童ぶっていた中学生時代の振り返りたくない過去があるからだろう。
一方、劣等生であることに何ら躊躇いもない拳悟はというと、かつてのライバルがすっかり軟弱者になってしまったことを嘆いていた。昔のあの闘志剥き出しの気性はどこに行ったのかと。
「つーことはさ、おまえはもう二度と喧嘩はしないっていうのか?」
「ああ、二度としない。俺はそう誓ったんだ」
ただただ情けなくて恥ずかしい。喧嘩上等でたくましく生きる拳悟はそう言い切るが、竹史にしてみたら、そういう直情径行型で生きるスタンスの方が情けなくて恥ずかしいと言いたいところ。
お互いの主張に正解も不正解もない、いやどちらとも正解かも知れない。向かう先がまったく異なる彼ら二人に歩み寄る姿勢などなかった。
「ふぅ……。おまえは昔のまんまだな。その調子だと、まだ就職先も決まってないんじゃないか?」
呆れたような重たい溜め息をついた竹史。高校三年生といったら進路を決める最終学年、ちゃんと腰を据えて将来を真剣に考えろと忠告した。
それを聞いて、拳悟は反省するどころか開き直ったように笑い飛ばした。ご承知の通り、彼は最終学年ではない。一年留年している高校二年生なのだ。
「はっはっは、聞いて驚け。俺は一年ダブってまだ二年生なのだ!」
「な、何だと? それじゃあおまえ、夢野さんと同じ学年……!」
「ん? ちょっと待て。ユメノって、おまえまさかユミちゃんのこと知ってんのか!?」
拳悟は驚きと戸惑いを隠せなかったが、それよりも竹史の方がよりびっくり仰天していた。由美のことを知っているばかりか、彼女のことを下の名前で呼んでいるからだ。
苗字ならまだしも下の名前で呼ぶのは親しい者の証。竹史は顔を紅潮させるとすぐさま拳悟にその真相を迫った。
「俺たちは同じクラスメイトで友達同士さ。時々一緒に帰ったり、途中で買い物したり、喫茶店でお茶したり、ごく普通の関係ってやつかな」
それを聞いていた竹史はわなわなと全身が震えていた。勉強一筋の頭でっかちの彼にとって、拳悟と由美の関係はそれはそれは仲睦まじいカップルのように思えてしまったようだ。
怒髪天を衝く勢いで拳悟のネクタイを鷲掴みする竹史。それらの行為すべてがフレンドリーと言えるのか!?と眉を吊り上げて怒鳴り散らした。
「バカやろう! 友達だったらそれぐらい常識だろうが」
「常識とまで言うか? おまえはどこまでふしだらなんだ!」
暴力反対を掲げている竹史だが、この時ばかりは黙っていられなかったのか衝動的に右手を振り上げてしまったものの、拳悟からそれをツッコまれてどうにか冷静さを取り戻した。
見た目がハンサムであっても、同級生の女子に追い掛けられていても、女の子の扱いについてはまったくの素人。コレばかりは女の子の扱いに長けている拳悟には到底かなわない。
「そんなことより、おまえはどうしてユミちゃんを知っているんだ?」
拳悟からの質問に竹史はありのまま正直に答える。住宅街の公園で、不良から袋にされていたところを偶然救ってくれた人物であり、過去二回会っておしゃべりをしたことを。
せっかくの機会だからと、竹史はいろいろと拳悟に聞いてみた。由美は学校の校風通りにハチャメチャな私生活なのか?お勉強も疎かにしているのか?といった感じで。
これには拳悟もありのまま素直に答える。遅刻欠席早退なんて皆無、お勉強も宿題もそつなくこなす優等生であることを。恥ずかしげもなく自分と違ってと付け加えつつ。
「あのな、一つ言っておくけど、派茶高の誰もがおバカじゃないんだぜ」
「なるほどな、それなら安心したよ」
それにしても、二回しか会っていない由美のことでやたら熱くなる竹史。拳悟はその時直感したようだ。自分と同様に、清楚で可憐な彼女に心を奪われてしまったのだろうと。
「はは~ん、タケシ、おまえユミちゃんに惚れちゃったのか?」
「はあっ!? そ、そそ、そんなわけないだろ!」
竹史は真っ赤な顔で真っ向からそれを否定した。言葉ではどんなにごまかせても、顔色だけはどうやってもごまかせない純情少年の彼なのであった。
「もういいだろ? そろそろ帰らさせてもらうぜ」
「おう。悪かったな、付き合ってもらってよ」
たくさん声を張り上げたせいか、竹史は疲労感たっぷりの吐息を漏らしてベンチから腰を上げる。
最後に一つだけ教えてくれ。拳悟からそう声を掛けられて不機嫌そうな顔で振り返る竹史、すると、拳悟はにやけながら右手の小指を立てて示した。
「あのさ、さっき一緒にいた女の子、おまえのコレか?」
「違う!」
さっきの女の子とは、竹史のクラスメイトである差山恭子のこと。彼は交際相手ではないと即答した。さらに、しつこく付きまとわれて迷惑していることまで告げる始末だ。
拳悟はそれを聞いてチャンスありと見た。さすがは三度のメシより女の子が大好き、チェックだけは欠かさない。
長い髪とリボンの装飾が特徴的でちょっと気が強そうな性格だが、スタイルも悪くなく顔立ちも清潔感があって愛らしい。どうやら恭子は彼のお眼鏡にかなったようだ。
「それなら、あの子は俺がアタックしてもいいんだな?」
「フン、好きにしたらいいさ」
竹史は軽い気持ちで了承を口にしていたものの、クラスメイトの恭子の身を心配しなかったわけではなかった。彼女は身持ちが堅いだけに、拳悟のようなナンパ師には引っ掛からないと思ったのだろう。
とはいえ、その台詞は当人にとっては相当ショックのはず。恭子がこれを知ったらさぞ落胆し、悲しみに打ちひしがれていたに違いない。
――いや、次の瞬間、それが現実となってしまう。
『ガチャ……』
テニス部が更衣室として利用しているプレハブのドアが開く。
室内から出てきた女子生徒が一人、ショックのあまり青ざめた表情で、悲しみのあまり全身を小刻みに震わせている。そう、竹史への想い一筋の恭子本人であった。
「タケちゃん、ひどい……」
「うわっ、どうしてここにいるんだよ!?」
ちなみに恭子はテニス部員でも何でもない。どうして更衣室にいたかといえば、竹史と拳悟の後を追っ掛けてきて好奇心のままにここに隠れて様子を監視していただけ。
いつもの直情型とは反対に、眉を下げて寂しげな表情をしている恭子。ついに瞳まで潤ませてしまい、竹史に見えないプレッシャーで訴えかけてくる。
そればかりではなく、女の子を泣かすなんて男の風上にも置けないと拳悟からもプレッシャーを掛けられて、竹史の心はますます動揺の渦へと巻き込まれていった。
「わたしのこと、そんなに嫌い?」
「い、いや、嫌いとかそういうんじゃないよ」
恭子の涙ぐましい尋問に竹史は必死になって取り繕う。
「それじゃあ、好きなの?」
「い、いや、好きというわけでもないよ」
「う~、ハッキリしないわね、いったいどっちなのよっ!」
優柔不断な発言がお気に召さないのか、恭子は眉を吊り上げて苛立ちを露にした。結局、いつもの彼女に戻ってしまった。
竹史の悩める理由もわからなくもない。異性に対して好きか嫌いかの二択で決定付けられるものではないからだ。とはいっても、気持ち先行型の彼女はそれでは納得できないらしい。
話がどんどんこんがらがっていく中、この展開が余程おもしろいのか拳悟がクスクス笑いながら意地悪っぽくちょっかいを出してくる。
「やっぱりさ、おまえユミちゃんに惚れてるんだろ? 正直に言っちゃえよ」
「バ、バカやろう! そうじゃないってさっきも言ったじゃないかっ」
こうなると黙ってはいられない。鬼のごとく怒り心頭で詰め寄ってくる恭子。あんな不良娘より自分の方がお利口で真人間なんだと。
これは余談だが、この場にいない由美もまさか人から不良呼ばわりされているとは思ってもいないはず。他校の生徒からすると、それぐらい派茶目茶高校の風紀は乱れている印象なのであろう。
一途な想いが通じないことを悲観し、恭子はとうとう大粒の涙を流して大声を上げた。テニス練習に興じる部員もびっくりして、なぜか竹史ばかりが注目の的になってしまった。
「おいおい、泣かないでくれよ。わかった、わかったからさ!」
その直後、恭子はケロッと表情を百八十度変えて満面の笑みを浮かべる。
「えっ、わかってくれたんだ! わたしのこと好きだったんだね」
「は、はぁぁぁ!?」
ポジティブ思考なのか、ただ単純に楽観的な発想なのか。恭子は喜びいっぱいの感情のまま竹史に向かって走り出した。一方の彼はそんなつもりなんてまったくない、慌てて逃げるかのごとく駆け出した。
恒例とも言うべき追いかけっこを眺望している拳悟。なかなかお似合いのカップルじゃないかと意地悪っぽくせせら笑う彼はすっかり他人事だ。
中学校時代の思い出から始まった男同士の友情、そして葛藤。果たして、これからどんなストーリーへと進んでいくのだろうか? それは次回のお楽しみである。




