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第十二話― 派茶目茶高校 夏の肝試し大会(1)

 季節は七月を迎えて、いよいよ矢釜市にも暑い夏がやってきた。

 真夏とも言えるある日の午後。派茶目茶高校の二年七組の教室内では、うだる暑さに気が滅入っている生徒たちの姿があった。

 室温が二十五度を超えているせいか、勉強が疎かになりがちな生徒たち。机の上に突っ伏したり、下敷きを団扇代わりに扇いだりして夏の暑さを紛らわせるのに必死だった。

 この蒸し暑い環境下でも、一人気張って英語の授業をこなしている担任でもある斎条寺静加。しかし、彼女の透き通った英単語は生徒たちにとって単なる耳障りな雑音にしか変換されない。

 そんな生徒たちを最初こそ容認していた彼女だったが、教え子たちのあまりの醜態ぶりに担任として黙ってはいられなかったようだ。

「もう、あなたたち、もう少しピシッとなさい! 夏が暑いのは当たり前のことでしょう?」

 生徒たちを凛々しく諌める静加だが、肩のなだらかなラインを露にした、涼しげな水色のワンピースを着こなしていたりする。

 夏が暑いのは当たり前とはいえ、いくら何でも限度があるだろう。襟元の青いネクタイを緩めながらそう言い放つのは、このクラスの人気者で自称青春野郎の勇希拳悟であった。

「シズカちゃん、この暑さでピシっとしろって方が無理なんでない? だいたいさ、冷房を完備していない学校なんてありえないでしょ」

「そうそう、ありえないわ~。こういう時こそ、あたしたちから徴収してる学費を有効活用してほしいところよね」

 拳悟に続けて愚痴を零したのは、ピンクのリボンでまとめた髪の毛を指で弄っている、このクラスのお色気女子の和泉麻未だ。ボタンを外したブラウスを扇いで、はだける胸元に風を送り込んでいた。

「だいたいよ、こういう暑い日こそ、涼しい図書館なんかで自習したりプールで体力づくりの授業に宛てるべきなんだ」

「まったくもって同感だな。こんな日に教室にこもって勉強してるの、変わり者ばかりが集まったこの学校ぐらいだぜ」

 それはもう自己中心的な持論を展開するのは、このクラスのリーダーであるクラス委員長の任対勝と、何かと彼のフォロー役に徹する機会が多い冷静なるクール男子の関全拓郎の二人だ。

 二年七組の主要メンバーが意見を述べるや否や、クラス中からやんややんやと賛同する声が沸き立つ。これにはさすがの鬼教師もあまりのバカさ加減に叱るというよりただ呆れるしかなかった。

 仲間たちからはやし立てられて、手を振りながら起立するハチャメチャトリオの面々。その格好はすっかり英雄気取りである。

「そうだ、そうだ。英語なんぞ止めちまって涼しいところに行こうって、ユミちゃんからも言ってやってよ」

 彼らがここぞとばかりに声を掛けた女子こそ、このクラスでただ一人の優等生であり、しなやかな黒髪を肩まで下ろしたワイシャツのリボンが愛らしい学園のマドンナの夢野由美であった。

 クラスメイトの悪ふざけに内心戸惑う彼女。それでも熱気むんむんの教室内でじっとしていられない彼らの心境を察してか、どちらとも受け取れる頷きでごまかすしかなかった。

 静加は保護者のような立場柄、多少のバカ騒ぎぐらいはと大目に見ていたが、クラス一のお利口さんまで巻き込む振る舞いにはさすがに叱責の尖り声を上げてしまう。

「コラ、あんたたち。そうやってユミちゃんに同意させて自分たちの意見を正当化しようとするんじゃないの! とにかく座りなさい!」

 鬼教師の右手にある聖なる鉄槌を見るなり、これには勝てないと思ったのか慌てて着席してしまうハチャメチャトリオなのであった。

「……まぁ、この暑さの中で授業やっても身が入らんわな~」

 悩ましげに眉根を寄せて、生徒たちの意見に一定の理解だけは示した静加。このままでは勉強に集中できないだろうと判断し、授業終了までの残り時間を課外活動に当てるプランを打ち出した。

 ひんやりとした図書館か?はたまた水遊びができるプールか?生徒たちの期待がどんどん膨らんでいく中、果たして心優しい担任が提案する課外活動とはいったい……?

「はい、ではこれからみんなで、グラウンドの草むしりをしまーす」

 次の瞬間、クラスの誰もが椅子から滑り落ちそうになり頭の中に浮かんでいた涼しい妄想が粉々に弾け飛んでしまった。

 前振りも脈略もない唐突なるプランに、生徒たちを代表するハチャメチャトリオの三人も黙ってはいられない。彼らは鬼のような顔でズカズカと教壇に向かって駆け出していく。

「おいおい、どういうことやねん、それは!?」

「グラウンドなんて、この教室より暑いやんか!」

「あんたは、わてらを熱中症にさせる気かいな!?」

 あまりに混乱しているせいか、ついつい関西弁でツッコんでしまう男子三人。

 勢いのままに凄んでくる教え子を前にしても、担任である静加は落ち着き払ってそれを受け流してしまう。

「あのねー、課外活動はお遊びとは違うのよ。それに、そのぐらい元気なら熱中症なんかにやられたりしないわよ」

 課外活動という名のグラウンドの草むしりだが、実際のところ、体育祭が終わった後にどちらにせよ実施される恒例行事だったりする。

 もう一つ付け加えるなら、草むしりをすべき生徒たちも体育祭の進行役を任された教師が受け持つクラスと決まっているらしく、否が応でも二年七組がやることが決まっていたというわけだ。

「はいはい、そうと決まったら早くグラウンドへ集合よ」

 まるで追い立てるように、両手を叩いて生徒たちを急かす二年七組の担任教師。そして、ハチャメチャトリオは嘆かわしくポツリと不満を漏らす。彼女の耳に聞こえないほどの小声で……。

「あんた、教師という面を被ったアクマや」


* ◇ *

 太陽がさんさんと照り付ける気温三十度に近いグラウンド。

 汗を噴き出しながら草むしりに励む二年七組の生徒たち。暑い~、干からびる~、死んでまう~、グラウンドからそんな悲痛なる声が繰り返し飛び交っていた。

 ここ連日の晴天のせいで地面は水分を失っているが、雑草というのは不思議なもので、生きていることを象徴するかのごとくそこに根を張りしっかりと茎と葉を伸ばしている。

 雑草魂とはよく言うが、感心させられるその生命力も今日ばかりは生徒たちを苦しめる結果となってしまったようだ。

 雑草をむしり取る生徒たちの中には、モヒカンの髪の毛が垂れ下がってしまった桃比勘造、そして、かつらの下の頭皮が蒸れて不快感いっぱいの大松陰志奈竹の二人がいる。

「くそ~、手でむしってたら時間が掛かって冗談じゃないぞ」

「鎌がみんな壊れてるらしいよ。この学校って壊れ物ばかりだよね」

 彼ら二人は身も心も萎えてしまいながらも、あちこちに群生している雑草と格闘していた。

 もちろん、雑草と格闘しているのは男子生徒だけではない。女子を代表する由美と麻未の二人も、軍手越しの両手で一生懸命に草を引っこ抜いていた。ただし、女子だけは日陰の下という優遇措置ではあったが。

「雑草って日陰でもこんなに成長するんだね」

「日の当たらないスターが、何とか芸能界でやっていけるのと同じようなものかしらね」

 冗談を零してしまう女子たちだが、むしってもむしっても減らない雑草の繁殖力に気が滅入るばかりだった。

 その一方で、日の当たるグラウンド上で背丈を伸ばした雑草をむしる文句たらたらのハチャメチャトリオの三人。さすがにガッツある彼らでもこの炎天下では早くもお手上げといったご様子だ。

「ちくしょ~、こんなことなら英語の授業のままが良かったぜ~」

「もうそれを言うなよ。余計につらくなっちまうだろうが~」

「あ~、早く終えて、水道の水でいいからがぶ飲みしてぇな~」

 授業反対のクーデターを起こした当事者だけに、彼らは決まりが悪そうに汗だらけの顔を地面に向けるしかなかった。

 真夏の暑さに苦しむこと二十分少々。鬼教師の終了の合図により、ようやく長丁場の草むしりから解放される生徒たち。残るは、雑草でてんこ盛りになったゴミ袋をゴミ置き場に捨てたらおしまいである。

 誰もやりたがらないゴミ置き場への運搬を進んで買って出た由美。こんなところからも律儀で真面目な性格が垣間見れる。

 彼女は額や頬に滴る汗も省みず、パンパンに詰まったゴミ袋を抱えて歩き出す。ちなみにゴミ置き場の場所だが、体育館と渡り廊下に挟まれた狭苦しい一角に存在する。

 日陰の校舎裏に佇んでいるせいか、真夏なのにどこか涼しさを感じさせるゴミ置き場。彼女はそこへ到着するなり、よっこいしょと掛け声と一緒に重たいゴミ袋を放り投げる。

「あれ……?」

 ――ふと目に留まったのは、ゴミ置き場に置かれていた木製の看板。それは朽ち果てているものの、マジックで何やら文字が書き込まれていることだけは判別できる。

 由美はおっかなびっくり、老朽化して捨てられたであろうその看板に近づいてみる。すると、次のような文言が綴られていた。

(派茶目茶高校の生徒諸君。この部室へ近寄るべからず。これ、校長からのささやかなお願い。よろぴくね♪)

 あのヨボヨボじいさんの校長を想像したのか、つい笑いがこみ上げてきてプッと噴き出してしまう由美。それでも、注意書きのような記載内容が気になって不思議そうに頭を傾げていた。

 そんな彼女のもとへやってくるのは、男子が掻き集めたゴミ袋を手にした、あからさまに疲れ果てた顔をしているハチャメチャトリオの面々だった。

「おやおや、ユミちゃん、どうかしたのかい?」

「あ、ケンゴさんたち、これ見てみてください」

 由美が指し示した看板に、どれどれと目を凝らしてみる拳悟、そして勝と拓郎の二人。この看板のことを知らなかったのか、彼らも一様に首をコクリと捻っていた。

「部室に近寄るべからずか……。でもよ、部室ってまだあるんだっけ?」

「まだ体育館の向こう側にあるんじゃねーか。だって、同好会とかで活動してるヤツがいるんだぜ」

 部室そのものの在り処について、彼らが不思議がるのも無理はない。

 実はこの派茶目茶高校、スポーツや芸術分野の部活動など一切なく趣味で集まった同好会しか存在しないのだ。しかも参加している生徒もほんの少数で、部室があること自体知られていないのが現実であった。

 どことなく不穏を感じさせる看板を見つめて男子三人は皆押し黙ってしまった。それもそうだが、あのハゲ校長が何言ってやがると心の中でそんなツッコミを口に出さずにはいられなかった。

 ゴミ捨て場で唸り声を上げている男女四人。いつまでも戻ってこない彼らが心配になったらしく、担任である静加が汗だくのままで駆け付けてきた。

「ちょっと、あなたたち、いつまで油を売ってるのよ。もう休み時間が終わっちゃうわよ!」

 この学校の教員なら何かわかるかも知れない。そう思い立った拳悟が看板の正体について近寄ってくる彼女に尋ねてみると……。

「あら、もう焼却されているかと思ってたけど、まだこんなの残っていたのね。これ、ずいぶん前のゴミのはずなんだけどね」

 どうやら静加はこの看板が設置された理由を知っているようだ。わけありとも取れなくもない注意書き、いったいどんな経緯で告知されるに至ったのだろうか?

 今から四年も前のことだけど――。静加が囁くように語る一言目は、ごくありふれたフレーズからだった。

 彼女がこの学校へ赴任してきたばかりの頃のこと。とある放課後、正式な部活動が行われていたテニス部の部室で一人の女子生徒が首をくくって自殺してしまったそうだ。

 それをきっかけにして、テニス部の部室付近で不可解な出来事が起こるようになり、さらに女子生徒の幽霊まで見たという話まで飛び出してしまったらしい。

 このままではあらぬ噂が広まってしまうだろう。学校側はその事態を重くみて、生徒たちを混乱させないようにと立ち入り禁止という対策を講じたというわけだ。

「……そんなわけで、生徒たちが不要に近づかないよう部室の入口にその立て看板を設置したの」

 目を怪しく細めて、舌まで出して、両手首を曲げてまるで幽霊のようなポーズをして見せる静加。その怖がらせる迫真な語り口に、臆病の由美はビクッと鼓動を震わせた。

 その一方、物怖じしない拳悟たちハチャメチャトリオはというと、テニス部員のユーレイと聞いたせいか、ひらひらなスカートから覗く太ももを想像し頬を赤らめながらちょっぴりはにかんでしまった。

 怪談話も気になるところだが、その女子生徒がなぜ自殺したのかも気になるところ。拳悟がそれとなく触れてみると、静加の口から衝撃的な事実が明らかにされた。

「人づてで聞いたんだけど、その女の子ね、一年間で三十五回も失恋しちゃったんだって。それを苦にしての自殺だったらしいわ」

「……うわ、それはショックだね。でも、一年で三十五回もアタックするガッツがあるなら自殺なんてしなくても良かっただろうに」

 ユーレイの正体が男子にフラレまくった女子と知った途端、かわいくないブスの女子像を頭に思い浮かべて、みるみる表情が興ざめしてしまうハチャメチャトリオであった。

「ほらほら。もう与太話はおしまいにして、次の授業が始まるんだからさっさと校舎へ戻りなさいよ」

 静加から急かすようにお尻を叩かれて、ゴミ置き場から追い出されてしまう生徒たち。

 ゴミ置き場で偶然見つかった、用済みとして捨てられていた怪しい看板。

 テニス部の女子生徒の幽霊が出没するという、この学校にまつわる怪談めいた噂話。もう言うまでもないが、これこそが今回のお話のメインシナリオに繋がっていくわけである。


* ◇ *

「なに? 肝試し大会だと――!?」

 お昼休みの二年七組の教室内、すでに食事を終えたハチャメチャトリオの三人は机の上に腰を下ろして他愛もない雑談に耽っていた。

 そこでふと飛び出した肝試し大会。先ほど話題になったばかりの、テニス部の部室の幽霊騒動に心を躍らされた勝の発案であった。

 開催日程は本日夜七時、集合場所はこの学校のグラウンド、他の二人の意見も聞かずに彼は一方的に話を進めてしまった。

 夏の暑さを吹き飛ばすイベントではあるが、これにはちょっと待てと拳悟と拓郎は渋い表情で物申した。この二人曰く、ただの納涼イベントではおもしろみがなく興味をそそられないらしい。

「だいたい、高校生にもなって肝試しなんて子供じみてるだろうよ」

「そうだな。おもしろい趣向でもあれば考えなくもないけどさ」

 冷めた口振りで反論し、あまり乗る気でない様子の拳悟と拓郎の二人。彼らの性格を承知しているのか、勝はニヤッと口角を上げて興味をそそる趣向をここぞとばかりに明らかにする。

「野郎だけでやるわけねーだろ。男女ペアでやるんだよ」

「男女、ペアねぇ……」

 ――しばらく沈黙の時間が訪れる。その間、彼らの頭の中に浮かんでくる、女の子が怖がって抱きついてくる嬉しいシーン。それが妄想へと膨らみ、いつしか表情がだらしなく緩んでいった。

「やってやろうじゃん!」

 どうやら、ハチャメチャトリオ全員の意見が一致したようだ。

 彼らはすぐさま、トイレ休憩から戻ってきたばかりの女子を誘ってみることにした。それは当然ながら、このクラスで注目されている女子の由美と麻未の二人だ。

 彼女たちは声を掛けられるなり、いきなり肝試し大会に勧誘されて唖然としてしまう。しかも、その反応もまちまちであった。

 お祭りごとが好きな麻未は参加の意思を示したものの、由美の方はあからさまに眉をしかめて困惑していた。それもそのはずで、彼女はホラーや怪奇現象が大の苦手なのである。

「ユミちゃんも参加するだろ?」

「あ、あの、わたしはその、そういうのがダメなんで、ちょっと……」

 断りの意思表示をしようとした由美だが、引っ込み思案の性格からかそれをはっきりと伝えることができない。押しの強い勝からの誘いなだけに、声を震わせて余計に萎縮してしまうのだった。

 ここで誰かが助け舟を出してくれると期待したが、拳悟も拓郎も、さらには麻未までもが一緒にやろうと誘ってくる始末。こうなってしまうと、もう彼女に拒否する発言など口にはできなかった。

「わかりました。でも、あまり遅くなると姉が心配するので九時までに帰れるなら」

「ああ、その心配はないない。校舎内を一通り巡るだけだからさ。まぁ、ざっと一時間ほどってところかな」

 校舎内……?勝の説明を横で聞いていた麻未がそう声を漏らし、訝るような目をしながらコクリと首を捻った。

「学校閉まってるのに、どうやって校舎内に入っちゃうの?」

「俺さ、職員玄関の合鍵持ってんだ。……っていうか、この前借りたまんま、まだ返してないだけなんだけどな」

「学校に泥棒が入ったら、あんた真っ先に疑われるわよ」

 肝試し大会の参加者も大筋決まったわけだが、三対三の男女ペアを組むとなったら、あともう一人女子の参加者が必要になるはず。

 それについては任せておけと、自信ありげに胸をドンと叩いた拳悟。どうやら彼には、誘ったら参加してくれそうな女子に当てがあるようだ。

「今夜七時、グラウンドの水飲み場の辺りに集合だから、よろしくな」

 こうして、派茶目茶高校の夏の肝試し大会が開催される運びとなった。

 夜が来るのを待ち遠しく思うハチャメチャトリオを尻目に、半ば強制的に参加する羽目となった由美は夜の到来に恐怖を感じて一抹の不安を隠せなかった。

 後悔しても時すでに遅し。青ざめた表情をはぐらかそうとする彼女の耳に、お昼休み終了のチャイムが空しく鳴り響いた。


* ◇ *

 街並も薄暗くなりかけた夕方六時過ぎ。

 夕食を早めに済ませた由美は、これから学校へお出掛けするためアパートの隅にあるスタンドミラーの前で身だしなみを整えていた。

 暑い夏とはいえ、吹き抜ける風が幾分か涼しくなる夜のせいか彼女は肌着の上に薄手の長袖ブラウスを羽織っている。それでも、下半身は涼しげな水色のショートパンツの装いだった。

 姿見の前で衣装をチェックするお年頃の彼女だが、その表情に明るさはなくどこか冴えない。鏡越しの自分自身にすら焦点が合わず重たい溜め息ばかりが零れてしまう有様だ。

 少しばかり様子のおかしい妹に気付いてか、姉である理恵は不思議そうに頭を傾げていた。

「ユミ。あなた、これから出掛けるって言ってたけど、どこへ行くの?」

「学校だよ。これからクラスのお友達と約束してるの」

 お友達と会うのに、どうして浮かない顔をしているのだろうか?理恵はそれを不可解に思い、いったい何があるのか尋ねてみると最愛の妹の口から飛び出した一言に驚きのあまり呆気に取られてしまう。

「肝試しって、怖いもの大嫌いのあなたが!?」

 怪談話はからっきしダメ。ホラー映画なんてタイトルだけで失神してしまうほどの由美が、肝試しに参加することなど想像できるはずもない。

 さすがは血を分けた姉妹だけに苦手なものを把握していたらしく、うろたえる由美を見ながら同情というよりも渇いた笑みを零してしまう意地悪な理恵だった。

「もー、お姉ちゃん、そんなに笑わないでよ。わたしだって好きで参加するんじゃないんだから!」

「ふふふ、ごめんなさい。あなたが少しでもお化けを克服したいから積極的に参加したのかと思ったわ」

 ぷーっと頬を膨らませる妹が愛くるしくて理恵はほんのりと頬を緩ませていた。恥ずかしくない程度に泣いてらっしゃいと、投げ掛ける励ましはそんな他人事のような哀れみの言葉でもあった。

「あ、いけない。そろそろ時間だ。それじゃあ行ってくるね」

「行ってらっしゃい。夜だから気を付けなさいね」

 姉の気遣うお見送りを受けながら、由美は重たい足取りのまま学校に向けて出掛けていくのだった。

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