クリスマスパーティー!
◇ ◇ ◇
十二月二十四日は、夕方になっても黒々とした分厚い雲が空にふたをしていた。
天気予報では、強い寒波の影響で雪が降る可能性もあると言っていた。
そんな中、山本家では陽向の大号令の下に、クリスマスパーティーの準備が進められていた。
「先輩、クリスマスツリーの準備してくださいって言いましたよね」
「ああ、だからこうして準備してるだろ。見ろ、あとは星を飾るだけで完成だ」
「え、本気で飾ってそれなんですか?」
愕然とした表情の陽向に、勇輔が自分の飾ったツリーを見る。
クリスマスパーティーをすると言ったら、加賀見綾香が三条支部から引っ張り出してきた、結構立派な大きさのツリーだ。
幹にお札が貼ってあるのは見なかったことにして、勇輔が買ってきたオーナメントを飾っていたのである。
「なんでこのトナカイは身体が埋まっているんですか?」
「首だけ出てると、剥製みたいでかっこいいだろ」
「冗談ですよね? センスぶっ壊れてるんですか?」
真顔の陽向に詰められ、勇輔が泣く泣く全てのオーナメントを外して、付け直す。
「ユースケさん、私もやること終わったから手伝いますよ」
「すまんリーシャ。俺は星だけつけるわ」
部屋中の掃除を終えたリーシャが勇輔の手伝いに回る。
カナミと陽向は料理担当だ。オーブンは常にフル稼働で、美味しい匂いがリビングにも漂ってくる。
月子はネストやベルティナと一緒に部屋の飾り付け担当をしていた。
シャーラはソファで沈んだまま、テレビを見ている。
今日の山本家クリスマスパーティーの参加者は、勇輔、リーシャ、月子、カナミ、陽向、シャーラ、ネスト、ベルティナの八人だ。
コウガルゥは「手も出せねえ女と飲んで何が楽しいんだよ」と不参加。イリアルとユネアも参加を辞退した。
綾香は最後まで参加したがったが、三条支部の面々から「何阿呆なこと言ってんですか? クリスマスなんて幸不幸の温度差で、怪異パレードですよ」と言われて撃沈である。
エリスも同様に、参加しないという返事が来た。
彼女らしいといえば彼女らしいと、勇輔もそれ以上誘うことはしなかった。
わだかまりは消えたとしても、離れ離れだった時間を無視できるほど、二人は子供ではなかった。
そういうわけで、いつもの山本家メンバーに、ネストとベルティナが参加した形でのクリスマスパーティーだ。
本格的に外に夜の気配が立ち込めるころ、料理が完成した。
部屋の中は月子たちが飾り付けた折り紙のリングや電飾でキラキラ光っていて、その中央にはクリスマスツリーが鎮座している。
テーブルには豪勢な料理が並んだ。勇輔が言っていた通りチキンの丸焼きだけでなく、ローストビーフやエビフライといった、平素なら主役を張っているようなメンバーが勢ぞろいだ。
カナミは言わずもがな、陽向もノワの茶々が入らなければ料理の腕前は相当なものだ。
「勇輔、蓋気を付けて」
「ふっとばさないでくださいよ」
「誰に言ってるんだよ。それに飛んだとしても、途中でキャッチできるだろ」
「意味不明なこと言っている自覚あります?」
陽向の言葉に、手を伸ばしかけていた月子がひっこめた。
月子と陽向に心配されながら、勇輔はシャンパンのコルクを抜いた。ポン! と軽やかな音が響く。
成年済みのグラスには、シャンパンが。未成年たちにはノンアルコールのものが注がれる。
そうして、勇輔の言葉でクリスマスパーティーが始まった。
「乾杯‼」
カチンとグラス同士が額を合わせ、祝杯の音を鳴らした。
「ユースケ、お肉食べたい」
「はいはい。鶏でいいんだよな」
「牛も欲しい」
シャーラに言われた通り、勇輔はチキンの丸焼きとローストビーフを取り分ける。チキンの丸焼きは、普通に食べると切り分けるのが難しいという話だが、職業柄すいすいと解体できてしまった。
ちょっと複雑な気分になりながら、みんなが食べやすいように切った。
「先輩、私にも取ってください」
「陽向は自分で取れよ」
「どうしてシャーラさんだけ特別扱いなんですか」
「言っても聞かないから」
戦っても無駄に消耗するだけである。
シャーラは勇輔からもらった料理を、ソファーに沈みながら、もっもっと食べ始めた。
それを聞いた陽向が、目をハートにして囁いた。
「それならぁ、先輩の分は私が取り分けてあげますよ」
「やめろノワ。勝手に陽向の身体を奪うなよ」
「むぅ、どうして分かるのですか? 魔力は出さなかったはずですけど」
「陽向かお前かくらい、見りゃ分かる」
「むっ」
勇輔の言葉に、ノワも内側で抗議していた陽向も、胸を押さえて崩れかけた。
何を当たり前のことをとでも言いたげな顔が、卑怯だ。
「ふ、褒めてあげますよ先輩」
「何言ってんだよ‥‥」
そう言いながら、勇輔も料理を取り分けて食べ始める。一番は、やはり楽しみにしていた鶏の丸焼きだ。
買ったはいいものの、そもそも家庭で料理できるのかと不安だったが、そこは安心安定のカナミさん。
皮は黄金色にぱりぱりと焼け、内側はしっとりとジューシーに焼きあがっている。
ソースも何種類も用意してくれていて、どれをつけるか迷う。
勇輔はしばらく悩んだ結果、まずは素を味わおうと、そのまま口に入れた。
「うっま‼」
食べてみて驚いた。正直、鳥の丸焼きに関しては見た目重視というか、インパクト至上主義というか、味に関してはそこまで期待していなかった。
しかしこの肉は想像を遥かに超えて美味しかった。食べたのは脂肪分の少ない胸肉の部分だったのが、胸とは思えないほどに旨味があふれてくる。
これは丸焼きという調理方法が美味しいのか、それとも料理人の腕がいいのか。おそらく後者だろうなあと思いながら、カナミに声をかけた。
「カナミ、これめっちゃ美味しいよ」
「本当でございますか? ありがとうございます」
「こんなに美味しかったんだな。向こうでもちゃんと食べればよかった」
「オーブンの性能はやはり祖国にあるものよりもコンパクトで使いやすいですわ。素晴らしい発明ですわね。できれば一台解体してみたいものです」
「それは綾香さんに相談してくれ‥‥」
この家の家具は全部綾香が用意したものなので、気軽にいいよとは言えない。
「ベルティナ、これは食べたか? 飲み物のおかわりはどうする? 俺が取りに行くが」
「うるさいなあ。それぐらい自分で取りに行くよ。というかうざい」
「このローストビーフというものも美味しかったぞ。生肉や炙った肉は食べたことがあったが、こんな風に火を通せるものなのだな」
「だから食べてるって。なんでそんな世話焼こうとすんだよ」
ネストとベルティナも、二人で並んでご飯を食べている。
ネストはベルティナが起きてから、とにかくなんでもかんでも世話を焼こうとしていた。復活してくれたことが、よほど嬉しかったのだろう。
しばらくそうしてご馳走に舌鼓を打っていると、陽向がテンション高らかに言った。
「では、そろそろメインイベントです。プレゼント交換しましょう‼」
ガシャン! とキッチンの方で大きな音が鳴った。みんながそちらの方を向くと、リーシャが呆気にとられた顔で自分の落としたグラスを見ていた。
床に落ちたグラスは、粉々に砕け散っている。
「あ、あの、ごめんなさい。手が滑ってしまって」
「いやいいよ。怪我してないか?」
「待ってて、すぐ片付けるから」
勇輔と月子が立ち上がって片付けに行こうとすると、それを制止する者がいた。
「わた、私が――やります」
手を挙げたのは、ベルティナだった。
「ベルティナ」
「いいの。いいのよネスト。命を救われたのよ。信頼には信頼で応えるしかないでしょ」
ベルティナはネストにそう言うと、リーシャの近くに歩いていく。
そしてグラスに手をかざすと、魔術を発動した。
次の瞬間、目を疑うことが起きた。
完全に砕けたグラスがひとりでに動き、集まり始めたのだ。
そして五秒ほどで、床の上には傷一つないグラスが現れた。
それを見た月子が呟く。
「修復した?」
「いや、違うな」
「違いますね」
勇輔と陽向――ノワがそれを否定した。
二人の目は険しい。
それも無理のないことだった。ベルティナの使った魔術は、本来なら存在しないはずの魔術だからだ。
「時間を戻したのか」
「はい。これが私の魔術、『新月』です」
「時間を操る魔術なんて、伝説上のものではありませんか」
ノワが驚いた声で言った。
魔将であり、魔術の深淵に最も近い魔族が、驚愕しているのだ。
それも無理はない。
時間操作の魔術は、人族の中でも伝説の代物だ。
ベルティナは床のグラスを持ち上げながら言った。
「私も母からそう教わって育ってきました。だから、街にもほとんど近寄ったことはないですし、人前で魔術を使ったこともありません」
「親から継いだのか?」
「違います。ただ血筋の中で、この力を持った者が生まれることがあると聞かされています。生命には使えませんし、私の力じゃ小さな物の時間を少し操作するので精一杯です」
「それでも、すごいな。お母さんが隠そうとしたのが分かるよ」
『鍵』に選ばれる魔術師は、聖女の資質を持つ者たち。そして歴史上存在しない時間の魔術。
そこから導き出される答えは、あまり気持ちの良いものじゃない。
とにかく時間を操るというインパクトが強い。誰かに保護してもらうか、俗世を離れて暮らすかの二択しかないのは容易に想像できた。
だから勇輔はこれ以上それについて話すのはやめた。
「ありがとうベルティナさん。もう無理に魔術を使わなくてもいいよ」
「す、すすみません。ありがとうございました」
呆然としていたリーシャも慌てて頭を下げた。
「いえ、いいんです。私が見て欲しいって思っただけだから」
そう言うと、ベルティナはネストの隣に戻った。
仕切り直すように、ノワから身体を取り戻した陽向が大きな声で言った。
「そ、それじゃあ、気を取り直してプレゼント交換――」
そこへ、ピンポーンという来客を知らせる音が鳴り響いた。
「――先輩」
「はい」
「行ってください」
「何で俺が‥‥はい、行きます」
勇輔は立ち上がり、まだ立ったままのリーシャの肩に手を置いた。
「ほら、リーシャはもう座れ」
「‥‥はい。ありがとうございます」
いつもよりも、どこかぼーっとしているリーシャを座らせて、勇輔はドアを開けた。
「はいはい、どちら様?」
外は想像以上に風が強く吹いているらしく、ドアを開けた瞬間に白い風が吹き込んできた。
同時に、真っ赤な衝撃が勇輔に正面から叩きつけられた。
「あの、綾香に行きなさいって言われて、仕事も落ち着いたから――」
そこに立っていたのは、黒いコートに身を包み、冬さえも溶かしてしまいそうな緋色の女性。
寒さのせいか頬を赤くしたエリスが、そこにいた。




