これまでのあらすじ
◇ ◇ ◇
時は少々遡る。
『東京クライシス』の影響は多くの場所で歪みを生んでいた。事件直後、人々の多くは外に出ることをはばかり、町は我が物顔で吹きすさぶ北風ばかり。
それも致し方ないだろう。
何せ原因が分からない。
もう一度起こるかもしれない。
政府の対策も曖昧で、誰の目にも有効でないのは明らかだった。しかしそれを責めることもできない。誰もそんな都合の良い対策など、思い浮かばないのだから。
初めの頃は張り裂けそうな緊迫感に満ちていたが、一週間も何もなければ、その空気も弛緩する。
だが、大手を振って外を歩くほどの解放感もなく、十二月の寒さが馴染むころ、人々は社会を回すため、ゆっくりとこれまで通りの生活へ戻り始めていた。
人が動けば経済活動も再開される。そうした店の中に、とあるカフェがあった。新宿御苑の近くにある店で、対魔官をはじめとした魔術師たちが懇意にしている店である。
今回の『東京クライシス』は一般人には理解不能な現象だが、魔術に関わる者たちからすれば、霊災であることは一目瞭然だった。
当然多くの魔術師たちが情報を求め、この店に集う。
そんな店の奥に個室があることを多くの人は知らない。対魔官の上層部や、魔術の名家などが使用する、特別な部屋だ。
その部屋では今、二人の男女が向かい合って座っていた。
黒髪の青年は三白眼を険しく細め、妙に着慣れたネイビーのスーツを、指で忙しなく触り続けている。
彼の名は山本勇輔。先の『東京クライシス』において、出現するモンスターの多くを斬り倒し、首謀者を追い詰めた功労者だ。
さらに言えば、過去に異世界で魔王を倒した正真正銘の勇者でもある。
そんな百戦錬磨の元勇者は、今にも逃げ出すのではないかというほどに、震えていた。手汗でスーツは濡れ、気を抜けば歯が音を鳴らしそうになる。
鬼や竜を前にしても、これ程の動揺はないだろう。
そんな勇輔の前に座るのは、そんな悪鬼羅刹とは正反対の、美しい女性だった。
篝火のような温かで、鮮やかな緋色の髪。瞳はエメラルドをはめ込んだかのように、神秘な輝きを放っている。
彼女はエリス・フィルン・セントライズ。
名前の通り日本人ではなく、どころか地球人ですらない。過去に勇輔が召喚された異世界『アステリス』にあるセントライズ王国の王女だ。
そして勇輔と共に、魔王を倒す旅をした一人でもある。
彼女は明らかに挙動不審な勇輔とは対照的に、徹底して無表情だった。
二人はとある事情から一度決別し、世界を隔てて別れることとなった。
二度と会うことはないという、覚悟と諦めの離別。
そんな二人がどんな運命のいたずらか、あるいは奇跡か。こうして再び出会えたのは、『東京クライシス』の最中だった。
その時は状況故に、長く話すことはできず、すぐに離れることになった。
というより、エリスがその場から立ち去り、勇輔もそれを追うことができなかった。
それからなんやかんや、カナミや加賀見綾香の協力などもあり、ついにこの場が実現されることとなったのである。




