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閑話 ドキドキ! リーシャのマジカルクッキング! 下ごしらえ編

「まずは野菜を切ります!」


 リーシャはそう言うと、包丁を持って玉ねぎを取った。


 そしてしばらく玉ねぎとにらめっこしていると、陽向の方を向いた。


「あの、玉ねぎの皮ってどこまで剥けばよいのでしょうか」

「え、そこから⁉」


 思わず陽向は叫んでしまった。料理が得意なイメージはないけれど、リーシャはカナミとよくキッチンに立っている。


 まさか玉ねぎの剥き方を知らないとは思わなかった。


 リーシャは恥ずかしそうにうつむいて言った。


「あ、あの。私も見ていなかったわけではないんですよっ。ただカナミさんがしばらくは包丁は禁止と言って、手でちぎるようなような下ごしらえばかりだったんです」

「あ、ああ。そういうこと」


 一応頷きはしたが、いまいち納得はできなかった。


 確かにカナミは過保護というか、リーシャに対しては姉のように接している面がある。


 しかし流石に包丁も持たせないほどとは思えなかった。


 何か理由があるのかなと思いながら、陽向は玉ねぎを指さした。


「半分に切ってから、両端を落として、茶色い皮だけ剥けばいいんだよ」

「なるほど、分かりました。やってみますね!」

「うん、手だけは切らないようにね」


 そうは言っても、流石に玉ねぎを切るだけで怪我はしないだろう。


 リーシャはきちんと猫の手で玉ねぎを押さえると、包丁で切った。


 ダンッ‼ と叩きつけたような音が響き、陽向はその場で跳び上がった。


「え、何今の音⁉ 普通に切ってたよね⁉」

「あ、ごめんなさい。少し力が強かったみたいです。次はもう少し弱めにやりますね」


 そう言いながら、ヘタを切り落とそうとリーシャが包丁を入れる。


 再びダンッ! と凄まじい音が鳴った。


「だからどうして⁉」


 母が父との喧嘩で怒り狂っている時にしか聞かない音だ。硬い物を切っているならまだしも、相手は玉ねぎである。


 リーシャも焦った様子で首を横に振った。


「だ、だだだ大丈夫です! きちんとまな板には聖域を張ってあるので、傷ついてませんから!」

「そういう問題じゃ‥‥というか、え、まな板に魔術使ってるの?」


 大分前に勇輔が、「リーシャが口の中に聖域張ってさぁ」と意味の分からない発言をしていた気がするが、他の女の話ばかりしてんなこいつ、と思っていた陽向は、話半分に聞いていた。


 こういうことか、と今更になって納得する。


 ついでにカナミがリーシャに包丁を持たせていなかった理由もよく分かった。


『この子、力の制御が下手なのね。直接触る分には細かい調整もできるんだろうけど、道具を持った瞬間にわけ分からなくなるタイプだわ』


 え、そうなの?


 心の中で突然話しかけてきたノワール・トアレの声に、陽向は言葉に出さず返事をした。


『人族とは思えない程の魔力量だし、日常的に身体に流し続けている影響で、身体が本人も知らない間に強化されてるのよ。魔族だとわりとある話』


 そうなんだ。それって私生活結構不便じゃない?


『不便ね。でも子供のころから普通に生活を送っていれば慣れる話なのよ。聖女だって話だし、よっぽど箱入りの生活をしてきたんでしょ。調理道具どころか、道具そのものを使わない生活だったんじゃない?』


「それ、どんな生活‥‥」


 思わず陽向はつぶやいた。


 陽向もそれなりに裕福な家の出身だが、道具を使わない生活なんて想像もつかない。


 しかしノワの言う通り、リーシャの生活のほとんどは、お付きの者たちによって支えられていた。


 結果がこの力加減のバグった聖女なのだ。


 陽向はあわあわするリーシャに優しく言った。


「とりあえず優しくやろうリーシャちゃん。大丈夫、ゆっくりでも引きながら切れば切れるから」

「そ、そうですね。ありがとうございます。優しくします」


 そう言ってリーシャは丁寧に丁寧に残りを切り、皮を剥いていった。


 玉ねぎ一つを処理するのに、三分近くかかった。


 それからフルコースでも作っているのかと思う時間を経て、一通りの下ごしらえが終了した。


「あとは炒めて煮るだけだね」

「はい、カナミさんのレシピ通りに進めていきます」


 ここまで来れば、いくら道具の扱いが苦手でも問題はない。火加減と分量さえ間違えなければ、美味しいカレーが完成するはずだ。


 安堵の息を吐く陽向に対して、リーシャが顔を明るくして言った。


「今回はカナミさんと相談して、レシピにいろいろと工夫をしたんです。ユースケさんが気に入る味付けになるようにって」

「リーシャちゃん‥‥」


 その顔があまりにも嬉しそうで、陽向はうっすらとほほ笑んだ。


 この子が勇輔に対して抱いている思いがなんなのかは、陽向には分からない。友愛なのか、親愛なのか、恋愛なのか。


 ただ間違いなくユースケのことを強く想っているのは確かだ。


 強力なライバルになるかもしれないけれど、この純粋な想いは見ているだけで心が洗われるようだった。


 そう、陽向はそう感じたのだ。


 しかし彼女は違ったらしい。


『へえ、ユースケの気に入る味?』


 さっきまでは大人しく見ていた恋の獣が、そう牙を剥いた。


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R15 残酷な描写あり 異世界転生 異世界転移 キーワード男主人公 ギャグ 主人公最強 勇者
― 新着の感想 ―
[一言] 圧力鍋も良いが圧力鍋を保温して焦がさず長時間火を使わず煮込む圧力保温鍋とかも有りそうなキッチン。包丁もペティナイフとか揃えていたり。
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