最強の対魔官
◇ ◇ ◇
それは月子たちの下にヒトガタが現れたのと同日の夜。
別の地区でも同様にヒトガタが出現していた。
しかし姿かたちは月子たちが戦っていたものとは大きく異なる。巨大な翼を生やし、空に浮かぶその姿は、吸血鬼か悪魔かというものだった。
ヒトガタを祓うために数人の対魔官が集まったが、歯が立たなかった。
とにかく素早く、まともに攻撃を当てることができない。
ヒトガタは対魔官をもてあそぶように、小さな傷を付けて体力を削っていく。
そこに一人の男がふらりと現れた。くすんだ灰色の髪に、竜の刺繍が入ったスーツを着た、長身痩躯の男だ。
ヒトガタはそれを一瞥すると、次の瞬間には男の隣に移動していた。
そして爪で胴を横薙ぎにしようとする。
同時に男の身体が霞んだ。
交錯は刹那。
ヒトガタが爪を振るう途中で動きを止め、そのままバラバラのサイコロになって崩れ落ちていった。その事実にヒトガタが気付いた時、男を中心に、複雑な切り傷が地面に刻まれた。
男――第一位階対魔官、土御門晴凛はそれを冷たい目で見下ろした。
その肩には、細長い小動物が乗っている。イタチだ。
土御門はイタチの顎をくすぐりながら、ヒトガタが消えていく様子を見守り、呟いた。
「今度は何をするつもりだ、新世界」
ヒトガタの正体は分からない。しかし土御門はそれが魔術師、新世界によるものだと予想していた。
だが、それの意味が分からなかった。
ヒトガタは確かに強いが、土御門からすれば片手間に対処できる程度の相手だ。
対魔官の数を減らそうとしているわけでもなさそうだ。
考えられるとすれば、何らかのデータを集めようとしている。
嫌な予感がする。
新世界はこれまでも様々な場面で暗躍してきた。しかし、基本的に社会を大きく動かすようなことはしてこなかった。
それが、こうして魔術を大々的に悪用し、社会に影響を与えようとしている。
これまでの組織としての在り方を壊してでも、成し遂げようとしていることがある。
できればこうなるまでに、もう少し組織の中枢まで潜り込みたかったが、仕方ない。はじめから警戒されていたのだろう。
とにかく今土御門ができることは、信頼できる対魔官たちを増やしながら、怪しい連中を牽制すること。
対魔特戦の上の連中には、新世界の所属員が多くいる。そういった輩に、山本勇輔たちが邪魔されることだけは避けたい。
シキンとの戦いを見て分かった。
新世界に対抗できる人間は、山本勇輔とその仲間たちだけだ。
二度と櫛名命のような失敗は起こさない。
「‥‥」
土御門は肩に乗っていたイタチを元の場所に帰しながら、次なる現場に向かって歩き始めた。
新世界がある限り、魔術師は真の意味で自由にはなれない。
しかし敵が動くというのであれば、それは同時にチャンスでもある。巨大すぎて実体を捉えられなかった新世界を倒せるのは、この瞬間だけなのだから。




