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元カノとデート

     ◇ ◇ ◇




 リーシャが勇輔と会った翌日が、月子に与えられた時間だった。


「こうして二人でちゃんと出かけるのって、久しぶりだな」


 そう言う勇輔の顔を見て、月子は自分が選択を間違えたことを知った。


 女子四人で話したあの夜、リーシャはまず初日に勇輔と過ごしたいと希望し、それが通った。月子としてもエリスの話を整理したかったし、元々二人で出かけるには、それなりの覚悟と準備が必要なタイプだった。


 だから二日目を選んだのだが。


「今日はどこ行くんだ?」


 勇輔の顔は、やけに晴れやかだった。


 この男は良くも悪くも素直というか、感情が顔に出る。そういうところが意外と可愛らしい――違う。そうではない。


 つまるところ、エリスの話で悩んでいたことも、リーシャとの一日で大分折り合いをつけたらしかったのだ。


 シャーラの言う通り、元々心構えができていたのもあるだろう。


 時間が解決したと、納得してしまうのは簡単だ。 


 けれど、違う。


 家に帰ってきてからのリーシャと勇輔の二人の様子を見れば、それぐらいは察せられる。


 これは、リーシャの成果だ。彼女だから、勇輔はここまで回復した。


『どうして、そんなやり方だったんですか‥‥? ユースケさんは、いつだって優しいのに、どうして傷つかなきゃいけなかったんですか。何のゆかりもない、私たちのために戦ってくれた人の終わりが、そんなものでいいはずがありません!』


 あの夜、リーシャだけが怒りを見せた。


 それは彼女が、理由や事情を天秤に掛けず、勇輔の心だけを考えていたからだ。


 月子には、できない。


 あまりにも素直で、真っ直ぐで、見ていられない程に輝いている。


 月子は携帯を片手で握りしめ、小さく言った。


「‥‥館」

「え? どこって?」

「‥‥水族館よ」

「水族館って、もしかしてサンシャインの?」

「‥‥」


 驚く勇輔の言葉に、月子は答えることもできず頷いた。


 それもそのはずだ。


 サンシャイン水族館は、月子と勇輔が付き合ってから初めて行った場所。つまり、初デートの場所なのである。


 元カレと、わざわざ思い出の場所巡り。


(馬鹿。馬鹿なのかしら? でも仕方なかったのよ。時間もなかったし、遊べる場所なんてほとんど知らないし。駄目、完全に失敗したわ)


 月子の頭がぐるぐると空回りを続ける。


 昨日はコウガルゥの話を自分なりに整理するのに使い、夜はリーシャたちの様子を見て動揺し、最終的に安牌(あんぱい)である水族館のチケットを予約してしまったのだ。


 予約した後に気付いた。


 これは、世に言う地雷なのでは、と。


 しかし魔術と怪異を相手に生きてきた月子は、その手の情報に(うと)い。年頃の女性らしく、有名なデートスポットは知っていたが、今回はもてなす側だ。自分が知らない戦場に、いきなり飛び込む勇気はなかった。


 結果がこれである。


 デートに心霊スポットを選ぶ綾香を笑えない。


「ごめんなさい、これは――」

「いいな、水族館。久しぶりだし、楽しみだ」


 勇輔はそう言って笑った。


 その顔に、もう何も言えなくなってしまう。


 半年前は、二度と見ることができないと覚悟した笑顔が、すぐ近くにある。


「‥‥そう」


 月子は視線をそらして足元を見た。


 にやけそうになる顔を、見られたくなかった。


 誰のための時間なのか、分からなくなりそうだ。



 

 月子と勇輔の二人はサンシャイン水族館に入った。


 平日だが、さすがは池袋というべきか、結構な人がいる。


「おお、水族館ってなんかテンション上がるよな」

「そうね、別に魚に詳しいわけでもないのだけれど」

「みんなそんなもんだろ」


 話しながら、水の中を泳ぐ魚たちを鑑賞していく。


 実は月子はこういった水族館や動物園が苦手だった。小さな箱の中で生きる動物たちが、自分と重なって見えてしまった。


 しかし、


「なあ、ずっと疑問なんだけど、どうして水族館だと、ウツボと他の魚が一緒に暮らせるんだろうな」

「しっかり餌をもらっているからでしょう」

「にしたって怖くね? ちゃんと(しつ)けられてるのかな」

「さあ‥‥。そもそもウツボって躾けられるものなのかしら」

「顔を見る限り難しそうだぞ」

「顔で判断しては可哀想でしょう」


 勇輔はそれもそうか、と笑いながらウツボの顔を覗き込んだ。


 何が楽しいのか分からないが、ウツボと勇輔は睨み合い続ける。


 そんな様子がおかしくて、月子は横顔を何度も盗み見た。


 水族館を楽しい場所だと思うようになったのは、間違いなく勇輔のおかげだ。


 どうしてそんなに笑顔でいられるのだろうか。


 勇輔本人や、周りの話を聞く限りでは、彼の異世界での生活は過酷そのものだ。


 血みどろの戦い。誰も名前を知らない、伽藍堂(がらんどう)な栄光。


 そして仲間たちとの別れ。


 よく人間不信にならなかったものだと思う。


 きっと過酷な現実を生きてきてからこそ、どんなことにも楽しみを見出(みいだ)せるのだろう。


 そして、そうなるよう支えてきたのは、エリスなのだ。


 彼女が勇輔の希望そのもの。


 エリスといたから勇輔はどんな絶望にも光を見つけられた。


 そう、今の月子のように。


「? どうかしたのか?」

「いえ、ウツボみたいな顔になってるわよ」

「なんで突然ディスられてんの? ウツボのあだ名知ってる、海のギャングだぞ」

「ええ、ぴったりだと思うわ」

「穏やかな顔してたんだけどなー」


 勇輔はグニグニと自分の頬をこねくり回す。


 笑ってしまうからやめてほしい。


 立ち直っているならそれでもいい。せっかく二人で遊びに来れているのだから、一緒に楽しもう。


 月子はそう決めて、──そうするまでに微かな逡巡、ハンカチで手汗を拭くまでを瞬時に済ませた上で──勇輔の手を取った。


「っ、月子」

「次はあっちね。まだ見るものは多いわよ」

「‥‥ああ」


 月子は勇輔の顔がまともに見られなかった。いや、今の自分の顔も見たくなかったし、見られたくもなかった。


 勇輔から感じる動揺に、心臓が跳ねる。


 まだ女性として意識してくれている。そんな都合のいい妄想が頭を(よぎ)るのが恥ずかしくて、月子は足早に次の水槽へ急いだ。


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R15 残酷な描写あり 異世界転生 異世界転移 キーワード男主人公 ギャグ 主人公最強 勇者
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