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蠢く異変

 その時間が本当に訓練と呼べるものであったのかは分からない。


「はっ、はぁ、ぁ」


 床に寝転がって、暴れる肺に呼吸が追い付かない。


 やったことは単純だ。ただひたすらに戦った。


 初めは手合わせとして、後半は本気で倒すつもりで。月子はシャーラに魔術を使い、槍を振るった。


 結果は倒れる月子と、それを息一つ乱さず見下ろすシャーラを見れば、明らかだろう。


 先のフィンやバイズとの戦いで勘違いしていた。彼女は後衛で強力な魔術を使うタイプなのだと。


 違った。


 まったくもってひどい勘違いだ。


 シャーラは、魔術がなくとも圧倒的に格上。魔術も槍も、全てが純粋な剣と体術によってねじ伏せられた。


「あの知恵の輪、私と戦いながらでも外せるようになれば、魔力操作としては合格。戦闘技術は、私に一太刀入れられたら及第点」

「‥‥は、ぁ」


 ふざけた条件だ。全力を尽くして掠りもしなかったというのに、知恵の輪を解きながらそれをしてみせろと。


 できない、無理だ。そんな言葉が喉の奥につっかえて、代わりに出たのは別の言葉だった。


「分かりました」


 魔術なしのシャーラでさえ、ここまで強い。そんな彼女が届かない勇輔は、どれ程の強さなのか。


 そこに届く術が微かでもあるのなら、死ぬ気でそれにしがみつく。


 月子は蛍光灯の眩しさから逃れるように、目を閉じた。




    ◇   ◇   ◇




 『煌夜城』の大広間。そこには勇輔が斬り倒した鵺たちの亡骸(なきがら)が何体も横たわっていた。勇輔の読み通り、彼らは生物ではなかった。


 同時に怪異と称すのも異なる。


 本来の怪異であれば、勇輔の剣に急所を斬られた段階で存在を霧消する。故に、亡骸が残っている時点でおかしい。


 シキンという目標を前に、勇輔たちはこれを見落とし先に進んでしまった。もしも怪異に詳しい月子がこの場にいれば、あるいは『シャイカの眼』を持つカナミであれば気づいたかもしれない。


 モゾモゾと、肉が這って動き始める。


 首を落とされた鵺が、別の鵺に覆いかぶさり、蠢く。そんな不気味な胎動(たいどう)が各所で起こり、いずれ一箇所に集まっていく。


(うら)めしい。


 殺したい。


 悔しい。


 恐れよ。


 声にならない怨嗟(えんさ)の響きが大気を震わせ、灯篭(とうろう)の火が揺れた。


 薄明かりに照らされて、黒々とした巨体が身を起こす。


 この鵺には、ある特別な絡繰(からくり)が施されていた。執念と怨念の報復。


 憎しみを力に変える特別な術式だ。


 本来であれば、この奥にいる勇輔たちの元へと駆け出すべきだっただろう。しかし鵺はそうしなかった。


 そこにはこの城の主がいる。もしも自分が場を(わきま)えず横槍を入れれば、即座に殺される。


 そうでなかったとしても、あの騎士には勝てない。怨念に囚われて尚、鵺の中には明確な恐怖と上下関係が刻まれていた。(ひらめ)く白銀の剣を思い出すだけで、脚がすくむ。


 一瞬気を引くことはできるかもしれないが、それが限界。


 それでは駄目だ。それではこの怨みは晴れない。


 鵺は考え、決めた。


 騎士に付いていた匂いは覚えた。そこへ向かえば、騎士の大切なものがあるはずだ。


 それを壊せば、いくら強い者であろうとも、絶望するだろう。嘆くだろう。


 鵺は新しく生えた頭に深い笑みを浮かべ、床を蹴った。


 目指すは人の住まう街。少女たちが帰りを待つ家だ。


 戦争の思惑から外れた獣の狂気が、大地を切り裂いて駆けた。


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R15 残酷な描写あり 異世界転生 異世界転移 キーワード男主人公 ギャグ 主人公最強 勇者
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[一言] メリークリスマス
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