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恥じるものなし

 四辻千里は、土御門とある契約を交わした関係だ。


 普段は会うこともなく、お互いに別の生活を送っている。


 しかし彼女ほど土御門の力を知る者は、他にいないだろう。


 飄々(ひょうひょう)とした見た目からは想像もつかない、魔術師としての腕を、彼女は身をもって知っている。彼を超える魔術師は日本にはいないだろうと、そう思ってさえいた。


 だからこそ、目の前の現実を中々受け止められずにいた。


「『想像以上に時間がかかった』」


 そう言いながら、魔術の発動を解く山本勇輔。


 彼の周囲には、(おびただ)しい数の獣の(むくろ)が転がっていた。ただの獣ではない、一体一体が凶悪な怪異、(ぬえ)なのだ。


 千里の知る鵺よりも遥かに強力な個体。


 それの群れを相手に、勇輔はまるで害虫を駆除するような淡々とした動きで、一体ずつ沈めたのだ。


 千里自身、一度勇輔と戦ってその力は認めていたが、その認識が圧倒的に間違っていたことに今更ながら気付かされた。


 これが異世界の勇者。


 土御門が日本最強であるのに対し、勇輔は魔術世界において最強の存在だったのだ。


 知識が目前の現実とつながり、めまいがする。


 新世界(トライオーダー)もシキンも脅威だが、目の前の存在にすれば些細なものなのではないか、そんな風にさえ思えてくる。


「まあ、それでも生き物じゃないだけマシか。罪悪感がなくていい」

「罪悪感とか、感じるの君?」


 混乱する頭のまま、頭に浮かんだ言葉がそのまま口から出た。失言に気づいたのは、勇輔が千里を振り向いた時だった。


 彼は笑うでも怒るでもなく、いつもと同じ顔で言った。


「あ、ごめん」

「いや、謝らなくていいよ。実際いろんなものを斬って、殺してきた。それでも罪悪感は感じるよ。昔は(わずら)わしかったし、見て見ぬふりをしてきたこともあった」


 勇輔は昔を思い出しているのか、千里を見ているようで見ていなかった。


「でも最近は大事だと思ってる。道を見失わなくて済むし、罪悪感を感じるっていうのは、俺がこの国できちんと育てられてきた証拠だからな」

「そっか、きちんとした親御さんだったんだね」

「息子は(ろく)なもんじゃないけどな」


 勇輔はそう言って笑った。


 そう笑えるようになるまで、どれ程の苦労があったのか、千里には分からない。彼女自身、家族との愛情には疎い。


 だからできるだけの笑顔で返した。


「女の子五人(はべ)らせてるもんね!」

「おい待てやめろ。なんかすごい語弊を生む言い方だろそれ」

「そんなに間違ってないと思うけどなあ」

「間違ってないから問題なんだろ!」


 勇輔の魂の叫びを聞きつつ、千里は鵺を避けて歩き始めた。


「戦ってくれてありがとう。さあ先に進もうか。ここにいると何だか呪われそうだよ」

「それは同感だな。というか、怪異って死んだら消えないのかよ」


 二人は数多の鵺を後に、部屋を出た。

 



     ◇   ◇   ◇




 何とか鵺の群れを殲滅した俺たちは、最初の目的通りシキンがいる部屋を目指して進み始めた。


 あの鵺は本当に何だったのかってくらい強かったし、数も多かった。ただ納得できたこともあって、あのふざけた質量の落雷とか、鎧をぶち抜く声とかは、数が多かったからこその威力だったようだ。


 複合術式とはまた違うが、怪異があのレベルの連携を取ってくるなんて、思いもしなかった。


 新世界(トライオーダー)


 シキン。


 四辻の言う通り、舐めてかかれる相手じゃなさそうだ。


 それでもここで新世界(トライオーダー)に深く切り込まない限り、この神魔大戦は常に後手に回り続ける。


 そういう予感があった。


 ただの勘だが、今ここで土御門から提案があったのは、波だ。それが好機を呼ぶか災いを呼ぶかは分からないが、少なくとも乗らなければ。飲まれるだけだ。


 俺たちの前に、一つの扉が現れた。


 鵺たちが待ち構えていた扉よりも遥かに大きく、細部にいたるまで舌を巻く装飾が施されている。


 地を這い苦悶の表情を浮かべる人間。その下には炎が渦を巻き、上に行くにつれて人の顔は安らかに、装飾は絢爛になっていく。そして特徴的なのは、空から下へと伸ばされた二つの巨大な手だ。


 まるで蜘蛛の糸だな。


 その手を伸ばしている主は垂れ幕に隠れて見えなかった。あるいは元々彫られていないのか。


 神仏が救済してくれるというのなら、そんな幸せな話はない。当然、そんな都合のいい話もない。


 勇者だろうが魔王だろうが、結局は盤上にいる者が動くことでしか、現実は変わらないものだ。いくら女神に懇願しようと、剣を握らない限り誰も守れはしなかった。


「開けるよ」


 黙って扉を見つめていた四辻が、覚悟を決めたように扉に手を置いた。


 直後、巨大な扉は誰かが動かしているかのように、ゆっくりと開き始める。


 踏み込んだ部屋は、半球型の巨大な空間だった。壁から天井にかけて、扉と同じような人の彫刻がおびただしい程に彫られている。


 この観衆たちからは、あまり気持ちのいい声援は聞こえて来なさそうだ。


 そんな部屋の奥で、そいつは俺たちを待っていた。


 一段高くなっている場所で胡坐(あぐら)をかき、入ってきた俺たちを見つめている。


 不思議な男だった。


 目の前にいるのに、気配がほとんどしない。鵺の使っていた隠形とはまた違う。視線は引き寄せられるのに、その実体をとらえ切れない。


 それほどまでに、静かなのだ。


 数々の暗殺者に狙われてきたからこそ分かる。彼らの気配を消す技術とも完全に別。


 だがそれ以上に、不思議なことがあった。


 多くの強敵、難敵と戦ってきたが、ここまで初見で度肝を抜かれた奴は初めてかもしれない。


 男は気負うこともなく立ち上がると、堂々とした立ち振る舞いで俺たちを見下ろした。


 人間が到達できるとは思えない、完成された肉体美。ただ筋肉量が多いとか、体格がいいとか、そういう次元ではない。隆起、しなやかさ、バランス。その全てが完璧だった。


 そして長い黒髪に、少年にも青年にも、あるいは老人にさえ見える整った顔立ち。


 男の俺でさえ見惚れてしまう姿だ。


 しかし、今はそれよりも気になることがあるのだ。


 四辻は雰囲気にのまれているのか、あるいは俺と同じことが気にかかっているのか、目を白黒させてフリーズしていた。


 シキンが鷹揚に口を開いた。


「よくぞ我が煌夜城(こうやじょう)へ参られた。歓迎しよう。我こそがこの城の主、シキンである」


 心地よいバリトンボイスに流されそうになるが、まずは聞かなければならないことがある。


 シキンの正体とか、何のために俺を呼んだのかとか、そんなことよりもまずは問いたい。


 俺は意を決して言った。


「お前‥‥その、なんで裸なんだ?」


 そう、シキンは裸だった。そりゃ美しい肉体美にも見惚れてしまいそうになるさ。何せ上から下まで丸見えなのだから。


 今どきのアニメなら、不自然な光が乱舞しているところだぞ。


「ふむ」


 シキンは自分の身体を見下ろし、再び顔を上げると、腕を組んで上体を反らす。


「我が肉体に一切恥じるものなき故に」


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R15 残酷な描写あり 異世界転生 異世界転移 キーワード男主人公 ギャグ 主人公最強 勇者
― 新着の感想 ―
[一言] まあ、服って肉体を守ったり、秘部を隠したりするものだから、体がクソ頑丈で羞恥心が無ければ煩わしく感じるのかもしれないけど⋯⋯
[一言] ヤベー奴(笑)
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