真なる中二病
車を降りたのは、どこかの山の麓だった。
なんだか夏休みの時といい、山に来る機会多いな。
うーんと背筋を伸ばしていた四辻が言った。
「ここからは歩きだよ。道に迷いやすいからしっかり付いて来てね」
「‥‥へいへい」
「それと僕は晴凛から仕事を頼まれたただの対魔官だから、晴凛の名前は極力出さないようにね」
「了解」
俺も固まった体をほぐしながら頷いた。
四辻はこのために対魔官としての身分を用意してもらったらしい。胡散臭くとも第一位階というところか。
つまり今の俺は土御門に騙されてのこのこ敵地へおびき寄せられた愚か者ということだ。
俺は四辻の後を追って歩き始めた。
天気もよく、鬼の山と違って登山道が整備されているおかげで、普通に歩きやすい。戦いに行くというよりは、ピクニックでもしている気分だ。
「そういえば、四辻はあいつの部下なんだよな?」
「? そうだね。部下みたいなものかな」
「対魔官でもないのに、どこで出会ったんだ?」
四辻は土御門から強い信頼を得ているようだった。新世界の中に潜り込む土御門が、彼らに気取られず唯一動かせる戦力。
四辻はうーんと首を傾げた。
「別に特別な出会いでもなかったと思うけど。僕も結構荒れてたんだよねえ。それを色々と話を聞いてもらって、今に至る感じかな」
「ふわっとしてるな」
「人の関係なんて、そんなものじゃない?」
四辻はケラケラと笑った。あの胡散臭い男が四辻と交友を深めている様子が全く思い浮かばないのだが、そんなこと言ったら俺も似たようなものか。周りの人間から見れば、俺が月子やリーシャと一緒にいることが信じられないだろう。
人同士の信頼関係なんて、他者から見たら理解されないものだ。
そうして一時間ほど歩いたところ、一基の鳥居が見えた。ただ近くに社は見えず、半分崩れかかっている。
山道を切り開く中で、鳥居だけが取り壊されずに残されたのか。
四辻はそこで立ち止まった。
「ここが入り口だよ」
「この鳥居が?」
「うん。結界に入るための入り口になってるんだ」
「へえ、神道系の魔術ってやつか?」
あんまり詳しくないけど、鳥居は神域と俗世を繋ぐ玄関口だか、境界線の役割を持っていたはずだ。それを結界の入り口に使うなんて、不敬だと言われそうだが。
四辻は首を横に振った。
「ううん。別に関係ないんじゃないかな。多分、ちょうどいい位置に目印になるものがあったから使ったんだと思う」
「何その大胆不敵なリユース」
元々祀られていた神様が切れるだろ、そんなことしたら。
いや、もういないのかもしれないけど。
鐘の音も聞こえないのに諸行無常の響きを感じている俺を尻目に、四辻は親指と人差し指で三角形を作っていた。
「今に惑いて先知れず。行き着きこの道、通ります」
そして何か言葉を唱えると、親指を合わせたまま右手を下にひねった。
すると崩れかかっていた鳥居を起点に、何かが歪む気配がした。
かといって周囲に何かが変わった様子はなかった。変化したことは確かなのに、それが分からないという妙な感覚だけが残っている。
なんとも言語化しにくいもどかしさに、無意味にキョロキョロしてしまう。
「これで入ったのか」
「そうだね。何か化かされているみたいでしょ」
「あー、確かにそんな感じかもしれない」
「実際それで間違ってないと思うよ。ここから先は異空間なわけじゃなくて、化かされている人間だけが入り込める場所だから」
そんな話こないだも聞いたな。俺たちが住んでいる家も、加賀見さんが普通の人はたどり着けない駅だって言っていたし、わりかし多いのかもしれない。
「元々神が祀られていたから、神域のある場所だったんだろうね。本当の神だったのか、妖怪の類だったのかは分からないけれど。今はそこを新世界が魔術を使って利用している感じかな」
「とことん使い倒してるな。神様に怒られた方がいいだろ」
「ただ忘れ去られたり、開拓されて潰されたりするより、形が残っているだけまだいいと思うけど」
なるほど、そういう考え方もあるのか。
四辻は話しながら歩き始めた。
「そういえば、勇輔は思ったよりこちらの魔術関係にも詳しいんだね。てっきり異世界の魔術以外は知らないのかと思っていたよ」
「そこまで詳しくはないぞ。一般的な中二病患者が知ってる程度のことだ」
「中二病?」
「‥‥なんでもない」
そんな無垢な目で聞かれても、解説なんてできるはずもない。男の子が一度は通る流行病、それが中二病だ。しかし俺の中二病は他とは一線を画す。なにせ本物を体験しているわけだから、そりゃ地球の魔術やら奇跡やらを調べ、試してみるのは当然の理。ついでに漫画の技もいくつか試した。
結果から言うと、異世界魔術に慣れ切った俺には、地球の魔術は使えなかった。いや、正確な使い方を知らなかっただけで、案外できるのかもしれないけれど。まあ使えたところで特別いいことがあるわけでもない。
今になって思えば、下手に魔術なんて使ってしまっていたら、対魔特戦部あたりに身柄を確保されていそうだ。対魔官視点、やべえ奴以外の何者でもないしな。




