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呪われし虚像

 第一軍を全員殴り倒した後、灰が引いていく。

 

 しまったな、身体を動かすのに夢中になっていて、しっかり時間を稼がれてしまった。


 軍の方で新たな動きがあった。


 ようやく真打登場か、予想より早かったな。


漂白の座(ホワイト・サイン)』――バイズ・オーネット。


 禍々しいまでに濃密な魔力が、軍の足元へと集まっていく。それは紛れもなく、あの白い灰から感じる魔力と同質のものだ。


 『(サイン)』が率いる軍は、本質的に彼らのためのものだ。これまで積み重ねてきた訓練、装備、命に至るまでが(サイン)の魔術を高めるために存在する。


 それを証明するように、バイズは魔術を発動した。


(ふる)え、叫べ、恐れるな。これなるは死の象徴、終わりと救いの証明。己が命を種火として仮初(かりそめ)の命を与えん」


 淡々と声が響く。


 どうやら禍々しいと感じた俺の感覚は正しかったらしい。これまで幾人もの(サイン)魔将(ロード)の沁霊術式を見てきたが、ここまで利己的で、醜悪な、魔術師らしい魔術はそうない。


「沁霊術式――解放」


 白い灰が軍の中心で噴火した。あらゆるものを巻き込み、灰は一本の巨大な柱となって空へ昇る。


 そう、バイズ・オーネットも自軍の兵士たちをも丸ごと飲み込んで、それは現れた。



 

「『灰被りの戦姫(シン・アギス)』」



  

 降臨したのは、周囲の壁を優に超える巨人だった。


 その外見は巨人と一言で済ますにはあまりに優美。そう、まるで戦乙女のような美しい(かんばせ)と女性らしい体つきをしていた。竜を模した兜を被り、左手に槍を、右手には剣を(たずさ)えている。


 大きさにさえ目をつむれば、芸術品にも見えただろう。


 しかし、それは呪われた像だ。


「『――貴様』」


 この『灰被りの戦姫(シン・アギス)』の中には、残っていた八千余りの兵士たちが、飲み込まれた。


 白い肌に透ける血管のように、赤い光が巨人の中で脈打っている。


 バイズ・オーネットは八千人分の魔力を燃料として、この『灰被りの戦姫(シン・アギス)』を作り上げたのだ。


「『貴様、部下を自らの手で殺すつもりか!』」


 こうしている今も、兵士たちは魔力を灰に奪われ続けている。放っておけば、間違いなく命すらも搾り取られ、死ぬ。


 返答は戦乙女の顔から聞こえた。


『殺すつもりはない。しかし勝利のために死ねるのであれば、それこそが兵としての本懐だ』

「『違うな。貴様は間違っている』」


 確かに将軍は、時として部下の命を使い潰すことも覚悟しなければならない。


 だがこれは違うだろう。


 兵として鍛え上げた技を用い、己の死力を尽くして果てるのと、まるで兵糧のように食い潰されることが同じだとは、思えない。


『勇者ともあろう者が、心痛めるか。戦場における命は資源、最も効果的に使ってこその将だ。我が兵の中に、それを憂う者も、恐れる者もいない』


 そうか、そうかよ。


 たった今、お前と俺の信念はぶつかった。


 俺は初めから決めていたんだ。


 『この戦いでは、誰も殺さない』と。


 勝手に殺すんじゃねえよ。


「『貴様の言いたいことは理解した。もう、口を開く必要はない』」


 俺は剣を構えて魔力を循環させた。


 全員、死ぬ気で生きろ。俺がすぐに決着をつける。



 

     ◇   ◇   ◇




 奇しくもそれは、ジルザック・ルイードとの戦いを彷彿(ほうふつ)とさせた。


 ルイードもまた最後に魔王の遺骸を用いて、『赤の化身(アスピタ・シルグエラ)』という魔物を顕現させた。


 だがこれは格が違う(・・・・)


 軍としての質もそうだが、この『灰被りの戦姫(シン・アギス)』は個人が使用できる魔力量を遥かに凌駕しているのだ。


 八千人分の魔力は、個人が扱うには大きすぎる。


 それを制御するために、バイズは相当数の兵士の脳を利用しているのだろう。


 生きた人間を術式の回路替わりにし、膨大な量の魔力を処理している。言ってしまえば、『灰被りの戦姫(シン・アギス)』はバイズ・オーネットの魔術であると同時に、複合術式でもあるのだ。


 兵士を強化しているのを見ていたが、こいつの魔術は軍での運用に特化している。


『行くぞ白銀』


 言葉と同時に剣と槍が振るわれる。大きさの割に俊敏なそれは、もはや隕石に等しい威力で迫ってきた。


 それを紙一重で避けながら、考える。


 実際に攻撃もしてみたが、刃は白い肌の表面を斬るに終わった。恐ろしい硬度だ。純粋な魔術の出力で比較した場合、絶対に勝てない。


 『我が真銘』は無限の魔力を生み出せるが、俺の身体で運用できる量には限りがある。それは瞬発的に使える魔力量に限界があるということだ。


 一方向こうは、魔力を蓄えておける身体がいくらでもあるのだ。


 ある意味では、複合術式の極致(きょくち)ともいえる魔術だな。


 それでも俺はこれを認めない。お前のやり方を、信念を否定する。


『逃げるのが上手いものだ』

「『己の下手な剣技の責任を押し付けるのはやめてもらおうか』」

『まだ減らず口を叩ける余裕があるらしいな』


 直後、灰被りの戦姫(シン・アギス)が攻撃の手を止め、その背後で何かが広がった。


 それは空を覆い隠す、一対の巨大な翼だ。


 飛ぶつもりか?


 そんな俺の予想は、すぐに否定される。


 隠れたはずの空に、太陽が現れた。


「『まさか』」


 それは翼の前で展開される立体魔法陣。赤黒い心臓のような魔力の塊が、片翼につき三つ。合わせて六つ出現したのだ。


 おいおい冗談だろ。


『今度は止められるか?』


 灰被りの戦姫(シン・アギス)の肌に赤い血管が浮かび上がり、魔力がとめどなく流れていくのが見える。


 命を食らって膨れ上がった魔法陣が収束し、炎の槍と姿を変えた。




『『壊劫にて火坑を穿つ(エゴ・イフレーリア)』』




 一発一発が大地を炎の海へと変える槍が六本、同時に放たれた。


 シャーラの『冥開』であっても、この規模をまとめて凍らせるのは無理だ。


 だったらどうするか。


 俺は空へと跳んだ。


『空中ならば、多少は被害を減らせるとでも思ったか、浅はかだ』


 バイズの声が聞こえる。


 違うな。大盤振る舞いをしてくれた礼に、折角だからもう一本追加してやろうと思っただけだ。


「『シャーラ! 上の冥開を解け!』」


 それは意味の分からない指示だっただろう。


 しかしシャーラはその意図を聞かず、理由を気にも留めず、言われた通りに動いてくれた。


 冥府の冷気によって維持されていた氷が解け、竜爪騎士団(ドラグアーツ)が一番初めに撃った『火坑を穿つ(イフレーリア)』が、その熱を取り戻した。


 そこに我先にと到達する六本の槍。


 炎が炎を飲み込み、一切合切が赤に染まった。


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R15 残酷な描写あり 異世界転生 異世界転移 キーワード男主人公 ギャグ 主人公最強 勇者
― 新着の感想 ―
[良い点] 勇輔の考え方とバイズ・オーネットの考え方の違い。どちらも間違っているとは断言出来ないなぁ… [気になる点] 民草は勝手に生えて増える。←実際に地球の歴史でも有った考え方。一般人の命は短く軽…
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