懐かしさを思う
◇ ◇ ◇
膨れ上がる殺意と熱気。恐怖と緊張を興奮で塗り替える、腹の底を揺らす雄叫び。サーノルド帝国が誇る『竜爪騎士団』を前にした時、俺は懐かしさを感じた。
四年という怠惰の時間は、刃を錆びつかせるには十分すぎる時間だった。
あるいは、俺は無意識の内にアステリスに居た自分を否定し、隠そうとさえしていた。
自分自身から目を背ければ、魔術もまた背を向ける。
ラルカンとの戦いの中、あるいはこの第二次神魔大戦に参加してから、俺は再び自らと向き合えるようになったのだ。
そうでなければ、この大軍を前に震え上がっていたかもしれない。
だが、懐かしい。
この戦場に立つ感覚。己の魔術を全力で振るえる高揚感。
ラルカンとの戦いの時にはひたすらに死に物狂いで、そんな余裕はなかった。しかしこの一月、俺は『我が真銘』と対話を続けていた。
勇者だった頃の俺を認め、されど引きずられず、今の山本勇輔がどんな人間なのか。
その結果が今だ。
視界が広く、身体は羽のように軽い。そして内側で静かに魔力を生み出し続ける無限の回廊。
フィンは言った。
『我が『竜爪騎士団』一万の兵士たちがお相手しよう』
と。
違うな。
神魔大戦にもろくに参加せず、自国に篭り続けたお前たちは、試す側じゃない。
試される側だ、俺たちの前に立つ資格があるか否か。
剣を持ち上げ、軍の先にいるフィンへと突きつける。すぐに行く、そこで見ていろ。
俺は膨大な魔力を喉へと集中させる。放つは魔術と呼ぶにはあまりにお粗末な、魔力を言葉に乗せただけの、原始的な咆撃。
「『折れろ』
翡翠の言霊が万の雷となり、軍を横殴りにした。
「総員、防御術式‼」
しかしその直前、将の号令と共に軍を覆うように白い灰が舞い上がった。一寸先すらも見通せないような灰燼の帳。
撃ち込んだ言霊は、白い灰と正面からぶつかり、爆ぜた。
それを見た瞬間、思い出した。
確かサーノルド帝国にはグレイブと引き分けたという『座』がいたはずだ。
名前は『漂白の座』──バイズ・オーネット。
酒に酔ったグレイブが何度も話してくれた。
使用する魔術は『灰の将』。広範囲の魔術行使に長けていて、軍として相対した時は、その防御を突破するのは至難の業だったと。
面白いな。
グレイブが勝ち切れなかった相手、全力を振るうのに不足はない。
灰の霧が晴れた時、そこには未だ健在の竜爪騎士団があった。
しかし俺には分かる。
後衛にいた、本来攻撃を受けるはずのない魔術師たち。
その多くが今の言霊で崩れた。一度折られた戦意は、俺がいる限り戻らない。
損耗率は三割ってところか。
普通の軍なら全滅判定でもおかしくないが、将軍たちは全員無事。だったらこの程度では終わらないだろう。
俺が剣を下ろすと、横に人が立つ気配がした。
「ユースケ、手伝ってあげる」
それはシャーラだった。彼女の実力はよく知っている。加勢してくれれば心強いことこの上ないが、今はそれより月子たちが心配だ。
「『ありがとう。俺は大丈夫だから、後ろを守っておいてほしい』」
「む、仕方ない。だったら私は後ろにいる。後ろで、できることをやる」
「『それは心強いな』」
シャーラが近くにいる。
それは自分でも驚く程に、強く心を支えてくれた。
婚約者だの妻だのと好き放題言っていたが、俺にとってのシャーラは戦友だ。
その実力はよく知っている。
シャーラは珍しく素直に言うことを聞き、後ろに下がった。
そして立ち止まると、その華奢な身体から魔力を放出する。俺やエリスにも引けを取らない、濃密で巨大な魔力。
待て、何するつもりだ。




