蛇の道の先導者
自慢じゃないが、俺は戦闘以外はからっきしだ。
王族やら貴族やらと関わるようになって、多少なりともコミュニケーション能力が向上したとは自負しているが、エリスに言わせれば「ただ立っているだけでいいから何もしないで」と言われるぐらいの能力値である。
なので加賀見さんに「コインを回収してくれ」と言われても、初手から八方ふさがりだ。
そもそも本当に大学内で流通してるのか?
そんなもの見かけた覚えはないんだけど。
カナミも調べてくれるとは言ったけど、俺も何もしないわけにはいかない。
「というわけで、こんなコインを見たことはないか?」
人のいない文芸部の部室で、俺は加賀見さんからサンプルにと渡されたコインを取り出した。
見せる相手はもちろん決まっている。
「コイン?」
我が文芸部が誇る、いや我が校の恥じるべき変態、松田さんだ。学校の情報が欲しいとなったら、こいつ以上に頼りになる男はいない。講師のスケジュールから、あらゆる部活の合コン状況までを網羅する松田は、歩くネット掲示板である。
松田は俺の渡したコインを見る。
つっても、コインは魔術による産物。現代の怪異松田といえど、流石に知らないか。
しかし松田はあっさりと首を縦に振った。
「知ってるよ、魔法のコインでしょ?」
いや知ってんのかよ。
あまりにも呆気なく言うものだから、聞き間違いかと思ったわ。
「むしろ勇輔が知っていることに僕は驚きだな。こういう話、興味ないでしょ」
「偶然が重なってな。事情が知りたい」
今ここにいるのは俺と松田。そして本を読むリーシャと寝ている総司だけだ。リーシャも本を閉じて俺たちの横に来る。
松田はコインを俺に返すと、何かを思い出すように首を傾げた。
「事情って言っても、僕もそんなに詳しいことは知らないんだよね。何でも願い事を叶えてくれるとか、持ってたら幸せになれるとか、そんな眉唾ものの話ばっかり」
「そうか」
その噂が流れてるってことは、たぶん使った奴がいるな。
「ただ最近学校で流通してるのは間違いないね。僕も実際に見たことはなかったけど、持ってるっていう人は会ったことある」
「時々思うけど、お前ってすごい奴なんじゃないか?」
「すごいです、松田さん! アニメに出てくるスパイみたいですね!」
「まあね。普段は世を忍ぶ仮の姿なのさ」
あんな目立つ忍び方があるかい。
「それでわざわざ情報を欲しがるってことは、勇輔も魔法のコインが欲しいのかい?」
「そうだな。欲しい、って言っても使いたいわけじゃねーけど」
「そっか。それならよかったよ。あんなもの使ってもいいことないだろうしね」
松田にしては珍しくいいことを言う。まさかコインの危険性に気付いてるはずはないのに。
「むしろお前は欲しくないのか? 手に入れようと思えばなんとかなるだろ」
「見くびらないでほしいね。苦悩は人間に与えられた最高の幸せだよ。それを飛ばして結果だけ得ようなんて、僕に言わせれば画竜点睛を欠く、イチゴのないショートケーキみたいなものさ」
「お、おおう」
いいことを言っているはずなのに、ところどころから本性が顔を出している。頭がバグってくるぞー?
「仕方ないな。僕ももう少し詳しく調べてみるよ。機会があれば集めればいい?」
「いいのか?」
「もちろん後で何かで返してもらうけどさ」
松田への借りとか恐怖しか感じないけど、これ程頼もしい援軍がいないのも事実だ。
背に腹は代えられん。
「分かったよ。とりあえず今知ってることだけでも全部教えてくれ」
「了解」
色々聞きたいことはあるだろうに、松田はこちらの事情を深く聞くことはせず、知っていることを教えてくれた。
こういうところで憎めないのが、こいつのいやらしいところだよ、本当に。センキュー松田。
◇ ◇ ◇
それからというもの、暫くは松田の情報をもとに構内を駆けずり回る日々が始まった。
既に相当数のコインが学校で出回っているらしく、それを一つ一つ集めるのは想像以上の苦労だった。
しかも見つけるだけじゃない。見つけた後に、穏便に回収しなければならないのだ。
男なら話は簡単だ。何せこちらにはリーシャがいる。彼女が頼めばたいていは何とかなる。
笑顔に上目遣いを重ねれば、それで終わりだ。聖女パワーってやつを再認識させられたぜ。男に対してリーサルウェポン過ぎる。
女性相手となると、そう簡単な話じゃない。魔法のコインなんて怪しげなものを本気で信じている人間は、何かしら願いを持っている。
それを叶えなければ魔法のコインは回収できない。
家出した猫を探したり、松田経由で合コン組んだり、ストーカー撃退したり。
魔物を倒すよりよっぽど難しいんだが。
そうして集めたコインは六枚。うち二枚は既に使われていた。このコイン、効果を発動するためには真摯な願いが必要らしく、手に入れた段階で使用されていないのは幸いだった。
四苦八苦していたら、いつもみたいな軽薄な笑みを浮かべ、松田が二枚集めてきてくれた。
お前優秀過ぎんか?
「つっても、これ以上は厳しいな」
「そうだねえ。今回集められたのは、表面に出るようなレベルのものだけだから。本気で必要だと思っている人は、交渉の場に立たない」
そういう人はもう使っている人も多いだろうし、限界だろう。
再びの文芸部室。何とも言えない蒸し暑さの中、今日は俺と松田だけだ。リーシャはカナミと講義を受けているはずだ。俺よりよっぽど大学生してる。
「やっぱ無理かあ」
現状集めたからといって、何かが進展しているわけじゃない。あれからカナミがコインを解析してくれたが、結果は不明。
かといって、これが大学内で散らばっている事実が気持ち悪い。自分の庭に毒をばらまかれたような不快感を感じる。できれば全部回収したいが。
すると松田が笑った。
「ところがどっこい。コインが大切な物であればあるほど、別のルートから探すことができるようになるのさ」
「どういうことだ?」
「社会の基本だよ。価値あるものにはそれに見合う需要が生まれる。そして胡散臭いジンクスなんかよりも実利を取る連中はいくらでもいる」
実利ねえ。
「つまり何か。コインが金になると?」
「なるさ。ならなければする。マーケティングってのは、そういうものだからね」
なるほど? とりあえず君文学部じゃなかった?
「そしてそういう後ろ暗い物は、それ相応の場所で取り引きされるものだよ」
そこまで言うと、松田はカバンから何かを取り出した。それはまだ冊子になっていない印刷紙の束だ。
そこに踊っているのは白黒の『崇天祭』という文字だった。それを裏返すと、松田は笑みを悪いものに変えた。
「そう、例えば裏天祭みたいなね」
オーケー、ここから先は蛇の道というわけだ。
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