魔術結社
加賀見さんに呼び出されたのは、対魔特戦部三条支部だった。どうやら加賀見さんが普段働いている場所らしいが、それはつまり月子の職場ということだ。
今月子と顔合わせるのは正直辛さしかない。つらみー。それを理由に断ることもできず、俺はリーシャとカナミを連れて三条支部に来ていた。
「ごめんね。忙しい中来てもらっちゃって」
「いえ、全然大丈夫です」
「座って座って。今お茶出すから」
パタパタと加賀見さんに応接室のような場所に通された俺たちは、言われたとおりにソファに座って待つ。
対魔特戦部というわりに、建物自体は普通のオフィスのようだ。
幸いにも月子はいないらしく、胸をなでおろす。
疲れた顔の男性がお茶を持ってきてくれて、再度加賀見さんが部屋に入ってきた。
「今日はありがとう。大学も忙しいでしょう?」
「いえ、大丈夫です。何かあったんですか?」
どうやらお叱りを受ける感じではなさそうだ。よかった、また何かやらかしてしまったのかと内心びくびくしていた。元勇者にだって怖いものはある。
同時に、顔を見るのが少し気まずい。この人は俺を叱るばかりでなく、最後には涙を流して抱きしめてくれたのだ。「無事でよかった」と。
勇者をやっていた俺にそんなことを言ってくれる人は、どんどん少なくなっていった。勝って当たり前。決して折れない刃を心配する人間はいない。
かといって気恥ずかしいからと顔を見ないのも失礼だ。俺は意を決して加賀見さんを見た。
「あー、いろいろと伝えなきゃいけないことが起きてね」
そう言う加賀見さんは、明らかに疲労がたまっていた。目元には化粧でも隠し切れない隈が刻まれ、肌も荒れている。その原因の一端が俺たちにあると思うと、自然と背筋が伸びた。誠に申し訳ない。
「今さ、夜は白銀さんとカナミさん、後は私たちで街を警備しているじゃない」
「はい、いつもありがとうございます」
「それはいいのよ、街を守るのが私たちの役目なんだから」
そうは言っても、毎日の警備は想像以上に負担だろう。
それでも対魔特戦部の人たちは嫌な顔一つせずやってくれている。今度、何かしら差し入れなければなるまい。
「それでね。はっきり言うと現状人手が足りてないのよ」
「すいません、そうですよね‥‥。こないだもいろいろあったし」
「あー、違うのよ。勇輔君たちが悪いわけじゃないの」
加賀見さんは慌てて手を横に振った。
「あんまり三人には私たちの話ってしたことなかったわよね」
「私たちのっていうと、対魔特戦部のということですか」
「そうそう。私たちって普段は怪異――いわゆる妖怪だとか鬼だとか、そういった連中を相手に戦ってるんだけど。それ以外にもいろいろ仕事してるのよ」
加賀見さんの話を聞くと、どうやら対魔特戦部というのは、怪異を祓うだけでなく、土地のエーテルバランスを調律して整えたり、各地に眠る荒魂を鎮める役割も担っているらしい。そういったうちの一体が、こないだ戦った鬼だったわけだ。
そんな仕事の中で、もう一つ重要な仕事があるらしい。
「魔術結社ですか?」
「そういう連中がいるのよ。対魔特戦部に属さない魔術師や陰陽師の集まりね」
「そっか。そりゃいてもおかしくないですよね」
確かにあったことはないけど、考えてみればいて当たり前だ。銃器や武器は仕入れるためのルートがあるから、多少は管理もできるだろうが、魔術とは「知っているか、知らないか」だ。
場合によっては自分で「気付く」奴は気付く。いわゆる第六感だとか、霊感、超能力と呼ばれる類のものだ。
さて、超常の力に目覚めた人間が果たして国に首を繋がれるのをそうそうよしとするか。答えは否だ。
初めて魔術に目覚めた人間は、途方もない全能感を感じる。アステリスだったら、その伸びた鼻を叩き潰す魔術師がそこらにいくらでもいる。しかし地球ではそうはいかない。
人の作った法を容易くかいくぐる技。そりゃ国に縛られるなんてまっぴら御免という連中もたくさん出てくる。
かといって個人で好き勝手やっていれば、対魔特戦部に捕えられる。となれば、集団を作るのは当然の流れだ。
「普通に営利団体として活動している魔術結社もあるのよ。使い方さえ間違えなければ有用な魔術だってたくさんあるわけだし」
「はあ、そうなんですね」
俺の知らないところで、地球も意外とファンタジってる。案外漫画みたいな世界ってあるものなんだな。
「けどねー。そうじゃない連中もたくさんいるわけ。力があることを、何してもいいって脳内変換してる性質の悪い連中が」
加賀見さんの言葉には大分毒が入っていた。どうやらそいつらに相当手を焼かされているらしい。
うんうん、分かるよ。魔術を使う犯罪者ってめっちゃ腹立つよね。何度キレたエリスに制圧に駆り出されたことか。
「お話はよく分かりますわ。アステリスでもそういった輩には手を焼いておりましたから。察するに、それらが何か動きを?」
「そういうことよ、カナミさん。普段はあいつらも大っぴらにはやらないんだけど、最近は私たちを無視して動き始めてる」
「動き始めてるって、何か目的が?」
加賀見さんはため息を抑え、何やら小さな巾着を取り出した。藍色の袋は、どうやら魔道具に近いものらしい。リーシャが着ている修道服と同じで、魔力を込めた糸の刺繍によって効果を発揮している。
加賀見さんは袋を開け、中から一枚のコインを取り出した。
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