正しさの結末
聖域が光となって溶けていく。
「ユースケさぁああああああん!」
「『うぉ!』」
感傷に浸る間もなく、リーシャが走って飛びついてきた。
それを決して落とすことなく抱き留める。随分心配をかけた、これくらいならお安い御用だ。
「私、私どうしたらいいか全然分からなくて、でも力になれたらって」
「『分かったから、落ち着け』」
なんとか涙目のリーシャを落ち着かせる。
まだ完全に戦いが終わったわけではないのだ。
「『リーシャ、少しだけ待っててくれ』」
「は、はい」
名残惜しそうなリーシャを後に、俺は膝を着いたままのラルカンへと歩み寄った。
心臓を斬ったのだ、たとえ魔将といえど死は免れない。
しかしラルカンはまだ生きていた。
か細い呼吸を続けながら、倒れることなく俺を見上げる。
「白、銀」
「『言い残すことがあれば聞こう』」
「俺は、戦士だ。遺言など、ない‥‥」
「『そうか』」
「だが、恥を忍んで、頼む」
ラルカンはそこで言葉を区切ると、視線を動かした。そこにはロゼと呼ばれた女性の遺体が寝かされている。凄まじい衝撃に襲われたはずなのに、彼女の周囲だけは何かに守られているかのようにきれいなままだった
「ロゼは、哀れな娘だ。戦で親を失い、俺のそばで、愛を知らずに育った‥‥。本来なら、どこかで家庭を持っていただろう。‥‥戦士以外の、人族を害したことも、ない。どうか、安らかに、眠らせてやってくれ」
もはや意識を保つことさえ難しいだろう。それでもラルカンは血を吐きながら願った。
「『安心しろ、初めからそうするつもりだ』」
死者を辱めるようなことはしないし、させない。
「感謝、する」
そう告げると、ラルカンは微かに口元を緩めた。そうして、そのまま動くことはなかった。
「『‥‥』」
俺はラルカンの遺体を抱き上げると、ロゼの横に寝かせた。そして血で汚れた口元を拭ってやる。
そっと横に気配を感じて見れば、リーシャもロゼの顔を拭いてあげていた。瞼を閉じ、血濡れの髪を整える。自分が汚れることもいとわず、丁寧に。
「私たちのやっていることは、本当に正しいのでしょうか」
ポツリと呟いたリーシャの言葉は、涙のようだった。
「『正しかったかどうかは、後にならなければ分からない。それでも俺たちは正しくあろうとした。それだけは確かだ』」
「そうですね。そうやって歩いていくしかないのですから」
俺たちは立ち上がる。向かい合って眠る二人は、兄妹のようにも、恋人のようにも見えた。二人の本当の関係なんて、俺に分かるはずもない。
けどなラルカン、この人が愛を知らずに育ったなんてことはないだろうよ。大切な人のために命を懸けて戦った女性を前に、哀れなどと言えようか。彼女もまた、己の正しさを進んだのだ。
俺は剣を地面に突き立て、魔力を流した。
ラルカンとロゼの身体を赤い魔力が覆いつくした。どんな炎よりも赤く、美しく。二人を天へ運ぶ。
魔力が薄れるころ、暁の光が俺とリーシャを照らした。
『歪曲の魔将』ラルカン・ミニエスと、勇者白銀の戦いは、ここに決着した。
勝者は正しく、敗者は間違っているのか。
二人の戦いはついに終幕です。長い間お付き合いいただきありがとうございました。更新はできるかぎり週二回を目指して頑張っていきたいと思います。
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