届かぬ槍
『チッ、よくまあやってくれやがったもんだ』
槍の猛威が去った後、フィフィは荒れ果てた大地を見て吐き捨てた。
「‥‥猟狼も逝きましたか」
『しょうがねえよ。あれは流石に耐えられねえ。こっちも甘く見すぎてた』
猟狼は正真正銘ロゼの切り札だった。制御は難しいが、その機動力と攻撃力は随一。フィフィが別の影でサポートすれば、並大抵の英雄には負けない。
守衛も鴉も猟狼も、ロゼが手ずから育ててきた。魔術によって繋がった関係だが、命を失ってしまった彼らを拾い上げ、長く時を共に過ごしてきたのは事実だ。
仲間を失った事実にロゼは瞑目し、すぐに目を開けた。
まだ戦いは終わっていない。
唯一残った駿馬を進ませ、敵の元へ向かう。
抉れた地を越えれば、逃げることもせず彼女はそこにいた。
「‥‥」
樹にもたれかかるようにして、イリアルが立っていた。
全身血に塗れ、魔力もほとんど消えかけている。猟狼の一撃をまともに食らったのだ。立っていることさえ不思議な傷だ。
それでもイリアルはまだ意識を保ち、ロゼを見上げていた。
命失おうとも折れぬ戦意。
貴方にも、譲れぬものがあるということですか。
フィフィが角に光を灯す。駿馬の力は走行距離に応じてエネルギーを蓄え、それを光弾として発射できるというもの。
『裁定告げる真槍』から逃れる過程でそれなりの距離を走っている。
瀕死の人族にとどめを刺す程度、わけはない。
「さようなら」
ロゼは戦いの終わりを告げ、イリアルの胸へと光弾を撃ち込んだ。
ゴッ! と鈍い音を立てて樹が割れ、半ばから折れる。
これであと少し。この先にいるはずの勇者と鍵を捕らえれば長き戦いも終結を迎える。
いくばくかの安堵を感じながらロゼは新たな進路を取ろうとした。
しかしその瞬間、視界の中に違和感を感じた。
光弾は命を奪うには十分な威力だったが、肉体を消滅させるような力はない。
にも関わらず、光と土煙の向こう側には何も残っていなかった。
死んだはずのイリアルの姿が、ない。
一体どこに。
その疑問は声に出すよりも先に解消された。
「すいません、遅れました」
落ち着いた声が不思議なほどに響いた。




