決着
「『――‼』」
返答は最短距離で叩き込んだ。
俺の魔力は常に回り、生み出され続ける。嵐剣によって放出されたはずの膨大な魔力は一瞬にして体内へと満ち、極限まで圧縮された。剣が内側を走る魔力に震え、加速する。
嵐を切り裂き、一直線に心臓を射抜く雷。
「『霆剣』」
俺は地を焼き焦がし距離を詰め、着地したばかりのラルカンへ突きを放った。
無数の乱舞する斬撃から、最速の一閃。
この変化にはどんな戦士でもそうそう対応できるものじゃない。ここで確実に貫く。
その時俺は加速した世界の中で確かにラルカンの目を見ていた。戦いを前に冷徹に輝いていたはずの光は失せ、退屈の色がありありと浮かんでいた。
まるで喉の奥にナイフを押し込まれたような、そんな悪寒がした。
霆剣の切っ先が、外套を掠めて止まった。
‥‥嘘だろ。
そこで気付く。腕も脚も首も、指の一本一本に至るまで動かすことができない。
いつの間にか不可視の束縛が俺を完全に捉えていた。
あのスピードに寸分たがわず魔術を合わせたのか。
「‥‥」
ラルカンの義手が剣を上から掴む。まるで何かを確かめるように。
「弱い」
端的な言葉が胸に響く。
「『何を』」
「魔力こそ尋常ならざるが、技の繋ぎが甘く、一振り一振りが精彩を欠いている。まるで刃毀れした名剣を見ている気分だ」
ラルカンは俺の言葉を遮って淡々と続けた。
そこで気付いた。こいつの視線は退屈ではない、失望だ。
「魔王様にすら届いたという力、如何程のものかと思えばこの程度か。これならば、グレイブの方が余程手強かった」
「『‥‥』」
俺は何も言い返すことができなかった。
渾身の連撃も一太刀入れるどころか、容易くあしらわれた。俺の攻撃はラルカンにとって、脅威にすらなりえていない。
理由はなんだ?
やっぱりまともに修練も積んでいない数年のブランクか。それともラルカンが俺の想像以上に強くなっていたのか。それとも。
俺の思考は、槍斧の風切り音によって中断された。
「この怒りと落胆も、戦いが終われば忘れるものだろうか、白銀よ」
ラルカンは槍斧を振りかぶる。狙いは、首だ。
っ‼
うだうだ考えている暇はない。
今はここから逃げることだけを考えなければ、ラルカンを打倒するどころかリーシャの救出すら不可能だ。
「『っがぁぁあああああああ‼』」
強引に魔力を全身から発散させ、身体に纏わりつく魔術を弾き飛ばそうとするが、恐ろしいほど強固に編まれたそれはびくともしない。
歯を噛み締め、全身の筋肉を硬く絞り上げる。
眼球の奥で光が弾け、身体の至る所で血管が弾ける感覚を覚えた。
それでも止めるわけにはいかない。胸が熱く、今にも古傷が開いて臓腑が弾け飛びそうだ。
青い魔力を纏った槍斧が振るわれる。
いくら鎧を強化したところで、あれをまともに受けて耐える術はない。
イメージしろ、魔力が周囲の全てに牙を立てるような、獰猛な形を為せ。魔力はただの力の放出から意味をもった魔術となり、獣頭となってラルカンの魔術に食らいついた。
ついに見えぬ拘束に罅が入り、俺はそれを強引に引き千切っていく。
「『空折』を力技で抜けるか」
驚くような声が聞こえたが、その言葉に応えている暇はなかった。とにかくラルカンの間合いから出なければならない。
地を蹴り後ろへ跳ぶ。たとえラルカンが槍斧を曲げようと、対応できる距離を開いた。
一度仕切り直す。
そう思い、次の攻撃に移ろうとした瞬間だった。
目前の景色が捻じ曲がった。
――な。
「だが『空折』の使い方はそれだけに留まらない」
距離を離したはずのラルカンが目の前に現れた。
そうだ、こいつの『真理へ至る曲解』は何だろうが捻じ曲げる。肉体や武器どころか、空間さえもだ。その技が『空折』。
空間を複雑に折り曲げれば強固な鎖となり、折り畳めば距離という概念を潰す。
ラルカンが現れたのではない。互いの間にあった空間を畳み、俺を引き寄せたのだ。
刹那、衝撃が身体を突き抜けた。
飛散した魔力と共に血飛沫が上がり、熱と痛みが脳髄を焼いた。
「『ぁぐ‥‥』」
防ぐこともできず、鎧ごと切り裂かれた。見なくても分かる、骨にまで到達する深い傷だ。
痺れそうになる思考回路を何とか動かし、俺は即座に筋肉の圧縮で傷口を閉じた。少しでも力を緩めれば出血多量で意識を失うだろう。
視界が、揺らぐ。
駄目だ。傷口を塞いだ程度ではどうにもならない。こんな深手ではまともに魔力を操ることも不可能だ。
剣を地面に突き立て、倒れそうになる身体を支える。
槍斧が即座に翻り、次撃が迫るのが分かった。
防がなければと分かっているのに、身体が動かない。
ヤバい――。
その瞬間に起こった一連の出来事を、俺は完全に把握しきれなかった。
始まりは、矢のようだった。夜空を切り裂き、流星のような速度で何かが決闘に割り込んだのだ。それを闇に紛れていた影が咎めようと跳びかかり、白槍と牙が火花を散らす。
乱入者は強引に身をよじりながら、速度を落とすことなく突っ込んできた。
「くっ!」
「‥‥」
純白の羽が夜空を舞い、ラルカンの槍斧が残光を切り裂く。
同時に俺は何かに凄まじい勢いで攫われた。体が宙に浮く。
夜が流れ、霞む視界の中で学校が遠く離れていく。
覚えのある魔力を感じながら、俺は力を失い剣を手放した。翡翠の燐光が空へと散る。
リー‥‥シャ‥‥。
光の中にリーシャの顔が過り、それもまた薄れゆく意識と共に消えていった。




