連環剣
ルイードの奥の手、『赤の化身』と戦った時以上の密度で魔力が全身に漲る。
少しでも操作を誤れば、身体の方が壊れるだろう。
だがそれも上等だ。その程度のリスクも冒さず倒せる相手じゃない。
バスタードソードの切っ先まで自分の手になったような感覚の中で、半身になりながら剣を腰だめに構える。
師匠から継いだ『七色連環剣』は元々七つの型を繋げて繰り返す型である。
例えば、嵐呼べば雷を生じ、暗雲過ぎれば月青く燃ゆる。
それぞれ『嵐剣』、『霆剣』、『月剣』、『焔剣』と繋がる連続の型。
本来なら更に、輝き星を繋げ、竜座うねり雨をもたらせばいずれ嵐と化す、と続く。
感情の励起になぞらえた七つの型は、全て繋げることで初めて『七色連環剣』として完成するわけだが、今の俺にそれを使うのは難しい。元々セントライズでも師匠一人しか使い手のいなかった無類の流派である。
これらの型全てを修め、最終的に自ら編み出した『極剣』も、現在では不完全もいいところだ。
錆び付いた腕を戻すのは容易ではない。
それでもこの状況下、そんな泣き言を零しているわけにはいかない。この先には囚われたままのリーシャがいるのだ。
膝に力を溜め、足が大地を強く噛む。
「『行くぞ』」
大地を揺らし、俺はラルカンへと踏み込んだ。魔力で強化された身体はまさしく雷光の如き速度で魔将へと肉薄する。
振るうは首を落とす横一閃。これまで以上の速度はコマ落ちしたような錯覚さえ覚えるだろう。
だがラルカンは容易くそれを迎え撃った。槍斧に青い魔力を纏わせ、鋭い斬撃を合わせてくる。刃を通して走る激烈な衝撃が俺を吹き飛ばそうとした。
その時、俺はつい昨日のことを思い出していた。
魔力もまともに使わず、太刀一振りで強大な敵に立ち向かった戦い。
そうだ、思い出せ。『我が真銘』を発動していようと、昔は力押しの戦いばかりしていたわけじゃない。
俺は流れに逆らわず身体を回転させ、更に地を蹴ってラルカンの横に回り込む。
しかしそれすらも見通しているとばかりに斧が追ってきた。それを正面から受けず、外に弾く。
付かず離れず、相手の攻撃を捌きながら死角に回り込むように動き続ける。
風を切る音が耳のすぐ横を突き抜け、死が俺の身体を掴もうと手を伸ばしている光景さえ幻視した。
その全てを紙一重で避け、俺は魔力を回し続けた。腕を螺旋状に翡翠が巻き付き、朱のマントが激しくはためく。
その溜めをラルカンが見逃すはずがなかった。
「それは覚えがあるな」
剣撃の隙間で呟きながら、大きく身体の周りで槍斧を回す。
脚が地面に弧を描き、繰り出されるのは遠心力を乗せた大振りの一撃だ。
こちらの魔術が発動する前に潰しに来ただのだろうが、予想の範囲内。
斧の軌道を読み切り、受けようと剣を振り上げた瞬間だった。
「曲がれ」
恐るべき事象が起きた。
俺の目前まで迫っていた槍斧が、勢いそのまま曲がったのだ。それは今までの様に真っ当な槍捌きによってもたらされる、道理の通った奇襲ではない。
物理的にあり得ない角度で、斬撃の軌道が捻じ曲がったのだ。
先の大戦に参加していて、知らない者はいまい。ラルカン・ミニエスの魔術、『真理へ至る曲解』。
あらゆる事象、物体を捻じ曲げる不条理な術式は、その単純さ故に使用者の技量が強く現れる。
武器に使えばこのように埒外の軌道すら生み出すことが可能だ。
俺は寸前で剣を戻し、槍斧を防ごうとする。
曲がっていようがその威力は一切落ちることはない。勢いの乗った攻撃はまともに防げば、間違いなく体勢を崩される。
そうなればそのまま嬲り殺しだ。
だがそうはならない、決して。
「『俺も覚えているぞ』」
ラルカンの動きは、変わらず想定内だ。
俺が何度お前との戦いを思い出したと思う。あの時の後悔と恐怖は、一度の勝利で拭えるようなものじゃない。故にお前の技は、嫌という程頭に刻まれている。
剣と斧が触れ、火花と共に衝撃が爆発する――ことはなかった。
「――ほう」
槍斧は涼やかな音と共に銀の刀身に受け止められていた。
受け技の名は、『零剣』。
ラルカンの一撃は紛れもなく激烈な破壊力を持つものだった。しかし俺の展開した雨の領域によって、その威力は完全に殺されたのだ。
視界もけぶる黒き雨の中では、音すら届くことはない。
バスタードソードの周りを覆うのは、微細な魔力の流動だ。
受け止めるのとも弾くのとも違う、膨大かつ繊細な魔力の落下は、勢いを削り殺す。
それがこの『零剣』だ。
他の剣技とは比べ物にならない魔力コントロールとシビアなタイミングを求められる技で、はっきり言えば数日前の俺では失敗していただろう。
ここ何度かの綱渡りの戦いが、紛れもなく感覚を研磨している。
ラルカンが槍斧を引き戻すよりも速く、俺は次の動きに移った。魔力の流れは淀まず、変幻し、技を繋ぐ。
刀身に流していた驟雨の如き魔力が荒々しく加速し、再び螺旋を描く。
雨は風に煽られ、横殴りの暴風雨へと姿を変えた。
『嵐剣』。
跳ねるように切り上げた斬撃の竜巻が、ラルカンを飲み込んだ。
校庭が翡翠の衝撃に割れて吹き飛び、次の瞬間には砂煙になるまで切り裂かれる。
まるで夜空へ昇る龍のように、嵐剣は大気を刻みながらうねり、衝撃をまき散らした。
『混』のタリムならばこれで終わりだが――。
斬ッ‼ と紺碧の円が嵐の腹を両断した。
制御を失った力が爆発するかのように弾け飛び、夜を殴りつける。
その渦中にあったはずのラルカンは、傷一つなく軽やかに地面に着地する。青い目が俺を見据えた。
「次は?」
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