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すれ違いの果てに

『――‼』


 それは妖刀と鬼、どちらの叫びだったんだろうか。


 傷口から黒い魔力が溢れ出し、細い身体が(かし)いだ。


 鬼の腕から抵抗力が失われ、障害のなくなった雷槍が胴体を半分近く消し飛ばした。金雷はそれに留まらず、全身を内部から焼き焦がす。


 もはやその存在が風前(ふうぜん)灯火(ともしび)なのは誰の目に見ても明らか。


 何もせずとも、一分と待たず消え去るだろう。


 しかし鬼は最期の一瞬まで、火を復讐に燃やした。残った腕で野太刀を振り上げ、俺を両断せんとする。妖刀は鬼の身体深くまで入り込み、抜く暇はなかった。


『我ハ、許、サヌ』


 太刀は既に黒を失い、銀色に鈍く輝く。それでも十二分に命を殺す輝きだ。反射的に魔術を組み上げようとするが、完全に気が抜けていた。朧げな意識では間に合わない。


「勇輔ぇ‼」


 月子の悲痛な声が聞こえたのは本物だったのか、あるいは俺の幻聴だったのか。


 噴き出す黒い靄の中で、おかしなものを見た。




 鮮やかな牡丹(ぼたん)が鬼を覆うように花開いたのだ。




 それが鬼の羽織っていた着物だということには、すぐ気付いた。


 本当なら槍の一撃で千切れているはずのそれは、不自然ささえ感じる程の美しさでなびく。


 ――何が起こってるんだ?


 呆ける俺の前で夢の様に白と赤が揺れた。次の瞬間、着物の裾から華奢な手が現れ、鬼へと伸びる。


 筋張った男の手とは違う、柔らかな女性の手。その指先が、優しい手つきで鬼面を撫でた。


 刀を振り上げたまま、鬼は止まっていた。


 それは妖刀もまた同様だった。握った柄から、驚愕の声が伝わる。


(かおる)、なのか‥‥?』


 確かにその時鬼を抱きしめるようにして、女性がそこにいた。丁寧に(くしけず)られた黒髪が流れ落ち、着物に女性らしいシルエットが浮かび上がる。それが誰なのか、妖刀が呟いた名は誰のものなのか。考えるまでもない。


 たとえ復讐に身をやつし、鬼道に堕ちて尚手放せなかった牡丹の着物。それは一滴の返り血も、僅かな傷もなかった。


 言葉はなかった。


 掲げられた野太刀が手から滑り落ち、地面に落ちて黒い塵に変わる。


 何も握らぬ手は宙をかきむしり、ぎこちなく彷徨(さまよ)った。


 どうしてかその気持ちが俺にはよく分かってしまった。自分の手で触れれば、大切なものを汚してしまいそうで。鋭利な指先と加減を忘れた力は彼女を壊してしまいそうで。


 それでも女性の手に引かれ、唯一残った鬼の手が牡丹の着物に触れる。


 はじめは恐る恐る、そして痛いほどに力強く。互いを抱きしめ合う。


 二人は悠久を埋めるように、ただ静かにそうしていた。


 ああ、そうか。


 俺はてっきり鬼が着物を手放せなかったのだとばかり思っていた。


 それだけじゃなかったんだ。


 鬼が怨念に憑りつかれたように、妖刀が責務を果たさんとしたように、彼女もまた待ち続けていたのかもしれない。


 こうして鬼の心に触れるその時を。


 再会は一瞬にも、永遠にも思えた。


 鬼の身体が足元から塵となって舞い上がり、それに寄り添うように牡丹の花が散っていく。


 想い燃ゆる火の粉のように、どこまでも空高く。


 全てが消えようという時、女性の顔がこちらを向いた気がした。美しい黒髪の向こうで、精悍な男と快活そうな女性が優しい目で俺を見ていた。


 口が小さく動くが、その言葉を聞き取ることはできなかった。


 それもすぐ塵の中に溶けて消えて行く。


「‥‥」


 俺はただそれを見つめていた。


 やってきたことがなくなるわけじゃない。鬼は多くの人間を傷つけ、殺してきた。二人がこの後いずこに行くのか、俺には想像もつかない。


 それでも、二人の終わりを否定する気にはなれなかった。


 世界は色を取り戻し、緑の香りと蝉の鳴き声が満ち溢れる。顔を照らす木漏れ日が眩しく、まだ夢の中にいるような気さえした。


「終わったん、だよな」

『‥‥ああ、全てな』


 俺たちは満身創痍(まんしんそうい)の身体で確かめ合う。


 世界と数百年の時を超えた因縁は、今ここに終わりを迎えた。

鬼との戦いはこれで終幕となります。

3章そのものはまだ少し続きますので、最後までお付き合いいただければい幸いです。

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R15 残酷な描写あり 異世界転生 異世界転移 キーワード男主人公 ギャグ 主人公最強 勇者
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