第二話 ホーム 拠点
シュオンが拠点を手に入れます。
次話から本格的にシュオンの異世界ライフが始まります。
トキノウエ村に入った私は、取り敢えずトウドーさんの紹介で村長さんや村人の方たちに挨拶をしました。
お蕎麦がないのは残念ですが、気分は完全に挨拶まわりです。
トウドーさんはこの村へ物資を届ける担当の人のようで、村では有名な人。聞いた感じですと、「お偉い役人さん」のようなイメージ。
まぁ、間違ってはいないでしょうね。
村、と聞くと、何とも閉鎖的なイメージが私にはあります。インフラとネットが発達した日本ですらこの扱い(私の中では)ですから、この世界ではよっぽど……と思っていたのですが、皆さん、とても親切でした。
何と言いますか、皆孫を見る御年配の方のような視線でした。同年代の方にすら、こんな感じに見られてしまいました。
……あとになって気付きました。私、身長は乙女としてちょっと、と思うくらいあるのですが、顔は絵にかいたような童顔なんですよね。
ちなみに、私の背丈は一六六センチです。同性同年代の平均より高いです。そして、まだまだ成長期なのです。
初対面の人に十中八九「バレーやってる?」と聞かれる程の脚の長さは、伊達ではないんです。これはアバターでも受け継がれています。つまり、この姿でも。
これで運動神経皆無なのですから、今までどれだけ恥をかいたことやら。
ですが、この世界に来て、というよりこの姿になって、スタミナも上がった気がします。
本来の私の身体なら、とっくに足が棒になっていたでしょう。
……それは兎も角。
挨拶を終えた後、村長さんから使われていなかった平屋を一軒お借りしました。
すでに住民の方は余所の村に嫁いでしまったようで、好きに使って良いとのこと。
埃にまみれていますが、家具(らしきもの)もちゃんと残っていました。
この村、石畳はまるで古き良きローマやフィレンツェを連想させますし(行ったことありませんが)、カギサワさんは西洋の中世時代のような鎧を着ていましたが、村の建物は完全に日本家屋です。当然、木造。
街を歩く人たちも、男の人たちは地味な色の甚平のような服、女の人たちも和服でした。
何と言いますか、『CC』の日本「風」交流都市や村をそのまま現実化させたような感じです。
やはりこの世界は『CC』世界と何処か似ています。
で、慣れない手つきで実家で働いていた人たちの動きを思い出しつつ、三時間かけて広くもない平屋の掃除を終えた後、私は別れ際に村長さんから頂いた鍋に入った水団のようなものを囲炉裏で温めつつ、頂いていました。
……え? 火ですか? 火炎系統の魔法って便利ですよね。
「……美味しいですね」
一人だけ、というのも寂しいですが、この際贅沢は言っておられません。衣食住のうち、食と住を恵んで頂いただけでも十分です。
幾らなんでも無警戒すぎるのではないかとも思いましたが、尋ねてみれば、こんな山菜と川魚と米(何とお米がありました!)しかない寒村で、強盗や略奪をする者などいるはずもないし、そもそも一人で現れるはずもないとのこと。
それに近年は稀に見る大豊作で、旅人に御馳走するくらいの備えは十分あるそうです。
これも皇王様が戦なんて止めてくれたおかげだと、村長さんは笑っていました。
「……本当に美味しいですね、このお団子」
囲炉裏を囲んで和食を食べる。日本人、特に宙人にとっては最高級の贅沢とされるものですが、一人きりですと侘しさが優先されるようです。パチパチ、と薪が燃える音だけが響き、時折風の音が聞こえます。
ここの気候は暑すぎず、寒すぎず。そろそろ夜なのですが、心地良い涼しさでした。
「……ふぅーっ」
最後の一滴までお汁を飲みほし、私は淑女らしさの欠片もないように、そのまま床に寝っ転がりました。
普段の、家族と給仕さんが何時もいる食卓では絶対にできないことです。ううん、寂しいですけど、これはこれで気楽かもしれませんね。寂しいですけど。
独り言が多くなってしまうのも、仕方のないことなのです、ええ。
「……明日から、どうしましょうか?」
本当にどうしましょう?
冷静に考えてみれば、今までお腹という生理的問題を解決するのに必死で、元の世界に帰るとか、そういうことは全く考えていませんでした。
何とか寝る場所も手に入りましたが、ずっとここでのんびりして暮らすわけにもいかないでしょう。せめて村の方たちに、何か御礼もしたいですし……。
……あれ?
…………拠点?
「まさか……」
思わず勢い良く飛び起きると、近くに転がしていた愛杖を引っ掴みました。
それを天に掲げ、魔法を行使します。
「……“転移魔法”!」
瞬間、私の身体は淡い光に包まれ、消滅しました。
一転して変わる景色。
水槽の中に墨を垂らしたような暗闇の世界。
街灯のように光り輝く星。
そして、うっすらと見える背の低い木々たち。
その場所は、紛れもなく。
「さ、最初に来た場所ではないですか……!」
唖然とし、何度も瞬きしました。
あそこに向けて転移した場所は、間違いようもなく、この世界で最初に目にした風景。ナガズが実る木があちらこちらに生えている、草原でした。
「……でも、転移できたということは……。あぁ、どうして気が付かなかったのでしょう!」
頭を抱えて蹲りたくなる衝動を何とかこらえて、アイテムボックスに手を伸ばしました。
腕の一部が消え、異空間の中を弄っていると、お目当てのものを見つけました。
取り出したそれは、ファンタジー感バリバリの鍵です。今時、ゲームの中でしかお目にかかれないタイプの金属製の鍵。
それを掲げ、空中で捻りました。
まるで見えない鍵穴に鍵を差し込み、開錠するような仕種。そしてこの表現は、大体合っています。
自動ドアが開くような音とともに、周囲の景色がまたもや一変しました。
絢爛たる宮殿の一室という表現がしっくりくるような場所。広さは大体学校の教室くらいでしょうか。
天井からはそこそこ豪華なシャンデリア、床には紅いフワフワなカーペットが一面に敷かれていました。そしてシングルベッドや机、クローゼットに小さなソファなどの家具が一通りそろっていて、奥の壁は超巨大なキャビネットですっかり見えなくなっていました。
「――――まったく変わっていませんね」
興奮よりも呆れが先に出てしまい、私はややゲンナリしつつ、靴を脱ぎ、一歩足を踏み入れました。
「ヘキサゴン・システム」。そう呼ばれるシステムは、『CC』のウリの一つであり、『CC』のアイデンティティの象徴とも言えるものです。
ユーザーにはそれぞれ、「ヘキサゴン」と呼ばれる上から見ると六角形になっている自分独自の空間が一つ、与えられます。
この空間はユーザーが自由に弄くることが可能で、広さもヘキサゴンの数そのものも、ユーザーの裁量次第となっています。私の場合は、このサイズのヘキサゴン一つですけど。
私程の初心者プレイヤーでさえ、やり方次第ではこのくらいのサイズの「自分の城」を手に入れられるわけです。
ヘキサゴンはキーを持つ者ならば誰でも出入りできますが、言い換えれば、キーがなければ他者のヘキサゴンにはいる事はどうやっても不可能。違法改造ツールを使えば可能かもしれませんが、プライバシーが重視されるのは仮想空間世界でも同じことで、お縄につくこと確実です。
もしやと思い、転移先をヘキサゴンの入り口に当たる「エントランス・スクエア」(ここもキーがなければ入れません)に指定して魔法を発動したわけですが……案の定、私と一緒にヘキサゴンも転移していたようです。
「……あぁもぅ、何で今頃……」
村長さんに住居まで用意してもらった後に気付くとか……私、馬鹿ですか。馬鹿ですね。
でも、どの道ヘキサゴンにキッチンとかはありませんから、居住地は居住地で別に用意しなければならなかった、とまた後になって気付くのですが。
私のヘキサゴン、『ホーム』と呼んでいるのですが……ここには、ワカナさんのアドヴァイスの元、ためておけるだけアイテムをためておいたはずです。
そう思い、私は片っ端から『ホーム』の中をチェックしました。
結論、最後にゲームしていた時とまったく一緒。
「……でも、これだけあれば……ある程度の事は出来ますね」
この村に定住するかはまだ何とも言えませんが、『ホーム』があるという点は大きいです。言わば私専用の秘密基地。
もっとも、この世界で暮らすのならば、『ホーム』から近いあの村も悪くはないでしょう。
ですが私としましては、可能ならば元の世界に戻りたいという思いもあります。
「……暫くは村で過ごして、色々集めたら旅でもしますか」
ひょっとしたら、私と同じようにこの世界に来ている『CC』プレイヤーがいるかもしれませんし、何らかの帰還方法があるのかもしれません。
ならば、目指すべきは、大きな街や都市。
私は来客が来てもよいように平屋に転移し、そのまま眠りにつきました。
……布団って、こんな感じなのですね。
そろそろ戦闘シーンも書きたいです。
シュオンの奮闘をお楽しみください。
何だかんだで、彼女は結構順応しちゃってます。
御意見御感想宜しくお願いします。




