第一話 バリアー・ステーション 関所
主人公、馬車から大地に降り立ちます。
「へぇーっ、それで一人旅しているのかい、若いのに大変だねぇ」
「はい」
トウドーさんの感心した様子の声に、私は誰も見ていないのに笑みを作りました。
不肖音羽 朱音。
唯でさえ人見知りなのに、言葉が通じるとはいえ異国人(異世界人?)の殿方との会話、何とか乗り切っております。
このトウドーさん、とても温和な方なので、大変助かっています。
そしてトウドーさんに色々と聞いた結果、大体の事が分かってきました。
ここはグンジョウ皇国という国の最北東部、ショウカク地方に属する港町、カミノエから内陸のトキノウエ村に向かう地方本街道の一つ。日本で言うところの国道のようなものだと思います。
つまり、隣国との国境線にかなり近い場所です。
グンジョウ皇国は、海運と国内道路整備に力を入れている交易国家で、この世界では最先端の道路交通網(トウドーさん視点)を持つ国だそうです。
昔は海洋航路と海外交易拠点(早い話が、海外植民地ですね)の開拓・確保に力を入れ、ライバル国との戦争に明け暮れていた軍事国家だそうですが、現皇王が即位してからは植民地の拡大(+海軍整備)が国家経済を圧迫し始めたため、開拓は事実上停止。強大な軍も縮小中。
国内再整備という名の内需拡大やインフラ整備、都市再開発(中には都市一つを国が買い上げ、一度全部壊して再開発したこともあるそうです。一大事業ですね!)に乗り出し、国が管理する道路を大量に整備しているそうです。
私のお尻に攻撃を加えているこの道路も、そのうちの一つというわけです。
不満もありますが、自動車もないこの世界の道路に現代日本並みの快適さを求める方が無茶でしょう。
トウドーさんのお話では、この道路はまだ揺れが少ないそうですし。
馬車よりも早い乗り物もいくつかあるそうですが、コストがかかり過ぎて軍用でもない限りは需要がないとのこと。当然、急ぐ必要もない運送には使われません。
このようなことを聞いて、内心ホッとしています。
戦争中や内乱中の国にいきなり放り込まれるのは、幾らなんでも困りますから。
ちなみにグンジョウ皇国の治安は比較的良好。大規模な軍縮が行われた際、実際に戦争に投入された兵器の多くが保安局(多分日本で言う警察の事でしょう)に払い下げられ、人員も少なからず移った結果だそうです。
周辺諸国との問題も、今のところ戦争レヴェルになる程ギスギスしておらず。軍縮されたと言っても、曲がりなりにも軍事的強国であることも理由でしょうか。
人類にとって、この世界の大きな脅威――――モンスターも人類居住エリアでは比較的安定しているそうです。
そう、モンスター。
いるそうなんですよね、ここに。
もし『CC』と同じようにフィールドやダンジョンにモンスターが現れるとすれば、強敵とのエンカウントはご勘弁いただきたいところ。
最近漸く、メインの火系統の魔法の高位魔法を使えるようになったばっかりですし、上級モンスターが出てくれば、ちょっと厳しいです。
そうそう、私の職業は“中級魔法師”。魔法師は魔法をメインに扱うタイプではもっともポピュラーかつ、マルチに様々な魔法を使えるジョブです。
スキルや魔法の習得具合で、万能型にも特化型にも器用貧乏にもなれるジョブ。わかりやすいゆえに、中・遠距離戦闘職では不動の人気を持っています。
で、ミディアム・ウィザードは一番下の“見習魔法師”の一つ上。つまり、下から二番目。このことからもわかる通り、まだまだです。
職業の昇格方法は様々です。魔法師系統の場合は特定のクエストのクリア、アイテムの入手、特定の魔法の習得などがありますが、この世界ではどうなのでしょうかね。
まぁでも、あんまり認めたくはないのですが、ここは現実の空間であり、仮想現実ではないわけでして。
此処で怪我すれば、実際に怪我するでしょう。
死んだら勿論、おしまいです。私の御霊はゴー・トゥ・ヘヴンです。あぁ、悲劇。一応、蘇生用アイテム(プレイヤーが死亡すると自動で発動するもの)も幾つか持っていますが、果たして効果があるのかどうか。
それ以前に幾らモンスターとはいえ、実際に殺生なんて、か弱い私には堪えます。
高校時代、生物の授業で蛙を解剖して気絶しかけた人です。喧嘩どころか口喧嘩さえ碌にしたことがない私にとって、やや厳しいものがあるのでは?
そう思わずにはいられない、この頃です。
「本当に出ないんですよね、モンスター」
私の声色に込められた感情を察したのか、トウドーさんは努めて呵々大笑し、大声で応えてくれました。
「もし出るのなら、儂のような年寄り一人だけの馬車が通ったりしていないよ。軍か傭兵の護衛が付いているさ」
納得できる話でした。
「出たとしても、精々小型の草食モンスターだ。彼らは馬車や人間なんかに興味を示さないよ」
「そうですか」
ホッとして、時折カラフルな花が見える緑色の草原を見つめていると、草陰からぴょこり、と何かが顔を出しました。
それは、不自然なくらい黄色のボディを持つ兎でした。額にベルを象ったような白い模様が付いています。
「あ、“鈴鳴兎”ですね」
『CC』で見たのとそっくりそのままな姿に、私は身を乗り出し、目を大きく見開きました。
最下級である下級モンスターの一種であるあのちびっこ兎さんは、鈴の音のような声で対象を眠りへと誘うモンスターで、所謂マスコット的存在。ペット・モンスターとしてユーザーの愛玩物とされることも多いモンスターです。
攻撃力も低く、人懐っこいモンスターで、アレを倒さなければならないことに多くのユーザーが涙をのんだ可愛さを持つ子。
「可愛いなぁ……。仲秋にも、あんなのがいればいいのになぁ」
“生”で見た、ゲームのマスコット的モンスター。容姿も『CC』と全く同じ。それを見て、思わず興奮していたのでしょう。私の独り言は、トウドーさんにも聞こえる程大きかったようです。
「チュウシュウ? 何処だい?」
「あっ……私の故郷ですよ。ずっと遠いところにある都市です」
「へぇ……。別の大陸なのかな? 海外人は初めてで、よく知らないなぁ」
咄嗟に初対面の際に、見聞を広めるために一人旅しているという設定を口にしたことを思い出し、私は取り繕うようにまくし立てました。
どうやら、上手くいったご様子。
仲秋市は、日系軌道上都市の一つで、人口おおよそ二七万。日系の軌道上都市や月面都市は数多くありますが、仲秋はその中でも一際大きく、宇宙空間における日本の経済上、防衛上の要所となっています。
ちなみにシンボルマークは紫雲を纏う満月。水鏡国際宇宙港でお馴染みの宇宙港エリア(超大型ショッピングモール付き)と超巨大太陽光発電施設「まほろば」が観光名所。
ああいう生の動植物の少なさが、軌道上都市の欠点の一つなんですよね。軌道エレベーターが開通して地上へのアクセスが容易になった分、態々軌道上都市に動物園なんて造る必要もなくなってしまいました。
そのこともあって、私のような軌道上都市育ち――――所謂“宙人”は、天然の自然や動植物に対して、並々ならぬ憧れをもっています。
最近は環境再生も成功して、日本列島も綺麗な姿を取り戻しつつあります。大昔の戦争で化学兵器の餌食となった東東京も、封鎖が解除されてからすでに四〇年が経っていて、首都としての姿を取り戻しています。
あぁ、素晴らしきかな天然の自然、美しき自然情緒溢れる日本列島!
軌道上都市や海上都市の人間にとって、日本列島は憧れの地なのです。
昔は日本が誇る科学と技術を集めた人類叡智の塊である海上都市や軌道上都市が「新天地」とか呼ばれていたそうなのですが、時代が代われば印象も変わるもの。そして、隣の芝生は青く見えるものなのです。
実はというと、私も列島に足を運んだことは一度や二度くらい。しかも、軌道エレベーターが建設されている沖縄だけですので、本州に行ったことは一度もありません。
その沖縄も、自衛軍の手によって完璧な要塞へと姿を変えてしまったので、自然も何もあったものではありません。
軌道エレベーターから出た直後に殺気に満ち満ちた航宙自衛軍(軌道エレベーターの警備は航宙自衛軍の管轄です)の方々と、軍人さんが持っているゴツゴツの細胞破壊信号銃を見せつけられ、夢見る少女の心を撃ち砕かれたトラウマは、今でも忘れられません。
軍人さんたちはお仕事しているだけですので文句も言えませんし、言う勇気なんてありませんよ、私には。
そんな若かりし頃の(今も若いですけどね!)トラウマを再度封印していると、トウドーさんが声をあげました。
「見えて来たよ、トキノウエ村担当の保安局詰め所だ」
そう言われた私は、荷台から身体を半分ほど出し、首を曲げて馬車の進行方向を見つめました。
そこには、何とも安上がりそうな境界線が敷かれていました。
石畳の上に境界線を引くように、まるで棒高跳びで使われるような細い二本の柱と、その柱に支えられたバーがぽつんと置かれています。
何と言いますか、そこらの森から切り倒してきた細い木をそのまま使ったかのような、そんな印象を受けました。
そしてその横には、“保安局詰め所”という名前が似合いそうもない、寧ろ可愛いとさえ言える木造の三角屋根の小さな建物が。
例えるなら……そう、ブッシュ・ド・ノエルに乗っけられた、お菓子でできた小さな家と言った感じでしょうか。メルヘンチックで、私的には及第点の建物です。……保安局詰め所という、仰々しい名の施設でなければ、ですけど。
そんな小さなハウス、詰め所がはっきり見える位置まで近付くと、ドアが開き、中から一人の男の人が出てきました。
若々しい顔つきで、縹色の軽い鎧のようなものを着込んでいました。スラックスも同じ色で、ところどころに金色の装飾が施されています。
腰からは長く、細い刀身の剣を吊り下げていました。
頭には何も付けておらず、若々しい黒い髪と爽やかな笑顔が丸見えでした。
素人から見ても、軽装とわかる格好です。
多分あの人は、保安局の人なのでしょう。
ニコニコ笑顔の男の人の真横に、馬車はゆっくりと止まりました。
トウドーさんは馬車から下りて、私を手招きしました。
私は痛むお尻に鞭うち、久方ぶりに動かない大地へと降り立ちます。
「ショウカク地方監運送部属のヨウジ=トウドーです。トキノウエ村に嗜好品を届けに来ました。
これは地方監発行運送許可証と、運送品のリストです」
「確かに」
ニコニコ笑顔のまま、男の人はトウドーさんが差し出した書類にざっと目を通しました。
ブルル、と二頭の馬が、心配するように男の人を見下ろします。あの人の腰にある、物騒なものを怖がっているのでしょうか。
私の杖も、似たり寄ったりなものですけど。
「そして彼女は、シュオンさん。旅をしている魔法師だそうです」
「ほほう」
あ、こっち見てきました。
笑顔なのですけど、如何にも威圧感を感じて、私は数歩後ずさります。杖を持つ手に、力が籠りました。
「魔法師……クローラーですかな? 協会に登録していますか? 登録していれば、カードのご提出を」
「……え?」
知らないワードに、私は思い切り焦りました。クローラー? え? クロールが得意な人ですか? 私、泳げませんよ?
「い、いいえ、知りません」
「無所属の方ですか。その様子では、手形も持っていないようですね。では、暫しお待ちを……」
そう言って、男の人は詰め所に戻り、暫くすると、変わらずニコニコ笑顔でまた私の前までやってきました。
その手には、長方形の小さなカードのようなものと、細い筆と墨が入っている小瓶がありました。
「これはグンジョウ皇国内務局が発行している手形です。これに、何処の言葉でも良いので名をご記入願います。世界を包む“翻訳魔法”が機能するはずですので。
これは皇国内における身分証明書のようなものです。これを持っていれば、皇国の設備はある程度ご利用できますし、大抵の街や村、都市に入れます」
「わ、わかりました」
カタカナでシュオンと書くのもどうかと思ったので、ローマ字で「syuon」と書き入れました。
「こんな簡単に、良いのですか?」
「別に政府関連や軍関連の設備使用の許可証ではありませんから、誰にでも発行したところで問題ないのです。寧ろ入国や国内活動を不用意に取り締まる方が、色々と問題を呼ぶのですよ」
「はぁ……」
「自由国方面からの旅人は本当に珍しい。私は保安局トキノウエ村出張所勤務のカギサワと申します。貴殿の入国を心より歓迎いたしましょう」
そう言って、男の人は手を差し伸べてきました。
本作の舞台は主にグンジョウ皇国になりますが、この大陸の他の国も出番があります。
御意見御感想宜しくお願いします。




