第57話 空元気の決断
◇盟約者の炎◇
「それで?お前、田嶋が今どこにいるか知ってるのか?」
土田との再会を終えた俺は、体をブルブルと揺らしてうずくまっている男に問いを投げかけた。
すると半グレの男はゆっくり顔を上げ、情けない声で問いに答え始めた。
「おそらく組長室だ。そこにリーダーが入っていくのを俺は見たし、リーダーも自ら田嶋の首を討とうと画策していた」
「だとすれば田嶋は今も交戦状態、あるいは逃亡を続けている状況なのかもしれないな」
「うん。それに、火災か崩落に巻き込まれている線も捨てきれない。いずれにせよ急がないとまずいことになりそう」
「そうだな、急いで組長室に向かお…」
"ゴゴゴ…ドンッ"
俺たちは互いに現状を確認し、急いで組長室に向かおうとしたその時、炎上していた天井がものすごい勢いで崩落してきたのだ。
「土田!そこから離れろ!」
俺は瓦礫の落下地点にいる土田に全力で叫んだが、その声が届く前に瓦礫が土田を襲ってしまった。
"ガッシャーン!"
"ゴー"
辺りは土煙と炎に包まれ、まともに現状が把握できない。
「土田!無事かー!」
俺は視界を奪われながらも、全力で叫んだ。
土田ならきっと無事であろう。
そう願いながら無事を祈った。
しばらく叫んでいると、少しずつ視界が回復していき、目の前の光景が明らかになった。
明らかになったのだが、その光景はあまりに悲惨で、一瞬固まってしまった。
「嘘…だろ…」
瞼に写ったのは先程まで土田がいたところに積み重なって燃えている瓦礫だった。
土田の姿は目視できない。
「土田…、土田!どこだ、どこにいるんだ!」
俺は大声で叫びながら辺りを見渡す。
しかし、土田らしき人物はどこにもいない。
「くそっ…」
俺はそう呟いた後、涙が溢れてきた。
誰も死なせない、田嶋も華音も、そして土田も。
大切なものは絶対奪わせない、そう誓ったはずなのに…。
俺は深い絶望感に襲われた。
燃えたぎる炎の熱など忘れるほどに、自分自身の存在価値を失った気持ちになる。
だったら今ここで、辛さを断ち切って死ねたならきっと楽になれる…。
「俺はもう…限界だ…」
そんな現実逃避を願ったその時、俺の探し人の女の声が確かに響いた。
「諦めるな!それでも君は私の盟約者か!?」
「土田、土田なのか!?無事でよかった…」
瓦礫の山から聞こえる叫びに、俺は声を上げた。
土田の安否を確認でき、安心したのもつかの間、彼女はこれまで聞いたことのないほどの声量で俺を罵倒し始めた。
「君は今どうしょうもない状況を目の当たりにして、全てを投げ出そうとしたね。君は阿呆もびっくりするぐらいの大馬鹿者だ」
いきなりの罵倒、いつも土田が軽く口にするものとはわけが違うとすぐに悟った。
が、俺には土田の言葉を受け切るほどの心の余裕は持ち合わせていなかった。
「そんな事言われてもしょうがないだろう。こんな絶望的な状況、誰だってとうに諦める。」
「ふざけるな!」
俺が吐いた弱音に、土田はこれまで聞いたことのない声色の罵声を浴びせた。
「君は怜奈さんを殺した連中に命を捧げるのか?失うかもしれない私の命を無駄にしようとしたのか?どうなんだ、答えろ牧野大樹!」
瓦礫越しの叫び声に俺は圧倒され、額から1滴の汗が流れる。
「違う!俺は…、俺は…もう誰かを失う経験をしたくないだけなんだよ…」
声を震わせた振動で、汗と涙が同時に床へと落ちる。
炎に熱された地面に落ちる水は、まるで土田の怒りを表すかのように蒸発して消えてく。
「君は何もかも履き違えている。周りを見渡し、判断する能力が欠落している。だって君の背中には守るべき対象がいるじゃないか」
「何っ?」
俺は軽く息を吸いながら背中を見ると、力無く俺に体を任せる華音の姿がある。
「君は目の前の"救える対象"をも、自分のエゴに任せ、犠牲にしようとした。それは君の目指す、"失わない"ことに反するんじゃないのかい?」
「ぐっ…」
俺は声にもならない声を出した。
確かに何も失わない道を目指す人間が、今ここで死ねば、助かるかもしれない華音をも犠牲にすることになる。
人1人の命を助けられないで、何が失わないだ…。
俺は奪われる立場から奪う立場に、自らを導こうとしていたに他ならないのだ。
「悪かった。なら土田、俺はどうすればいい?今からでもお前を助ければどうにかなるか?」
俺は力が抜けていた拳に力を入れ直し、土田に現状打破の方法を委ねる。
「わかればいいんだ。だけどこの瓦礫は見た感じかなり分厚い。今からどかすことは不可能だし、残念ながら君に手を貸すことはできない」
「ならどうする?俺にお前を置いていけって言いたいのか?」
俺は爪が肉に食い込むぐらい、拳にさらに力を入れる。
「まあそうなるかな」
「お前こそふざけるなよ!」
俺は明るく答えた土田に、罵声を浴びせる。
「目の前にある救える命、その対象はお前にも該当するんだよ!だから…そんな事言うなよ…」
言い切る前には拳から力は抜け切っていた。
当たり前だ。
本当はもう、どんな結末になるかは目に見えている。
「君が私のことが大好きなのはよーく分かるけど、こればかりは譲れない。それに君の対象は田嶋魁哉もいるはず。君には確実な選択をしてもらいたいんだよ」
土田は俺を諭すようにそう言った。
もちろん俺も納得できるわけがない。
今声が聞こえる人間を見捨てるなど…。
だが彼女はさらに陽気に声をかけてくる。
「なーに心配してるんだい?私はあの土田花乃だよ。君の力なんて無くとも1人で脱出できるよ」
「そうなのか?」
「そうだとも!」
ああ、流石に俺でも声でわかってしまう。
これは土田の"強がり"だ。
本当は怪我もしているだろうし、道具もある程度破損しているだろう。
だが、俺を心配させないための嘘を、今土田はついたんだ。
その覚悟を俺は、無駄にすることなんてできない。
「土田、悪いな。俺は田嶋の救出に行くことにする。また後で会おうぜ」
…これは俺自身に言い聞かせているんだ。
本当は後なんてない。
土田に会えることはもうないんだ…。
「もちろんっ!諦めなければ道は拓けるさ、頑張るんだよ」
ああ、そんな事言わないでくれよ…。
「じゃあなっ」
俺は唇を噛み締めながら、流れる涙を左腕で拭いながら、頭を空にして走り出した。
今何かを考えると気が狂いそうになる。
永遠の別れを…、悲しんでしまう。
「…最後に君の優しい顔が見たかったな…」
俺は何かを呟いている彼女を必死に無視し、無我夢中で組長室へ走り出した。
ただ感情を乗せた足で、地面を蹴り続けた。
この犠牲の代償を、必ず奴らに払わせるために…。




