第41話 偽りの上の偽り
「まず結論から言わせてもらうぞ。坂倉涼子殺害事件、この事件の犯人は、"宜保恭介"だとこの前言ったな。だが俺は、真犯人は別にいると睨んでいる。」
「犯人が別にいると?」
田嶋の口から聞かされる衝撃の一言に、俺はさらに探りを入れる。
以前の話では、来田が主導であり、宜保の他にも裏で手を回している人物が存在するという言っていたが、犯人自体が別の人物とはいったいどういうことなのだろうか。
「ああ、もちろん理由もちゃんとある」
そう言い、田嶋は部屋の壁にあるホワイトボードに目を向け、ペンのキャップを外し、ペンを走せながら、俺に根拠の説明を始めた。
「まずこの事件、詳しく調べてみると不可解な点が多いんだ。その1つが警察だ。俺が涼子の遺体を見て、警察に通報をしたんだが、その時警察の連中の対応で気になるところがあったんだ。それは、"俺は焦っていて住所を一言も言っていなかった"のにも関わらず、何故か奴らは"俺の家まで辿り着けた"ことだ」
なるほどな。
確かに警察は、住所を聞かなければ事件現場に辿り着けない。
それができる人間がいるとすれば、それは超有能なハッカーか、エスパーぐらいだろう。
考えてみれば、俺が事件に巻き込まれたときも、焦っていて住所を言い忘れていた。
この情報は、役に立ちそうだな。
そんなことを考えていた。
だが、次の田嶋の情報を聞いた瞬間俺は、一瞬にして、言葉を失ってしまった。
「そしてもう1つの不可解な点、それは、"宜保恭介という人物自体が存在していなかった"ことだ」
「…は?」
俺は思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
そりゃそうだろう。
警察が出した犯人が存在しないだなんて、そんなことを言われて驚かない人間はいないだろう。
もはや真犯人なんて概念自体が崩れることになるのだからな。
もしそれが本当にあったとすれば、警察は信用を失いかねない案件だ。
「宜保恭介、警察に説明された情報では、31歳の男、職業はフリーターだと言われた。だが、裏社会に関わりだして宜保恭介という男を改めて調べてみると、同姓同名の人物はいても、それ以外の条件が一致する奴はいなかったんだ」
田嶋は淡々とそう述べる。
裏社会の情報網を用いても見つからないのであれば、警察の情報は嘘なのだろう。
だが、それが真実なのだとすれば、涼子さんを殺害した真犯人は誰になるのだろうか?
そう考えていると、田嶋は俺の顔を見て察したのか、俺の気になる情報を話してくれた。
「じゃあ事件の真犯人は誰なのかについてだが、俺はこれらの情報から、3つの仮説を立てた。まずは仮説A、"警察は来田とグルで、来田が企てた犯行を見逃したと"という説だ」
なるほど。
確かにその仮説であれば、住所を特定できたことも、宜保恭介が存在しないことも辻褄が合うな。
「次に仮説Bだが、"来田は犯行後警察になりすまし、警察に扮した人物が俺に嘘の情報を流した"説だ」
確かにそれも辻褄が合うな。
だが仮説Bの方が、来田にとってはバレるリスクが高い。
そういう意味では、仮説Bを選ぶメリットは無いようにも思える。
「最後に仮説Cだが、この説は、仮説Aと仮説Bの真犯人改めて実行犯を、"来田ではなく、他の協力者"と考えるだけの説だ。」
なるほどな。
確かにこの仮説Cでいけば、仮説Bのリスクの高さを少しは緩和することができる。
仮説Aと仮説Cを組み合わせても、全体的なリスクは減らすことができる。
「つまり考えられるのは、犯行が明るみに出るリスクが少ない仮説A+Cが有力ってことだな」
俺が頭で考え出した結論を言うと、田嶋は軽く頷き、俺達に更なる情報を分け与えた。
「だから、この仮説A+Cをもとにするのであれば、華音が心に抱える恐怖心の正体は、来田かその協力者本人である可能性が高いわけだ」
この理論で考えれば、俺が拘束されていた時に反社会勢力の連中が面会にこれたことも辻褄が合う。
それを聞くと華音と俺は、互いに顔を合わせ、頷きあった。
そして俺は、田嶋にあることを訴えることにした。
「田嶋、この事件について、俺が独自に捜査をさせてくれないか?」
「何?」
俺の声を聞くと田嶋は、鋭い眼光で俺の方を見てきた。
俺は少しビビったが、これも華音のためだと思い、なんとかこらえる。
すると田嶋は、更に大きな威圧感を俺に向け、俺に疑問を問いかけた。
「何故お前が動く必要がある?これは俺と華音の問題だ」
ヤクザの睨みを俺に存分に見せつけてくる田嶋。
だが、何をされても俺の答える言葉は1つに決まっている。
「俺は華音のお世話係だからな。お前が最初に説明した通り、俺は何としても華音を守る義務があるんだよ」
俺の堂々とした一言に、田嶋は面食らったかのようにため息をつき、呆れたように口を開いた。
「お前、思ったより頑固だな…」
「田嶋に言われたくはないな」
「だが、その根性は嫌いじゃない。最初に華音のお世話係を任せたのは俺だしな。仕方ないから認めてやるよ」
「本当か!?」
田嶋の一言に、俺はテンションが上がり、食いつくように声を上げた。
「ああ、ある程度の情報は渡してやるから、好きに調べるといい。だが、それを許す代わりに1つ条件がある」
「条件?」
俺がオウム返しに尋ねると、田嶋は真剣な表情を俺に向け、俺に一言口を開いた。
「調査には、華音も連れて行け」
俺はその言葉を聞き、ニヤリと笑った。
それと連動するように、次は華音が口を開いた。
「最初からそのつもりだよ。この休校期間を使って真相を調べ上げてくるよ」
田嶋はその言葉を聞き、安心したかのように高笑いをした。
「ハッハッハ!2人とも覚悟はあるようだな!そんじゃあ明日から頼むぜ」
シリアスな組長から、いつもの陽気な田嶋に戻り、俺たちに激励を送る田嶋。
だが、俺は気づいていた。
田嶋の目の奥に潜む、暗い顔を。
娘に手を出したら許さんという心を感じ取ってしまった。
俺と華音の交際を真剣に考えていた奴が何を思っているんだか。
そう思ったが、口に出す勇気もないので、ある程度の情報共有をして、そのまま組長室を2人で後にした。
次回、新章突入。
事件の真相と恐怖心に迫る…




