第29話 田嶋魁哉
海城組組長、田嶋魁哉。
彼が明かす、知られざる過去とは?
◇男の独り言◇
代わり映えのしない日常。
昔の俺はそれはつまらないものだと思っていた。
だが、今になれば分かる。
その代わり映えのしない日常が、どれだけ幸せなのかということに。
◇男の過去◇
俺の名は坂倉圭太、IT企業で働く普通の会社員だ。
その会社はブラック企業だったが、収入は悪くねえ。
俺は毎日代わり映えもなく、パソコンとにらめっこをしていた。
そんなつまらない毎日に飽き飽きしている俺だが、退屈にならない1つの理由がある。
それが何かって?そんなの簡単だ。
"家族の存在"だよ。
俺は3年くらい前に、"椋木涼子"という女と結婚した。
俺の一目惚れだった。
俺は同じ会社の涼子に、毎日アプローチを続けて、晴れて付き合うことが決まり、そのままの流れで2年後には籍を入れた。
2年くらい前に、娘の"華音"も誕生し、家族は俺にとってかけがえのないものになったんだ。
だが、その大切な日々はいつしか終わりを告げる。
ある日俺が家に帰ると、裸で血を流し倒れている妻、"涼子"の姿があった。
俺は急いで救急車を呼んだ。
まだ息はあったため、無我夢中で止血をし、到着を待った。
だが涼子は、搬送先の病院で"死亡"が確認された。
犯人は、"宜保恭介"という男らしい。
どうやら配達員に扮した宜保が無理矢理家に入り込み、涼子に性的暴行を繰り返した後、殺したらしい。
動機は、『涼子が好きだったのに他の男に取られたから』という事らしい。
本当にくだらない理由だ。
不幸中の幸いというべきか、華音は涼子が咄嗟に発した、
『隠れて!』
という言葉を聞いて、すぐにクローゼットに隠れていたため助かったらしい。
だが、そこからの日々はとにかく大変だった。
葬式の手配、裁判など、もろもろやることがとにかく多かった。
華音も今回の事件の影響で、明るかった性格が一変、自分の意見を隠すようになってしまった。
2歳とはいえど、今置かれた状況を華音なりに感じ取ってしまったらしい。
そして俺自身も、涼子を失った喪失感に襲われ、精神的に病んでいってしまった。
会社も退職し、働いていた頃の貯金で食いつなぐ毎日。
当時29歳の俺に、この状況は重すぎる。
俺は自殺も考え始めていた。
そんな日々を送っていたある日、コンビニからの帰りで、人通りの少ない道を歩いていると、ある女に話しかけられた。
「君、ちょっと今いいかな?」
茶髪でモデルのような容姿、そんな美女がいきなり話しかけてきた。
だが、当時の俺は全てが自暴自棄になっていたため、その女の魅力には全く興味が無かった。
だから俺は、
「何の用だ?」
と、できる限りの怖い声を発し、女を睨みつけてやった。
これでこの女はどこかに行ってくれるだろう。
そう思った。
だがその女は、俺を怖がる素振りを全く見せず、こう言っきた。
「怖いねえ、ヤクザだったら天下取れたよ君」
まさかの言動に俺は、戸惑ってしまった。
そんな俺を見て女はクスクスと笑いながら、
「立ち振舞はまだまだだね。これじゃあ組長になれないぞ」
と、返してきた。
その言葉を聞いた瞬間、俺はこの女には"一生勝てない"ことを察してしまった。
しょうがない、話くらい聞いてやるか。
「それで、早く本題に入れ。俺に何の用事だ?」
その言葉を聞くと女は、ニヤリと笑い、こう言った。
「君、この前の殺人事件、宜保恭介意外にも裏で手を回していた人物がいるって言ったら、どうする?」
「は?」
その言葉を聞いた俺は、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
当然だ。
警察が公表していない部分を疑うなんて行為、普通するやつなんていない。
普通なら、この女は異常者だと考える方が吉だろう。
だが女が纏う雰囲気、そこから感じ取れてしまう。
この女が普通ではないということを。
俺は、勇気を出してこう返してみた。
「普通ならそう思うが、お前は違うと思うのか?」
その声を聞いた女は、またもやニヤリと笑い、
「そうだよ。私は坂倉涼子さん殺害事件で裏で手を回していた人物を知っている」
と言った。
俺はそれを聞いた瞬間、我を忘れたように女に問い詰めた。
「そいつは誰だ、今すぐ言え!」
その言葉を聞くと女は、こう俺に提案してきた。
「いいよ、教えてあげる。だけど条件があるんだ。」
それを聞いた俺は、飛びつくようにすぐに返答をした。
「いいぞ、どんな条件でも乗ってやる!」
涼子殺害の真犯人が分かるなら、俺はどんな条件でも乗ってやる。
そんな気持ちを持って、俺は力強く答えたんだ。
だが、彼女が打ち出した条件は、衝撃の内容だった。
「じゃあさ、君には明日から本物の"ヤクザ"になってもらうからね」
「…は!?」
その内容を聞いた瞬間、俺は衝撃のあまり、町中に響くくらいに大きな声が出てしまった。




