第26話 妬みと少女
◇組の仕事◇
田嶋が出ていったあと、俺は不機嫌気味な組員に大まかな組のきまりと仕事について教えてもらった。
どうやら俺は、組の雑務を任されることになったらしい。
最初はヤクザ事務所の掃除から始め、そこから徐々に重要な仕事を任されていくらしい。
これを聞いた時俺は、内心ホッとしていた。
以前俺が働いていた会社は、ひたすらパソコンを打ち込み続ける仕事だったからな。
正直いきなり重要な仕事を任されなくて、超安心だ。
そんな事を思いながら俺は、事務所の滅茶苦茶汚い便器を磨いている。
めっちゃ臭い。
正直いきなりトイレ掃除だとは思わなかった。
この先の事に不安になりつつも、俺の潜入生活はスタートしてしまった。
◇潜入1日目◇
潜入1日目、便器を磨くだけで1日が終わった。
磨き終えると俺は、下っ端らしき組員に、帰宅の許可をもらったため、事務所を出て、そのまま土田の家に帰ろうとした。
だが、帰ろうとした時に、後ろから妙な視線を感じたので、振り返ってみると、下っ端らしき組員が、俺をつけてきていた。
何のようだろうか?
まあ大体予想はつくけどな。
いきなり田嶋から好印象を抱かれ、期待されている俺を妬み、どんな奴なのか探ろうとしているのだろう。
まあストーキングは下手すぎて、すぐに俺に感づかれたわけだが。
このまま帰っても大丈夫だろうか?
いや、正直今俺が土田と繋がっている事がバレるわけにはいかないし、つけられ続けるのはまずいな。
そう思った俺は、勇気を出して、下っ端に話しかけてみることにした。
「あの〜、何か用ですか?」
声を聞いた下っ端達は、ビクッと体を揺らして、
「気づいてやがったか」
と言ってきた。
逆に気づかない方がおかしいとも思うが、そこは目を瞑っておく。
すると下っ端達は、
「お前が調子に乗ってるからお灸をすえに来ただけだよ」
と、だいたい俺の予想通りの事を言ってきた。
中途半端な奴ほど、出る杭を叩こうとするからな。
とはいえこの状況はかなりまずい。
仮に相手が殴りかかってきたとして、俺がやり返したら、田嶋のみならず組員全員からの評価を下げかねない。
とはいっても、殴られるだけ殴られるのも良くない。
俺が今後コイツらに滑られたら組内での情報収集がしにくくなる。
そんな考え事をしていると、下っ端達が、
「何黙り込んでんだごらっ!」
と言いながら殴りかかってきた。
流石に万事休すかと思ったその時、
「やめろてめぇら!」
と、どこからともなく女性の声が聞こえてきた。
誰だと思い周りを見回すと、俺の背後から、白髪の小柄な女性が歩いてきた。
俺が呆気にとられていると、下っ端達が一斉に頭を下げ、強豪校の野球部の如く大きな声で、
「すみません、姉さん!」
と、言った。
するとその小柄な女は、
「分かったらさっさと持ち場に戻りな!」
と言い、一斉に下っ端たちを帰らせた。
本当に何者なんだろうか…。
そう思っていると、小柄な女性が、
「あんたも早く帰んな」
と、優しく話しかけてくれた。
だが俺は、
「あなたはいったい…?」
と、気づいたら声が漏れ出ていた。
身長は150センチ程なのに、妙な威圧感がある。
これほどの威圧感は、田嶋に匹敵するほどだ。
その女性はいったい何者何か?
つい気になって、無意識に聞いてしまった。
すると、小柄な女性は呆気にとられたのか、クスクスと見た目相応な可愛らしい笑い方をし、
「あなた面白いね。あたしの名前は"田嶋華音"。もう会わないとは思うけど、おぼえておくがいいわ」
と言い、足早にその場を去っていった。
その言動と後ろ姿はまるで、生意気な小学生のように見えた。
だが、本人に言ったら痛い目に遭いそうなので、ここはこらえて見送る。
しかし、田嶋華音か…。
名字の田嶋は海城組組長と同じだがまさか…。
いや、考えすぎか。
俺は深く考えるのをやめて、足早に土田の家に帰った。




