第91話 聖神龍アルテナ
「さて、イグナシアの無事は確認できたようじゃが、すぐに出立するのか?」
これからか…。帰るのには2年かかる。おそらく俺達が消えた事はあっという間に広がるだろう。皆心配してるだろうな…。だが…
「いや、半年程ここに残って力をつける」
「ほう…修行を選ぶか」
「今イグナシアに戻った所で、またマイズに飛ばされたら同じ事の繰り返しだ。それに、ここなら他の目を気にせずめいいっぱい力を使えそうだ」
俺はチラッとエマを見る。エマは少し考えて頷いた。
「お母さんやお父さん、カルマ、ソフィア…今すぐにでも会いたい人はたくさんいるけど…その人達を守れるようにもっと強くならないとね。私もアレクの考えに賛成だよ」
「そうかそうか、まぁ勝手に頑張るんじゃぞー」
アルは手を振りながら部屋から出ようとする。
「アル、俺達に戦いを教えてくれ」
アルは俺達に背を向けたまま喋る。
「なぜ妾なのじゃ?妾はしがない魔術師じゃぞ?教えを乞われるようなものではない」
「俺が気付かないとでも思ったか?」
俺はアルの目を真っ直ぐ見て言う。
「"聖神龍アルテナ"」
「え!?」
どうやらエマは気付いてなかったみたいだ。
「ほう、妾が始祖の龍とな。なぜそう思う」
「あんたは博識だ。文献を見て得た知識じゃない、実際に見てきた、そんな感じだ。1000年以上生きる種族は限られる。なにより、アル、あんたからは気配も魔力も感じ取ることができない。完璧すぎる隠蔽魔術だ。極めつけはこの島の名前が"アルテナ島"だからだ。アルテナ島に1人の居住民、嫌でもそう考えるだろう」
ここまでヒントを散らばらしといて、気付かないはずが無い。冷静に考えればわかる。
「始祖の龍は人間に擬態できるというのも、そう思う1つの要素だな」
「ふむ。そこまでわかっておいてその不遜な態度はなんだ?妾は始祖の龍ぞ。生意気よのう。人間風情が」
アルから信じられない程の殺気を身に受ける。
「ぐっ…うぅ……」
「アレク!!ちょっとアルやめてよ!!」
「くそっ…!」
俺も負けじと殺気を放つがまるでそよ風のようで、アルは微動だにしない。
始祖の龍…殺気だけで立つことがままならなくなる…。なんて力だ…。
これが世界最高峰の力…まるで首を締められているような圧迫感だ。息が上手くできない、空気が震えている。
「やめてって言ってるじゃん!」
エマもアルに向けて殺気を放つ。しかし、アルの前ではエマの殺気など蚊ほどにもならない。
「小娘も妾に牙を向けるか」
「うぅ…」
エマも殺気を向けられ膝から崩れ落ちる。コツコツとアルが俺達に向かって歩き始める。
ここで心を折れば俺達はこれ以上強くはなれないだろう。相手が自分より圧倒的強者でも心だけは折るな。ジークに言った言葉を自分に言い聞かせる。
「ほう…」
「はぁ…はぁ…心は…折らない…」
俺とエマは震える足を抑えながら立ち上がった。
「妾の殺気に晒されながらも立つか。それにその目、死んでおらんな。生意気よのう」
「なっ…!?」
俺とエマがアルを認識した時は既に俺達の鳩尾にアルの拳がめり込んでいた。
「があ…」
「おお、貫くつもりで殴ったんじゃが。耐えたか」
俺とエマは気を失い、その場に倒れた。
「全く、世話のやけるやつらじゃ。妾に殺気を向けた罪はこれで許してやろう」
アルは俺とエマを両肩に担ぐ。
「はぁ…魔剣士と賢者か…。始祖の龍は基本世界には不干渉じゃが、まぁたまにはいいじゃろう」
ブツブツと呟きながらアルはその場を後にした。
◇◇◇
朝日が目に入る。
「ん…朝か…痛っ…」
服をめくり鳩尾を見ると拳型の痣ができていた。
「くそっ…あいつ本気で殴りやがった…」
「あれは2割程度の力じゃぞ。本気だと思わん方がいいの」
「うわぁ!?居たのかよ!」
「いちゃ悪いか?ここは妾の家じゃ」
アルはイタズラな笑顔を浮かべて俺を見た。
「うぅん…アレク……!?アル…!」
「うおっ」
エマは起きた途端俺を抱き寄せアルを睨みつけた。
「元気じゃのう」
「やめろ、エマ」
「なんで!?アルは悪い人だったんだ!」
「冷静になれよ、悪い人がなんで部屋で寝かせんだよ」
「あ…。いや、油断させるためかも!」
「アルが本気になれば俺達は1秒も経たないうちに殺されるよ」
「でも…」
エマは心配性だなぁ…。
「はぁ…俺がアルに教えを乞うたから、試したんだよ。教える程の価値があるかな」
「でも、思いっきり殴られた」
エマはプクッと頬を膨らませてアルをジト目で見た。
「いやー、興が乗ってのう。ついつい理不尽な悪い龍を演じすぎてしもうたんじゃ」
そのお陰で俺とエマは気絶したんだがな。
「んで、結果は」
「合格じゃ。妾が教えられることは教えよう。じゃが、時間は半年しかない。教えられる事は限られるぞ?」
「それで構わない。伝説の始祖の龍に教えて貰えるんだ。半年だけでも凄まじい経験になる」
アルはニヤリと笑った。
「早速特訓じゃ、表に出い」
俺とエマはアルの後ろに続いた。
◇◇◇
「しかし、改めて見るとこの島って中々にでかいな」
連れてこられたのは広い平原。奥には山脈が見える。
「そうじゃな、エノリス群島でも大きいほうじゃろう」
「へー」
「じゃから、お主らがどれだけ本気を出そうと問題ない。思う存分暴れろ」
「「え?」」
アルは俺とエマを見てニコリと笑った。
「殺しあえ!」
「「え!?」」
何言ってんだこの人…いやこの龍…。
「なんじゃーノリが悪いのぉ」
「いやいや、殺し合いはさすがに無理だろ」
「言葉の綾じゃ、死ぬ気で組み手しろってことじゃ」
「なら最初からそう言えよ…」
「なんか言うたか?」
アルの鋭い眼光が俺を射抜く。
「いえ…」
「まぁよい。実戦形式で思いっきり戦うのじゃ」
ひたすら組み手するのか、ローガンとやってる事同じだな。
俺は徐に夜桜を抜いた。
「おいおいアレク、お主は剣を使うな。魔術のみじゃ」
「え、なんで」
「なんでじゃないわい。エマは魔術師として完成しつつある。じゃが、アレクはまだまだじゃ」
「俺は魔剣士だ。剣の腕も磨かないと」
そう言うとアルはため息をついた。
「はぁ…最後まで話を聞け。逆に言えばお主は剣術が極まりつつある。無意識に剣術の鍛錬に力が入ったのじゃろう。この半年は魔術を徹底的に鍛える。良いな?」
「わかった。素振りくらいはしてもいいだろ?」
「ならん」
「なんでだよ!」
「たかが半年剣を握らんでもお主の実力なら直ぐに勘は戻る。魔剣士の土台である剣術は完成しつつあるんじゃ、その力を存分に発揮するために魔術を鍛える必要がある。わかるな?」
土台は完成している。あとは魔術の力を伸ばせば伸ばすほど俺の魔剣士としての力も強まるってことか。
「わかった。やるよ」
「よし」
「でも、なんでアルは俺とエマの力量がわかるんだ?俺はアルに剣術を披露したことないぞ」
「妾の龍眼があればお主らの実力なぞ筒抜けじゃ」
龍眼ってのがあるのか。なんでもありだな、始祖の龍って。
俺とエマは向かい合う。
「はぁ…さすがに勝てねぇよ…」
「そう?私はアレクに勝つビジョン見えないけど」
「俺を過大評価しすぎだ」
さすがにきついな…。雷魔術があるとはいえ、学生最強決定戦の時は剣術も使ってまじでギリギリだった。運が良かったのもあるだろう。
「さぁ、やるか」
「うん!かかってこーい!」
俺は全身に雷を纏い構える。エマは風を纏い構えた。エマは暴風を吹き荒らしている。風迅ってやつか。
「ふむ。エマは申し分ないのう、流石と言うべきか」
アルはエマの風迅を見て感心していた。
「おらぁ!!」
「はあぁ!!」
ドンッと俺達のぶつかり合う音が響く。最初から全力を出しているため目にも止まらぬ速さで衝突を繰り返す。
「ほう、あれがアレクが生み出したと言う新元素雷魔術か…新元素を生み出すなど始祖の龍でもできんぞ」
アルは感心しながら見ていた。
「じゃが、まだまだ荒いのう…」
2人の戦闘の様子を見てアルは目を細める。
「くっ…」
「アレク動きが鈍いよ?」
「うるせぇ」
幾度となく拳を合わせて来たが傷を負うのは俺だけだ。
エマの周囲に浮かぶ光の玉から放たれる光線が俺の肩を貫く。
「ぐっ…」
体が思うように動かない。もう少し出力を上げて…。
「隙だらけだよ!!」
「があっ…!!」
エマの風を纏った拳が俺の鳩尾にめり込み、俺は気を失った。
◇◇◇
「うっ…痛ってぇ…」
「起きた?」
後頭部に柔らかい感覚。膝枕されているようだ。
ボロ負けだ。剣術なしだとここまで差がついているのか…。ちょっとショックだ。
「…」
「拗ねないでよぉ」
「拗ねてない…」
「拗ねてる!!」
「不甲斐ないだけだ」
俺は不満げな顔をして顔を逸らした。
「ハッハッハ!!大人びておるが、アレクもまだまだ子供よのう!」
「うるせー」
「じゃが、これで自身の課題もわかったじゃろ」
自身の課題…。格闘魔術と言うより属性武装の質か。
「我流の剣術が強力な分、魔術が疎かになっていたのか」
「そーゆーことじゃ、お主の雷魔術も非常に強力じゃが、魔力の質は魔術の強さに直結する」
「魔力の質…」
「魔力の質は魔術を使い精度を上げれば上げるほど良くなる。お主が魔術を使うのは属性付与と属性武装が殆どじゃろう。魔術師に比べて魔力の使用頻度が少ない。自ずと剣術に偏っているのじゃ。まぁ、お主は魔剣士じゃ。剣術も魔術も鍛えねばならん、どちらかに偏ってしまうのは仕方ないということじゃよ」
なるほど。だから、偏った力を均等にする為にこの半年は魔術のみの鍛錬なんだろう。
「理屈はわかったよ。さ、続きだ」
「休まなくて大丈夫?」
「十分休んだよ」
俺とエマは平原に立ち、再び向かい合う。
「手加減しないからね」
「必要ない。次は俺が勝つ」
ボコボコにされた。
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