第80話 決戦準備
「おはっすー」
「おはよー」
俺とエマは気の抜けた挨拶で教室に入った。
「あー?なんかアレクとエマの幻影が見えるんだが」
「せんせー、幻影じゃなくて本物っぽいよ?」
イグナスのボケにエイダが返した。
「おいおい、なんでお前らがここにいるんだー?」
「急用があってな、イグナス先生今いいか?」
「見ての通り授業中だー」
授業中…ほとんど寝ているが。
「先生の昨日の出来事聞いたってつまんないよ!自習してるから行ってきなよ」
「ひ、ひでぇな…」
ジェイの言葉にイグナスはショックを受けたみたいだ。まぁ、おっさんの日記なんか聞いたってつまんないよな。
イグナスは渋々着いてきた。
「んでー、急用ってなんだー?」
「ここじゃ話せない。誰にも聞かれない場所ってどこだ」
俺の真剣な言葉にイグナスも真剣になった。
「そうか。他に誰に話すんだ?」
「ホグマン会長とルイーダ先生」
「なら、俺はルイーダを呼んでくる。話をするなら会長室が一番安全だ。先に行ってろ」
そう言ってイグナスはルイーダを呼びに職員室に向かった。
「イグナス先生っていつもあんな感じならいいのにね」
「そーゆーキャラだからな。ほっといてやれ」
そんな他愛もない会話をしながら会長室へ向かった。
◇◇◇
〜冒険者協会:会長室〜
「それで、なぜアレクサンダー君達はここにいる。留学中だろう」
イグナスとルイーダも合流し、開口一番ホグマンが聞いてきた。
「急用です。俺が今から言う事は他言無用でお願いします」
俺がそう言うと3人がジッと見てきた。
「確かな筋の情報です。1年以内にパンドラがスアレを侵攻します。それを報せ、対策をする為に留学を中止し戻ってきました。リオン皇帝陛下も了承済みです」
そう言い魔導袋から一通の手紙を取り出した。そこに書かれているのはランクアップの推薦と留学中止の届けだった。
「なんと…モルディオでパンドラの侵攻があったのか…?」
モルディオで起こったことを全て話した。
SS級冒険者アレイナとの出会い、騎士団長エルガノフの裏切り、最上位デーモンの出現。
「最上位デーモンが、7体も…?七つの大罪…。それら全てがパンドラに加担しているとなると、とてもじゃないが相手にできない…それが、スアレに侵攻してくると…?」
「いえ、最上位デーモンが全員侵攻してくる訳ではありません。スアレを攻略するのに全戦力を向けてくるとは思えませんし」
「そ、そうか…」
最上位デーモンの話を聞きホグマンは狼狽えているが、ルイーダとイグナスは平静を保っている。何か知っているのだろうか。
「それでアレク、確かな筋ってのは誰の事だ?」
イグナスが聞いてきた。当然の疑問だな。
「それは…」
さて、どうしたものか。平行世界の俺なんて言ってもしんじないだろう。
「平行世界のアレクだよ」
エマがドストレートに言ってしまった。エマの言葉に3人は怪訝な顔をした。
「冗談…ではないようだな。だが、そんな非現実的な事を言われても我々動けない。なにか現実的なものを提示して欲しい」
ホグマンは確実な証拠がほしいようだ。しかし、俺達にはこれだけしかない。平行世界の俺は切羽詰まっていたようだ。その様子を見れば本当だと分かるがどうしようもない。
「…俺達が提示できるのはこれだけしかありません。ですが、スアレが侵攻されるのは信じて欲しい…お願いします…」
俺とエマは頭を下げた。情に訴える作戦だ。さて、どうしたものか…。
「スアレが攻撃されるとなるとそれなりの戦力を動かす必要がある。軍を動かそうにもそんな根拠じゃ動かせないだろう」
ダメか…。ホグマンはともかくイグナスとルイーダはなんとか戦力にしたい…。
「俺は信じるぞ。アレク、詳しく聞かせろ」
「イグナス、信じるのか?」
「アレクがこんな冗談を言うはずないだろ。目を見ればわかる、本気だ。それに、アレクがこんな頼み事をするのは初めてだ。初めくらい信じてやっても良いだろ。もし嘘なら罰せばいい」
「イグナスが信じるなら、私も信じるよ」
「しかし、それだけで軍は…」
「軍は動かさなくていいだろ。信頼出来る冒険者達を集めて防衛に充てる。いくつかツテをあたってみる」
イグナスは良い奴だな。こんな突拍子もない話を信じてくれた。なんだかんだ俺を信用してくれてるみたいだ。
それに、ルイーダも。
「わ、わかった…私もツテをあたってみよう。アレクサンダー君、平行世界の話を聞かせてくれるか?」
「ええ、しかし、私は気を失ってましたので。エマ、話してくれ」
「うん!」
エマは平行世界の俺と話した時の話をした。
「いつものアレクじゃないって確信はあったよ。アレクの纏う空気が全然違ったから。あれは私達じゃ絶対に勝てない圧倒的強者の空気、正真正銘滅級だった。たぶん、イグナス先生でも勝てるかどうか」
へー、イグナスでもか、そりゃすごい。
「将来的なアレクなら有り得るだろうな。是非とも手合わせしたい」
無気の剣聖が闘志剥き出しにしてる。やめてくれ。
「にわかには信じ難いが…。カルマ君とソフィア君はどうした?」
「2人は国王陛下を説得に行っています」
「こ、国王陛下にも…これは信じざるを得ないな」
まぁ、国王相手にイグナシアがやばいよなんて冗談でも言えないよな。
「準備しておくに越したことはないな、私もできる限り準備しておく」
「イグナス、私はどうしたらいい?」
「ルイーダは強力な魔術師を集めてくれ。大々的に攻めてきた場合防御魔術を展開してもらう」
「りょーかい」
各々のやるべき事を確認し、俺とエマはひとまず寮に戻った。
◇◇◇
「ふぅ…この部屋も久しぶりだ」
「なんだか落ち着くねぇ」
俺とエマは俺の部屋でゴロゴロしている。俺がベッドに寝転がるとエマが乗っかってきた。
「んふふ、疲れが取れるー」
「忙しくなりそうだからなぁ、ゆっくり休んどけ」
俺がそう言うとエマは俺に抱きつき頬をスリスリしてきた。イチャイチャタイムが始まろうとしていた。
〔ガチャ〕
「アレク、エマ、話し合いが終わったぞ」
「ちょっと!カルマさん!ノック!」
「「あっ…」」
2人は俺達を見て固まった。
ベッドの上で熱く抱き合い顔を近づけている所にバッチリ鉢合わせた。
「カルマ…お前わざとやってるのか…?」
「カルマ…」
俺とエマの怒りがカルマにぶつけられた。
「わ、悪かった…」
「わかればよろしい」
カルマの頭には2つ分のたんこぶができている。
「それで、どうだった?」
国王陛下の説得は難しいだろう。根拠の無い自国のピンチだ。娘の言葉を信じたくても周りが許さいなだろう。
「恙無く終わりましたよ」
「え?あ、そう。すごいな」
すごいな。どうやって説き伏せたのだろうか。
「王直属近衛騎士団長のディールさんは嘘を見抜く特性を持っていますから。私達が嘘をついてないことは理解してくれました」
「へぇ…嘘を見抜く…すごいな」
「事を大事にしないように、私達が秘密裏に動くことを許可してくれました。緊急事態の際には王城であろうとスアレを自由に動いていいそうです」
なんとか第1段階はクリアなようだ。上手く協力を取り付けられたのは僥倖だ。
「ディールさんの特性のおかげでお父様に近付こうとする邪な心を持った者は淘汰されてきました。なので、イグナシアの貴族達は潔白と言えますね」
「わかった。じゃ、俺達は自身のレベルアップに努めよう」
俺達は来たるべき決戦に備え、鍛錬を始めた。
◇◇◇
アレクサンダー達がイグナシアに帰還してから1週間後…。
〜レディアの街〜
「おーい!ラルト!いるか!?」
朝っぱらから大きな声でラルトを呼ぶのはローガンだ。
「ローガン…でかい声出さなくてもノックすれば出るから」
「すまんな!お?ミシア!だいぶお腹も大きくなったな!男の子か?女の子か?」
ラルトの後ろからミシアが姿を見せた。
「まだわからないわ。それでどうしたの?」
「おお!そうだった!アレクから救援要請があってな!俺とミーヤはしばらくスアレにいる!それを伝えようと思ってな」
ローガンがそう言うと2人は不安そうな顔をした。
「アレクから救援…何かあったのかしら…」
「詳しい事は言えんが、何か起こるからそれの対策として呼ばれたらしいぞ」
「そうか。ローガン、アレクとエマをよろしく頼む」
「もちろんだ!任せておけ!」
ローガンは踵を返し、屋敷に戻った。
「なんだか…すごく不安だわ…」
ミシアがポツリと呟いた。
「お腹に子供がいるから、少しナイーブになってるだけだよ。あの子達なら大丈夫だ」
2人は一抹の不安を抱えながら、家に戻った。
ローガンは屋敷に戻り、身支度を整える。パンパンに膨れ上がったリュックを抱え、準備を終わらした。
「ローガンさん…いい加減魔導袋購入しては?」
「俺はこっちの方が身に合ってるんだよ」
「そうですか…」
ミーヤは呆れ気味に溜息をついた。
すると、荷物をゴソゴソ漁っていたローガンが荷物を漁りながら口を開いた。
「シリウス、入ってくる時はノックをしろ」
「久しぶりだな、ローガン。流石の気配察知能力だ」
そこに居たのは音も気配も消し、屋敷に入っていたSS級冒険者シリウス。侵入に気付いていたのはローガンだけだった。
「なっ…!?私のサーチに引っかからなかった…?」
ミーヤは飛び退き、手に持つ杖をシリウスに向けた。
「ミーヤ、そいつは俺の友人だ。杖を下ろせ」
「はい…。ノックもなしに入ってくるなんて非常識な人ですね…」
「ははっ!ひでぇ言われようだ」
「あんまり喧嘩売るなよミーヤ、そいつはSS級冒険者だ」
「SS級!?道理でサーチに引っかからない訳です…」
ミーヤは杖を下ろし一息ついた。
「神出鬼没な男がなんでこんな所にいるんだ?」
「神出鬼没だからどこにでも現れるさ。休暇ついでにイグナシアに帰郷したんだよ。スアレに居たんだが退屈でな、ついでにローガンの顔を拝みにきたって訳だ」
「なるほどな。アレイナはどうした?」
ローガンが聞くとシリウスはバツが悪そうに目を逸らした。
「喧嘩したのか…」
「まぁな、俺のことは良い、なんでお前はそんな大荷物背負ってんだ?」
ローガンの様子を見てシリウスが聞いた。
「ん?ああ、これはアレクから救援要請があってな、スアレに行くんだ」
アレクと聞いてシリウスは怪訝な顔をした。
「アレク…忘却のことか?」
「おお!知ってるのか?」
「ああ、アレイナが最近までモルディオに居たからな、あいつらはモルディオで留学中のはずだろ」
「詳しくは言えないが色々あって戻ってきたらしい。それでなにやら戦力が必要らしく俺とミーヤが呼ばれたんだ」
シリウスは顎に手を当てなにやら考えている。
「そうか。てか、ド田舎の騎士隊長様でも忘却の魔剣士のことは知ってるんだな」
シリウスの言葉にローガンとミーヤはポカンとしていた。
「知ってるも何も、アレクとエマ…。忘却と暴嵐はレディア出身だからな。俺達の弟子でもあるぞ」
「そうだったのか。素性不明の忘却の魔剣士について少しわかったな」
「シリウスほど素性不明の男は知らんが、アレクがレディア出身ってのは割かし有名だぞ?」
「そ、そうか…」
2人は話しながら表に出た。その後ろをトコトコとミーヤがついて行く。玄関先では頬を膨らませたアレイナが待っていた。
「久しぶりだな。アレイナ、あんまり喧嘩するなよ?」
「久しぶりローガン、全部シリウスが悪いから」
「何回も謝ってるだろ…」
「しらない」
「はぁ…」
ローガンの大荷物を見てアレイナが不思議そうな顔をした。
「どうしたの?どっか行くの?」
アレイナの問にローガンはシリウスと同じように説明した。
「って訳だ。詳しいことを話せずすまんな。お前らも着いてくるか?」
「いや、せっかくの休暇だ。のんびりする」
「そうか」
シリウスはそう答えたが、アレイナは違った。
「私も行く!!」
「アレイナ?俺達には関係ない事だ」
「シリウスには言ってない。別にシリウスは残ればいいじゃん。私は行くから」
「えぇ…」
アレイナはローガン達の横に並んだ。
「……一緒に来てくれたら、この間言ったこと許してあげる…」
「………わかったよ!行くよ!」
アレイナの言葉にシリウスも渋々ついて行くことを決意した。
「ガハハ!!お前達2人がいれば何が来ようと怖くないな!!」
「私だけ蚊帳の外です…」
4人は馬車に乗り込み、王都スアレへ馬車を走らせた。
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