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忘却の魔剣士~また、君を見つけるまで~  作者: KUZAKI
第六章 モルディオ帝国
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第75話 ジークバルト・モルディオ

 

 エルガノフが刃を向ける少し前…


 〜謁見の間〜


「今日来る貴族の情報はあるか?」


 リオン皇帝はラングに聞いた。


「はい、デイナ魔導国のブエイム子爵だとお聞きしています」

「デイナ…?モルディオから1000km以上も離れた国が一体何用だ」

「詳しい話は直接お話したいと仰っておりまして」

「ふむ。怪しいが聞くだけは聞こう。厳重に監視するように」

「かしこまりました」


 デイナ魔導国。

 モルディオ帝国の北西に位置する国家で、主に魔導具の研究をしている。その魔導具の発展は素晴らしい物で、自らを魔導国家と名乗るほどである。イグナシアやモルディオにある魔導具はほとんどデイナ産。


 リオン皇帝は一抹の不安を抱えながら、謁見を待った。

 しばらくして、謁見の時間になった。


 玉座にはリオン皇帝、その左後ろに宰相、右後ろにエルガノフ、後方には皇帝一家が並んでいる。

 扉が開くと、一人の男が入ってきた。

 黒いローブを身にまとい、フードを深く被っている。その姿に皇帝は顔を顰めた。


「俺との謁見だというのに、その身なりはなんだ?顔を見せよ」


 腹の底に響くような声でリオン皇帝がブエイム子爵に言った。


「わはは。すみません、このフードは呪いがかかっておりまして。顔を見せようにも、見せれないのです」


 ブエイム子爵は何食わぬ口調で淡々と言った。


「で、あるならば今回は大目に見よう。して、おまえの要件とはなんだ」


 リオン皇帝の質問に、ブエイム子爵はニヤリと笑った。


「そうですね…リオン・モルディオ皇帝陛下、あなたには死んでもらいます」

「なに…?」


 皇帝の右後ろに待機していたエルガノフは剣を振り上げた。

 皇帝、ラング共にエルガノフの事を心から信用していた。その為、ラングは反応が1歩遅れてしまった。

 エルガノフの凶刃がリオン皇帝を襲う。しかし、この事態をいち早く察していた男がいた。


 〔ガキン!!〕

「エルガノフ団長…これは、どういうことですか…」


 凶刃を受け止めたのはジークバルトだった。そして、場面は戻る。


「皇族の方々には死んでいただく」


 エルガノフのその言葉に皇帝は怒りを顕にした。


「エル!!どういうつもりだ!!なぜお前が俺に刃を向ける!」


 リオン皇帝とエルガノフは幼馴染だ。イグナシアで言う、ヨハネス国王とイグナスの様な関係だ。


「リオン、お前では俺の欲を満たせんのだ。覇道を歩む、戦士たる欲求を」

「なんだと…?お前は生涯俺の剣になると!約束したでは無いか!」

「そんな馬鹿なことも言ったな…。だが、どうやら俺は騎士であるより自ら戦いに赴く戦士でありたいようだ」


 リオン皇帝の言葉は最早エルガノフには届かない。リオン皇帝は唇をかみしめ、エルガノフを睨む。


「騎士達よ!!エルガノフを捕らえよ!!そして、そのブエイムという男もだ!!」


 皇帝は謁見の間にいる騎士に呼びかけた。しかし、


 〔バタバタバタ…〕

「どういう事だ…なぜ、騎士達が全員倒れる…?」


 立っていた騎士達は全員倒れた。ラングが確認すると、騎士達は全員死んでいた。


「俺も馬鹿じゃない。騎士達の朝食に毒を仕込むなど朝飯前よ」

「貴様…!」


 その様子を見ていたブエイムが口を開いた。


「皇帝陛下が死ねば、この国はパンドラの傀儡となる。そして、新たな皇帝はエルガノフだ。エルガノフの望みは世界に覇を称えること。他国の侵略を辞めたモルディオ帝国では物足りないという事だ」


 ブエイムは皇帝が死んだその後を嬉々として語っている。


「そういう事だリオン。国を保守する事に力を入れているお前では俺の欲求を満たせんのだ」


 その言葉にリオン皇帝は呆れた。


「傀儡の皇帝か…哀れだな」

「ふっ、哀れだと…?」


 リオン皇帝の言葉にエルガノフは言い返した。


「俺とお前は幼少から剣の技術を磨き、互いに高め合ってきた。昔、夢見てたな。『世界を手に入れたい』と」

「昔の馬鹿な子供の夢だ。それを今でも考えていると?」

「そうだ。俺はお前のその夢を支えるためにお前の剣となったのだ。それがなんだ。他国の侵略もしない。イグナシアとは友好関係のまま、防衛の設備のみ強化する」


 エルガノフの口から語られるのは、呆れと嘲笑だった。


「いや、わかっているぞリオン。お前がなぜ腑抜けになったのか」

「…」


 エルガノフの言葉にリオン皇帝は俯いた。


「お前がオリビアと婚約したすぐくらいだったか?15の時だ。お前は帝位を次の月に受け継ぐ予定だった。お前は侵略の下見だと俺と共に隣国のキーダ王国に行ったな。

 そして、お前はその国の最高戦力である、虎剣流滅級の剣士に喧嘩を売り、完膚なきまでに叩きのめされた」


 皇帝の知られざる過去にその場にいた子供達は驚いていた。いつも威厳ある父の、失敗などした所を見たことがない父の、知られざる過去。


「お前はそれがトラウマになり、剣すら握ることが叶わなくなった。俺と共に剣の腕を磨く事もできなくなった。お前は皇帝になり、偽りの威厳で民衆を率い、偽りの力で他国を牽制していた。それが滑稽と言わずなんと言う」


 エルガノフは再び剣先をリオン皇帝に向けた。


「俺を哀れと言うならば、お前は滑稽だ。リオン、お前を殺し、民衆にお前の首を晒す。そして、俺が次の皇帝だと知らしめる。イグナシアとの友好も破棄だ。俺は世界に覇を称える!」

「夢物語だ。キーダには滅級剣士、イグナシアには勇者の末裔、ミアレスがピンチとなればその両方が加勢に来るだろう。貴様はそれでも戦うと?」


 リオン皇帝の言葉を聞き、エルガノフは笑った。


「はっはっは!!!戦場で死ねるなら戦士の誉だ!!腰抜けで腑抜けのお前とは違うのだよ!!」


 エルガノフの高笑いが謁見の間に響き渡る。


「だまれ」

「なに…?」

「だまれと言っている」


 そう言ったのはジークバルトだった。


「父様を笑うな。皇帝陛下を…笑うな…!」

「ジーク…」


 ジークバルトはリオン皇帝の前に立ち、剣先をエルガノフに向けた。


「父様が稽古をつけると木剣を握った時、その手は震えていた。なんとなく察した、父様は戦えないのだと…」


 ジークバルトは察していた。自分が産まれる前から父は既に戦える体では無かったことを。


「それでも!強くある為に!この国を守るために!偽りの威厳であろうと必死でこの国を支えてきた!!その行いを誰が笑う!!僕は心の底から父様を尊敬している!!それを1番近くで見てきたお前が父様を笑うなど許せない!!!」


 ジークバルトの怒りは限界を超えていた。


「ほう、許せないか。許せないのであればどうする?」


 エルガノフは挑発するように笑った。


「皇帝陛下に代わり、皇太子ジークバルト・モルディオが貴様を粛清する」


 そう言い、ジークバルトは剣を構えた。そして、エルガノフはニヤリと笑った。


「ブエイム、お前はクリーチャーを率いて謁見の間を守っていろ。誰にも邪魔はさせるな」

「へいへい、エルガノフ新皇帝陛下ー」


 ブエイムの言葉にエルガノフは上機嫌になった。


「ジークよ。父親が滑稽であるならば、その子供は更に滑稽だな。忘却の魔剣士のお陰でそこそこ強くなったようだが、超越級の俺に適うとでも?」

「滑稽か…僕からしたら、僕の剣の才能に恐れをなし、真面目に剣を教えなかった貴様の方が滑稽だ」


 エルガノフは額に青筋を作り、怒りを顕にした。


「良いだろう…殺してやる」


 エルガノフも剣を構えた。


「ジーク!やめろ!エルの実力は本物だ!上級のお前では勝てない!」

「僕は守るために強くなった。たとえこの命尽きようとも、家族は…僕が守る…!」

「ジーク…」


 後ろで様子を見ていたシャル、リラの2人はジークの背中がアレクサンダーと重なったように感じた。


「精神論はここまでだ。現実の話をしよう」

「ぐっ…!」


 エルガノフは一瞬でジークバルトに肉薄し、剣を振り下ろした。ジークバルトはなんとか受け止め、ギリギリと鍔迫り合いになる。


「勝てるのか、俺に?」

「ぐぅっ…!!これが超越級…!」


 エルガノフの圧倒的な力と威圧にジークバルトは押される。


「ぐっ…姉様!!母様!!僕より後ろに防御魔術を!!」


 その言葉を聞いた2人は防御魔術を展開した。


「ラング!父様を防御魔術内に!」

「はい!ご武運を!」

「ジーク!!」

「父様…僕は、負けませんよ。忘却の魔剣士の一番弟子ですから…!」


 ラングはリオン皇帝を防御魔術内に入れた。


「余所見とは余裕だな」

「がはっ…!」


 家族の安否に気を取られていた隙に鳩尾に蹴りを入れられた。


「ぐっ…虎剣流『虎頭断頭』!!」

「ほう、8歳にしては中々の威力だ」


 ジークバルトの技を軽々と受け止めた。


「虎剣流『虎頭断頭』」

「ぐあぁ…お、重い…!」


 エルガノフの虎剣流の技がジークバルトを襲う。力は圧倒的に差がついている。


「蛇剣流『明鏡止水』」

「なに…?」


 重すぎる一撃をなんとか受け流し、エルガノフに一撃を入れた。しかし、それはかすり傷程度だ。


「これは虚をつかれたな。まさか、他流派を使うとは。なるほど、忘却の魔剣士の弟子か。ならば、4流派を使うと考えた方が良さそうだな」


 エルガノフに隠していた、手の内が全て知られてしまった。今のような不意打ちはもうできない。


「はぁ!!!」


 ジークバルトはエルガノフに正面から肉薄し、剣を振り下ろす。金属のぶつかり合う音が謁見の間に絶えず響く。


「軽い軽い。8歳にしてはやる方だが、経験が浅い。力も無い。お前では俺に勝てない」

「ぐあっ!!」


 エルガノフはジークバルトの剣を弾き、顔面を殴った。


「力量、経験、体格差、全てにおいてまだまだだ。俺がお前の才能を恐れただと?笑止」

「ぐっ…がぁっ…」


 エルガノフは話しながら絶えずジークバルトを殴り蹴った。


「愚かな皇太子よ。お前は英雄になどなれない」


 そう言い、ジークバルトの肩に剣を突き刺した。


「ぐあああぁぁ!!!!」

「ジーク!!もうやめてくれエル!!」


 ボロボロになっていくジークを見て、リオン皇帝は耐えきれず懇願した。


「やめる?やめるはずないだろ。安心しろ、お前は家族全員殺したあと、絶望の縁で殺してやる」

「なぜそこまで恨む…!これほどまでに恨まれる事なのか!?」

「さあな。ただ、我慢の限界が来ただけだ」


 エルガノフの体からは瘴気が溢れている。


「瘴気…。お父様、エルガノフは瘴気で負の感情が抑えきれなくなり、このような凶行に及んだのだと思います」

「そうか…最早、手遅れか…」

「はい…」


 シャルの言葉にリオン皇帝は肩落とした。


「さて、皇太子の相手はもう飽きた。殺そう」

「ぐっ…」


 エルガノフは剣を引き抜き、ジークバルトの腹を蹴った。


「ほう…まだ立つか」


 ジークバルトは足をふらつかせながらも立ち上がった。


「ボロボロに…なっても。諦めない…なにかを守る…為には…相応の力がいる…。はぁ…はぁ…アレク兄さんなら…死んでも…諦めない…!!」


 頭から、口から、肩から血を流すジークバルトは既に満身創痍だ。

 対するエルガノフはほぼ無傷。勝機は無いに等しい。


「うあああああ!!!!」

「鷹剣流『疾風迅雷』!!」


 ジークバルトは鬼纏を限界を超えて纏い、目にも止まらぬ早さでエルガノフに肉薄した。


「速い!!だが、超越級を舐めるな!!」

「虎剣流『猛虎』!」


 エルガノフの剣はジークバルトの首を完全に捉えた。しかし、


「なんだ!?これは!分身…?」


 剣はジークバルトをすり抜け、ジークバルトの幻影は消えた。そして、ジークバルトは既にエルガノフの背後を取っていた。


「我流『龍剣降斬』!!!」


 翠色に揺らめく鬼纏のオーラは斬撃を拡張させ、擬似的にアレクサンダーの我流を再現した。


「ぐあああああ!!……あ?斬られてない?」


 しかし、その斬撃はエルガノフには届かなかった。限界を超えて使用した技は、まだジークバルトの体では使用できなかった。直前でジークバルトは力尽きてしまった。


「くっ…そ…あと、少し…身体が…動かない…」


 ジークバルトは倒れ伏し、涙を流す。


「なんだ、今のは…分身…?ジークバルトに魔術の適性はないはずだ…!それに、今の剣術は忘却の魔剣士の…」


 エルガノフはジークバルトの実力に戦慄する。


「まさか…今のは、ジークバルトの特性(ユニーク)…?」


 エルガノフの予想は当たっていた。

 ジークバルトが直前に作り出した分身は、ジークバルトの特性によって作り出されたものだった。

 ジークバルトの特性(ユニーク)、それは…


「生体エネルギーを放出できる特性…」


 生体エネルギーは本来、自身の強化にしか使用することができず、出来たとしても刃の大きさを拡張させる程度だ。

 ジークバルトの特性はその生体エネルギーを体外に放出することが可能になる。一見地味だが、それは剣士において多大な効果を発揮する。

 ジークバルトは自身の生体エネルギーを放出し、自分の幻影を作り出した。そして、それを囮に限界以上の鬼纏で即座に背後に回り、エルガノフを圧倒した。


「才能は本物だったか…。だが、これで本当に終わりだ」


 現実は甘くはなかった。エルガノフは剣を振り上げる。


「さらばだ、ジークバルト・モルディオ。時代が違えば良き戦友となれただろう」

「ジーク!!!!」


 エルガノフは剣を振り下ろした。リオン皇帝の叫びが謁見の間に木霊する。

 しかし、振り下ろした先に、ジークバルトはいなかった。


「ジーク…よく頑張ったな。さすが俺の弟子だ」

「アレク…兄さん…」


 目にも止まらぬ速さでジークバルトを抱きかかえ、窮地を救ったのはアレクサンダーだった。


「忘却の魔剣士…」

「エルガノフ、ジークに変わって俺がお前を殺してやる」


 アレクサンダーの殺気が場を満たし、言い表しようのない重圧が謁見の間にのしかかる。


「これがミアレスの英雄が発する殺気か。正に強者だ」

「だまれ、俺はお前と会話をする気は無い。かかってこい」


 アレクサンダーはそう言い剣先をエルガノフに向けた。


第75話ご閲覧いただきありがとうございます!


次話をお楽しみに!

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