第71話 囚われのリラ
「もっと速く動けるぞ、鬼纏の意識を疎かにするな」
「はい!」
カンッカンッと訓練場に木剣のぶつかり合う音が響く。
特訓を初めてから2ヶ月、ジークの成長速度は凄まじい。
現在は、虎剣流が上級、他流派は中級だ。
虎剣流は元々知識があったため、飲み込みも速く上級へはすぐに上がった。
僅か2ヶ月でこれほどとは…
10歳になる頃には超級も見えてくる。才能で言えばカルマ並だ。
「他流派へ切り替えの瞬間に隙ができる、その隙をどれだけ埋めていけるかが肝だ」
「はい!」
ジークの身体も筋肉がついてきて剣士らしくなってきた。
弱気な所も今では見なくなった。
身長も少し伸びたか?確か155cmくらいだったよな。
いやはや、子供の成長は早いですな。
俺もまだ子供だけど。
「今日はこのぐらいにしておくか」
「もう終わりですか?」
「ああ、昼からは自主練しててくれ」
「はい!兄さんはどうするのですか?」
ジークは最近アレクを付けずに兄さんと呼ぶようになってきた。
その呼び名にリオン皇帝とオリビア皇后が毎度毎度ニヤニヤしているが、色々企んでるのかもしれないな。
「俺は、たぶん用事ができる」
「たぶん?」
ジークは首を傾げながら、汗を拭いている。
俺達は居間に戻った。
すると、シャルが慌てた様子で俺達の元に来た。
「ア、アレク…!リラを見ていませんか…?」
やっぱりな、そろそろだと思った。
「見てないな。どうしたんだ?」
「昨日の夜から帰ってないみたいなんです…」
「はぁ…あれほど入り込むなと言ったのに…」
「では…やはり…」
リラはパンドラと繋がっている貴族に捕まったようだ。
「どうしましょう…お父様に…」
「そうだな、だが、大事にはしないようにしてくれ」
「でも!」
シャルは泣きそうな顔で俺を見る。
「大丈夫だ、俺達が助けに行く、安心して待ってろ。同じように陛下にも言っといてくれ」
「アレク…」
俺は優しくシャルの頭を撫でた。
「なるべく陛下の傍に居てくれ。混乱に乗じてなにか貴族連中がなにかするかもしれない」
「はい…!」
「兄さん!僕も行きます!」
「ジ、ジークはダメ!」
ジークの言葉をシャルが止めた。
「来るか?」
「アレク!?ダメです!ジークまで捕まったら…」
「シャル、あまり俺達を見くびるなよ」
「そういうつもりでは…」
俺の言葉にシャルが萎縮してしまった。
「シャル、この2ヶ月でジークは大きく成長した。何があっても守るから、心配なのはわかるが、シャルと同じようにジークもリラが心配なんだ」
そう言って再度シャルの頭を撫でた。
「はい…信じています…。ジーク、気をつけて…」
「はい!姉様もお父様をお願いします!」
俺とジークは急いで城を飛び出した。
「兄さん!2人で行くのですか!?」
「ああ、エマ、カルマ、ソフィアにはパンドラと繋がりのありそうな貴族連中を見張ってもらってる。異常があればすぐに対応できるように」
「なるほど、姉様が攫われた後でも動きがないということは、今僕達が向かってる貴族が…」
「そういうことだ、気を引き締めろ。ジーク、お前は立派な戦力だ」
「はい!」
ジークにとっては初の実戦だ。しかも、対人戦。
萎縮しなければいいが…
◇◇◇
アレクとジークが救出に向かう前夜…
リラはとある路地裏に居た。
「確か、ここで取引があるって言ってたよね…」
リラは物陰に隠れて、ターゲットが来るのを待っていた。
「モイスター男爵に目を付けたのは間違いなかったね…昨日もここでローブの男と話してたし…」
リラが情報を集めていた相手はモイスター男爵。
クリーチャー化したエルミンの家だ。
状況から考えて、モイスター家を疑うのは当然のこと。
計画に失敗したモイスター家に後が無く切羽詰まっている事を、リラは知らなかった。
後がない奴らが一番危険なことをリラは知らなかった。
すると、路地裏に太った低身長の中年が現れた。
(モイスター男爵だ…)
モイスター男爵の隣には騎士が居た。その騎士はモイスター男爵になにか耳打ちをした。
すると、
「うひっ、うひひっ!うひゃひゃひゃ!!」
突然、モイスター男爵は笑い始めた。
(な、なに急に…)
モイスターは高々に笑い、下卑た笑みを浮かべた。
「うひっ…気配も消せない、ド三流以下がコソコソと周りを嗅ぎ回っているのも…いい加減、面倒だ…」
(気配…!?うそ…バレたの…!?)
モイスターの首がグリンとリラが隠れている物陰に向いた。
「ひっ…」
リラは思わず声が漏れる。
気付くと、モイスターの隣にいた騎士がいなくなっていた。
「おまえか」
「うぐっ…!?」
既に、リラの後ろに回り込まれていた。
「主様、捕まえました」
「うひょ!?リラ第2皇女じゃないですか!これは運が良い!名誉挽回のチャンスだ!この娘を捕まえたとあらば、パンドラも再び信用してくれよう!」
「んん!!…ん!!」
リラは騎士に口を抑えられ、そのまま攫われた。
(ごめんなさい…アレク…みんな…。私は…)
◇◇◇
時は戻り、アレクとジークが救出に向かった所…
「モイスター男爵ですか…クリーチャー化したエルミンの家ですからね、疑うのも当然でしょう」
ジークも冷静に状況を見極めている。
「しかし、それだけ危険ということです。後がない人間は何をするかわからない…」
ジークはよく分かってるみたいだ。大した男だ。
「その通りだ。リラは詰めが甘い。頭は良いが、自信が過剰すぎるんだ…中途半端な力は破滅しか生まない…」
「…勉強になります…」
「スピードを上げるぞ」
「はい!」
俺達は一直線に全速力でモイスター家に向かう。
◇◇◇
〜モイスター家〜
リラは秘密の裏部屋に閉じ込められていた。
幸い、パンドラに献上すると言う理由で、まだ何もされていない。
扉の外からはモイスターの声が聞こえる。
「なんだと!?第2皇女の身柄など必要ないだと!?なぜだ!より帝国の中心に潜れると言うのに!」
パンドラはリラの身柄を要らないと言ったのだ。
パンドラは理解していた。ここでリラを操り帝国の中心に潜ったとしても、そこには忘却の魔剣士一行がいるということを。
「く、くそっ!くそくそ!」
モイスターの声はリラの部屋にも聴こえいた。
「うひっ…なら、もう必要ないな…!うひょ!うひっ!!」
ガチャっと扉が開く。
「こぉんなに美しい娘だ…。抱かんと勿体ないと言うものだ…うひっ!はぁ…はぁ…10代の娘を抱くのは久々だな…ああ…興奮してきた…」
「んんー!!んん!」
リラは口を布で縛られている為声が出せない。
リラは涙を流しながら身をよじる。
しかし、
「そんなに暴れるなよぉ…」
リラは身体を押さえつけられた。
そして、
〔ビリィ!!〕
「んー!!!んん!!」
モイスターは強引にリラの服を破り捨てた。
下着をつけた慎ましい胸と美しい柔肌が露わになる。
リラはワンピースを着ていたため、纏っていた衣服は下まで破けてしまう。
リラは下着だけになってしまった。
「うひょひょ!美しいなぁ…控えめな胸も私好みだぁ…はぁ…はぁ…もう我慢ならん…!」
モイスターの目は完全にイッている。
ヨダレをボトボトと垂らし、慌ててベルトを解き始めた。
(嫌だ…!こんな奴に…こんな…!嫌だ…ごめんなさい…助けて…アレク…!)
『き、奇襲だぁぁあ!!!!』
部屋の外が騒がしくなった。
すると、1人の騎士が駆けつけてきた。
「主様!奇襲です!忘却の魔剣士と皇太子が攻めてきました!」
「忘却の魔剣士〜?10やそこらのガキなど捨ておけ、あと、部屋に入ってくるな。私はお楽しみの途中だ」
そう言うと、リラの方を向いた。
「さぁ、続きをしよう…」
モイスターはリラに覆い被さった。
「ここか」
「なっ、忘却の…」
「邪魔だ」
俺は騎士の首を斬り落とした。
モイスターに抱かれそうになっているリラはボロボロと涙を流していた。
反省させる為とはいえ、胸糞悪い…
二度とやりたくないな。
「な、なんだ貴様ァ!!」
「忘却の魔剣士だ。リュークと言い貴様といい、帝国の貴族はこんなやつらばっかなのか?反吐が出る」
そう言い俺はモイスターに剣先を向けた。
◇◇◇
時は少し戻り、突入前。
「ここがモイスター家か」
「はい、どうしますか?」
「事態は一刻を争う、正面突破だ」
「はい!」
俺とジークは正面から屋敷に乗り込んだ。
「な、なんだお前達は!」
玄関前に居た騎士に止められる。
「ここに、第2皇女が居るだろ。救出に来た」
「第2皇女などいる訳がないだろ!」
「いや、気にするな。お前達の話を聞きに来た訳じゃない、リラを助けに来ただけだ。パンドラの操り人形共」
そう言い殺気を放つ。
騎士は萎縮したが、持ち直した。
「き、奇襲だぁぁあ!!!!」
「バレたと思ったらすぐこれか…もし俺が嘘言ってたらただの馬鹿だぞ」
「うるさい!殺してしまえばどうってことない!」
「殺せれば、だがな」
あらゆる所からゾロゾロと騎士達が出てきた。
数にして10…一個小隊くらいか。男爵程度の貴族だとこんだけしか居ないんだな。
俺は騎士に肉薄し、一瞬で首を斬り落とした。
そのまま、走り続ける。
「皇太子は殺すな!!生け捕りにして、パンドラに判断を仰ぐ!!」
「行くぞ、ジーク」
「はい!」
ジークは人と戦うのに引け目は無いようだ。肝が据わってるな。
俺達が玄関に入ろうとする目の前に1人の男が立ち塞がった。
「俺はモイスター男爵家騎士小隊隊長!セルグド…」
「退け」
「我流『龍流ノ舞』」
「な…にが……」
俺の太刀筋は正面に居た隊長と後ろにいた3人の首を流れるように斬り落とした。
「すごい…あれが、我流の剣術…」
ジークは俺の剣術に見とれていた。
「ジーク、残りの6人は任せたぞ」
「うぇ!?」
「多数相手の戦い方は教えただろ、大丈夫、お前ならできる!」
「はい!やります!」
ジークはその場に残り、残る騎士達を見回した。
みんな、ジークよりも体格は大きく、剣術も上級だ。
「へへ…残念だったな、落ちこぼれ皇太子。どうやら、捨て駒に使われたようだ。お前より女の方が大事だとよ」
ジークだけなら余裕だと言わんばかりに、1人の騎士が馬鹿にしながら、近づいた。
「黙れ」
「なん…」
ジークは不用意に近付いてきた騎士の首を斬り落とした。
そして、剣先を騎士達に向けた。
「僕は、皇太子ジークバルト・モルディオだ。皇帝陛下に代わり、僕が貴様らを粛清する」
「く、くそっ!やっちまえ!!」
騎士達は一瞬たじろぎ、ヤケクソにジークに向かっていった。
◇◇◇
後ろはジークに任し、俺はリラが捕まっている部屋でモイスター男爵と相対していた。
この状況でも、こいつはリラの上から退かない。
「へっ…へへっ!馬鹿が!うちには超級の騎士がいるんだよ!セルグド!出てこい賊だ!セルグド!」
「こいつの事か?」
俺はセルグドと呼ばれている騎士隊長の首をモイスターに投げた。
「ひっ、ひぃ…!!セルグド…!?」
やっとリラの上から退いてくれた。
リラは下着だけになっていた。
危うく、襲われる所だったのか…。
「リラ、立てるか?」
俺はリラの口の布を取った。
「う、うん…アレク!」
「うおっと」
リラが抱きついてきた。身体が震えている。
それもそうだ、怖い思いをさせてしまった。
本当に必要だったのか。これで良かったのか。そんな罪悪感が俺の頭をぐるぐる回る。
俺は自分のマントをリラに羽織らせる。
手を引き部屋から出ようとする。
「貴様!どこへ行く!その娘は私のものだ!」
モイスターがまだなにか喚いてるようだ。
「お前のものじゃねぇよ汚物が。失せろ」
「なんだとぉぉお!!」
お決まりの展開だな。
顔を真っ赤にさせたモイスターが剣を振りかざしてきた。
「はぁ…」
〔ガキンッ!〕
「なにっ!?ぐあぁっ!!」
俺は剣を弾き、弾いた剣をモイスターに突き刺した。
剣は貫通し、地面に突き刺さる。
「そこでじっとしてろ、お前には色々話してもらう」
そう言い再度モイスターを見る。
「なんだ…?」
「ガァァア…まだ…やれます…どうか…慈悲をぉぉ…」
モイスターは泡を吹き、そのまま倒れ、死んだ。
「チッ…口封じか…」
ヤツらはいつでも口を封じれるように、事前に毒を仕込んでいたのか…。
毒を飲むかどうかは、パンドラ側が決めるのか…。
「アレク!ジークも来てるの!?どうして!?」
「ああ、もう終わってる頃だろ」
「終わってるって!?ジーク!!」
リラは走って屋敷の外に出た。
「ジーク!!!」
「龍流ノ舞…っと、龍流ノ舞…!…いやぁ…やっぱアレク兄さんはかっこいいなぁ…我流の剣術…唯一無二の魔剣士…圧倒的だぁ…」
「ジ、ジーク…?」
「うわぁ!!姉様!?」
ジークは1人ニヤニヤしながら、ブツブツと何かを言っていた。
その周囲には騎士達の死体が転がっている。
「ジーク…姉が捕まってたってのに、余裕だな」
「ち、違います!兄さんを信じていたんです!ほら!現に救出してくれた!」
「あ、そう」
ジークはジタバタとなにか言っているが…
しっかり残りの騎士を倒したようだ。初の実戦で物怖じしない精神、そして、勝利を収める技量。
ジークはまだまだ伸びるな。
「ジーク!怪我を…」
「このぐらい平気ですよ!姉様!無事でよかった…」
「ジーク…強くなったね…」
2人は抱き合いお互いの無事に安堵した。
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