第60話 留学
「モルディオには来ないのか?」
リオン皇帝はまだ諦めていなかったようだ。
「申し訳ございませんが、イグナシアに居ることに大きな意味がありますので」
「そうか!!了解した!!」
やけにあっさり引き下がったな。
「さ!堅苦しい話は終わりだ!!君達も座りなさい!」
リオン皇帝がそう言うと後ろにいた3人が俺の横に座った。
エマは赤くなっている俺の顔を触った。
「痛い?でも、アレクがダメなんだよ」
「わかってるよ、ソフィアには感謝してる」
「はぁ…アレクさんが暴走するのには慣れました…」
「全くだ」
俺はそんなに暴走しないが。
「丁度いい時間だ!お昼にしよう!」
ヨハネス国王がそう言うと奥の部屋からメイド達が料理を運んできた。
メイドの額には薄ら汗が見える。
怖かったのだろうか。なんか申し訳ないな。
料理が運ばれた、皇帝と国王が食べたのを確認して俺達も食べた。
王国1の料理人が作った料理だ。
美味い、確かに美味い。
だが、ミシアの方が美味い。
つまり、王国1はミシアだったってことだな。
「一つ気になったのだが、モルディオの人間に殺されかけたのは2度目だって言っていたがあれはどういうことだ?」
どうやらリオン皇帝は決勝戦後の話を知らないようだ。
「皇帝陛下はサンズという剣士をご存知ですよね」
「サンズ…?ああ、リュークの倅だったな。あやつが無理矢理参加させたのか」
リュークの息子だったのかよ。そりゃ皇女にフラれるのも納得だ。
俺は決勝戦後の話をした。
「1度…死んだ…?そして、光の神子が残した魔術で蘇生を果たしたと…」
にわかには信じ難い。そういう顔をしている。
無理もない。アリアが死んだ時点でこの世に蘇生魔術は存在しない。
「信じよう。君達の顔がなによりの証拠だ」
「ありがとうございます」
そう言うとリオン皇帝は暗い顔をした。
「そうか…我が国の人間が…知らなかったとはいえ、どうやら俺は交渉できる立場ですら無かったのだな…改めて申し訳ない…」
「皇帝陛下が謝ることではありません。結果的に私は生きていますので、何も問題はありませんよ」
リオン皇帝は苦笑いした。
「ははは…まさか、娘と同じ歳の子供に慰められるとはな…。子供の成長は早い、俺も最近娘によく怒られるのだ…」
「リオンだけではないぞ!私もよくソフィア達に怒られる!」
なぜかヨハネス国王は誇らしげに胸を張った。
ソフィアの溜め息が聞こえた。
そこからは愚痴大会が始まる。
やれ貴族連中がどうだの、やれ財政状況がどうだの、1度出始めると止まらない。
酒が追加され、ヒートアップしている。
その矛先が俺に向くのも必然と言うものか。
「アレクサンダー!君は将来この国!いや!この世界を背負って立つ人間だァ!ここで君に投資しておくのも悪くないな!」
そう言ってリオン皇帝は魔導財布から金貨が入った麻袋を取り出した。
5万G入っている。
「受け取れぃ!!」
おいおい、子供にお小遣いあげるテンションでとんでもない金額出てきたぞ。
「いやいや、頂けませんよ」
「子供が遠慮するでなぁぁい!!」
「えぇ…」
俺はオドオドし、チラッと宰相を見た。
「受け取っていただいて大丈夫ですよ。陛下はお酒が入っても記憶はしっかり残っていますので」
「そ、そうですか…では…」
俺が麻袋に手を伸ばし掴んだ瞬間、リオン皇帝はニヤリとした。
「受け取ったな?」
はめられた…!
「おっとっとー、さすがに5万Gは出しすぎたかなぁ…これは何か一つ頼みをしてもバチは当たらんというものよ!」
何を要求してくるってんだ…
リオン皇帝は真剣な顔になり、言ってきた。
「アレクサンダー。1年でいい、留学という形でモルディオに来てはくれぬか。君のアドバイスを聞きたい」
そういうことか。
1年の留学…
「もちろん、君のパーティーメンバーも含めだ」
1年なら俺は大丈夫だが。
チラッと横の3人を見る。
「アレクに任せるよ」
「私もです」
「俺もだ」
全部俺任せかよ…
パーティーリーダーはこんなもんか。
「わかりました。その話お受けします」
そう言うとリオン皇帝は満面の笑みになった。
「そうか!それはよかった!」
上機嫌になったリオン皇帝はジョッキを持ち上げ流し込んだ。
この人本当に酔っていないのか?今までの演技だったのか?
「ラング!早急に手配を頼むぞ!国賓としてもてなせ!」
「陛下、留学という形では?」
「ぬっ、そうであったな…では、丁重にもてなすように」
「かしこまりました」
ラングは立ち上がり、部屋を出ようとする。
俺の横に来た時に立ち止まりボソッと耳打ちした。
「皇帝陛下は強靭な精神で酔いをコントロールすることが可能ですよ。あなたは中々に頭がキレる方だ。今後の参考にでも…」
「そ、そうですか…ありがとうございます」
酔いをコントロールってすごいな。これが一国の主か。只者じゃない。
「うへぇん…私はソフィアたんと1年も離れられないよォ…」
ヨハネス国王はそう言いながらソフィアに抱きつきスリスリしていた。
「おやめください…お父様…お恥ずかしい…」
ソフィアは苦笑いをしている。その額には青筋が見えている。これはキレてるな。
「さ!君達も飲め!」
「私達はまだ未成年です」
「そうであったな!何か飲み物を持つといい!」
そう言いリオン皇帝はジョッキを持ち上げた。
俺達もグラスを持ち上げる。
「イグナシアとモルディオの友好と発展に乾杯!!」
「「「「乾杯!」」」」
その後はリオン皇帝との食事会を楽しんだ。
いつまでもスリスリしているヨハネス国王にソフィアの鉄拳が炸裂したのは言うまでもない。
ヨハネス国王が完全に酔い潰れのをいい機会に、食事会はお開きとなった。
俺達は寮に戻り、共有スペースで寛いでいた。
「アレクサンダー」
後ろからイグナスが話しかけてきた。
「そういや、イグナス先生もいたんだっけ」
「えー、忘れてんじゃねーよ、まー、完全に空気だったが」
「どうしたんだ?」
イグナスは真剣な顔になった。
「イグナシアにあるパンドラの拠点を全て潰しておいた」
「え!?」
パンドラの拠点を…
「先生はパンドラに関してはノータッチじゃなかったの?」
エマが不思議そうに聞いた。
「アレクサンダーが死んだだろ。実害が出たんだ、黙って見過ごせるはずがない。」
「それもそうですね。では、イグナシアでパンドラの脅威は無くなったということですか?」
「一時的はな、だがあいつらはまた別の国に既に移っている」
ソフィアの言葉にそう返した。
別の国…このタイミングで言ってくるってことは…
「モルディオ帝国…」
「はぁ…そういうことだ…なんでお前らは危険が無くなったのに、危険なところに飛び込んで行くんだ…」
イグナスは溜息混じりに言った。
そんなこと言われたって。
「俺達は何も聞いてないぞ」
俺の心をカルマが代弁してくれた。
「皇帝陛下との食事会が終われば報せるつもりだったんだが、先にお前達の留学が決まってしまったんだよ…。今更断るわけにはいかないだろ。」
「そうだな」
イグナスの顔が険しい、心配しているのだろう。
「俺はイグナシアを1年も留守にすることはできない。つまり、お前達を守れないという事だ。ヤツらは貴族連中に目を付けているらしい。十分に警戒しておけ。」
「はいよー」
「危機感ねぇな…」
イグナスが頭を抱える。
「無理はするなよ、アレク」
「おう…ん?アレク?」
「あっ…いや」
「へー、やっとイグナス先生もアレクって呼んでくれるようになったかぁ」
俺がニヤニヤしながら言った。
3人もニヤニヤしながら見ている。
「お前らに釣られただけだ!お前の名前長ぇんだからアレクでもいいだろ!ばか!」
「はいはい」
「じゃあな!死ぬなよ!」
イグナスは怒りながらどっかに行った。
久々のツンデレイグナスだ。
「先生もアレクって呼びたくてうずうずしてたんだよ」
「それはそれで気持ち悪いな」
「酷くないですか?」
「もう寝ようぜ」
4人で少し談笑して、各部屋に戻った。
◇◇◇
俺は部屋に戻り、魔導袋からリュークが投げたナイフを取り出した。
変わらず妖しい光を放っている。
サンズはリュークの息子だった。
どちらも剣士なのに魔術である、呪術を使用できた。
ナイフの刃を注視する。
「これは…血…?」
ナイフの先端には血が滲んでいた。
「血の契約か…」
血の契約とは、主に魔導具を契約する時に使用される。
魔術師は魔力で契約出来るため必要ないが、剣士や戦士が魔導具の契約をする時に自分の血に含まれる生体エネルギーで契約するのだ。
カルマとソフィアも魔導袋を契約するときに、血の契約をしていた。
つまり、このナイフは魔導具という事だ。
こんな物が世に出回ったら大変なことになる。
しかし、どうやって作ったんだ?
再度注視する。
「……これは…魔法陣…?」
刃に薄ら魔法陣が描かれていた。
魔法陣のスペシャリストを俺は1人だけ知っている。
「マイズが作ったのか」
このナイフからは相当量の魔力を感じる。おそらく量産はできないな。
リューク一家は完全にパンドラと繋がっているな。
となると、結構深くまで帝国と繋がっている可能性がある。
イグナスの言う通り、しっかり警戒しておこう。
1年の留学だ。すぐに終わる。
「さて、モルディオ帝国はどんなとこかなー」
一抹の不安を抱えながらも、まだ見ぬ新天地に思いを馳せながら眠った。
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次話からは新章ですが、62話から1日1話昼の12時に更新に変更しますので把握よろしくお願いします!
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