第58話 モルディオ帝国の誘い
モルディオ帝国の皇帝から呼び出された。
なんでだ…
大会を見に来てたのか?
特別席にはヨハネス国王しか居なかったが。
「皆さん、皇帝陛下の前では礼儀を弁えてください。些細な事でも今後の関係悪化に繋がりかねません」
「わかってるよー」
「アレクさん!特にあなたに言ってるんです!」
「わ、わかってるって…」
ソフィアも流石に緊張しているようだな。
「ソフィアは皇帝に会ったことあるのか?」
「皇帝陛下です!!」
「は、はい…皇帝陛下…」
「はぁ…私が3歳位のときでしょうか。1度だけお会いした事があるはずです。幼かった私を可愛がってくれたと、お父様から聞いています。私は覚えていませんが。」
「へー、それ以降は会っていないのか」
「モルディオ帝国までは遠いですからね。今回も忘却の魔剣士が出場すると聞いて、駆け付けたそうですよ」
なるほど。
確か、モルディオ帝国は魔剣士の育成をしているとか。
それが上手くいっていないんだろう、だから、完成系に近づきつつある魔剣士に会っておきたいって魂胆か。
「ここからモルディオまでどのくらいかかるんだ?」
「そうですね、2週間程と聞いております」
「2週間か…長いな…」
「ええ、なのでこうしてお越しいただくことは珍しいのです」
「なるほど…」
「なのでくれぐれも!!」
「わかってるって!!!」
そんなに信用ないか?俺って。
場所はイグナシア城の応接室。
主に国賓が招かれた時に使用される部屋だ。
嫌だなぁ。
応接室の前に着いた。
緊張はしない。ただただ面倒なだけだ。
〔コンコンッ〕
「どちら様でしょうか」
中からは壮年の男性の声がした。
おそらく、宰相と言われてた人だろう。
「アレクサンダーでございます。リオン・モルディオ皇帝陛下にご挨拶に参りました」
あくまで自分から会いに来たという定を作るらしい。
「よい、入れ」
厳格な男性の声が聞こえた。
この人が皇帝陛下だろう。30代後半ってところかな?
「失礼します」
部屋に入った。
中央にあるソファには、獅子のような髪型で茶髪の男性、リオン・モルディオ皇帝がいた。
その後ろ左右には、細身で高身長の壮年の男性と肥満体型の如何にも成金って感じの背の低い中年の男性が立っていた。
俺達4人は膝を着く。
俺が前で、後ろでは3人が横並びになっている。
「お初にお目にかかります、モルディオ皇帝陛下。アレクサンダーと申します。後ろにおりますは私のパーティーメンバーでございます。ご同行をお許し下さい。」
「ほう…君が忘却の魔剣士か…良いぞ、面を上げよ」
1度目の言葉で上げてはいけない。
帝国での習わしらしい。
「良い、上げよ」
俺達4人は顔を上げた。
威厳のある風格が、纏う空気が違う。
強さの空気ではない。支配者…君主たる空気だ。
「後ろにおるのはソフィアではないか!美しくなった!」
「お久しぶりです。皇帝陛下、お褒めに預かり光栄です」
その顔はまるで孫を見るおじいちゃんだ。
おじいちゃんて歳ではないが。
「呼び出してすまないな、アレクサンダー。イグナシア王が来るまで、話はしばし待ってくれ」
「わかりました。では、横で待たせて頂きます」
そう言い俺達は出入口の横に並んだ。
国王がまだ来てないから、先にソファに座ってはいけない。
早く来てくれよ。気まずい。
俺達が横に並び直ぐにヨハネス国王がきた。
「おお、イグナシア王、久しいな」
「モルディオ皇帝も息災でなにより」
おお、国王がいつもより威厳がある。これが王である時のヨハネス国王陛下か。
国王の横にはイグナスもいた。
「イグナスも久しいな」
「はい、皇帝陛下もお元気そうで」
そう言うとぺこりと頭を下げた。
相変わらず気だるそうだ。
「………。」
「………。」
なんだこの重い空気…王2人が黙りこくってしまった。
「「ぷっ…!」」
「だーはっはっはっ!!やはり俺達にこういうのは似合わんな!ヨハネス!!」
「全くだリオン!!元気そうだな!!モルディオの酒は持参したか!?」
「もちろんだ!今夜は飲み明かそう!!」
(((え?)))
俺とエマとカルマは固まってしまった。
ソフィアは溜息をついている。
あの厳格な空気はどこへ行ったのやら。
どうやら、2人は大の仲良しらしい。
肩を組み笑っている。
「お父様…今は公務中ですよ…?」
「あ、ああ…そうかすまん…まぁフラットにいこう」
ソフィアに注意されたが、あくまでこのスタンスで行くみたいだ。
「皇帝陛下、アレクサンダー殿達が困っておりますよ」
「おお!そうか!すまんな!気楽にしてくれ!」
「はあ…」
後ろにいる宰相がリオン皇帝に注意した。
俺達は座るよう勧められ、俺はソファに座った。
3人は俺の後ろで横並びに立っている。
今回呼ばれたのは俺だけだかららしい。
正面には皇帝陛下、左の1人用のソファには国王陛下、その後ろにイグナスが立っている。
なんだこの状況…俺の場違い感が半端じゃない。
「呼び出してすまなかったな、アレクサンダー。色々話を聞きたくてな」
「いえ、予定もございませんので、お気になさらず。私で語れることであれば、語りましょう」
「がっはっは!そうか!実はな、モルディオでは魔剣士の育成をしているのだよ!しかし、それが上手くいかなくてな!」
やっぱりそう言う話か。
リオン皇帝の話を要約すると
魔術師の適性がある者に剣術の鍛錬を行ったそうだ。
しかし、ほとんどが剣術の才能がなく、理論を理解することすらできなかったそうだ。
1部理論を理解出来た者がいたが、それでも剣の腕は中級が関の山、それ以上の成長は見込めないらしい。
「君のように、魔術剣術共に超高レベルな魔剣士を育成することができなかった。君はどのような鍛錬をしたんだ?」
「そうですね。皇帝陛下が仰ったような、私も普通に剣術と魔術の鍛錬をしました。そこはモルディオ帝国とも変わりないと思います」
「なにか違う所はあるか?」
違う所…師匠の差?
ローガンは全流派超級剣士で
ミーヤは火属性が超越級の超越級魔術師だ。
しかし、モルディオ帝国が力を入れるプロジェクトだ。生半可な指導者は入れてないだろう。
「実は、私は生まれてから6歳までの記憶がありません」
モルディオ帝国の人達が驚く。
この話はヨハネス国王とイグナスは知っている。
「そうなのか…それで、忘却の魔剣士なのか?」
「おそらく、その2つ名は光の神子アリアが予言で思い浮かんだ名前だそうです」
「なるほどな…では、6歳から既に剣術と魔術の心得があったと」
「はい、その時には魔術は上級、剣術は中級まで扱えていました」
「6歳で既に…」
リオン皇帝は顎に手を当て考え始めた。
「…生まれ持った才能なのであろうな…この世界に魔剣士と呼ばれる戦士がアレクサンダー以外居ないのはそういうことであろう」
「諦めるのですか?」
後ろにいる宰相がリオン皇帝に声をかけた。
「やめてくれ、ラング。諦めようにも諦めれんよ。デューク引き続き冒険者学校でも育成に励んでくれ」
「へい!皇帝陛下!」
宰相はラングというらしい。
デュークと呼ばれた校長はてゴマをすりながら返事をした。
この男は威厳ある皇帝の横には似つかわしくないな。
「そうだなぁ…だが、魔剣士は諦めきれん。どうだ?アレクサンダー、モルディオに越して来ぬか?」
そのリオン皇帝の一言に、イグナス、ヨハネス国王の2人がピクリと反応した。
「リオン、それは困るぞ」
「なぜだヨハネス、アレクサンダーは冒険者であろう、騎士であればこうもいかんが冒険者は基本自由だ」
「ぐっ…それはそうだ…」
おいおい国王、言い負かされてんじゃないよ。
「皇帝陛下、申し訳ありませんが、イグナシアを出る気はございません」
「き、貴様!皇帝陛下の誘いを断るとは無礼な!」
後ろにいる校長が割って入った。なんだこいつ。
「やめろリューク!」
「す、すみません…」
リオン皇帝がそれを制した。
「アレクサンダー、君が来てくれれば私達はそれ相応の待遇を用意しよう。」
「待遇ですか」
リオン皇帝の顔は真剣だ。本気の勧誘だな。真剣に考えなければ。
「私は君に貴族の爵位を用意しよう」
「皇帝陛下!?それはやりすぎでは!こんな小童に!」
またも校長が割って入った。
「リューク、お前はこの件に口出しをするな。いいな?」
「は、はいぃ…」
しかし、爵位の用意か。下からで言えば俺は冒険者だから騎士爵かな。
「子爵の位を用意する」
「し、子爵!?」
後ろの校長の反応がいちいち面倒臭いな。
リオン皇帝が睨み、黙り込んだ。
「子爵ですか…」
子爵はすごいな、いきなり国の中枢に関わってくるようになる。
本来であれば飛びつくところだが。
チラッとヨハネス国王を見ると、オロオロしている。
「質問よろしいですか?」
「なんなりと聞いてくれ」
「子爵になる際、エマを妻として迎え入れることは可能でしょうか」
俺の質問にリオン皇帝は難しい顔をした。
エマは顔を赤くして俯いているだろうな。
だが、答えはわかりきっている。
無理だ。
帝国においてなんの武功も立てていない人間をおいそれと子爵にできるはずがない。
なら、どうやって子爵になるか。
それ相応の地位を持った、貴族の娘を妻に迎え、自分がその家の当主となるのだ。
おそらく、子爵家にその都合に合う家があるのだろう。
「…無理だな」
やっぱり。
「では、お断りします」
「正妻は無理だが、第2夫人としてなら可能だぞ?」
「いえ、私はエマ以外の女性を妻にする気はありません」
俺としてもイグナシアに居ることに大きな意味がある。
ミシアやラルトはもちろん、ローガン、ミーヤ、冒険者学校のクラスメイト、その他にも大切な人はたくさんいる。
リオン皇帝はここまで言われることを予想していなかったのだろう。少し驚きたじろいでいる。
普通にモルディオはいい所だぞーって宣伝してくれる方が良かっただろうに。
まぁ、モルディオには行かないが。
「そ、そうか…では!仕方ない!我が娘達はどうだ!妻に娘達を迎え入れると公爵になれる!」
リオン皇帝も相当焦っているな、地位じゃない。エマが妻であることに意味がある。
「それでは、意味がありません」
「私の娘は自慢じゃないが、エマ君にも負けず劣らずの美貌だぞ!言うなればソフィア程だ!」
おお、それは確かに美しいな。だが…
「皇帝陛下、突然の発言をお許し下さい。私は、アレクサンダー様にフラれております。その手のお誘いは意味が無いかと…」
ソフィアが助け舟を出してくれた。
これ以上俺が断り続けるのが忍びないと思ってくれたのだろう。
「ソフィアでも…それほどまでに…」
「はい、私が愛せるのはエマと、今は亡きアリアだけです」
「そ、そうか…」
さて、この交渉はいつまで続くのだろうか。
第58話ご閲覧いただきありがとうございます!
次話をお楽しみに!




