第45話 鷹剣流元滅級剣士、登場
「黒刀、夜桜…綺麗な名前ですね」
「今回見たのは未来ではなかったんだな」
「ああ、まだ幼少の頃の俺だったな、たぶん記憶を失う前…」
事の発端は、ファナの一言だったな。未来の私が打った…か。俺が見たのは過去なのに、ファナは未来と…頭がこんがらがってきたな。考えるのはやめよう。
「アレクさんの記憶が戻りつつあるって言うのは進歩ですよね!」
「そうだね!」
ソフィアとエマが励ましてくれている。記憶が戻りつつあるって言うよりか、断片的に見えて、それは時間経過で薄れていく。今となっては女性と男性の声色も思い出せない。
「まぁ、なんにせよ、黒剣の名前は分かったってことだ。明日からは迷宮だ、備えよう」
3人は俺の言葉に頷いた。パメラが用意してくれた晩ご飯を平らげ、就寝の準備をする。
「アレクとエマは客室を使ってくれ。ソフィアは空き部屋が1つあるからそこを、ファナはもう自分の家に戻れ」
「今日はカルマの家に泊まるよ!お父さんにも言ってきてるから!」
「そ、そうか」
ファナはどうやらカルマの部屋で一緒に寝るらしい。俺とエマの客室は隣だ。
頼むから声は抑えてくれよ。
「なんでファナはカルマの家にいたんだ?」
「ん?花嫁修業だよ!カルマは冒険者だからね、家の事は私が全部しなきゃ!パメラさんに教えて貰ってるの!」
「へぇー、しっかりしてるんだな」
「わ、私も花嫁修業した方がいいのかな…!」
ファナが花嫁修業していると聞いて、エマは自分もしなきゃって思ったんだろうか。その必要はないと思うが。
「エマは必要ないだろ」
「なんで!?」
「王都に行く前は、ミシアさんから家事全般叩き込まれていただろ。言えばあれが花嫁修業みたいなもんだ」
そう、エマの女子力は並大抵の物じゃない。達人の域だ。料理然り、掃除洗濯然り、ミシアの厳しい修行を耐え抜き、レディアを出る頃にはミシアのお墨付きを貰っていた。
「へー、あれがそうなんだ。お母さんがめんどくさいから私にやらせてるのかと思った」
「ミシアさんに限ってそれはないだろ…」
そんなことを話しているとファナがエマの手を掴んだ。
「エマさんすごいね!もう家事全般できるんだ!今度お料理教えて!」
「うぇ!?う、うん…いいよ…!あと、エマで大丈夫だよ」
エマはまだ緊張気味だが、仲良くやれそうでよかった。
「わ、私だけ…置いてけぼりです…」
「え!?あ、ほら!ソフィアも料理ぐらい覚えていてもいいんじゃないかな!」
「そ、そうだよ!ソフィアさんにも良い人が現れるかも!」
ラブラブ空間に耐えきれず、ソフィアが愚痴を零した。それを慰めるべく2人は大慌てだな。ソフィアがチラッと俺を見て言った。
「はぁ…私の恋人は剣です!生涯独身でも構いません!でも、料理ぐらいは覚えてもいいですね…あと、ファナさん、ソフィアで大丈夫ですよ」
「そう?ならソフィア!一緒にエマから料理を習おうよ!」
「私も人に教えれる程じゃ…」
女子な空間が広がり、俺とカルマは蚊帳の外だ。
「アレク、明日迷宮行く前に道場に寄っていいか?」
「道場?ああ、カルマの師匠が居るとこか、いいぞ。俺も元滅級剣士は気になる」
そう言い俺とカルマは各部屋に戻った。
◇◇◇
俺がベッドで仰向けに寝ていると、部屋の扉が空いた。えらく上機嫌なエマが入ってきた。
そして、そのまま俺の上に乗り抱きついてきた。
「友達が増えてよかったな」
「うん!ファナすごくいい子だよ!」
俺の上で足をばたつかせながら喜んでいる。
「それに…今日はアレクと一緒に寝れる」
そう言ってエマの方からキスをした。大体俺からなんだが、余程嬉しいみたいだ。
そこからのイチャイチャタイムは留まることを知らない。
キスは当たり前、エマは匂いを嗅いで、スリスリして、まるで甘えたがりの小動物だ。
1度、前のような暴走をしかけたが、なんとか踏みとどまった。
「そろそろ寝るぞ」
「えー」
「えーじゃない」
そう言って俺は部屋の明かりを消した。
「おやすみ、エマ」
「おやすみ」
エマは俺の腕を枕にして眠り始めた。
真夜中…俺は目を覚ました。なにやらガタガタ音がするからだ。大体予想はついていた。
久々に帰ってきた愛しの彼氏、今日は泊まると宣言した彼女。
「はぁ…もっと静かにやってくれ…」
声は頑張って抑えているようだが、動いた時のベッドの音がこっちの部屋に響く。抑えきれてないファナの甘い声がたまに聞こえる。
ミシアは成人までダメと言っていたが、それはエマが冒険者だからだ。
ファナは冒険者ではない、花嫁修業中の村娘だ。鍛冶は子供が産まれてもできるだろう。
つまりは、カルマは我慢する必要が無いということだ。
「お盛んですなぁ…」
そう言い寝返りをうつとエマと目が合った。起きてたのか…
「ア、アレク…」
エマがモジモジしている。まぁ、隣の部屋でよろしくやっているのを知ったら目は覚めるよな。
「俺達はできないよ…」
「わかってる…」
そう言ってエマは俺にキスをしてきた。
「これで…我慢するから…」
もう一度、エマがキスをしてきた。次は大人なキスだ。それから何度か繰り返し、エマは落ち着いたようで、そのまま眠った。
エマは我慢できても、こっちはギリギリなんだが。
俺は眠れず、そのまま夜が明けた。
◇◇◇
翌朝、俺達はカルマの師匠がいる道場に向かっている。
「アレク…酷い隈だな」
「誰のせいだと思ってんだよ。ヤるならもう少し静かに頼む」
「え!?」
俺の一言にいつもクールなカルマが大声を上げて顔を真っ赤にした。
「あ、その…すまん」
「謝んなよ。余計虚しくなる」
カルマは俺がミシアからストップをかけられているいることを知っている。
「アレクは大変だな」
「大変だよ…」
そう言いカルマの肩を殴った。俺達の後ろでは女子3人が話をしている。
「あの…ファナ…夜はすごかったね…」
エマはいきなり昨日の夜の話をぶっ込んだ。
「え!?き、聞こえてた…?」
「うん…ばっちり…」
「え?なんのことですか?」
ソフィアは部屋が離れていたため聞こえていなかったようだ。
「なんでもないよ…ただファナが大人の階段を登ってるってこと」
「大人の階段…ふぇ!?ファナさん…すごい…」
エマの言葉の意味に気付いたソフィアは顔を赤くした。
「もう!からかわないでよ!エマだってアレクと毎日してるんでしょ?」
「し…してない…」
「してないの!?あんなにイチャイチャしてるのに?」
「あわわ…大人の会話です…」
ソフィアは2人の会話についていけず耳を塞いだ。
「お母さんに止められてるの、私冒険者でしょ?子供授かったら冒険者続けられなくなるし…アレクの目的の妨げになっちゃうかもしれない…」
「アレクの記憶ね…」
「でも、アレクが我慢できなくなったら受け入れていいよって言われてる」
エマの話を聞きファナがニヤニヤしながら聞いた。
「じゃ、誘惑したりするんだ?」
「うっ…まぁ…色々見えちゃいそうな服着たりしてるけど…」
それを聞きファナはアレクに感心した。
「それでも、我慢できるってすごい精神力だね、アレクって」
「うん…でも、それだけ大切にしてくれてるってことだから」
「そうだね!一緒に冒険できるって羨ましいなぁ」
「楽しいよ!」
そんな会話をしていたら、道場に到着した。
道場からは門下生達の掛け声が聞こえる。カルマは道場の扉を開けた。
「じいさんいるか?」
「カルマさん!お疲れ様です!師範なら奥で瞑想してますよ!」
「ありがとう」
そう言うとカルマは奥へ進んだ。俺達もその後をついて行く。そこにはスキンヘッドで長い髭を蓄えた老人がいた。
瞑想をしている。
「カルマか…それにファナ、あとは知らん気配じゃが相当にやるのぉ…特に真ん中の」
真ん中…俺だ。
師範と呼ばれる老人は瞑想をやめ、こちらを向いた。
「ふぉっふぉっ!強い気配じゃが、えらいべっぴんさんが2人もおるとはのぉ!眼福じゃい」
「じいさん、この人達は俺のパーティーメンバーだ」
俺達は順に自己紹介をした。
「儂の名前はモルガナ、気軽にモル爺って呼んでくれ」
モル爺は俺達をジッと見回した。
「ほう…ソフィアさんとやら、おまえさんもう"壁"が見えてきておるの」
壁…超越級の壁のことか、超級から超越級に上がる時に誰しもがぶつかる、剣士として最も高い壁だ。
「わ、わかるんですか…?」
「分かるとも、剣士として申し分ない素質じゃ、11歳でこれとは恐れ入る」
そして、俺をジッ見た。
「ふぉっふぉっふぉっ…アレクサンダーとやら、お主本当に11歳か?お主が纏うその空気、まさに猛者そのもの。同年代でカルマ以上の空気を纏う者は初めて見たのぉ…」
「剣術だけでは、カルマには敵いませんよ。」
「それは、"鷹剣流を使った場合"じゃろ?」
「…わかるんですか?」
すごいな、このじいさん。
俺は何も言ってない、カルマも俺の事をモル爺には話していないと言っていた。
さすが、元滅級だ。一目で俺が我流の剣士と見破った。
「我流…その技がお主を魔剣士たらしめるのだあろうな」
次はエマを見た。魔術師のこともわかるのか?
「エマさんと言ったかの…?お主…」
(ゴクリッ…)
「えらいべっぴんさんじゃのぉ!アレクサンダーの嫁さんかい?」
「え!?あ、いやまだ恋人です…」
「そうか!恋人か!初々しいのぉ!儂は魔術師のことはさっぱりじゃからの!」
陽気なじいさんだ…流石に魔力は感じないか。
「ただ、エマさんの纏う空気もまた、猛者じゃ。とんでもないカップルじゃわい…」
気配はしっかり感じ取っているみたいだ。猛者か…褒められるのは素直に嬉しい。エマもニコニコしている、嬉しいみたいだ。
「アレクサンダー、ちと老いぼれに付き合ってくれぬかの」
「なにをですか?」
「門下生を下がらせる。模擬戦でもどうじゃ?」
モル爺も戦闘狂かな?
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