第42話 束の間の休日
「腹減ったなぁ、なんか買ってこようかな」
寮に戻り、久しぶりに一人ぼっちの夜だ。レディアにいる時、寝る時は隣にエマがいた。
無性に腹が空く。アルカナム武具店で篭手を頼んだ後、エマと一緒に食事に行ったが、帰ってしばらく経つと小腹が空いてきた。
「もう寝よう」
不貞寝だ。寂しさを紛らわす為の作戦だ。一人ぼっちの冷たい布団が身に染みる。
「はぁ…」
溜め息が止まらなかった。
◇◇◇
翌朝
〔ドンドンドン!〕
「なんだ…?」
扉が叩かれている。
「アレク!なにしてるの!?もう学校始まってるよ!」
エマの声だ、学校…?
「入っていいぞー」
「え?寝起き!?」
「おー、今起きた。イグナス先生はなんて?」
怒ってるかなぁ、怒ってたらちょっと面倒だな。
「最近忙しいから仕方ない、リーダーとしての重圧もあるだろうってさ」
「そうか、呼びに来たのか?」
「うん、呼べたら呼んで来いって」
別に疲れてた訳じゃないんだが。エマの目覚ましがないからな。あれ?俺ってどうやって1人で起きてたんだっけ。
「……同棲ってできないかな」
「何言ってるんだか…今日はどうするの?休む?」
「いや、行くよ。たぶん先生怒ってるからな」
「そう?普通だと思うけど」
俺は学校に行く準備を始めた。
◇◇◇
「あはっす〜」
扉を開けてエマと共に教室に入った。
「おー、来たか。エマも悪かったな」
「いいよー」
大体3時間の遅刻か、大遅刻だな。午前の授業はあと1時間か。
「忘却の魔剣士様、ミアレスの英雄、次はレディアを救った英雄かー、さすがですなぁ、アレクサンダー君?」
イグナスが気持ち悪い口調で話しかけてきた。
「いやー、冒険者として自分を管理するのは当然のはずだがー?」
「悪かった」
「おー?悪かったか、アレクサンダーが素直に謝るのは珍しい。反省してるみたいだな」
「当たり前だ」
やっぱり怒ってんじゃねーか。怒っていたら俺が来ないって考えて、エマには優しくしてたな。してやられた。
エマが目を逸らす。
「アレクサンダー、いい機会だ。お前、今日は1日休め」
「嫌だ、クエスト行って強いヤツと戦う」
「嫌じゃねーよ、休めって言ってんだ、これはお前が遅刻した罰だ。いいな?」
「はぁ…はいよ」
クエストに行けないなら今日は1日特訓だな。
「訓練もダメだぞ」
「なんでだよ!」
「あのな、入学してから、ランガン、キメラ、上位デーモン、Sランクモンスター、1年でワンシーズンに1回格上と戦いまくるバカはお前らくらいなんだよ!」
上位デーモンはイグナスのせいだがな。
「頑張りすぎだ、今日1日だけで良い、休め」
「休まなくても体力は回復してる」
「体力は、な。お前の精神の問題だ」
精神?
「治癒魔術じゃ、精神の摩耗は治せない。自分は気付かないだけで、いつかは精神が壊れる。これはお前だけの問題じゃない、お前はパーティーのリーダーだ。しっかり自分も管理しろ」
「…わかった」
精神の摩耗か…考えたことなかったな。確かにここ最近カルマやソフィアにも訓練を止められていたっけな。あいつらは気づいていたのか。
「はぁ、午後から暇になるな。エマ?」
「私も…アレクの心が消耗してるのは、気付いてた…」
「そうなのか…」
「でも、私が無理に止めたらアレクが嫌がるんじゃないかって…」
「大丈夫だ、自分には分からないことに気付いてくれる人は貴重だ。今度からは遠慮なく言ってくれ」
「うん…」
イグナスのつまらない午前授業が再開した。
◇◇◇
「ふぁ…よく寝た」
午前の授業が終わった。
「先生、暇なんだ。なんかおもしろいことない?」
篭手を取りに行くのは夕方だ、それまで暇で仕方ない。俺を暇人にした責任を取ってもらわないとな。
「あー?おもしろいこと?」
イグナスは顎に手を当てて考えている。
「あー、そういえば、午後から今年の特待生が模擬戦をするってルイーダが言ってたなー」
「特待生?午後からクエストにはいかないんだな」
「なんか、試験結果がほぼ僅差だったらしくてなー、決着をつけるらしいぞ。ルイーダに見学の許可取っといてやるよー、場所はお前らが試験に使ったスタジアムだ。それでいいだろー?」
「ああ、いい暇つぶしになるよ。ありがとう」
「よせやい」
イグナスは少し照れながら教室から出ていった。
「カルマとソフィアはどうするんだ?」
後ろにいた2人に話しかけた。
「俺達も先生から休めと言われている。俺も一緒に行く」
「私もご一緒します」
「そうか」
エマをチラッと見る。
「ん?早く行こうよ!」
聞くまでもなかったな。
◇◇◇
俺達は昼食を済ませ、スタジアムに来た。
「ここに来るのも1年ぶりだな」
「あの時は人でごった返してたね」
当然、今はガランとしている。俺達はスタジアムの観客席に入った。見回してみると、舞台には新入生10人がなにやら話している。ルールを決めてるのだろうか。
観客席にはルイーダが座っていた。
「ルイーダ先生」
「お!アレクサンダー君!パーティーみんなで来たんだね!」
「はい、今日はイグナス先生の無理矢理で休みになったので」
皮肉たっぷりに言ってやった。
「ははっ、そう言ってあげないで。あれでも君のことすごく心配してたんだから!私も君の精神については不安に思っていたよ」
「そうですか、ご心配をお掛けしました。ところで、今年の特待生はルイーダ先生が担任なんですね」
「そうだよー、冒険者の教師は人手不足だからね」
そんな会話をルイーダとしていると、舞台の新入生達がざわつきだした。こっちを見ている。
「お、おい…あの人達って…」
「ああ、去年の剣術部門の首席カルマさんに次席ソフィアさんだ…」
「そして、黒のマントを羽織った2人は…」
「ミアレスの英雄、忘却の魔剣士アレクサンダーさんと暴嵐の魔術師エマさんだ…」
「あの人達、この間はレディアの街を救ったらしいぞ…」
「エマさん…ソフィアさん…美しい…」
「アレクサンダー様…カルマ様……かっこよすぎます…」
俺達の存在に気付いてザワついてたみたいだ。
「ね!!アレク!聞いた!?」
「なにが?」
「私の2つ名変わってる!!暴嵐の魔術師だって!」
「そういやそうだな」
エマは。ミアレスから帰ってきてから、これ見よがしに風魔術ばかり使っていたから自然とそういう2つ名になったんだな。
俺は相変わらずだ。忘却って俺の事情知らない人はなんのこっちゃだろうな。
「俺もそろそろ2つ名がほしいな」
「私もほしいです。お2人ばかりずるいです」
「ずるいって言ったって…」
カルマが羨ましがってる。ソフィアは頬を膨らませているが
こればかりは勝手に付いてくるものだ、どうしようもない。
「君達は若い世代の憧れだからねぇ、冒険者になって僅か1年でA級下位まだ上がり、数々の困難を打破し、成長を続ける。羨望の眼差しも悪くないでしょ?」
「先生。若い世代って、俺達も若いですよ」
「はははっ!イグナスみたいな事言わないでよ!君とイグナスはどことなく似ているね!」
「一緒にしないで下さい」
ルイーダに爆笑された。似ているとは心外な。俺はあんな適当じゃないやい。
「今年の特待生のレベルはどんな感じですか?」
「魔術首席は火が上級で、その他は中級だよ。剣術首席は虎剣流上級」
「そうですか」
「物足りなく感じるかい?」
入学当初のエイダと同じレベルか。剣術は上級と言っていたが、まだレベルが低い、ルーカスほどだろうか。
「ええ、まぁ」
「去年が異常すぎたからね。君達4人は正に規格外だ。ソフィアさんは入学して直ぐに超級に覚醒してたしね。そして、その規格外の更に規格外がアレクサンダー君だよ。魔術剣術共に優れた人なんて聞いたことがない。今年の特待生は普通ならレベルは高い方なんだ。」
なるほど、俺達のレベルが異常に高かったのか。規格外と言われるほどに。
すると、1人の特待生がこちらに向かって口を開いた。
「アレクサンダーさん!僕と模擬戦をしてくれませんか!」
いきなり挑戦状か。
「お、おい…!何言ってるんだ…!」
「またとないチャンスだぞ…!いいのか!?」
「そ、それは…」
もう1人の腰に剣を挿した生徒がこっちを見た。
「お、俺ともお願いします!!」
俺は4人を見た。
「せっかくだから受けてあげたら?」
「それでは、首席同士でどうでしょう!」
「俺は問題ないぞ」
俺は特待生達の方を見た。
「いいぞ、カルマも一緒でいいか?」
「え!?カルマさんもいいんですか?」
「ああ、問題ない」
「やったー!!!言ってみるもんだ!!」
俺とカルマは舞台に上がり、新入生達の前に立った。新入生は息を飲み、俺達を見ていた。
「こ、これが、超級でも、更に上の者が纏う空気…」
「すごい圧だ…」
俺に挑戦状を叩きつけた新入生を見た。
「君は魔術の首席か?名前は?」
「はい!サラトガです!」
「魔術か剣術、それとも魔剣士。どれがいい?」
「ま、魔剣士でお願いします…!」
カルマはもう1人を見て言った。
「君は?」
「剣術首席!ザザです!」
サラトガとザザか、いい目をしている。
「いい覚悟だ。じゃ、始めようか」
そう言い俺とカルマは木剣を取り2人に対峙した。そして、俺とカルマは全力の威圧を放つ。
「うぅ…なんだこれ…」
「重すぎる…すごい威圧だ…」
サラトガとザザの後ろにいた新入生達は全員腰を抜かした。
しかし、2人は耐えている。
「おお…いいね」
「中々見所がありそうだ」
俺達はただ構えていた。先に動いたのは、サラトガだ。
「う、うぉぉおお!!」
「上級火魔術『ヘル・フレア』!」
いきなり上級か、いい判断だな。
「いいか、サラトガ。魔術の真髄は、発想力だ」
そう言いながら俺は、立ち上る火の中から無傷で出てきた。
「無傷…!?」
「風を体に纏い、火を受け流したんだ」
「くっ…」
「だが、この技も万能じゃない。今言っただろ?発想力だ」
「発想力…?」
俺は火を纏わせた剣先をサラトガに向け、その剣先に魔力を集中させた。
「これは、今おまえが使ったヘル・フレアと同じ魔力量だ。火を圧縮させて撃ち出す」
剣先から放たれた熱線はサラトガの頬を掠めた。
「これを使えば、風を纏った相手でも通用する。まぁ、魔力を集中させる間にやられないようにな」
「ま、参りました…」
サラトガは圧倒的な力を前に降参を宣言した。残るはカルマとザザだ。
「うぉぉおお!!」
「虎剣流『虎頭断頭』!!」
ザザがカルマに肉薄し、技を放つ。
しかし、容易くカルマに受け止められる。
「素早さ、力強さ共に悪くないな。だが、剣士同士の戦いで重要なのは駆け引きだ」
そう言い、カルマはザザの剣を弾き返した。ザザは弾き返された勢いで、仰け反ってしまう。
「鷹剣流『疾風』」
早すぎる斬撃が、ザザの脇を捉えた。
「み、見えなかった…」
「無闇に突っ込む前に、次の手を考えるのは大切な事だ」
「参りました…」
2人が降参を宣言した。模擬戦は終了だ。サラトガとザザは目に見えて落ち込んでいる。
「ここまで惨敗してしまった僕達は首席とは名乗れません…」
サラトガが落ち込んでそう呟いた。
「何言ってんだ、おまえらは十分首席としての力はあるぞ?」
「え?でも…」
「今の状況がなによりの証拠だ」
2人は周りを見回した。
「後ろのやつらはアレクと俺の威圧で立つことすら出来なかった。おまえらは倒れることなく立ち向かった」
カルマが言い聞かすように言った。
「サラトガ、ザザ。おまえらはまだまだ強くなれる。慢心するなよ?常に努力し続けろ」
「「はい!!」」
俺の言葉に2人は元気よく返事をした。俺達はエマとソフィアの元に戻った。
「かっこよかったね!先輩!」
「からかうなよ」
「カルマさんも素晴らしかったです!」
「ありがとう」
どうやら、決着をつける必要がなくなったようで新入生たちは片付けを始めた。
「俺達も帰ろう」
「そうだね!」
俺達はスタジアムを後にした。
「アレクサンダーさんかっこよかったな…」
「カルマさんもかっこよかった…」
「頑張ろうぜ、ザザ」
「当たり前だ、サラトガ」
2人は憧れに追い付く為、更に強くなる決意を固めた。
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