第16話 ソフィアの覚悟
「ソフィア、おまえが戦え」
イグナスはソフィアに言う。
その場に居合わせ騎士が叫ぶ。
「ちょ、ちょっと!イグナスさん!?ソフィア王女が戦わずとも、貴方なら一瞬でしょう!?」
「俺は教師なんでな、生徒の成長を見守るのも仕事だ。ソフィア、どうする?」
「やります!」
ソフィアは即答だった。
「し、しかし、国王陛下がお怒りになりますよ!?」
「冒険者は常に危険と隣り合わせだ。ソフィアは立派な冒険者だが?」
「それとこれとは話が…」
「いい加減黙れよ…?」
「ぐっ…!?」
イグナスのとてつもない威圧が場を支配する。
「はぁ…聞き分けの悪いやつは嫌いなんだ。俺ができるって言ったらできんだよ。反論あるやつは?」
「い、息が…くるし…」
「これが…SS級冒険者の…威圧…」
「…わ…わかりました!この場は…貴方にお任せしますす…」
「はぁ、最初からそう言えばいいのに。めんどくせー」
「ただ、この事は国王陛下にご報告させて頂きます!」
「はいはい、チクリ結構、好きなだけ報告してくれー」
イグナスがそう言うと騎士たちは下がった。ソフィアが剣を持ち、ファルモディア男爵が居る方を見ていた。
「ソフィア、おまえに言っておく」
「はい」
「この戦い、俺は一切手を出さない。あのデカデブにおまえがどんだけボコられようが、助けを求めようが、俺は手を出すつもりは無い。」
「はい、わかっています」
「ほんとにわかっているか?死を目の前にした時の人間の行動は単純だ。そこを越えられないと、おまえに未来はない。『決死の覚悟』で挑め!」
「はい!」
イグナスは後ろに下がり。ソフィアを見守る。
(ん?アレクサンダーの気配が弱まったと思えばとてつもなく強くなった…?あの野郎、まだ何か隠してやがったか。それに、あいつも一皮剥けたようだ)
学校での気配を探っていたイグナスはそう思った。
「ぐふっぐふふ、ぐふふっ、国王殺す。オデの国だ。みんな殺す。ぐふ、ぐふふ」
デカデブことクリーチャーに変異したファルモディア男爵がソフィアへ迫った。
「ぐふふふふふふっ、可愛い女の子。スンスン、良い匂い。ぐふっぐふふ」
「虎剣流『岩斬』!!」
ソフィアがファルモディアに攻撃を仕掛けた。しかし、
「か、硬いっ…!」
「ん、ちょち痛い。乱暴する子はダメだよ。ぐふっ、お仕置」
「なっ…はやい…!!」
ファルモディアの薙ぎ払いを躱しきれず、腕を掠める。
「ふぅ…見た目に惑わされてはダメ。相手は超級。素早さもパワーも私より上」
そう呟き、剣を構える。しかし、一瞬でファルモディアが肉薄し、その拳がソフィアを捉える。
「ぐはっ…!!」
「ぐふっ、弱いね。弱い。オデが強すぎ。ぐふっ」
殴り飛ばされ壁に激突する。
すんでのところで、防御できたためダメージを抑えることができた。
「はぁあああ!!!」
ソフィアはファルモディアへ詰め寄りひたすら攻撃する。だが、ファルモディアの身体には傷一つつかない。その後も攻撃を繰り返すが、刃が通らない。
「硬すぎる…!これなら!」
「虎剣流『六ツ三日月』!!」
6つに分裂した三日月型の斬撃が、ファルモディアを襲う。
「いでででで!!うぅ、怒ったぞ!!」
「ぐっ!?」
ファルモディアの拳はソフィアの脇腹を捉える。
「ま、まだ終わらないよ、ぐふっ」
「かはっ…!」
ファルモディアは立て直そうとするソフィアの鳩尾に蹴りを入れた。再び壁に激突する。
「うわぁぁあ!!!」
ソフィアはヤケクソ気味になりながら、無謀な突撃をする。
ファルモディアの硬い身体に傷はつかない。
「なんで…!なんで!なんで!私は強くならなければいけないのに!毎日こんなに剣を振っているのに!なんで!」
ソフィアの本心が吐露する。ポロポロと彼女の目からは涙が落ちる。
「私は…超級へは…いけない…あの人達と共にある資格は…ない…」
ソフィアの気力は失せていった。
肉薄していたソフィアをファルモディアは叩きつけるように殴った。頭から大量に血が流れる。動けない。
ファルモディアはソフィアの頭を掴み持ち上げた。
「ぐふっ、可愛い顔が、ぐふっ台無しだね。ぐふふっ」
血だらけの顔を見てファルモディアは笑い、その手に力を込める。
「ぐぁぁああぁああ!!!!!!」
ソフィアの悲鳴が城内に響く。
(ここまでか…)
イグナスは自身の剣の柄に手をかける。
ソフィアの頭の中に色んな感情が込み上がる。
(勝てない…イグナス先生は動かない。このまま…握り潰される。ごめんなさい、お父様お母様。ごめんなさい。アレクさん、エマさん、カルマさん。私は…)
その時ソフィアは友の言葉を思い出していた。
『ソフィアが居ないと泣くから!』『君が居ないと始まらない』
『おまえの存在は必要不可欠だ』
「うぅぅあああぁぁぁぁあ!!!!死ねない!!」
ソフィアは叫び、ファルモディアの腕を切り落とした。
イグナスはニヤリと笑う。
「死ねない…こんなとこで死んだら…失望させてしまう…あの人達は…手を差し伸べてくれる…でも、それに甘えちゃダメだ!!あの人達の、背中を追いかけるだけじゃ…ダメだ!…横に並んで共に戦う為に!!憧れたあの人と共に戦う為に!!!!」
ソフィアの纏う空気が変わる。その瞳には強い意志が、決意が込められていた。
ソフィアは超級へと覚醒した。
「き、き、斬られても、治るもん。怒ったぞぉ!!」
ファルモディアが突進してくる。
「はぁぁぁあ!!!」(あの人のような、強い斬撃を!)
「虎剣流『猛虎』!!」
ソフィアは全力で技を放つ。
ソフィアの袈裟斬りは正確にファルモディアを捉え、首元の水晶と共に真っ二つにした。
「き、き、斬られても、なお、治ら、ない?あぁ、ああ!崩れ落ちちゃう!ち、ち、ち、力を得た、得たのに!?こ、こ、国王をころ、殺せない!?」
ファルモディアはそのまま岩屑になった。
力を出しきったソフィアはその場に倒れそうになるが、イグナスが受け止めた。
「よくやった。さすがだ」
そう言いソフィアを抱え、治癒魔術師の元へ向かった。
◇◇◇
王城の医務室。
倒れたソフィアをイグナスが治癒魔術師の元へ連れてきた。
「上級治癒魔術を掛けたので、あとは失った血が戻るのを待つだけだよ。今は寝ている状態だね」
魔術師が言う。
「おー、そうかー。ま、すぐ目覚ますだろ」
「はぁ…生徒に厳しくない?イグナス」
「んあ?愛のムチってやつだよ」
イグナスがそんな話をしていると、医務室の扉が急に開いた。
「ソフィア!!!あぁ、我が愛娘よ…無茶をして…」
国王ヨハネスが入ってきた。寝ているソフィアを抱きかかえる。
国王の後ろにはチクった騎士がいた。
「イグナス、話は騎士から聞いているよ」
「あー、そう。んじゃ、なんなりと」
「ありがとう」
「んあ?」
国王は責めるどころか頭を下げて感謝を述べた。それにはチクった騎士も驚いている。
「ソフィアが冒険者になると決意した時から、こうなる事は覚悟していた。超級へ覚醒する為に必要なことも、だから、ソフィアを信じてくれた君に、感謝を」
「おー、どういたしましてー」
「君も心配だったのに、よく我慢してくれたね?」
ニヤニヤしながらヨハネスがイグナスに言う。
「あー?心配なんざしてねーよ、死んだらそこまでだ」
そう言ってイグナスは両手を挙げた。
「ははっ、そうかい?なら、その手のひらはどうしたんだ?血が出るほど拳を握っていたみたいだけど?」
「うっ…ヨハネスおまえ、性格悪くなったな…」
「ははっ、そうかもね」
国王ヨハネスとイグナスは幼馴染だ。ヨハネスの剣術の稽古に、勇者の末裔であるイグナスも一緒に呼ばれることが多く、そこからは親友なんだとか。
この国でも、国王相手にここまで気軽に話す人物はイグナスしかいないだろう。
「うぅん…」
「ソフィア!!」
「お父様…?ここは、」
「ここは医務室だよ!よく頑張ったねソフィア」
「お、お父様、おやめください!!」
ヨハネスは起きたソフィアを抱きしめ頬をスリスリし始めた。
「いい加減にしてください!!」
「ご、ごめんよ、ソフィア」
「あー、イチャイチャしてるとこ悪いが、まだ午前の授業が残ってる。ソフィアも大丈夫そうなら帰っていいかー?」
「えー?まだ休息するよね?ソフィア」
「が、学校に戻ります」
悲しむ国王を横目にイグナスとソフィアは学校へ戻った。
◇◇◇
「ソフィア大丈夫かな…」
「大丈夫だろ、まだ短い付き合いだが、ソフィアの性格はだいたい分かってる。あいつならやるさ」
「ああ、何も心配はいらないだろう」
俺とエマとカルマはソフィアの身を案じていたが、それも杞憂に終わる。
「ほらな」
「この気配…ソフィア!?でも」
「超級の壁を…超えている」
そう話していると、教室の扉が開いた。
「みなさん!ただいま戻りました!」
「ソフィア!!おかえり!お疲れ様!」
「はい!エマさんも!」
王城からの要請を終え、イグナスとソフィアが帰ってきた。
「お疲れさん」
「アレクさん…」
ソフィアは王城での戦闘を思い出していた。
『憧れたあの人と共に戦う為に!!!!』
ソフィアは顔を赤くし、目を逸らした。
(べ、べつになにも恥ずかしいことは無いはずなのですが…なぜかアレクさんの顔を見れません…)
「どした?」
「い、いえなんでも…」
ソフィアは一体どうしたんだろうか。
「超級に覚醒したんだな」
「カルマさん!はい!なんとか上がれました!」
「これからが楽しみだな」
なんだよ、カルマには普通じゃないか。まぁ、超級になれたようでなによりだ。
これからの冒険が楽しみだ。
「おーい席つけよー。授業再開するぞー」
「なんだ、イグナス先生も帰ってきたのか」
「おー、一応おまえらの担任だからなー」
「なんの授業すんの?」
「そーだなー、冒険者学校設立についてとかかー?」
「カルマー、訓練場で剣術の訓練しようぜ」
俺とカルマが移動をしようとすると、クラス全員がついてきた。
「なんだよ、俺人気ねぇのなー」
「先生が人気ないんじゃくて、先生の授業が人気ないんだよ?」
「エマ…お前意外と辛辣だな…」
エマの言葉にイグナスは多少ショックを受けたらしい。
「じゃーもう好きにしろ自習だ。俺も楽でいい」
クラスメイトは訓練場へ走っていった。
「アレクサンダー」
「なに?」
イグナスに呼び止められた。
「今回の一件で、ソフィアは超級へと覚醒した。おまえにも何かしらの変化があるんじゃないのか?」
「…虎剣流が超級になった。」
「ソフィアには言わないのか?」
言おうかと考えたが、
「俺の超級とソフィアの超級じゃ、重さが違う。価値が違う。安易に言って、ソフィアを傷つけてしまうかもしれない」
俺がどう伝えようが、皮肉にしかならないかもしれない。
「その心配はないと思うぞ?王城からの帰り道、ソフィアはお前達のことを誇りであり、目標だと言っていた。今回の覚醒はお前達への想いが1番大きかっただろう。常に前を行けとは言わないさ。良いライバルで居てやれ」
イグナスにしては、いいこと言ったな。なら、ソフィアにドヤ顔で知らせよう。
「はい」
「お?初めて敬語つかったなー?」
「もう辞めた」
「なんだよ、まぁいいが。それともう1つ」
まだなにかあるのか。はやく訓練に行きたいんだが。
「王城にいる時、おまえの気配が大きく上がった時があった。あれはなんだ?」
「我流剣術、負担が大きすぎて乱用はできないけど」
「ほぇー、その歳で我流ねぇ。それについてローガンはなんか言ってたか?」
「一族秘伝か、門外不出の代物かって」
「なるほどなー機会があれば見てみたいものだな」
俺はイグナスとの会話を終え、訓練場へ走った。こうして、ファルモディア家狂乱事件は幕を閉じた。
◇◇◇
とある日の冒険者協会。
「会長!ホグマン会長!」
「どうした?」
受付嬢が慌てて会長室に入る。
「緊急クエストの発令依頼です!」
「なに!?内容は!」
「東の特異エリア、魔龍連山でワイバーンの大量発生です!」
新たな波乱がアレクたちに迫る。
第16話ご閲覧いただきありがとうございます!
次話をお楽しみに!




