第129話 新生活
卒業式から翌日、俺とエマは家でゴロゴロしている。今日はなにかと用事があるから冒険者活動は休みだ。
早起きしなくていいとは素晴らしい事だ。昼前まで寝ていても誰も文句を言わない。今日はエマに叩き起こされたが、十分寝ることが出来た。
「今日はミシアさん達が来るんだっけ?」
「うん。私達が結婚するから、お互いの家族でお食事会するんだって」
「なんだそれ。いつもやってる事じゃん」
「だよねー」
そんな事を話しているとリビングにアレイナが入ってきた。
「いつもの事だけど、これも大事なことなんだから。ちゃんと手順は踏まないと」
「えー、モンスター狩りに行きたい」
リヴァイアサンと戦ってからまだそれといった戦闘はしていない。シリウスと手合わせするくらいだ。
「ダーメ」
「えー」
「もうすぐ来るから、シャキッとして」
「えー、めんどくさ…ぐあっ!?」
駄々をこねるとアレイナの強化魔術を施した鉄拳が俺の脳天に直撃した。
「エマ?お料理机に並べてくれる?」
「は、はい…」
卒業したからってダラダラしすぎるのも良くないみたいだ…。
◇◇◇
ミシア達が到着したことでお食事会は開催された。
アレイナはミシアに料理を褒められ上機嫌、ラルトはミシアの冒険者時代の話を聞いて目を輝かせている。リルとアイリスは庭でキャッキャ遊んでいる。
「いつも通りの食事会じゃねえか」
「だね」
エマは苦笑いをしてその様子を見ている。
「ああ、そうだ」
すると、思い立ったようにラルトが顔を上げた。
「俺達、スアレに引っ越すから」
「え?そうなんですか?」
「お父さんのお仕事はどうするの?」
当然の疑問だ。俺達はラルトの猟師としての姿しか見てない。ここらへんは猟師をやるような場所はないが…。まさか、俺達のヒモになる気なのか…?いや、ラルトに限ってそれは絶対にないな。
「冒険者協会で働くよ?ローガンがホグマンさんに紹介してくれてね。人手が足りないみたいだから」
「お父さん事務仕事できるの!?大変だよ!?すぐ辞めちゃうよ!?」
「エ、エマ…」
父親に辛辣だな…。しかし、ラルトが事務ってのも意外だな。本当に出来るのだろうか。
「酷い言われようだ…」
肩を落とし落ち込むラルトにミシアが苦笑いしながら口を開く。
「お父さんは元々冒険者協会で働いてたのよ。冒険者や周りの人達から結構信頼あったのよ?」
「うそだー!」
「本当よ。私とも冒険者協会で出会ったのだから」
ミシアとラルトの馴れ初めか。伝説的パーティーの1人と一般人の馴れ初め…気になる…。
「私って500年前の戦いで力を殆ど使い切ったじゃない?しばらくは冒険者時代の貯蓄で不自由ない生活をできてたんだけど、流石に500年経っちゃうとね。
だから、私も冒険者協会で働くことにしたの」
「ミシアさんも冒険者協会で働いてたんですか?」
「冒険者やってたら選択肢は冒険者協会くらいしか無くなるのよ」
まぁ、確かに忙しいけど給料も良いし、冒険者やってらその道に進むか。シェリエもそうだったし。
「すぐ辞めちゃったけどね」
「そうなの?」
「うん、私がラルト…お父さんに一目惚れしちゃってねぇ、仕事どころじゃなくなったの」
まじか。ラルトが惚れたんじゃなくて、ミシアが惚れたのか。これは意外だ。
「お父さんは「嫁にするなら家事全般できる人がいい」って話を聞いて、家事全部できるようにしたの。そこからは私が必死にアピールして今に至るって感じかな」
「えぇ…」
ギャップが凄すぎて反応しずらい。あの完璧なまでの家事は全てラルトと結婚するためだけのものだったのか。
「じゃ、なんでお父さんは冒険者協会辞めたの?」
エマの質問に2人は顔を赤くした。
「そ、それはな、お母さんがもっと一緒に居る時間を増やして欲しいって言ったから…」
「そ、そうね…だって新婚よ?冒険者協会は帰ってくるの夜遅くだもの、それにお父さんも疲れきってたし…」
「「あ、そう…」」
ただの惚気かよ。若いって素晴らしいね。
「ま、まぁ、スアレ郊外に家も買ったし、エマとアレクが心配することは何一つないよ」
家買ったのか、せっかくなら2世帯住宅とかにしようと思ってたのに。予定変更だな。
その後は楽しく雑談して食事会は終わった。ミシア達は1ヶ月以内に引っ越してくるらしい。俺も早く家建てないとな。
◇◇◇
「アレク、ちょっとこい」
いつも通り道場で夜桜を振っているとシリウスに呼び出された。いつもなら道場でそのまま組手が始まるんだが、どうしたのだろうか。
「身体の調子はどうだ?」
「もう殆ど治ったよ。魔力回路も万全、前よりも頑強になってる」
「それはよかった」
「なにするんだ?」
「アレクの神域の力を試す」
なるほどな。確かに道場で神域解放したら大変なことになる。それこそ本当にシリウスとアレイナが離婚してしまうな。
俺とシリウスはいつもの山へ向かった。
「いやー、だいぶ景色がいいなぁ。あそこの山が無くなって日が差すようになったか?」
「うっ…や、やめろ…。あれは事故だ…」
「まぁいいじゃん。罰金300万で済んだんだし」
「良くねぇよ」
さて、シリウスも一通りいじったな。でも、神域の力を試すってどうするんだろう。
「神域の一撃を放てばいいのか?」
「バカか、次はアレクが300万払うことになるぞ」
「それはまずいな」
エマに愛想つかされちまう。
「簡単な話だ。神域に踏み込めばいい」
「簡単な話って…」
「俺の場合は『魔剣解放』だ。おそらくイグナスもそうだろう。アレクの場合はなんだ?」
俺の場合…。リヴァイアサンとの戦いで神域に到達した時の俺の状態は…。
「『赤雷出力90%以上』だな」
「できるか?」
「まだリスクはあるが、できないことは無い。でも、さじ加減を間違えたら龍化するかもな」
「そこは自分で何とかしろ」
「はいはい」
他人事だと思いやがって。龍化したら真っ先に襲ってやる。
「こい"エレノア"『魔剣解放』」
突然シリウスが魔剣解放し始めた。
「おい!なんでシリウスが魔剣解放すんだよ!」
「力を試すって言っただろ?」
「殺す気かよ…」
「死なないように気をつけろ」
「簡単に言いやがって」
シリウスの持つ【魔剣:エレノア】はバスタードソードから形状を変え、美しい日本刀へと変化した。
相変わらずとてつもない威圧感だ。だが、前よりずっと楽だ。俺も神域に到達したからか?前だったら立つのでやっとだったのに。
「ほら、アレクも」
「おう」
俺は身体の奥深くから一気に魔力を解放した。ビリビリと大気が痺れる。木々はざわめき始め、まるで山全体が震えているかのようだ。
そして、俺の体から猛々しい赤雷が轟音を立てて解き放たれる。
身体中から赤雷が迸り、髪の毛は逆立つ。黄色の瞳からさ赤い雷光が揺れる。
「90…%…。くっ…やっぱ…まだ安定しない…」
今の俺が神域に到達しているのは感覚でわかる。だが、力が安定しない。まだ完全には使いこなせないか。
「ぼさっとするな」
「くっ…」
シリウスが肉薄し、俺に向けてエレノアを振り下ろす。素早い太刀筋だ。鷹剣流の奥義にも匹敵するだろうか。
「魔剣技『炎帝』」
「ぐあっ…」
魔剣解放したエレノアの力は凄まじい。解放前とは威力が桁違いだ。3つだった火柱は5つに増え、俺の周囲を囲う。
「火には水だ」
「超越級水魔術『嵐』」
上空には巨大な分厚い雨雲が生成され、そこから凄まじい雷雨が吹き荒れる。俺が神域に到達しているからか、俺の魔術の威力も桁違いだ。
しかし、
「なっ!?」
「そんな雨如きで俺の炎を消せるわけ無いだろ」
吹き荒れる大雨はことごとく蒸発していく。水を簡単に蒸発させる程のとてつもない高熱。こんなのどうしろってんだよ。
「なら」
「超越級風魔術『暴嵐の刃』」
風魔術で生み出した巨大な風の刃は、火柱を全て真っ二つに切り裂き、消滅させた。
「やるな」
「まだまだ…!!」
俺はシリウスに肉薄する。
「我流『龍剣降斬』」
上段から夜桜を振り下ろす。赤雷を纏った斬撃はエレノアと衝突し、凄まじい火花を散らす。ジリジリとシリウスのエレノアを押すが、まだ力が足りない。
「はぁ…はぁ…」
「リヴァイアサンを倒した一撃は使わないのか?」
「シリウスみたいに山消したくないんでな…」
さすがに『龍神無想閃』は使えない。なによりあれは100%の力を使う必要がある。確実に龍化してしまう。
なら、今できる最大で…。
『覇龍赤雷』
夜桜を振り下ろすと赤雷は扇状に拡がり、シリウスを易々と包み込む。拡張された赤雷の斬撃はシリウスを正面から捉えた。
「これは、なかなか…」
「魔剣技『陽炎』」
「なっ!?」
シリウスの姿が揺れ動き、捉えたはずの斬撃は全く手応えがない。シリウスはそこにいるのに、捉えることができない。
「反則だろ…」
「諦める前に弱点を探せ」
弱点を探す余裕なんてねえよ…。
単発の攻撃を防がれるなら、多段攻撃だ。
「はあ!!」
俺は正面からシリウスに肉薄する。
「やけくそか?」
「言ってろ…」
激しい剣戟が繰り広げられる。互いの激しい衝突に木々はなぎ倒され、辺りは更地になっていく。
「我流『昇り龍」
「おっと」
俺の技は簡単に躱された。
「これで終わりだ」
シリウスは俺目掛けてエレノアを振り下ろす。しかし、それは幻影。ゆらりと煙のように消えた。
シリウスの背後に影が指す。
「その手は前も見た」
背後に回った俺に向かってシリウスは後ろ蹴りを放つ。
「なっ…」
だが、それも幻影。同じ手が2度通用するなんて思ってねえよ。
俺はシリウスの頭上まで跳んでいたのだ。
「取った!!」
俺は夜桜を振り下ろした。
「甘い」
「なっ」
捉えたと思ったシリウスの姿はゆらりと揺れまるで幻影のように歪み夜桜の刃を躱した。そこにいるのに、捉えられない。それはズルいだろ…。
「くっ」
俺は体勢を立て直し、再度夜桜を振るう。
〔ピリッ〕
「やべっ…!!」
くそ。コントロールが乱れた。思うように動けない。
「まだまだだな」
シリウスはエレノアを振り下ろし、俺の体を捉えた。今回は正真正銘本物の俺だ。
〔ズバッ〕
「ぐっ…!?」
まじかよ…。こいつ本当に斬りやがった…。
俺の体からは鮮血が溢れその場に倒れる。猛々しく迸っていた赤雷は解除された。
「まぁ、痛みを知るってのも経験だ。痛みがあるのとないのとじゃ得られる経験値が違う」
「……」
何言ってんだこいつ…。死んだら意味ないだろ。
「ん?早く治癒魔術を使え。死ぬぞ?」
冗談で言っているのか?いや、この顔はガチだな。真剣な顔して首を傾げてやがる。
「そん…な…魔…力…ある訳…ねぇだろ…」
赤雷の消費魔力はただでさえ多い。それに加え神域相手の立ち回り、攻撃、防御、全ての行動に細心の注意を払い魔力を消費したんだ。もう、ファイアーボール1発分程しか残ってない。
俺の言葉を聞き、シリウスの顔がみるみる青くなっていく。この顔知ってる、山を消し飛ばした時と同じ顔だ。ざまぁみろ。
「や、や、や、やばいやばい…。早くアレイナに…」
シリウスは俺を抱き上げ、猛スピードで山を下る。
やばい、意識が遠のく…。
あぁ…これからエマとイチャラブな日々を過ごす予定だったのに…。
化けて出てやる…。
◇◇◇
『……でしょ!?…………なの!?』
なんだ…?怒声…?これはアレイナの声か。
「ん…」
「あ、起きた?」
「エマ…」
「超級で治したからもう大丈夫だよ。赤雷のリスクで多少身体痛むだろうけど我慢してね」
「ああ、ありがとう……痛てて…」
どうやら俺は生きてるみたいだ。身体中が軋むように痛いが、大したことは無い。
『なんでいっつも後先考えないの!?』
アレイナの怒声が俺の部屋まで響いてる。
「怒られてるなー」
「シリウスはちょっとやりすぎちゃうからね」
「アレイナも大変だな」
エマから聞いた話だと、シリウスが血だらけの俺を抱えて帰って来た時アレイナは外出していた。たまたまエマが夕飯の準備をしていたから良かったものの、もしエマもいなかったら本当にヤバかったみたいだ。
モンスターに襲われたならともかく、身内がそんな重症を負わせた事がなによりも許せないらしく、ここ1時間くらいずっとあの調子らしい。
チラッとリビングを覗くと机の上には離婚届なる物が置かれていた。これはまずいな。2人は普段は超が付くほどの仲良しだ。一時の感情で別れてほしくない。
「仕方ない…フォローするか…」
「身体動く?」
「ああ、大丈夫。ありがとな、エマ」
エマの頭を撫でると嬉しそうに笑った。可愛いな、くそ。今すぐ抱きしめたい。が、優先すべきはあの2人だ。
「いい加減にしてよ!!いつもいつも!!」
「悪かったって…」
「その言葉も聞き飽きた!!」
おぉ、ヒートアップしてるねぇ。
「はいはいーそこまでー」
「アレク…もう動いていいの?」
「斬られた傷は治癒魔術で治ってるよ。神域のリスクが残ってるだけ」
「アレク…その…悪かった…」
シリウスがしおらしく頭を下げている。珍しい。これがアレイナの力か。
「謝るなよ。俺が弱かった、それだけの話だ。んで、これなに?」
俺は机の上にある離婚届を取った。
「それは…」
「アレイナ、本気で離婚する気も無いくせにこんなの持ち出してくるなよ。シリウスが可哀想だ」
「こ、今回は本気で考えてる。だって自分の子供を殺そうとするような人…」
「あれは事故だって。確かに、魔力の残量を頭に入れてなかったシリウスも悪いが、斬られないと思い切っていた俺にも非があるんだ。シリウスと離婚するなら、俺とも縁を切る事になるぞ」
「…」
アレイナは俯き黙り込んでしまった。
「これは要らないな」
手に持つ離婚届を火魔術で燃やした。
「俺の理想の夫婦は2人なんだ。一緒に色んなとこ冒険して、背中を任せ合って、何にも変え難い絆で結ばれてる。俺は2人みたいな夫婦になりたいよ。だから、こんな事で離婚するなんて言わないでくれ」
「アレク…」
アレイナはしばらく考えたあと、顔を上げた。
「シリウス」
「は、はい」
「今回の事は許してあげる。私も感情的になりすぎたごめんなさい」
「い、いや、アレイナが謝ることじゃ…」
「ただ、シリウスは誰かに教えるって向いてないよ。先生の真似事なんてやめたら?」
「はい…」
辛辣だ。だが、こんぐらいお灸を据えとかないとな。また山1つ消しかねない。
これにて一件落着。部屋で寝るか、身体痛いし。
部屋に戻るとエマがニヤニヤしながら待っていた。
「ふーん、アレクはあの2人みたいな夫婦になりたいんだぁ」
「良いだろ、別に。俺達も冒険者なんだから」
「そうだねぇー、2人みたいになれるといいね」
そう言いエマは俺の頬にキスをした。
そのまま、エマを押し倒したのは言うまでもない…。
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