第124話 開戦
決戦の日はやっという間にやってきた。
スアレからリルトキア島まで3日かかる。今日はスアレを出発する日だ。
「よし、行くか」
身支度を済まし、寮を出る。
「アレクに単独指名って珍しいね!」
「そうだな。物好きな人もいたもんだ」
エマ、ソフィア、カルマには天滅級と戦うことは言っていない。今日も『そこそこ強いモンスターの討伐依頼が単独指名できた』ってことにしている。
「ねぇ、アレク…」
「うおっと、どうした?」
急にエマが抱きついてきた。
「無茶しないでね…?」
「もう体も完全に治ったから心配ないよ」
「そうじゃないの…。なんていうか、胸がモヤモヤする…」
エマは無意識に勘づいているのかもしれない。俺が危険なところに行くってことを。
「大丈夫だ、帰りをまっててくれ」
俺はエマの額にキスをした。
「ソフィアも」
「アレクさん…」
ソフィアの額にもキスをして、強化魔術を纏った。
正直1ヶ月も時間を取ってしまったのは不味かったかもしれない。暴れだしたリヴァイアサンは周辺の村々を手当り次第襲っているらしい。そして、つい昨日港町シャニがリヴァイアサンの手で滅亡した。
馬車を使っていたらもっと被害が大きくなる。走っていくと1日半くらいは短縮できる。
「じゃ、行ってきます」
俺はそのまま街門から走り出した。
見送りには3人の他に事情を知るシリウス、アレイナ、イグナス、ヨハネスが来てくれた。
事情を知る人達の表情が暗かった為、エマもソフィアもカルマも辛気臭い感じになっていたが。
俺はやるべき事をやるだけだ。
◇◇◇
リルトキア島に近づけば近づくほど、強力な気配が漂ってくる。
走り続けて1日半、俺は港町シャニだった場所に着いた。
「なん…だ…これ…」
俺は1度だけシャニに来たことがある。8歳くらいの時にミシアとラルトが旅行だと言って連れてきてくれた。
漁業の栄え、光り輝く美しい海が見える活気溢れる街並みは一変、建物のほとんどは倒壊し、あちこちに死体が転がっている。
住民のものもあるが、比較的冒険者の死体が目立つ。足止めや討伐のために派遣されたのだろう。みんな恐らくS級上位だ。
「俺のせいか…?」
俺が1ヶ月の猶予を得てしまったから?いや、どっちみち被害は拡大していた。それに、俺が勝てる保証なんてどこにも無い。
「アレクサンダー君…?」
俺を呼ぶ声が背後から聞こえた。
「シェリエさん!?」
「ああ、やっぱり君か!!」
そこに居たのはS級上位冒険者シェリエだった。しかし、その見た目は変わり果てていた。
「その腕と脚は…」
「そう、リヴァイアサンの攻撃を受けてね。運良く命は助かったが…」
右腕と左脚が無くなっている。その瞳にももう闘志は宿っていない。
「ナニアさんは?」
「ナニアは今妊娠してるんだ。俺との子さ…。だから、死ねないんだ…この話が俺の元に来た時、俺もSS級冒険者に!なんて思ってたけど…現実はそう甘くないみたいだ…」
「では、なぜここへ?」
「冒険者協会から冒険者を1人派遣したって話を聞いてね、俺と同じ結末、より悪い結末を辿らないように諦めさせに来たんだ」
そうか。シェリエは天滅級の恐ろしさを知り、心が折れたんだ。それでも、これ以上冒険者の犠牲を増やさないために…。
「諦めさせたら、スアレに戻ってイグナスさんかシリウスさんにお願いしようと思ってたんだ。でも…」
「でも?」
「君が来た」
シェリエのその瞳には希望の光が宿っていた。
「俺は君が限界を超え、己が力を凌駕する敵に対して幾度となく勝利を収めた瞬間をこの目で見てきた。嫌でも期待してしまう。君が、大成するその瞬間を」
シェリエは残った左手で俺の肩を掴んだ。
「俺には君がこの大きな壁を乗り越え、冒険者の頂に立つ光景が見える。後は頼む」
「はい、任してください」
「その顔、その力、俺はそんな君に憧れた。リヴァイアサンはリルトキア島にいる。目の前に見える島だ。小舟で5分ほどで着くぞ、健闘を祈る」
シェリエはそのまま街の奥に消えていった。
「大きな壁を乗り越え、冒険者の頂きか…」
その頂きに立てるかどうかはわからないが。
崩壊した港には1隻の小舟が用意されてあった。
「必要ないな」
『アイシクル・フィールド』
発動した氷魔術は海の表面を凍らし、リルトキア島まて伸びていった。
1歩1歩とリルトキア島に近付いていく。顔を顰めたくなるような圧倒的な気配か段々と強く、濃くなってきた。
「デカい山だ」
島の中央には巨大な山があり、その山の中央は大きくくり抜かれており大きな湖がある。
「あの湖だな…」
あの湖だ。あそこにリヴァイアサンがいる。もはや気配を隠す気もないんだろう。それになんだ…、この憎悪に溢れた気配は。リヴァイアサンの身に一体なにが起こったんだ?
俺は湖の前に立った。
不思議な湖だ、水色に澄んだ湖からは薄ら魔力を感じる。確か、この湖は水神龍の水魔術で出来たものだったよな。だから魔力を感じるのか。
『愚かなネズミが1匹迷い込んでいるようだ』
湖から頭に響くような声が聞こえた。
「失礼だな。人間だ」
「なら、尚更駆除しなければ」
ザバンと水しぶきをあげ水色に輝く大きな蛇型の龍が姿を現した。
「おお…」
リヴァイアサンは幻獣の中でも特に美しいと有名だ。その話は嘘ではなかった。水色に輝く龍鱗は太陽に当たりその輝きを増している。青色に澄んだ瞳はまるでサファイアが如く美しい。
しかし、リヴァイアサンから放たれる憎悪に満ちた殺気により、その美しさは恐ろしさへと変わってしまう。
「貴様も我を殺しに来たか」
「まあな」
「ふむ。気配を完全に断っているのか、気付かないはずだ。それにその龍皮…色は違えどアルテナ様の物だ。どのようにして手に入れた」
リヴァイアサンの声には少し怒りが混じっている。俺がアルテナから無理矢理取ったとでも思ってるのだろうか。
「これはアルからの贈り物だ。これなら、わかるだろ?」
俺は龍の力を解放した。断っていた気配を解き放ちその場に龍の気配を漂わせる。
「ほう…我と同じ加護持ちか…なるほど、同じ加護持ちであれば我を殺せると…」
すると、リヴァイアサンは体をプルプルと震わせ始めた。その怒気が段々と増していく。
「加護持ちと言うだけで、年端も行かん童ごときに…神域にも至らん童ごときに…我を殺せると…舐められたものだ」
ギロリとリヴァイアサンが俺を睨みつける。
「ちょっと待て、お前と話がしたい」
「我は貴様と話すことなぞない」
リヴァイアサンは大きく口を開けると、強力な水の噴流を俺に放った。これを食らえばひとたまりもないだろうな。
『リフレクト』
「なに!?」
噴流は跳ね返り、リヴァイアサンの頬を掠めた。
「せっかちだなぁ、人の話くらい聞けよ。後でしっかり殺してやるから安心しろ」
「傲慢な童だ」
俺は夜桜を抜き取り、リヴァイアサンに肉薄する。振り上げた刀をそのまま振り下ろす。
〔ガンッ!!!〕
「硬ってぇな…」
「惰弱な攻撃で我に傷を付けられるとでも?」
「気にするな。ほんの小手調べだ」
相手は天滅級。出し惜しみする必要なんかない。
「ふっ…!!」
解き放たれた赤雷が戦場に轟く。
「まだだ…!!」
耐えうる限界まで出力を上げた。50%。俺が1ヶ月で辿り着くことができた限界値だ。
「面妖な技だ。それは雷か?」
「話すことはないんじゃなかったのか?」
瞬時に肉薄し、その刀を振り下ろす。
『龍剣降斬』
落雷のような轟音を響かせ、赤雷の斬撃はリヴァイアサンの胴体を捉えた。
「ほう、痛みを感じるのは久しぶりだ」
「チッ…さほど効いてないみたいだな…」
だが、ダメージは与えられている。戦える…!
「新たな元素か。そのような事ができる人間がおるとはな」
リヴァイアサンは感心しながら俺の雷をまじまじと見ている。
「なぜお前は憎悪に満ちている。水神龍やその加護持ちであるリヴァイアサンは比較的世界には無干渉だっただろ。それがなぜ世界に牙を剥く」
「貴様の話とはそれか…。よかろう。冥土の土産に教えてやる」
リヴァイアサンは事の経緯を話し始めた。
「水神龍リルトキア様が死んだ」
「は…?始祖の龍が…?」
「貴様も知っているだろう。始祖の龍は不老ではあるが不死ではない。頑丈さ故、死ぬこともむずかしいが、殺されれば死ぬ」
アルもそんなこと言ってたな。寿命は無いに等しいが、始祖の龍だって死ぬ。
「誰に殺されたんだ。寿命はないだろ」
「魔神龍ギルナンドだ」
また、ギルナンドの名前だ。あいつは一体何がしたいんだ。眷属をつくりまくって、マイズみたいな化け物も作って、イグナスとも因縁がある。それに、アルとも昔喧嘩したことがあるって言ってたな。
「いや、とどめを刺したのは人間か」
「どういう事だ」
「ギルナンドは突如として我らを襲いリルトキア様の命を狙った。だが、リルトキア様も始祖の龍だ、簡単に殺られはしない。応戦し、撃退寸前まで追い込んだ。しかし、やつは去り際に我の命を狙った。我は所詮加護持ちの龍だ、ギルナンドには敵わない。死を覚悟した時、リルトキア様が我の盾になったのだ」
ギルナンドを撃退まで追い込んだのか。すごいな。
「ギルナンドも深手を負っていた、奴はそのまま飛び去って行った。だが、我の盾となったリルトキア様は瀕死だった。ただでさえ消耗していた、最後にあの威力の攻撃を食らえば始祖の龍とて…。治療しようにも我の魔力は尽きていた。
我は人間に頼ることにしたのだ、港に行き、助けを願った。すると、冒険者数名が名乗りをあげた。その時あやつらのことを我は命の恩人だと心から感謝したものだ。あやつらの邪な欲望に気付くまではな…」
「邪な欲望…?まさか…」
「そう、あやつらの目的は始祖の龍の龍皮だ。売れば一生遊んで暮らせる代物だからな。そんな事も考えず、我は人間をリルトキア様の元まで案内した。
息も絶え絶え、苦しむ正に瀕死の始祖の龍を前にしてあやつらは本性を現した。剣を取り出し、首を切り落とさんと振り下ろした。だが、そんな惰弱な攻撃で切り落とせるはずも無く人間の剣は弾かれ、宙を舞った。
我はその愚行に怒り狂いその場にいる冒険者全員を噛み殺した。
そして不幸な事に、弾かれた剣はギルナンドとの戦闘の傷で露出していた、リルトキア様の龍核に突き刺さっていたのだ」
龍核。人間で言う心臓だ。始祖の龍には龍核というとても頑丈な鉱石のようなものが胸の上あたりに埋め込まれている。それを破壊されれば死ぬ。だが、容易く壊せるものではない、滅級魔術5発でやっと壊せると言われる程だ。恐らくギルナンドとの戦闘で相当傷ついていたのだろう。
「リルトキア様は死に際に人間を恨むなと言い残した…。許せる訳ないだろう!恨むに決まっているだろう!卑劣で姑息な人間という存在をこの世界から消し去り、魔神龍ギルナンドを殺す、それが成された時、我の怒りは収まるだろう…!!」
「そうか…。それでこれ程の憎悪を…」
「……同じ加護持ちの交だ、貴様は見逃してやろう。去れ」
「俺以外の人間は?」
「無論、滅ぼす」
それじゃ、なんの意味もないな。
「見逃してくれたとこ悪いが、俺もそれなりの大義と使命を持ってここにいる。死んでくれ」
「愚かな童だ。貴様の使命とはなんだ」
「惚れた女を、愛した家族を、大切な友人を守ること」
「笑止」
リヴァイアサンと俺の短くも激しい戦いが幕を開ける。
◇◇◇
~王都スアレ:シリウス邸~
「アレイナ大丈夫…?顔色悪いよ?」
「大丈夫だよ」
エマはアレイナの背中をさする。
エマ、ソフィア、カルマとイグナス、シリウス、アレイナの6人はアレクの帰りを待っている。
スアレからシャニまで移動距離を考え、1週間過ぎても帰ってこなかった場合、死亡と見なしてイグナス、シリウスを筆頭にこの6人でシャニに赴き、リヴァイアサン討伐を実行する予定だ。
「アレクなら大丈夫だよ。ちゃんと帰ってくるから」
「でも、今回の相手は…あ…いや…」
アレイナは口を閉ざし俯いた。
「天滅級でしょ?リヴァイアサン」
「知ってたの…?」
「うん、シリウスが教えてくれたの。ソフィアもカルマも知ってる」
エマがそう言うとアレイナはシリウスを睨んだ。
「あ!やめてください!私達が無理にシリウスさんに聞いたんです。最近のアレクさんの様子がおかしいからって…」
「その話を聞いた時はどうにかしてアレクについて行こうと考えた。だが、なぜアレクは俺達に黙って行こうとしていたのか、その理由を考えれば一緒に行かせてくれなんて言えなかった」
カルマはそう言いながら拳を震わせた。
「私達は大丈夫だよ!アレクを信じてるから!だってさ、アレクって6歳の時にグランドウルフ40匹相手に勝ったんだよ?それに、キメラ皆で討伐したり、カースリッチも1人で討伐してた!クリーチャー化したエルガノフも1人で倒しちゃったんだよ?」
エマは懐かしそうに話す。
「アレクはいつも私達の1歩先を行くの。だからさ、ほら、今回も勝って帰ってくるよ…」
「エマさん…」
その言葉とは裏腹にエマは身体を震わし、ポロポロと涙を零した。
今回は無理かもしれない。そんな考えが常に過ぎっている。
ソフィアはエマを抱きしめた。
「少し、部屋で休みます」
ソフィアはエマの背中をさすりながらリビングから出ていった。
午前中の学校が終わったらシリウス邸で待機することになっている。
皆、アレクの無事を心から祈っていた。
第124話ご閲覧いただきありがとうございます!
次回をお楽しみに!




