第123話 束の間の日常
「よし、この辺でいいか」
着いたのはシリウス邸から5km程離れた山の中だ。丁度平坦になっていて激しく動くにはいい場所だ。
「こんなに離れる必要あるのか?」
「念の為だ。それにここの山一帯は俺の所有地だ。好きにしても問題ない」
「あ、そう…」
やっぱ金持ちだな。
「さて、神域だが、俺の場合魔剣の奥義『魔剣解放』をする必要がある。強力な技だ。気をしっかり保てよ?」
「は?」
すると、シリウスは背から魔剣を抜き取り、構えた。
「俺の意志に応えろ。"エレノア"」
『魔剣解放』
真っ赤に燃える刀身からとてつもない威圧感と魔力が解き放たれる。両手持ち用のバスタードソードの刀身は細くなっていき、その形状を変化させていく。
そして…
「日本刀…?」
巨大なバスタードソードが一変、刀身が赤く燃える綺麗な日本刀へと変化した。
「うっ…」
意識が…なんだこれ…威圧感と圧迫感で意識が遠のく。気をしっかり保てってこの事か…。
俺は唇を噛み締め、ふらつきながらも立ち上がった。
「やるな。これに耐えれるなら、天滅級を相手にしても戦える」
「これが神域の圧…俺も、いつかこの域に…」
「ああ、アレクならできる。確信を持って言える」
シリウスは、エレノアを振り上げた。
「これが、神域の一撃だ」
『魔剣技 奥義『紅蓮覇獄刃』』
シリウスはエレノアを振り下ろした。前方には炎の斬撃が放たれ、その斬撃は数十、数百、いや、数千に増え、無数の炎の斬撃は前方に広がる山々を切り刻んでいく。斬撃は物体に当たると数倍大きくなり、大樹をも真っ二つにしてしまう。それが、数千…。
全ての斬撃が消えた時、鬱蒼と生い茂っていた木々は消え、俺の視界は広がっていた。木々が消えた?いや、そんなレベルじゃない。
山が1つ無くなってしまった。
「なぁ、シリウス…」
「どうだ?」
シリウスはドヤ顔で俺を見る。
「今の山もシリウスの土地なのか?」
「え?あ…」
シリウスはダラダラと冷や汗をかきながら、自宅へ戻って行った。どうやら、やらかしたようだ。
◇◇◇
シリウス邸に戻ると、アレイナが晩御飯を作って待っていた。
ああ、俺は死ぬのかと覚悟したが、俺は目を疑ってしまった。
机の上には見るに堪えないダークマターではなくまともな料理が並べられていた。
「凄いでしょ!!最近お料理教室に通ってたの!これなら食べれるでしょ?」
「なるほどな、凄まじい成長だ。普通に美味そう」
「遠慮せずに食べてね!」
俺は席に座り、出された料理を口に運ぶ。
「美味い…。美味い!」
「よかったぁ…!これなら、次から私が作ってもいいよね?」
「もちろん、さすがアレイナ、やればできるな!」
「えへへ」
アレイナは照れくさそうに、晩御飯を口に運ぶ。
「あれ?シリウスは?」
「あー…王都で用事があるみたい…」
「魔剣解放してたみたいだけど、なにか教えて貰ってたの?」
「ま、まぁ、神域について…」
「へー!そうなんだ!アレクなら神域にも辿り着けるかもね!」
アレイナは能天気にそんな事を言っているが、あんたの旦那がやった事は能天気で居られそうにないが…。
このまま、この家にいたら巻き込まれそうだ。早々に立ち去ろう。
「ご馳走様!美味かったよアレイナ!また食いに来るな!」
「もう帰るの?ゆっくりしていけば?」
「いや、エマ達が帰ってくるみたいだから!じゃ!」
「あっ…。どうしたんだろ、あんなに慌てて」
俺はそそくさとその場を離れた。
王都に戻る道中、顔を青くしたシリウスに捕まりかけたが振り切って寮に戻ることができた。
シリウスから逃げられたあの感覚…。まさか、神域…?
冗談はさておき、エマ達が帰ってくるのは本当だ。さて、天滅級との決戦…。どう説明するべきか。
◇◇◇
「ただいま!!」
「ただいまです!」
「おー、おかえり。お疲れさん」
エマとソフィアが俺の部屋にやってきた。いつもの事だが、今日寮に戻ったばかりだから新鮮だ。
「アレク今日なにかあったの?」
「え?なんで?」
「なんか、顔が真剣だなって」
そんな言い方だと俺が普段は腑抜けてるみたいじゃないか、あながち間違いではないか。
天滅級との決戦について…。
「なんもないよ?シリウスと鍛錬して終わりだ」
「そう?」
俺は言わない事にした。理由は明白、怒られて大反対されるからだ。俺に言う度胸がないってのもあるが、こればかりは俺自身の問題だ。余計な事を言って心配かけたくない。
「もう少しで卒業だね!」
「そうですね、皆で笑顔で卒業しましょう!」
「アレクの首席スピーチ楽しみだなぁ」
卒業の日を嬉しそうに楽しそうに話す2人の笑顔に俺の心は罪悪感でいっぱいになった。
◇◇◇
天滅級との決戦は内情を知る人以外には口外しない事にした。
『天滅級モンスターを討伐する為に、S級上位冒険者が派遣された』
世に出回る情報はこれだけだ。エマ、ソフィア、カルマもその情報には触れていた。3人は俺がまだS級中位だと思っているから、俺がその人だとも思わないだろう。
「出力乱れてるぞ。維持しろ」
「くっ…」
俺はシリウスと山で鍛錬中だ。ルイーダから魔術使用の許可が出たため赤雷のコントロールに勤しんでいる。
「おら、ここ」
「痛っ」
「次はここが乱れた」
「痛っ」
シリウスはすこぶる不機嫌だ。理由は言わなくても分かっているだろう。昨日の山消失事件だ。
シリウスはその後自首し、裁定を待った。不幸な事にシリウスが消した山はアルカナムが所有する鉱山の1つだった事が判明した。
本来なら監獄行きだが、シリウスが残した功績とその山の鉱石はさほど重要じゃないとアルカナムが気を使ってくれたお陰で、罰金300万Gで済んだ。
金が有り余っているSS級冒険者だが、300万は流石に痛手らしく、その日アレイナは本気で離婚を考えたそうだ。
シリウスの必死の説得で思い留まったらしいが、昨日から一言も口を聞いてくれないみたいだ。
「出力20%は常時だ。攻撃する瞬間や防御の瞬間は出力を少し上げろ。そうだな、30%程だ」
「簡単に言うなよ…」
「ほら、乱れてるぞ」
「痛っ」
こいつ…。八つ当たりしてやがる。神域を見せて欲しいなんて俺は言ってないし、ましてや奥義を見せてくれとも言ってない。俺に八つ当たりするのは筋が通ってないぞ。
「おら、ここ…〔ガンッ〕ほう…。ここ〔ガンッ〕ここ〔ガンッ〕ここ〔ガンッ〕………チッ…」
「舌打ちした!!今舌打ちした!!」
「してねぇよ」
「大人気ないぞ!八つ当たりすんなよ!」
「八つ当たりしてるの?」
道場の扉の隙間から黄色い瞳が覗き込んでいた。
「アレイナ…」
「ねぇ、八つ当たりしてるの?」
「してないよ…」
「本当に?」
「本当…たぶん…」
「はぁ…ちゃんとして?」
「はい、ごめんなさい」
シリウスがしょぼんとしてしまった。今日は帰った方が良さそうだな。
2人の関係が修復されてから顔を出そう。
シリウス邸を後にし、俺は王都をブラブラしている。早めに鍛錬が終わった為時間ができてしまった。最近はパーティーでクエストをしていない。俺が病み上がりってのもあるが、鍛えるためにあえて別行動をしている。
今日は3人も休みだっけか。暇だし、エマとソフィアに会いに行こう。
◇◇◇
エマの部屋の前に来た。
「ん?話し声…」
部屋の中から話し声が聞こえる。どうやら話し相手はソフィアのようだ。
「や、やっぱり成人したらそういう事もするんですよね…」
「そうだねー、初めては怖いけどアレクは優しくしてくれるよ」
「そうですよね。しかし、獣人族は妊娠しやすい種族ですから、エマさんより早く子供が…」
「そこは気にしなくていいよ!私の子でもソフィアの子でも私達の子供に変わりはないから!」
「エマさん…」
……流石にこの話の中に入っていくことはできないな。カルマはファナとイチャイチャしてるだろうし。
今日は1人でクエストでも行くか。
「フリークエストでいいか…」
最近、ソフィアやカルマは疎かエマとも中々一緒に居られない。みんな3ヶ月眠り、病み上がりの俺を心配してくれてるのはわかる、でも寂しいものは寂しい。
決戦前でナイーブになってるのだろうか。心が落ち着かない。
俺が強くなることで、周りに対する影響も大きく変わってくる。この先、大切な人は増えていくだろう。俺はその全てを守りたい、生涯をかけて。
その為に俺は、どんな死闘も潜り抜けてやる。
気が付くと、見覚えのある場所に出た。
拓けた場所だ。ここには草木が生い茂っていたが、イグナスの一撃でまっさらになってしまった。
「懐かしいな…。キメラと戦った場所か…」
丁度冒険者学校に入学したばっかりの頃だった。
思えばあれが最初の死闘だったな。己の無力を悟り、イグナスの反則的な強さに憧れた瞬間だった。
「俺も、あのステージに……ん?…」
背後に気配を感じた。モンスターだ。
「中々に強力な気配だ」
辺りはもう暗くなっている。いつの間にか夜になっていたみたいだ。
「グルルルゥ…」
「へぇ、さすが闇属性に特化した魔龍連山だ。お前みたいな奴も出てくるなんてな」
俺の目の前に立ちはだかる3つの首のモンスター。
「ここで3つの首のモンスターと出くわすとか…どんな偶然だよ…」
だが、キメラではない。狼の顔を3つ持ったモンスター、ケルベロスだ。
「地獄の門番か、皮肉だな。俺が死ぬのが待ちきれなかったか?」
「ガアァァァァア!!!!」
3つの首から闇属性のブレスが放たれた。
『リフレクト』
「ガアァァァァア!?」
強力なブレスは跳ね返り、威力が増してケルベロスに直撃した。
「お前はSSランクか」
俺は夜桜を正眼に構え、赤雷を解放した。出力は30%、シリウスには20%と言われているが正直30%でも問題ない。
「ガアァァァァア!!」
「うるせぇ」
「ガッ…!!」
首のひとつを切り落とし、電撃で表面を焼いた。これですぐには再生できないはずだ。
「チマチマやるのも面倒だ」
俺は夜桜を大きく振り上げ、現状耐えうる全力を解放した。
カオスキメラと戦った時より明らかに出力が上がっている。辺り一帯に赤い雷が降り注ぎ、俺の身体には赤雷が猛々しく纏われている。髪の毛は逆立ち、龍のように縦に割れた瞳孔からは赤い雷光が揺れる。
「グルゥアアアア!!!」
尋常ならざる気配に、ケルベロスは闇属性のブレスを俺に放ち、直撃した。
「痛いな。だが、リヴァイアサンはこんなもんじゃ無いだろうな」
限界まで達した魔力はその場を圧迫し、空気がピリピリと痺れる。
「俺は逃げない」
『覇龍赤雷』
夜桜から放たれる扇状に拡がる赤雷はケルベロスを余裕で覆い、瞬く間に消滅させた。
辛うじて残った牙を懐に入れ、覇龍赤雷の放たれた戦場を見る。
「…イグナスには、遠く及ばないか…」
かつてイグナスがキメラ5体に放った聖滅と比べて見ると、その差がはっきり分かる。
4年前イグナスが放った聖滅は俺の覇龍赤雷の倍以上の大きさで地面のえぐれ具合も数センチに及ぶ差がある。
ちょっとへこむな…。
冒険者協会にケルベロス討伐を報告すると、15万Gも貰えた。
テンション下がり目で寮に戻ると部屋の前にエマとソフィアが立っていた。
「アレク!!どこ行ってたの!?」
「部屋にもいませんし、シリウスさんのお宅にも居なかったので、少し心配してました」
「あ、いや、クエスト…」
「1人で!?病み上がりなのに無理しちゃダメだよ!それに、凄い傷!なんで治してないの?」
「あー、忘れてた…」
エマが治癒魔術でケルベロスから受けた攻撃を癒してくれた。
「アレクさん…?元気が無いようですが…」
「そんな事ないよ。ちょっと張り切りすぎただけだ」
「そうですか?何かあったら言ってくださいね」
何かあったらか。
病み上がりってだけで俺が1人でクエスト行くだけでこんだけ心配されるんだ。尚更言えない。
「それより、ほら、臨時収入だ。飯でも食いに行かないか?」
「わっ!15万!?何と戦ってきたの?」
「ケルベロス」
「「は!?」」
その後はガミガミとエマが怒っていたが、ソフィアがまぁまぁと宥めていた。
1番高い飯を奢ると一気に上機嫌に、現金なヤツだ。楽しそうに笑顔で喋り合うエマとソフィア。
この日常を守るために、俺はSS級冒険者になる。
第123話ご閲覧いただきありがとうございます!
次回をお楽しみに!




