第122話 神域
さて、天滅級モンスターの討伐依頼を正式に引き受けた訳だが、肝心なことを聞くのを忘れていた。
「なんのモンスターと戦うんだろう」
天滅級ってだけあって恐らくおとぎ話や伝承に載っているようなやばいモンスターだろうけど。
〔コンッコンッ〕
「アレク、居るか?」
寮の部屋をノックし訪ねて来たのはシリウスのようだ。
「いるぞー」
「邪魔するぞ」
アレイナの姿がないな。怒ってるのだろうか…。相当キレてたし俺が引き受けた事にも怒ってそうだ。
「アレイナはなんだかんだ了承してくれた。戦いが終わればハグの1つでもしてやる事だな」
「なぁ、なんでシリウスもアレイナもそんなに俺の事気にかけてくれるんだ?」
(俺達の子供だから。って言える訳ないだろ)
「まぁ、アレイナはアレクのこと気に入ってるし、可愛がってるから思うところがあるんだろ」
「へー、そうなのか」
別に嫌じゃないからいいんだけど。
「なんか用があるんだろ?」
「あー、そうだった。お前が戦うモンスターについてだ」
丁度聞きに行こうと思ってたんだ。ナイスタイミングだな。
「天滅級だろ…。怖くて聞きたくないな」
「…。すまない…」
「シリウスが謝ることじゃねえよ。俺が選んだ道だ。俺がやるべき事は理解しているつもりだ」
「そう言ってくれると助かる。本題だ、アレクが戦うか天滅級モンスターが生息している場所は『リルトキア島』だ」
「リルトキア…?」
リルトキアって言えば始祖の龍『水神龍リルトキア』と同じ名前だ…。
そう言えばアルテナがいる島もアルテナ島だっけか…。まさか。
「始祖の龍と戦えってか!?」
「は?」
力付けてある程度の地位を築く為に天滅級を討伐するのに、始祖の龍倒しちゃったら魔神も倒せるだろ…。てか、倒せねぇよ…。
「ちげぇよバカ。話は最後まで聞け」
「そ、そうか…」
よかった。俺の早とちりか…。
「アレクが戦うのは、『"海帝龍"リヴァイアサン』だ」
「……は?」
「だから、リヴァイアサンだ」
「マジで言ってるのか…?」
「マジだ」
まずいな。これは本格的に死んだかもしれない。まさか幻獣と戦うことになるとは…。
幻獣
通常のモンスターと違い、高い知性を持ち言葉を交わすことが可能だ。その多くは始祖の龍の力を受け継いでおり、俺やエマと同じ、加護を受けた成功作だ。中には龍の加護を受けず突然変異で幻獣へと進化した個体もいる。
リヴァイアサンは元はシーサーペントと言う海に生息する蛇型のモンスターだったが、水神龍の加護を得て、知性を持った為、水神龍からリヴァイアサンという名前を付けてもらったそうだ。
だが、妙だな…幻獣は比較的温厚だ。特に始祖の龍から加護を受けている幻獣なら特に世界に大きな影響を与えない。それが、世界に牙を剥いた…?
「同じ加護持ち…」
「厄介な相手だ。気を抜くなよ」
天滅級相手に気を抜けるわけないだろ。
「龍の力を解放したマイズに俺は、手も足も出なかったんだ…。リヴァイアサンに勝てると思えない…」
「そうだな。マイズは実力的にはSS級冒険者並だろう。だが、勝てない相手じゃない。もう1人のアレクが圧倒したようにな。リヴァイアサンも同じだ。天滅級モンスター、油断出来ない相手だが、討伐出来ない訳じゃない。実際、リヴァイアサンはマイズほどの力はないはずだ」
リヴァイアサンとマイズだったらマイズの方が強いのか…。
力関係はこんな感じか?
【シリウス>七つの大罪>マイズ>リヴァイアサン】
「この前の戦いで得たものがあるはずだ。アレクならできる。俺は信じている」
「得たもの…。ああ、そうだな。ありがとうシリウス。やれるだけやってみるよ」
シリウスは優しく笑みを浮かべ、そのまま部屋を出ていった。
リヴァイアサンとの戦いまで残り1ヶ月。魔力回路は放っておいても勝手に治る。俺がやるべきことは…。
「さて、意思疎通は取れるのかな…」
俺は楽な体勢になって目を瞑った。
◆◆◆
「あっ……ん…はぁ…アレクサンダー…」
「エ、エマさん…もう、限界です…」
「何言ってるの…。はぁ…まだまだよ…」
…。ナニやってんだこいつら。それに、エマ?いや、もう1人の俺が言ってたエマさんか。
「おい」
「「うわぁあ!!??」」
最中だったが、お構いなく声をかけた。時間が無いからな。2人は驚いて腰を抜かしている。
「なっ…おい!どうやってここに来たんだよ!」
「どうやってって、ここは俺の精神世界だろ。どうしようと俺の勝手だ」
「こっちからは干渉できないのに、そっちからは簡単に干渉できるのか…」
なるほどな、こいつが言うには特殊な環境でのみ現実に干渉ができる訳だ。
もう1人の俺…っていうのもなんか長いから、これからは別俺と呼ぼう。
別俺の後ろでは半裸のエマさんがジッとこっちを見ている。
さすが、エマだ。完璧なプロポーションに美を詰め込んだような顔、エマが大人になればこうなるのか。楽しみだ。
「初めまして、エマさん。アレクサンダーです」
「あら、初めまして。ちゃんと挨拶するなんて偉いわね」
そう言いながら頭を撫でてきた。
「幼いアレクサンダーはこんな感じだったのね。ふふっ、可愛いじゃん」
イタズラな笑顔で別俺の方を見ている。
「からかわないでください…」
「そうだ!あなたの事はアレクっ呼ぼうかな?」
「なっ!なんでですか!?俺のことはずっとアレクサンダーなのに!」
「なにー?ヤキモチー?結局は自分なんだからいいじゃない」
2人でギャーギャーと言い合っているが、早く本題に進めないとな。
「おい、俺」
「なんだよ…」
「拗ねるなよ。お前に聞きたいことがあって来たんだ」
「青雷については教えられることは無いぞ」
「え?なんでだよ」
青雷…別俺が七つの大罪とマイズを圧倒した力の一端だ。もちろん、青雷だけであいつらを撃退した訳じゃないが、反則的な強さの要因の一つでもある。これを俺も取得できればと思ったんだが。
「俺に龍の力はない。だから、俺はひたすら雷魔術について研究したんだ。その結果青雷ができた。簡単に言うと龍の力を得ず雷魔術を極めたら青雷になり、龍の力を得て、雷魔術を極めると別の力になる。心当たりがあるだろ?」
「赤雷…」
「そう、つまり力は分岐してんだよ。お前は赤雷に派生したってことだ。いいじゃねぇか、実質的に青雷の上位互換だ」
だが、俺はまた20%程しか扱えない…。別俺は青雷を完璧に扱っていた。
「なにをそんな焦ってんだ?時間はあるだろ。じっくり鍛錬しろ」
「そうしたい所だが、そうもいかない」
「なんかあるのか?」
「天滅級モンスターと戦うことになった」
俺の言葉にエマさんと別俺は絶句していた。そして、別俺は腹を抱え笑いはじめた。
「ぷっ…!!アッハッハッハッハッ!!!」
「なにがおかしいんだよ…」
話を聞くなり盛大に爆笑し始めやがった。
「ついこの前死にかけたってのにまた死にに行けって言われてんのか!?アッハッハ!!お前実は嫌われてるんじゃないか!?アッハッハ…ぐへぇ!?」
「大人気ない。アレクが可哀想」
人の気も知れず大爆笑する別俺にエマさんの鉄拳が炸裂した。
「周りの人達も焦ってるんだね。今まで適当だったパンドラが最近になって計画的に動き始めたのでしょ?魔神復活を本格的に進めてるって事だもの」
「イテテ…まぁ、魔神に対抗できるのは魔剣士だけだからな、それを知る奴らからしたらお前は希望の星だ。父さ…シリウスもそれをわかって今回の戦いを許したんだろうな」
希望の星なのも、早く強くならなければいけないのもわかっている。だが、勝てるかどうかは別の話だ…。
「戦うモンスターは?」
「リヴァイアサン」
「おぉ…」
「言葉失ってんじゃねぇか!」
「いや、まぁ、妥当だな。今お前が勝てる可能性があるとすれば幻獣だろう」
そう言うと別俺は深く考え込んだ。そして、思い立ったように口を開いた。
「そうだな。1つヒントをやろう。死なれちゃ困るからな」
「ヒント?」
「ああ、よく聞け」
別俺へ真剣な顔になり、俺の顔を見た。
「この前の戦い、俺はまだ全力を出していない。つまり、その先の力があるという事だ」
「その先の力…」
「龍の力を得たお前も感じ取ってるだろ?イグナスやシリウスが辿り着いている力の極地だ」
それについてはしっかり感じている。龍の力を得て、赤雷を扱うようになっても、まだイグナスやシリウスに追いつける気がしない。
「その力の極地を人は『神域』と呼んでいる」
「神域?初めて聞くな」
「まぁ、一般には知られてないからな。実際、今生きている人間で神域に至っているのは12人しかいない」
「滅級とはちがうのか?」
「神域はランクじゃない。至った者のみが感じ取れる概念だ」
そんなものがあるのか。後でシリウスにも聞いてみよう。
「何が言いたいかというと、青雷にしろ、赤雷にしろ、辿り着く場所は神域だってことだ。自分の力を信じろ。入口は見えてんだ、入れるかどうかはお前次第だ」
「そうか…。お前が言いたいことはなんとなく分かった。ありがとう」
「よせやい。ちなみに、神域に至った者には"神"の名を冠した称号が着いてくるぞ」
「称号?2つ名とは違うのか?」
「2つ名みたいなもんだが、2つ名は人間が勝手に決めた名前だ。だが、称号は世界そのものが認めた物だ、称号を与えられると世界中の人間の頭にその称号が刷り込まれる」
「なんだそれ、めちゃくちゃだ」
「だろ?この世界の仕組みは俺もよくわからん」
シリウスは『炎神』だな。そういや、シリウスって名を聞いた瞬間炎神って称号も頭に浮かんだっけ。すごいな。
ん?でも、イグナスの称号は『剣聖』だったよな。神の名を冠してない。よくわからん。
「ほら、もうヒントは与えただろ。やるべき事も見つかっただろ。早く戻れ」
「なんだよ、邪険にしやがって」
「俺は早くエマさんとイチャイチャしたいんだよ、できれば二度と来るな」
「うぜ。二度と来るか馬鹿」
「お前!ヒントやったってのに!」
「あーあーあー」
俺は耳を抑えながら精神世界から出ていった。
「ねぇ、アレクサンダー。自分の精神世界に自分が入ることってできるの…?」
「いや、普通は無理ですね」
「じゃ、なんでアレクは入れるの?」
エマさんのアレク呼びに少しムッとしながら、アレクは答える。
「あいつは何度も精神世界に来ることがあったんですよ。俺と2回入れ替わった時、後は昔アリアって子が蘇生した時だったかな。だから、精神世界へ入る道みたいなのができたのかも知れません」
「アリア…?」
「はい、光の神子らしいですよ。シリウスとアレイナ以外に俺の真実を知る1人でもあります」
すると、エマさんの瞳から光が消える。
「エ、エマさん…?」
「へぇ…じゃ、私が覚醒するまで、アリアって子とイチャイチャしてたんだ。へぇー」
「え!?ち、違うますよ!!あの子は俺を蘇生したあと消えましたし!やましい事はありません!!」
エマさんはジト目でアレクを見る。
「可愛かった?」
「うっ……か、可愛かった…です…」
『ホーリー・チェイン』
「うわっ!魔術!?」
エマさんはホーリー・チェインでアレクの手足を縛った。精神世界だからなんでもありなようだ。
「もう無理、もう限界って言っても辞めないから。アレクサンダーの全部、何もかも搾り取ってやる」
「ヒッ……」
エマさんはアレクの服を全て破り取った。そして、エマさんも服を脱ぎ始める。
快楽と苦痛で満ちたハードプレイが始まるのであった。
◇◇◇
「ふあぁ…寝てたみたいだな…」
外はまだ夕方か。別俺からヒントも貰ったし、もっと詳細を得るためにシリウスの所に行くか。
俺は支度を済ませて、シリウスの所へ向かった。
◇◇◇
「神の名を冠するか…」
確か、別俺の称号は『雷神』だったよな。つまり、俺も神域にいけるほどの潜在能力はあるってことだ。
「それに、12人しかいないって…守護者の石版も12人だったな。てことはあの人達が現代で神域に至った人達か」
今思えば守護者の石版や自動更新型の世界地図は世界の仕組みを逆手にとった発明だったのかな。そう思うもノーグって凄いな…。
ブツブツと独り言をしながら街を歩いていると見慣れた背中が見えた。
「アレイナ」
「わっ、アレク」
「買い物か?」
「うん、どうしたの?」
「シリウスに用があるんだが、家にいるか?」
「いると思うよ!一緒に帰ろ!」
「ああ」
アレイナはなんだか上機嫌に歩いている。手には今日買った大量の食料や日用品がある。
「魔導袋に入れないのか?」
「もー、こういうのは実際手で持って歩くのがいいの!」
「そ、そうか」
よくわからんな。俺はアレイナが持つ荷物を代わりに持った。
「ありがとー!!」
「どういたしまして」
その後は上機嫌なアレイナと適当に雑談しながら家に向かった。
家に着くと道場で素振りをする音が聞こえた。
「またやってる」
「こんな時間に珍しいな。いつもならソファで寝てるかアレイナにべったりしてるかなのに」
「……ちょっと責任感じてるんだよ…」
「責任?」
「今回、もっとやりようがあったんじゃないかって。わざわざ今回戦いに行かせなくても良かったんじゃないかって」
「天滅級はそうポンポン出てこないだろ。今回を逃したら次はいつになるか。それに俺が決めたことだ、気にすることじゃない」
「うん…。でも、シリウスはアレクを死なしたくないの。だから、すぐ駆けつけられるようにああやって常に体を動かしてる」
俺が天滅級と戦うのは本意ではないのか。魔剣士の宿命か…。厄介だな。
俺はシリウスがいる道場に向かった。
「ん?アレク、どうした?さっきぶりだな」
「おう、ちょっと聞きたいことがあってな」
シリウスは首を傾げ汗を拭きながら俺の元に来た。
「聞きたいこと?」
「ああ、『神域』について教えて欲しい」
「神域か。まだアレクには早いと思っていたが、誰から聞いたんだ?」
「もう1人の俺だよ。精神世界で聞いてきた」
「は?精神世界で?アレクはなんでもありだな」
シリウスは呆れたように笑い、その場に座った。
「神域がどういう物かは聞いたか?」
「力の極地だって」
「まぁ、端的に言えばそうだな。神域は長い研鑽を経てひと握りの人間が辿り着ける剣士、魔術師、戦士が求める力の頂点だ」
「長い研鑽か…。俺はまだ15年程だ。神域に至るのは難しいか」
実際、俺がシリウスに近付ける気がしない。
「そうでもないぞ?ギムレットも神域に辿り着いたが16歳の頃、突然覚醒したんだ。まぁ、これは極稀かケースだ。大体は地道な鍛錬による賜物だな」
「そうか。1ヶ月じゃ難しいな」
「そうだな…。だが、神域に辿り着けないと天滅級に勝てないって訳じゃない。アレイナが良い例だ。アレイナは神域に辿り着いていないが、天滅級を単独で撃破した。アレクにも十分可能性はある、同じ血が…あっ、いやなんでもない」
アレイナは神域には至ってないのか。守護者の石版にも名前は載ってなかったしな。それでも単独で撃破するって、アレイナも十分規格外だ。
「うだうだ理屈を語るより、見た方が早い」
「え?」
「見せてやるよ。神域の力」
シリウスは立ち上がり、背に魔剣を背負い、山へ歩いていった。
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