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忘却の魔剣士~また、君を見つけるまで~  作者: KUZAKI
第九章 冒険者学校最終年
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第119話 代償

 

 痛い、苦しい、辛い、なぜ自分は生きているのだろう。もう死んだ方がマシだ。入れ替わりの代償は想像を絶するものだった。龍の力を得る時の苦痛が可愛く思えてくる。


 これがいつまで続くのだろうか。

 もう、何も感じない。ひび割れた心から溢れ出るのは虚無だ。虚無が俺の精神を支配していく。

 だが、時折感じる温もりに俺の精神はギリギリ保たれる。

 感じる…。これはエマか、ソフィアも居る、カルマ、シリウス、アレイナ、ミシア、ラルト、ローガン、ミーヤ、イグナス、ルイーダ、ホグマン、ジーク、冒険者学校のクラスメイト達…。

 沢山の温もりが俺を癒し、精神を立て直していく。


 そして、薄ら光る半透明の手が俺の心に触れる。


『ちょっと寝すぎだよ?そろそろ起きないと』


 アリア…。


 俺の意識が覚醒していく。


 ◇◇◇


「う…あ……あぁ…」


 目が覚めると辺りは真っ暗だった。どのくらい経ったのだろうか、喉がカラカラで声すらまともに出せない。

 視界の端に魔導袋が見える。あの中に水があるはずだ。


「くっ…」


 体はまだまともに動かないが、なんとか腕は動かせる。必死に手を伸ばす。


 〔ガシャン!!!〕

「チッ…」


 魔導袋ごと机を倒してしまった。


「うぅん…アレク…?」


 部屋の奥で声が聞こえた。どうやらエマが部屋に居たようだ。奥の机に突っ伏して眠っていたようだ。


「おはよう、お寝坊さんだね」


「……み…ず…」


「え?あ、ごめんごめん」


 エマは魔導袋から水を取り出した。


「ゴクッ…ゲホッゲホッ!!!」


「ゆっくり飲んで、起きたばっかりなんだから…」


 ゆっくり水を飲み干し、一息ついた。


「どのくらい寝てた?」


「3ヶ月くらいかな」


「そうか、3ヶ月か…」


 あの地獄の日々が3ヶ月…。体感では数年は経っているような感覚だった。


「みんなお見舞い来てくれたよ」


「ああ、知ってる。みんな手を握ってくれてた、あの温もりがなかったら俺は廃人になってたかもな」


「よかった…目が覚めて…ほんとに…アレク…」


 エマの瞳からポロポロと大粒の涙が零れ落ちる。エマとソフィアの温もりは常に感じていた。ずっと傍に居てくれたんだろう。いつ起きるかもわからない俺に。


「ありがとう、エマ」


「ううん…当たり前のことだから…」


「そうか…。ソフィアは?いつも近くに感じていたんだが」


「今日はたまたま家の用事で帰ったよ。私と一緒に3ヶ月間ずっとアレクの身の回りの世話してたんだよ。ちゃんとソフィアにもお礼言ってね」


「当たり前だ」


 窓を見ると綺麗に花が飾られている。


「これはエマが?」


「お花?ちがうよー、それはアレイナが」


「へー、意外だな」


「だよね、シリウスとアレイナもほぼ毎日お見舞いに来てた。お花も度々変えててまるでお母さんみたい」


 まるでお母さんみたい、か。なぜかその言葉が心に引っかかる。なんだろうか…。


「ミシアさんとラルトさんは?」


「2人が来たこともわかってるんだね。お父さんとお母さんならついこの間レディアに帰ったよ」


「そうか」


 俺達が家建てたら2人もスアレに呼びたいな。レディアとスアレじゃ少し遠い、頻繁にも会えないし。


「その時に、シリウス達と何か話してたみたい」


「何話してたんだ?」


「わかんない。聞いても教えてくれないの。でも、アレク見て嬉しそうにしてたから悪いことじゃないと思うよ?」


 嬉しそうに?なんか祝い事でもあったのだろうか。


「夜遅いけど、寝る?」


「流石にもう寝れないよ」


「じゃ、朝までお喋りしようよ」


 エマは俺が眠ってからの3ヶ月の話をしてくれた。

 まず、エマとソフィアとカルマの事だが、変わらず冒険者学校に通っているらしい。授業終わりには俺の元に来るってのが日課になってるみたいだ。時々ファナもお見舞いに来てくれてるらしいが、興味がすぐ夜桜に向いてしまうので、カルマに怒られていたらしい。


 次に、シリウスとアレイナだ。2人は変わらず冒険者活動をしながら俺のお見舞いに来てくれてたみたいだ。午前中、エマ達が学校で傍に居られない時はシリウスとアレイナが傍に居てくれたらしい。そこまで親身にされると思ってなかったから意外だ。どんな心境の変化だろうか。


 イグナスは相変わらず大忙しだ。今はミアレスに出張中らしい。

 イグナシアに3人のSS級冒険者が留まっている為、イグナスが無理してイグナシアに留まる必要が無くなったのだ。おかげである程度自由に動けるが、さすがに聖剣使いは多忙らしい。

 暇を見てお見舞いに来てくれたみたいだが、以前にも増してやつれていたみたいだ。


 アーグの動向はまだわからないらしい。必ず会いに来ると言っていたが、悪魔界から現実世界に来るのは容易な事じゃない。気長に待とう。早く会いたいな。


 ちなみに、俺達の冒険者ランクはS級中位にランクアップした。スアレの危機を未然に防いだ功績らしいが、早くランクアップさせるために必死というのが伝わってくる。


「だいぶ外も明るくなってきたね。体は動く?」


「いや、まだ動かないな。腕くらいだ」


「そっか」


 気付くと外は明るくなっていた。もうそろそろエマは学校に行く時間だろう。


「それじゃ、学校いってくるから!すぐシリウスとアレイナが来ると思うよ!」


「おう、行ってらっしゃい」


「いってきまーす!!」


 エマは元気よく病室を飛び出して行った。

 しばらくして、シリウスとアレイナがやってきた。本当にすぐ来たな。暇なのか?


「あれ?起きてる」

「起きてるな」


「起きてちゃ悪いか?」


 病室に入るなり間抜けなこと言ってやがる。


「目覚めてよかったねぇ、エマとは会った?」


「あ、ああ…起きたの夜中だから」


「そっかー」


 どうしたんだこの人達…。アレイナはさっきから俺の頭を撫でてくるし、シリウスは生暖かい目で俺とアレイナ見てるし、なんなんだ…。


「お腹すいたでしょ!!何か食べる?」


「そうだな、お願いしていいか?シリウス」


「いいぞ」


「なんでシリウスなの!?」


 アレイナがキャンキャン言っているが、今の俺の状態でアレイナの料理なんか食ったら今度こそ間違いなく死ぬな。


 シリウスの料理は絶品と言える物ではないが、好きな物を詰め合わせた男飯って感じで結構好きなんだよな。ここまで料理ができるなら、わざわざアレイナが作る必要ないと思うけど。


「ねぇ、もう1人のアレクと変わってる時ってアレクは現実世界の事なにもわからないの?」


「わからないな。その時俺の意識は暗闇に沈んでいくんだ」


「へー、不思議だね。もう1人のアレクめちゃ強かったみたいだよ?」


「どんくらい?」


「七つの大罪2人とマイズを相手に無傷で撃退するくらい」


「マジかよ…」


 強いとは思っていたが、中々にえげつないな…。今の俺じゃ到底敵わない。もっと鍛えないと。


「ほら、できたぞ」


「おお…」


 3ヶ月ぶりの飯に思わず喉が鳴る。甘だれの匂いが部屋に充満してもう我慢の限界だ。


「いただきます」


「ゆっくり食えよ」


 出されたのは丼物だ。白米の上に甘だれのかかっか豚肉と綺麗な目玉焼きが乗せてある。


「美味い」


「そりゃよかった」


 掻き込まずにはいられない。甘だれと一緒にじっくり焼かれた豚肉は白米との相性が抜群だ。タレの残ったフライパンで目玉焼きを作った為、目玉焼きもほんのり甘だれ味でこれまた白米との相性が良い。豚肉から滴り落ちる、脂と甘だれがブレンドされたソースはそのまま白米に染み渡っていく。これだけでご飯3杯はいけるだろう…。至福だ。


 シリウスの故郷の料理だったな。名前は確か…


【焼豚玉子飯】


 だったな。日本語だから発音しずらいがこの料理は大好きだ。


「もー、病み上がりだってのにこんな脂っこい料理。お粥とかでよかったんじゃないの?」


「アレクの顔にはガッツリ食べたいって書いてあったんだよ」


「ほふははっへんひゃへえは、ひひうふ(訳:よく分かってんじゃねぇか、シリウス)」


「食べながら喋らないのー」


 そう言いながらアレイナは俺の頬に付いた甘だれを拭き取った。


 こんな光景を傍からみたら親子だと思うんだろうな。シリウスと同じの黒髪にアレイナと同じ黄色い瞳。2人の顔を足して2で割った様な顔立ち。シリウスとアレイナが親だと言われても、違和感はないだろう。


「ご馳走様」


 焼豚玉子飯を平らげ、一息つく。


「パンドラのその後は?」


「全く動きがないな。アレクを警戒してるんだろ」


「まぁ、そりゃそうか…」


 天滅級モンスター2体と滅級並の力を持つマイズを1人で相手にし、余裕を残して撃退した。言わば何よりも規格外の化け物だ。警戒するに決まっている。


「あー、そうだ。アレクの保護者は俺とアレイナにしておいた」


「え?そうなのか?なんでわざわざ」


「ミシアとラルトが保護者のままだと、エマと結婚する時に身内同士になるからな。今のうちに変えておいた」


「あー、なるほどな」


 別に身内同士で結婚できない事もないが、世間体というものがあるからな。忘却の魔剣士と暴嵐の魔術師は今や超有名人だ。

 しかし、なんかそれだけじゃない気がするんだよなぁ。


「何か隠してるだろ」


「え!?か、隠してないよ!?」


「アレイナ…」


 アレイナは隠し事が下手すぎる…。


「すまないが、これは言えない。ミシアとラルトは知っているが、あまり詮索しないでくれると助かる」


「そうか?なら、やめておこう」


 保護者がシリウスとアレイナになったのか。つまり、2人が俺の親か。違和感がないな。いや、無いどころかしっくりくる。どこか懐かしい感じさえしてくる。この気持ちはなんだろうか…。今の俺にはわからないな。


「じゃ、これからよろしくな。父さん、母さん」


「「え…?」」


「何となく言ってみたが小っ恥ずかしいな。やめよ」


「な、なんだ…ふざけただけか…」

「まさかっておもっちゃった…」


「どうした?」


「「なんでもない」」


 息ぴったりに返事をすると、2人は俺のベットの横に座った。


「まだ魔術は使えないみたいだな」


「ああ、魔力回路は完全には修復してないみたいだ。魔術どころか歩くことすらできないよ」


「しばらくは安静にしないとね。このままここに入院する?」


 この病室の居心地は悪くない。俺専用の個室でキッチンや湯浴みする場所も常備してある。

 エマが言うには、ヨハネス陛下が俺の為に用意してくれたらしい。だが、いつまでもここを占領する訳にもいかない。人気の病室だからな。いつまでも陛下に入院代払わせるのも忍びない。


「いや、寮に戻って養生するよ」


 寮に戻るのが妥当だろうな。


「うち来たら?」


「え?2人の?」


「うん、部屋余ってるし、訓練場もあるからリハビリにも使えるよ。何かあった時のために私達もいるしね」


 なるほど、確かにそれはありがたいな。だが、2人の夫婦の営みの邪魔にならないだろうか。


「何も気にしなくていい。遠慮せずに世話になればいいんだよ」

「そうだよ!どうせ私達に子供はできないんだから!」

「おい!!」


「え?」


「あ、はは…いや、気にするな。なんでもない」

「ご、ごめんなさい…」


「ま、まぁ、よく分からないが世話になるよ」


 アレイナが何を言っているのかよくわからないが、2人の世話になるのが一番良さそうだ。まぁ、保護者でもあるしな。


「明日迎えに来るから、エマに準備してもらっててくれ」


「ああ、何から何まですまないな」


「気にするな、それじゃ、また明日」

「またね!アレク!」


「ああ、またな」


 気付くと時間は昼前だ。もうすぐエマが帰ってくるだろう。


「ぐっ…!?」


 気配を探ろうとするだけでも身体中に激痛が走る。

 俺は今完全に無防備だな。気配も探れないからいつ誰が来るかわからない。漠然とした恐怖だ。1人がこんなに怖いだなんて…。


 ◇◇◇


「アレクー!!ただいまー!!アレク!?どうしたの!?」


 エマが帰ってきた。シリウス達がいなくなって20分ほどだろうか。


「はぁ…はぁ…ひ、1人にしないでくれ…」


「ど、どうしたの…?」


「何も感じ取れないんだ…。どこに誰がいるかも、気配も感じ取れない…。いつ誰が来るかも…」


「そっか…。魔力を使えないってことは探知系の魔術も常時発動できないんだもんね…。ごめんね」


「俺は弱くなったのか…」


「違うよ。当たり前だった物が急になくなったら誰でも怖くなるものだよ」


 エマに背中をさすられていると、カルマとソフィアが入ってきた。


「アレクさん!?」


「も、もう大丈夫だ…。落ち着いた、ありがとう」


「そうですか…。あまり無理をしないように」


「ああ、心配かけたな、ソフィア、カルマ。支えてくれてありがとう」


「気にするな。当たり前のことだ」


 寮じゃなくて、シリウス達の家にしたのは正解みたいだ…。誰が居てくれる安心感がないと、恐怖で体が余計動かなくなる。

 精神が壊れかけた後遺症だろうか…。心がこれほどに弱々しくなったことはない…。


 とりあえず、シリウス達の家で生活することを伝えておいた。

 学生の間は基本寮生活だが、やむを得ない場合は宿や自宅等での生活が認められる。

 エマに移動の準備を頼むとぶつぶつ文句を言いながらもやってくれた。寮や病院の方が近いし、すぐに会いに行けないのが不満なんだろ。まぁ、シリウス達の家が遠いって訳でもないんだが。


「完全復帰はどのくらいになるんだ?」


 唐突にカルマが聞いてきた。


「どうだろな。早くて1ヶ月、長くて3ヶ月だな」


「じゃ、1ヶ月で終わらせないとね」


「なんでだ?」


 別にゆっくりリハビリしても問題ないともうけど。


「何言ってるの?3ヶ月後はもう卒業だよ?アレクは今両部門首席だから流石に卒業式は出ないと」


「え…あ…そう…」


 卒業…すっかり忘れていた。そうか、3ヶ月寝てたからもう後3ヶ月で学生も終わりなのか。5年間あっという間だったな。


「てか、俺両部門首席なの?」


「ああ、我流を含めれば確実にアレクの方が強いからな」


「ええ…。魔術はエマの方が強いだろ」


「まだアレクの魔術の応用とか扱い方に追いついた気がしないから」


「なんだよそれ。面倒臭いこと俺に押し付けただけじゃねぇか」


 俺がそう言うと2人共あからさまに目を逸らした。こいつら…。人をなんだと思ってんだ…。

 わざとリハビリ遅らせるのもありだな。


「まぁ、わかったよ。間に合わせるようにリハビリするから、シリウスも手伝ってくれるだろうし」


「おっけー!じゃ、さっそく移住だね!」


「ま、まて…。俺はどうやって移動するんだ…?」


 俺は腕しか動かせない。


「私がおぶって行くよ?」


「カ、カルマにお願いしていいか…?」


「俺は構わないぞ」


 危ない…。さすがに公衆の面前をエマにおんぶされて歩くのは抵抗がある。カルマでも恥ずかしいがエマよりかはマシだ。


 こうして俺はシリウス宅にお世話になることになった。


第119話ご閲覧いただきありがとうございます!


次回をお楽しみに!


話中に登場した【焼豚玉子飯】は、愛媛県今治市のソウルフードです!!

作者イチオシの料理なので機会があればご賞味あれ!!

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