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忘却の魔剣士~また、君を見つけるまで~  作者: KUZAKI
第九章 冒険者学校最終年
123/137

第117話 アレクサンダー・グレイブ

 

「神龍の加護を得ているのが自分達だけだとでも思いましたか?」


 溢れんばかりの闇の魔力と瘴気、これは…。


「魔神龍の加護ですよ。ギルナンドが実験した唯一の成功作とでもいいましょうか」

「そうか…。ギルナンドは実験で大量の眷属を生み出したんだったな」


 その成功作がマイズ…。今までの比じゃない気配だ。


「まずはあなたです」


 マイズが最初に目をつけたのはカルマだ。


「がぁっ!?」

「カルマ!!」


 マイズの蹴りがカルマの脇腹に炸裂し、蹴り飛ばされた。カルマは大樹に激突し、その場に倒れる。

 カルマの動体視力と反応速度を持ってしても反応することすら出来ていなかった。


「やめろ!!」

「やめるわけないでしょう。言ったでしょう?楽しい戦いは終わりだと」


 カルマは起き上がらない。気を失ってしまったみたいだ。まずい。俺とエマでどうにかなるのか…?


「さて、あなた達を殺す訳にはいきません。大人しく降参してくださるとありがたいのですが」

「するわけないだろ…」

「では、部位の欠損は覚悟してくださいね?」


 気付くとマイズは俺の眼前に迫っていた。


「くっ…」

「遅いですよ」

「ぐあっ!!」


 俺のガードしていた腕は弾かれ腹部に5発強烈な拳を食らった。堪らず膝をつく。


「あなたもです」

「えっ…ぐっ…!!」


 エマは完全に気配を消してマイズの背後を取っていた。しかし、マイズには通用しない。エマはそのまま後ろ回し蹴りを食らい蹴り飛ばされる。


「ふむ。そうですね。心を折るならこういうのが手っ取り早い」


 マイズはつかつかと倒れたエマに近づいていく。


「な…に、する気だ…!!」

「心を折ると言ったでしょう」


 エマの頭を左手で鷲掴みにし、持ち上げる。そして、マイズの右手には強く握られ闇を纏っていた。


「がああっ!!!」


 エマの腹部に拳が炸裂する。


「や…めろ…!!」

「では、降参してください」

「…しない…!!」

「薄情な人ですねぇ…。恋人が傷付いてもいいと?」

「くそがぁぁあ!!!!」


 俺は瞬時にマイズに肉薄し、夜桜を振り下ろす。


「あなた達と私とでは加護持ちの歴と熟練度が違うのですよ」

「なっ…」

「あなた達に勝ち目はありません」

「かはっ…!?」


 いつの間にか俺は蹴り飛ばされていた。見えなかった。気配で追うことすらできなかった。これが、熟練度の違い…。マイズは明らかに俺達よりも何ステージも上の龍の力を扱っている。

 レベル差がありすぎる…。


「ア…レク…」

「おや、まだ意識がありましたか。早く意識を失った方が苦しい思いをしませんよ?」

「ぐあっ!!」


 マイズはもう一度エマに拳を放つ。


「……」

「ようやく沈黙しましたか」


 しかし、エマはマイズの顔面に手のひらを向けた。


「超越級聖魔術『女神の怒り(ゴッデス・アンガー)

「があっ!!!」


 エマ渾身の一撃はマイズに直撃した。マイズの手から離れたエマは自分に治癒魔術を施そうとする。


「これは…中々、意表を突かれましたね…」

「な…んで…」


 超越級を間近で受けたにも関わらず、マイズはまだ倒れていなかった。しかし、確実にダメージは入っている。


「…腹立たしいですね」


 マイズの気配がより一層の強まった。纏う闇の禍々しさが増す。その視線は倒れるエマの方へ。そして、足を高々に上げた。


「や…めろ…!!」

「お仕置が必要ですね」

「やめろ!!!!」


 〔バキャ〕


「うぁぁぁああ!!!!!」


 マイズはエマの腕を踏み潰した。骨の砕ける音が響き渡る。


「う…うぅ…」

「はぁ…大人しくしていればこんな思いわしなくて済んだのですがね」

「う…るさい…」

「強情ですね」

「がっ…」


 エマの鳩尾にマイズの拳がめり込む。エマは完全に沈黙した。


「エマ!!!くそっ!!くそ!!」


 思うように動かない体を必死に鼓舞する。しかし、限界はとうに超えている。


「くっ…ふぅ…どうやら私も力を使いすぎたようですね…」


 少しふらつきながらそう言った。


「では、魔剣士の回収は諦めましょう。その代わり…」


 マイズは気絶しているエマを抱えた。


「賢者は回収させていただきます」

「やめろ…!!」

「あなたも近いうち回収に向かいますので、ご心配なく」

「ふざけるな!!行かせるわけないだろう!!」


 再び龍の力を解放する。魔力を振り絞り、なんとか立つことができた。カルマとソフィアはどうだ?

 カルマは完全に気絶している。しばらく起きそうにない…。

 ソフィアは必死に魔剣から魔力を絞り出そうとしているが、難しいようだ。体に力が入らず膝をついている。

 俺がやるしかない。


「既に死に体のあなたになにができると?」

「なんでもしてやるさ。例えこの身が滅んだとしても…!!」


「はぁああ!!!!」


 身体中から魔力を絞り出す。

 まだだ、まだいける。エマを助ける、この身に変えても!!


 アレクの黄色い瞳は光が増し、やがて黄金へ。


『限界とっ…


『やめろ』


 〔ドクンッ…〕


「なん…だ…」


 心臓が大きく波打つ感覚と同時に頭の中に声が響いた。


 ◇


『次"それ"を使えば死ぬぞ』

「死んだっていい。エマを助けられるならそれで」

『はぁ…お前が死んだら元も子もないだろ。我ながらエマさんの事になると視野が狭くなる』


 頭の中に響いた声の主は俺だった。平行世界から来たと思われる、もう1人の俺。精神世界で会話ができるようだ。


『今回だけだ。今回だけ力を貸してやる』

「は?力を?」

『ああ、今のお前より俺の方が何百倍も強いからな』


 くそ。我ながら腹が立つ。こんな性格してるのか俺は。


「それしか手は無いのか…」

『そうだな。だが、それ相応の代償は覚悟しておけよ』

「わかった…」

『今回だけだからな、もう負けるなよ』


 そして、俺の意識は深い暗闇へ沈んでいった。


 ◇


(なんですか…?急に龍の力の気配が消えました…。しかし、彼の底知れない強者の気配…一体何が…)


 マイズはアレクの変化を黙って見ていた。


「何十年ぶりだ?マイズ」


 アレクの見た目をしたその男はマイズに半笑いで話しかけた。


「あなたが何を言っているかわかりませんね」

「あー、そうか。すまん、気にするな」


 アレクの意味のわからない言動にマイズは顔を顰める。


「その人は返してもらうぞ。俺の大切な人だ」

「返すわけないでしょ……なっ!?」


 もう既にマイズの元にエマはいなかった。アレクの動きにマイズは反応できなかったのだ。


「酷いやられようだ…。エマさん…。あっちにいるのは、確かカルマ君か、ソフィアさんは意識があるみたいだな」


 アレクはエマとカルマを抱え、ソフィアの元へ行った。


「あ、あの…あなたは…」

「はい、あなた達と会うのは2度目ですね」

「やっぱり、平行世界の…」

「平行世界?……うーん。まぁ、そう言う感じになるのか…?確かにもう未来は変わってるから俺の存在は平行世界ってことになるのか?」

「あの…」

「あ、すみません。エマさんとカルマ君をお願いできますか?」


 アレクはにこっと笑いソフィアに言った。


「は、はい……!?アレクさん!!後ろ!!」

「敵相手に背中を見せるとは!!」


 すぐ背後にマイズが迫っていた。


「大丈夫ですよ」

「ぐあっ…!?なんですかこれは…。防御魔術…?」


 マイズはアレクの防御魔術に阻まれ近づく事ができない。


「治癒魔術をかけます」


「超越級治癒魔術『コンプリート・リカバリー』」


「超越級!?」


 アレクはエマに超越級の治癒魔術をかけた。折れた腕は元に戻り、生傷も全て綺麗さっぱり塞がった。


「君たちにも」


『エリア・ハイヒール』


 アレクも含め3人分の治癒魔術を施した。


「す、すごい…」

「それじゃ、俺はあいつ相手にするんで、エマさんのことお願いします」

「はい、あの…アレクさんは…?」

「え、俺?」

「あ、いや」


 アレクは目を点にしてしばらく考えた。


「あ、本人の事ね!大丈夫、戦いが終われば戻りますよ。俺ももう二度と出てこないので安心してください」

「そういう訳では…」


 アレクはそのまま歩いてマイズの元に向かう。


「アレク…?」


 エマの意識が戻り、歩いていくアレクの背中を見ていた。


「エマさん…」

「頑張ってね」

「はい…!」


 エマは緩んだ笑顔を浮かべ見送った。


「はぁ…この世界の俺が羨ましいな。エマさんに加えあんな美少女とも…っと雑念は捨てよう。集中だ」

「あなたは一体…。いや、あなたは誰ですか?」


 マイズはアレクの言動を不可解に思い、確信をつく質問をした。


「俺の名前は『アレクサンダー・グレイブ』"炎神"の息子にして、かつて"雷神"と呼ばれた男だ」


「は…?グレイブ…?」


 アレクの返しにマイズは混乱していた。グレイブと名乗ったという事はシリウスの子孫もしくは息子であることを表す。それに、"炎神"とはシリウスの2つ名だ。しかし、シリウスに子供がいないことは調査済みだ。

 それに"雷神"、聞いた事ない2つ名だった。


「ボーっとしてていいのか?」

「くっ…速い…」


「我流『龍迅:捌ノ太刀』」


「ぐあっ!!」


 8つの光速の斬撃がマイズを襲う。


「さすが加護持ちだな。バラバラにしたつもりだったが」

「くっ…なんですかこの力は…」

「気にするな。もう少し力入れるかぁ…」


 アレクは一旦距離を取り、集中力を高める。


「ふぅ…」


 猛々しく荒れていた雷は次第に静かになっていく。しかし、それに比例して稲光の力強さは比べ物にならないくらい増していく。

 やがて、黄色の雷は青色へ。アレクは青雷を纏った。


 圧倒的な気配にマイズは戦慄せざるを得なかった。明らかに自分のレベルを遥かに超えているからだ、この力はイグナスやシリウスに匹敵する。


「いや、彼らを超えていますね…」

「お前に勝ち目はない」


『青雷龍星群』


 夜桜から放たれる無数の稲妻はマイズ目掛けて降り注ぐ。それはさながら空を駆ける流星群のように。


「ぐああああああ!!!!」


 降り注ぐ稲妻は辺り一帯を焼き付くし、緑豊かな平原は黒焦げになっている。


「しぶといな」

「ぜぇ…ぜぇ…どうやら、退いたほうが…良さそうですね…」


 稲妻を浴びたマイズの身体中は焼け爛れ、顔には大きな電撃症が出来ている。

 マイズは1歩下がり転移魔法陣を展開しようとする。


「逃がす訳ないだろ」


「我流『昇り龍』」


「ぐぅ…」


 下段から上段へ斬りあげた青雷の太刀筋はマイズの右腕を切り落とす。


「くそっ!!」


「超越級闇魔術『ラグナロク』」


「この至近距離ではリフレクトも使えないでしょう!!」


 至近距離で放たれた超越級魔術はアレクに直撃した…ように見えた。

 目の前にいたアレクは煙のように消えていく。


「なに!?」


 マイズが捉えていたそのアレクは幻影だった。


「終わりだ」


 アレクは既にマイズの背後を取っていた。夜桜を腰に構え、技を放つ。


「我流『龍牙一閃』」


 マイズの首めがてけて青雷の一閃が放たれる。


「ラ、ラース!!!!エンビー!!!!」


 〔ガンッ!!!!〕


「チッ…そいや、七つの大罪呼び出せたんだったな」


 アレクの夜桜は漆黒の鉤爪によって受け止められた。アレクは後ろに飛び退く。


「マイズてめぇ…俺を呼び出した意味わかってんだろうなぁ?」

「緊急事態です…。代償ならいくらでも受けますよ…」

「わかってんじゃねぇか」


 ラースと呼ばれたデーモンはマイズとそんな会話をしている。アレクの予想通り、マイズは七つの大罪を完全に支配下に置いているわけではなかったようだ。


「それでぇ、なんでてめぇはあんな化け物と戦ってやがる…」

「あれは、アレクサンダーか…?」


 ラースとエンビーは冷や汗をかきながらアレクを見る。その威風堂々とした気配に天滅級のモンスターでさえ萎縮してしまう。


「"憤怒"のラースと"嫉妬"のエンビーか…」


 現れたデーモンを見てアレクは鼻で笑う。


「ふっ…。そいつらを呼んで俺を倒せると?」


 アレクの言葉を聞いてラースは額に青筋を立てる。


「舐めやがって…!!」

「ラース!!やめなさい!!」


 ラースは瞬時にアレクに肉薄し、漆黒の鉤爪を振り下ろした。


「我流『無明ノ龍』」


「な…に…」


 アレク渾身の居合はラースの体を真っ二つにした。


「俺を殺したければ魔神でも引っ張ってくるんだな」


「エンビー、ラースの回収を…。直ぐに撤退します…」

「それがいいみたいだな」


 エンビーは瞬間移動してラースの上半身を回収した。心臓が残っていればデーモンはいくらでも肉体を再生することができるからだ。


「逃がさねぇよ!!」


 アレクは夜桜を上段に構え、刀身に雷を集中させる。


「エンビー!!早くしてください!!」

「やってる!!!」


 懐から転移魔法陣のスクロールを取り出し、発動しようとする。


「死ね」


『轟雷龍斬』


 とてつもない落雷と斬撃がマイズ達めがけて放たれる。

 轟音と共にマイズ達は消えた。


「あー、逃げられた…。やっちまった…。まぁ、あとは自分でなんとかしてもらうか」


 絶望的だった戦いはたった1人の登場で全てを覆してしまった。


「ふぅ…!一件落着っと」


 アレクは夜桜を鞘に収め満足気に笑った。


第117話ご閲覧いただきありがとうございます!


次回をお楽しみに!

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