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忘却の魔剣士~また、君を見つけるまで~  作者: KUZAKI
第九章 冒険者学校最終年
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第114話 怠惰のスロウス


「それで、なんでお前らは魔龍連山の、しかも入口であんな大喧嘩してたんだ?」


俺とエマはシリウスに引きずられシリウスの家に来ていた。ソフィアとカルマも着いてきている。


「アレクがデーモンを庇ったから」

「庇った訳じゃないって…」

「どういう事だ?」


事の顛末をシリウスに話した。


「なるほどな、そのアーグってやつから悪意も敵意も感じなかったと」

「ああ」

「そうか。だが、デーモンは悪意を意図的に隠すことも出来る。下位デーモンや中位デーモンなら隠しきれず溢れることもあるが上位以上は完璧に隠蔽することも可能だ。アレクなら知っているはずだろ?それでも見逃した根拠はなんだ?」


根拠…そんなもの、


「勘だ」


俺の言葉にシリウスとアレイナは目を丸くした。そして、盛大に笑った。


「はっはっはっは!!勘か!そうか!はっはっはっは!!」

「何がおかしいんだよ。俺は真剣に言ってんだ」

「あー、はっはっ…悪い悪い…。そうだな、じゃ、アレクの勘を信じてみよう」

「なんでそうなるの!?」


シリウスは信じてくれたみたいだがエマは納得していないようだ。


「デーモンは敵だって!七つの大罪は敵だってシリウスも言ってたじゃん!」


エマの言葉にシリウスは少し真剣な顔になった。


「エマ、魔神戦争時代の文献を読んだことあるか?」

「ない…本嫌い…」

「だろうな。魔神戦争時代にも人間に味方したデーモンはそれなりにいたんだ。七つの大罪の支配から逃れるために、家族を守るためにってな。デーモンは絶対悪だとは言えない。だが…」

「だが?」


「七つの大罪は別だ」


シリウスのとてつもない殺気が家中を満たす。思わず俺達は顔を顰めた。


「ちょ、シリウス!」

「あ、ああ…すまん」


アレイナが声をかけ、何とか収まったみたいだ。


「七つの大罪は悪意の塊だ。500年前も嬉々として人間を殺していた。あいつらを討伐しきれなかったのは俺達の不手際だな」

「1体も討伐できなかったのか?」

「いや、1体だけだが討伐に成功している」

「どいつだ?」

「七つの大罪"怠惰"のスロウスだ」


怠惰か、エンビーではないのか。つまり、怠惰以外の七つの大罪は500年前から存在する悪意の権化ってことか。


「おそらく、今の怠惰は代替わりしたやつだろう。そいつがどういうやつかは知らないが、ハッキリしているのは天滅級だと言うことだ」

「そうだな」

「アーグがスロウスの可能性もある。ただ、悪意を感じないのは意図して隠しているのか本当に悪意がないのかはわからない。だから、アレクの勘に頼るとしよう」


エマはまだ納得していないのか、口をへの字にまげている。


「もし、アーグが暴れだしたらどうするの?」

「そこは心配ない。俺達は暇だからな、監視は俺とアレイナでしておく。アーグが悪だと判断したらすぐに討伐に向かう。それでいいか?」

「任せて、エマ」

「……わかった」


エマも渋々納得してくれたみたいだ。


「しかし、お前らみたいなバカップルでも喧嘩すんだな」

「するさ、たまにだけど」

「大体アレクが悪いけどね」

「は?エマが悪い時もあるだろ」

「なに?」

「なんだよ」


まだエマは怒ってるみたいだ、言葉に刺がある。俺とエマは睨み合いバチバチと火花が散るような錯覚が起こる。


「はいはい、やめやめ」

「もうあんな喧嘩は見たくありません…。肝を冷やしましたよ…」

「あれは俺とソフィアじゃどうしようもない」

「「ごめん」」

「ははっ!あんなのまだ喧嘩のうちに入らねぇよ!早く仲直りしとけ?」

「シリウスはアレイナと喧嘩したことあるのか?」

「そりゃあるが、俺の方が力が強いのは確実だからな。大体口論になって俺が負ける」

「負けるのかよ…」


確かに、シリウスはアレイナの尻に敷かれてそうだな。


「本気の大喧嘩はギムレットとしたことがあるな」

「マジかよ…」

「あれは凄かったなぁ、1週間戦い続けて山脈が1つ消し飛んじまった」

「山脈って…。どっちが勝ったんだ?」

「引き分けだ」

「へー、引き分けね」


やっぱりシリウスは化け物だな。魔神と対等に渡り合ったギムレットと引き分けって、次元が違う。


「なんで喧嘩したの?」


何の気なしにエマが聞いた。


「あー、それは、まぁ」

「ん?」


シリウスはチラッとアレイナを見た。


「女の取り合いだよ…」

「女の取り合いって…。じゃ、結局シリウスは女取られたんじゃん」

「なわけねぇだろ。その女と恋人になったのは俺だ」

「え?マレニアじゃないのか?」

「ちげーよ。マレニアがパーティーに入ったのは魔神戦争が始まる少し前だ。この大喧嘩はもっと昔の話だからな」


アレイナは少し頬を膨らましながらシリウスの話を聞いている。


「その女の人は?」

「……もういねぇよ。あいつも強かったが、魔神戦争が始まる前に死んだ」

「そうか…」

「しみったれんなよ。あいつの意志は今もここにある」


そう言って指さしたのは背中に背負う大剣だった。


「魔剣がその人の意志?」

「まあな、詳しい事はいずれわかるだろ。な?ソフィア」

「そうですね…」


ソフィアは困ったような笑顔でシリウスに答えた。魔剣使い同士でなにか分かり合う事があるのだろう。

そう言えば、アレイナが「シリウスは人を愛することを過度に恐れている」って言ってたな。それはこういう事だったのか。


「さて、良いぐらいの時間だ。飯でも食ってけ」

「準備するね!!」


アレイナは勢いよく立ち上がった。


「ま、待って!!私が準備するね…?キッチン借りていい…?」

「えー?まぁ、いいよ。エマのご飯おいしいし」

「あ、ありがとう」


なんとか最悪の事態は回避したようだ。おそらくあと1回アレイナの料理を食べたら、俺は俺じゃなくなってしまうかもしれない。精神崩壊の危機だ…。

ここは素直にエマに感謝だ。


その後は食事をとり、団欒したあと寮に戻った。


俺がアーグと姿を重ねてしまった女性はなんなのだろうか。俺はこの人を知らない。知らないが、放っておいたらまた何か嫌な事が起こりそうで不安になった。

あのエマと瓜二つの大人の女性は誰なのだろうか。


『また、私を見つけてね?アレクサンダー…』

「はい…何度だってあなたを…エマさん…」


「………あ?何言ってんだ俺。なんて言ってた?疲れてんのか…もう寝よう…」


そのまま眠りについた。


◇◇◇


「アレクー、ご飯どこ行く?」

「いつものレストランでいいだろ」


エマの機嫌はすっかり良くなっている。一晩寝ればその通りだ。実際、俺とエマの喧嘩が長続きしたことはない。


「あ…」


レストランに向かう途中バッタリアーグと出くわした。エマの体が少し強ばったが、すぐに治まった。


「よう、アーグ。なにしてんだ?」

「お昼を食べに行こうかと」

「そうか、せっかくなら一緒に食べようぜ。おすすめの店もあるから」

「いいんですか?」

「いいぞー、良いだろ?」


俺は横に並ぶエマ、ソフィア、カルマに聞いた。


「いいよー」

「私も良いですよ!」

「人が多い方が飯も美味いからな」

「だってよ、遠慮せず着いてこい」

「は、はい!」


3人もあくまで普通の少年を相手にするように接してくれている。デーモンだと分かっていても敵意がなければ悪態つく必要も無いからな。それに、なにか有益な情報を引き出せるかもしれない。


「うわぁ…こ、こんな高そうな所、僕あまりお金が…」

「金は気にするな、俺が出してやるよ」

「え!?い、いいんですか…?」

「ああ、最近持て余してるんだ、遠慮なく飲み食いしてくれ」


豪華な外観にキラキラとした内装、そこで食事をしている人達はみんなピシッとした格好をしている。

今でこそ龍皮のロングコートでマシに見えるが、昔は結構浮いていたよな。


「ワイバーンのお肉って美味しいんですか?」

「食ったらビックリするぞ?」


アーグは目を輝かせながらメニューをじっくり見ている。この反応がもし演技なら俺はなにも信じられないな。素直にこの店の飯が食えることが嬉しいのだろう。そんな様子を見ると思わず頬が綻ぶ。


「アーグは何歳なんだ?」


一通り注文を終わらし、俺はアーグに聞いた。


「11歳です」

「へー、ジークと同い年か。ここら辺じゃ見かけない顔だが、どっかから上京してきたのか?」

「はい、辺境の村から冒険者になる為にスアレに来ました。魔術には自信があったのですが、中々上手くいきませんね…」


っていう設定か。


「死ななければいずれ強くなれるさ。俺達の事は知ってるのか?」

「もちろんです。この王都であなた達を知らない人はいないと思いますよ?」

「そりゃそうか」


今アーグは人間として潜入してるんだ、パンドラとかについて得られる情報は無さそうだな。

アーグは運ばれてきた料理にヨダレを垂らしながら喉を鳴らしている。頼んだのはワイバーン肉のステーキ。ボリューム満点のスタミナ料理だ。

美味い美味いと口に運ぶ度に言っていた。これだけ見ればただの新人冒険者の少年だ。何のために潜入しているのか、マイズから何かしらの司令を受けているはずだが…。


「お昼ありがとうございました。アレクサンダーさん」

「アレクでいい。何か困ったことがあったら声をかけてくれ」

「はい!」


アーグは冒険者協会と真逆の方向に走っていった。午後からクエストだと言っていたはずだが…。どうやら方向音痴はマジなようだ。


「あら、冒険者協会ってこっちだよねぇ…?また道間違えちゃったぁ…」


アーグは立ち止まり、アレクサンダーの様子を思い出していた。


「アレクサンダー…。僕がデーモンだと気付いているはずだよね…。なのになぜ優しくする?なぜ殺しにこない…。変な男だなぁ」


〔ジリリリリ!!!!〕


「はーい。スロウスでーす」

『上手く近付く事はできましたか?』


通話先はマイズだ。


「まぁー、なんとか?」

『ほう。バレてないのですか?』

「いやー?他の3人の反応的に気付いてるっぽいけどぉ、なぜかアレクは攻撃してこようとしないだんよねぇ」

『なるほど、では引き続き彼の友人でいて下さい』

「これってなんの意味があるのぉ?」

『彼の動向を常に把握しておく為、ですかね』

「へー」

『定期連絡を忘れないように』


マイズは通信を切ろうとする。


「あ!ちょっとまって!」

『どうしました?』

「ブエイムが管理下に置いてるワイバーン少し僕に分けてくれない?」

『それは本人と交渉してください』


〔ブチッ〕


「融通の効かない人間だなぁ」


アーグはそのまま冒険者協会に向かった。


◆◆◆


〔ガチャ〕


「ふぅ…」


アーグとの通信を終えて、マイズは考え込んでいた。


「やはり…と言うべきですね」


電話先でのアーグの様子を感じてポツリと呟いた。


「アレク…ですか。それにワイバーン。上手いこと餌付けされてしまったみたいですね」


アーグの声色は上ずっていて、如何にも楽しそうな様子だった。


「彼はまだ30歳。人間の年齢で言うと10歳ほど、その強大な力で怠惰の座を獲得しましたが、やはり精神は未熟ですね。味方となれば心強いですが、敵となれば…」


マイズはニヤリと笑う。


「この作戦を決行してよかったです。悪い芽は早めに摘まないといけませんからね…」


不敵な笑みを浮かべたまま、マイズはどこかに消えていった。


◇◇◇


「なんか普通の少年だったね」

「だな、あれが演技ならお手上げだ」

「普通に可愛らしかったです」

「ワイバーンの肉俺も食べたかった」


カルマだけ全く違うことを言っている。


「頼めばいいだろ?」

「金がないんだ…」

「はー?腐るほど稼いだのになにに使ったんだよ」

「そりゃ、ファナの為に色々買ったんだ。家具から鍛冶道具まで一流の物を揃えてあげた」

「そりゃ凄いな」


カルマ大丈夫か…?良いように財布にされてる気がするけど。まぁ、本人が幸せそうならそれでいいか。


「貸さないぞ」

「借りないさ」

「ならいい」

「お前らはいいな。3人分の財産で生計を立てるんだろ?」


そう言えばそうなるか。俺とエマの金だけでもすごい額になるが、それにソフィアのもとなると一生遊んで暮らせる。

御祝儀で貰ったノーグの宝石もまだ換金していない。一生どころか人生2周は遊んで暮らせるな。


「エマは守銭奴だからな。金を出すのは俺とソフィアだけだと思うぞ?」

「確かに、そうなりそうですね」

「必要な時はちゃんと出すよ!!」


その言葉がホントかどうかは怪しいラインではあるが、楽しみがあるってのはいい事だな。精神的にも。



第114話ご閲覧いただきありがとうございます!


次回をお楽しみに!

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