第112話 その先の力
「ふあぁ…」
「大きな欠伸ですね」
「暇なんだよ…」
俺とソフィアは今俺の部屋でゴロゴロしている。午前の授業も終わり退屈しているところだ。
「エマさんは上手くこなしているでしょうか…」
「大丈夫だろ。大量発生したモンスターの殲滅だ。エマ向きのクエストだな」
「カルマさんは護衛クエストでしたっけ?」
「ああ、公爵家らしいぞ」
会話の通り、エマとカルマは単独の指名クエストに向かっている。今大注目パーティーの魔術師と剣士だ、色んな所から指名が入りひっぱりだこだ。もちろん断ることも出来るため程よくこなしている。
俺とソフィアどうかって?世界で1人の魔剣士、世界に10本しか存在しない魔剣の1本を扱う魔剣使い、国宝級の冒険者、もちろん引く手数多だ。
と、言いたい所だが実際は違う。個人で依頼するには力がデカすぎるし謎の多い力だ。稀少が故、依頼側も手が出せないんだ。
「俺達って扱いずらいんだろうな」
「まぁ、魔剣士と魔剣使いですから…」
「「はぁ…」」
別に冒険者協会のクエストに行ってもいいが暇潰しになるようなモンスターは残っていない。ここ数日で俺達が狩ってしまったからだ。まだリポップするには時間もかかる。
〔ジリリリリリリ!!!!!〕
「うわぁ!!」
「び、びっくりしました…」
「こればっかりは慣れないな…」
支給された通信用魔導具のベルが鳴った。
S級に上がると冒険者協会から支給されるらしい。1パーティーに1台だ。貴重な魔導具なため1人1台は確保できないらしい。
まぁ、エマにはノーグの遺産である魔道具の通信用魔導具を持たせている。万が一のためだ。
「はーい、こちらアレクサンダー」
『あ、よかった!!アレクサンダーさん今どちらに!?』
この声は冒険者協会の受付嬢のお姉さんだ。
「今は寮で休んでます。ソフィアもいますよ」
『ソフィアさんも…!!よかった!!』
「どうしたんですか?」
受付嬢のお姉さんの声が切羽詰まっている。余程のことだろうか。
『救援要請です!!至急冒険者協会まで!!』
「了解です」
〔ガチャ〕
通信が切れた。
「行くぞ」
「はい!!」
俺達は冒険者協会へ急いだ。
◇◇◇
〜冒険者協会〜
「なんであんな化け物が西の森にいるんだ!!」
「西の森にはローウルフや低ランクのモンスターしかいないはずです…」
冒険者協会ではホグマンの切羽詰まった怒声が響いている。
「要請を受けてきました」
「おお!アレクサンダー君にソフィア君!」
「随分慌てているようですが、どうしたんですか?」
俺が聞くとホグマンは額に冷や汗をかき顔を青くした。
「に、西の森にとんでもない化け物が出現した…」
「とんでもない化け物?」
西の森って言えば低ランクのモンスターしか出現しないはずだ。特異エリアでもない。
「カオスキメラだ…」
「なっ…」
まじかよ。カオスキメラ…。
カオスキメラは通常のキメラの突然変異種だ。キメラはあの時に全て討伐したはずだ。なぜ今になって。
「キメラは全て討伐したはずでは?」
「現在交戦中のパーティーからの報告では、禍々しい瘴気を纏っているそうだ…」
「くそっ…パンドラが隠し持っていたのか…」
だが、何のために西の森に解き放つ?まだイグナシア占領を諦めていないのか?
「西の森周辺には小さな村が点在している。これ以上好きにさせては周辺の村に被害が出る」
「周辺の村に避難警告は?」
「既に出している。スアレで受け入れる予定だ」
「分かりました。イグナス先生、シリウス、アレイナは?」
あの3人がいればカオスキメラなんか毛ほども脅威じゃないんだが。
「イグナスはモルディオに出張だ。シリウスとアレイナは結婚の報告に知り合いの所を転々としている」
「どんだけ間の悪い人達なんだよ…!!」
「現時点の最大戦力は君達だ…どうか、頼む」
ホグマンは深々と頭を下げた。お願いされるまでもない。
「すぐに向かいます。ちなみに、カオスキメラのランクは?」
「……場合によっては天滅級も有り得る…」
「…そうですか」
俺とソフィアは西の森に向かった。
◇◇◇
「天滅級…」
今の俺達には少し荷が重い…。俺の脳裏ではモルディオで相対した"七つの大罪"エンビーの威圧感を思い出す。
圧倒的な威圧感。正に絶望の象徴だった。
「アレクさん。大丈夫ですよ」
「あ、ああ…すまん…」
知らないうちに俺の体が震えていた。少しトラウマになっているのか…?
「…!!凄まじい瘴気だ…」
「そうですね…。聖属性で保護を…」
西の森に入った瞬間、とてつもない瘴気を感じ取った。
ソフィアは魔剣を抜き魔力を解放した。光はソフィアを包み込み、属性武装を施す。
俺も聖属性の魔力で属性武装を施した。
「こいつが、カオスキメラ…。実物は初めて見るな」
「すごいプレッシャー…。天滅級と言われるのも納得です…」
俺達も随分強くなった。SSランクを単独で撃破出来るほどに、だが、やはり天滅級に近いモンスターは別次元だ。
「もうすぐ救援が来るはずだ!!耐えろ!!」
「も、もう無理だ…。こんな化け物相手に学生なんかが…」
「どんなに格上を相手にしようと心だけは折るな!!」
キメラの白い体表とは違い体表は紫色、3つの首は5つまで分裂することが可能だ。そして、蛇の尻尾ではなく、5本の刃の尻尾になっている。
カオスキメラと戦っているのは俺達よりも年下の学生だった。どうやら異常調査中に出くわしたのだろう。しかし、どこかで聞いたことのある言葉だ。
「くそっ…!兄さんや姉さんならこんな所で…!」
「ジークバルト!!横だ!!!」
「あ…」
戦っていた学生、ジークバルトの横からカオスキメラの尻尾の凶刃が襲いかかる。ジークバルトは反応出来ず、その場に立ち尽くした。
〔ガキンッ!!〕
「ジーク、常に周囲に気を配れとあれほど言っただろ」
「ア、アレク兄さん…」
間一髪で刃を受け止める事に成功した。
しかし、とてつもない力だ。俺の夜桜がギリギリと押される。
「アレクさん!」
「サンキューソフィア」
ソフィアの助力で押し返すことに成功した。これは様子見をしている場合じゃなさそうだ。
「ジーク、お前イグナシアの冒険者学校に入学してたんだな」
「あ、はい。一応最強決定戦にも出ていましたけど…」
そうなのか、そういやエマが勝つからと出場メンバーは見てなかったな。
「アレクさん、積もる話もあるでしょうけど、まずは対策を立てましょう」
「そうだな」
さて、どうするか。
「兄さん!僕も戦います!」
「ダメだ」
ジークはやる気を見せているが、ジークが加わったところで大して戦力にならない。ジークが弱い訳じゃない、カオスキメラが強すぎるんだ。
それに、ジークの体はボロボロだ。カオスキメラを相手にここまでよく耐えたもんだ。
「近隣住民の避難と負傷した冒険者の撤退を手伝え。カオスキメラは俺とソフィアで十分だ」
「でも…」
「でもじゃない、今のお前では力不足だ。今自分が出来る最善を考えろ。逃げることは恥じゃない、いいな?」
「はい…避難が終われば後方で待機しておきます」
「はぁ…好きにしろ」
この頑固さ、誰に似たんだか。まぁ、後方で見るくらいはいいか。
「どうします?」
「そうだな…。通常のキメラと能力はほぼ同じだ、高い再生能力を持っている」
「長期戦は不利ですね」
「ああ、様子見はなしだ。最初から全力でいくぞ」
「はい!!」
ソフィアは魔力を全開放し、耐えうる限りの聖を纏う。
俺は龍の力を解放し、強化された雷を纏った。
「ソフィア、合わせろ」
「はい」
俺とソフィアはカオスキメラに同時に肉薄し、剣を振り下ろす。しかし、尻尾の刃で受け止められた。
ガンッととてつもない衝撃が西の森全体に響き渡り、周囲の木々が大きく揺れる。
「厄介な尻尾だ」
「頑丈ですね。なんの素材で出来てるんでしょうか」
俺の夜桜とソフィアの魔剣は無傷だが、カオスキメラの尻尾は少し刃が欠けている。
「向こうの方が脆いみたいだ」
「先にあの尻尾をどうにかしましょう」
「そうだな」
俺とソフィアは左右に展開する。
「痺れとけ」
「雷魔術『轟雷』」
カオスキメラに向かって大きく拡がった雷電は対象を包み込み、一時的に行動を制限した。
「魔剣技『セイクリッド・セイバー』」
ソフィアの放った一撃は5本の尻尾のうち3本を切り落とした。
「すみません!2本残りました!」
「十分だ」
俺は残る2本を切り落とす。しかし、尻尾は根元から再生を始めた。
「尻尾も再生すんのかよ」
「しかし、再生には時間がかかるようですね」
確かに、尻尾の再生は他の部位に比べて遅い。これなら尻尾は切り落とせば問題なさそうだ。
だが、いちいち再生されるのもキリがない。
「やってみるか…」
俺は夜桜を正眼に構えた。
「ソフィア、カオスキメラを引き付けてくれ」
「了解です」
ソフィアは飛び出し、カオスキメラの猛攻を全て受け流している。さすがだ。
「ふぅ…」
俺はソフィアを信じて瞳を閉じ、集中力を高める。
アルテナ島での修行、イグナシアに戻るまでの2年間の旅路、それらの経験を経て俺は雷魔術を100%扱えるようになった。
だが、龍の力を得たことでそれより先の世界を肌で感じた。恐らくこれがイグナスやシリウス達が感じている力の世界なのだろう。俺も早くそのステージへ…。
「ふっ…!!」
高めた魔力を一身に纏う。とてつもない威圧感を放つ魔力はその場を押しつぶすように圧迫する。
黄色の雷電は出力が上がるに連れその色を変化させる。そして、その雷は赤色へと変化した。
龍のように縦に割れた瞳孔からは赤い雷光が揺れる。西の森に影ができる、纏う赤い雷は上空に雨雲を作り出し、周囲に落雷を発生させる。赤い雷の降るその光景はまるで天変地異が起きているようだ。
「!?ガアアアアア!!!!」
俺の変化に気付いたカオスキメラは雄叫びをあげ、俺の方に一直線に向かってきた。危険度を察したのだろう。
「させません!!」
そんな隙をソフィアが与えるはずも無く、カオスキメラを足止めする。
「ソフィア!引け!」
「はい!!」
俺の声を聞き、ソフィアが大きく後退した。
「再生も出来ないぐらいボロボロにしてやるよ」
俺は夜桜を大きく振り上げる。
『覇龍赤雷』
振り上げた夜桜をカオスキメラに向けて強く振り下ろした。
振り下ろされた夜桜から高出力の赤雷が放たれる。それはカオスキメラを中心に扇状に広がり西の森を赤雷で焼き尽くした。扇状の中心では地面がパックリと割れていた。拡張された斬撃が直撃したからだ。
「はぁ…はぁ…カオスキメラは…?」
「綺麗さっぱりですよ。辛うじて尻尾刃だけ残っていますが」
「そ、そうか…」
とてつもない威力だった。カオスキメラも綺麗さっぱりか。
安心したのも束の間、俺の心臓がドクンと大きく波打つ感覚に襲われた。
「がああ…!!」
「アレクさん!!」
「だ、大丈夫だ…。しばらくすれば…ぐっ…!!」
「しかし…。これは…?唐草模様の痣…?」
俺の右肩は焼けるように熱かった。右肩に現れた龍の紋章は大きく広がり、俺の首まで伸びていた。
「まだ…耐えられる体じゃないってことか…」
「これが龍の力ですか…?」
「扱える範疇を超えたってことだ…」
やっぱりまだ完璧には扱えないか…。こうなる事は予想していた。調子に乗った訳じゃない。俺が今どの段階か確かめておく必要があったんだ。
「はぁ…はぁ…まぁ…成長はしてるな…」
「でも…苦しそうです…」
「苦しいが…少し前なら、力に耐えきれず龍になっていただろうな…十分成長だ…」
「アレクさん…」
ソフィアは倒れた俺の隣に座り、そっと手を握った。
「ありがとう…たぶん、1時間くらいで戻るから…」
「はい、大丈夫ですよ。傍にいますから…」
俺は1時間みっちり地獄を味わった。
◇◇◇
「な、なんだこれは…」
応援に駆けつけたであろう冒険者は絶句していた。
「ここが、西の森…?」
自然豊かな西の森の面影はなく、そこは炭と化した木々がボロボロと崩れていく焼け野原だった。
「先に駆けつけたS級冒険者達は無事か!?」
冒険者は慌てて周囲を見回す。
「無事ですよ」
「おわ!?君達がアレクサンダー君とソフィアさんか」
ぬっと背後から現れると冒険者は驚いて腰を抜かしそうになっていた。
「この惨劇は凄まじいな…。カオスキメラ…西の森を焼き尽くすとは…」
「え?あ、ははっ…そうですね…」
どうやろこの人は勘違いしているようだ。まぁ、カオスキメラのせいにできるんならしておくか。
「それで、カオスキメラはどうしたんだ?」
「討伐しましたよ。これが証明です」
辛うじて残っていた尻尾刃を渡した。
「え!?も、もう!?」
「はい、カオスキメラは天滅級じゃなかったです。SSランクの中で少し強いくらいの実力でした」
「そ、そうか…。まぁ、それを1時間程で討伐してしまうのもすごいが…」
冒険者は苦笑いしながら、ブツブツと言っている。
「ホグマン会長への報告は任せても良いですか?少し疲れまして」
「ああ!しておくよ!ゆっくり休んでくれ、お疲れ様!」
走り去っていく冒険者を見送り一息ついた。
「さすがにやりすぎですよ」
「ごめんって」
焼け野原になった西の森を見てソフィアがため息をついた。
「植樹に寄付しとくか」
「それがいいです。流石の戦闘力と言いますか、アレクさんに追いつける気がしません」
「何言ってんだ。ソフィアだって1人で足止めしてたろ。余裕で」
あの身のこなしは素晴らしかった。分かっていたことだが、ソフィアはまだ全力じゃない。底知れなさで言ったらカルマ以上だ。
「なんにせよ、天滅級じゃなくてよかった」
「天滅級になると、さっきのアレクさんの力でも勝てませんか?」
「無理だな」
天滅級は今の俺達じゃ到底敵わない。今日だって天滅級と聞いて死ぬ覚悟で来たんだ。
「さっきの赤雷も全体の20%程だ。SSランクは余裕で相手にできるが、天滅級はSSランクとは根本的な強さが違う。1体が世界の脅威となるんだ、次元が違う」
「なるほど…。もっと鍛錬しないといけませんね」
そうだ。俺達は近い将来七つの大罪や魔神との戦いがある。中々現実味のない話ではあるが、その時は来る。
「まだまだ、これからだ」
俺とソフィアは帰路についた。
「なにか忘れてないか?」
「?忘れ物ですか?」
「いや、なんでもない」
何か忘れている気がするが、気のせいだろ。
「兄さぁん!!姉さぁん!!西の森ってどこでしたっけ!?なんか焼け野原に着いちゃいました!!誰かー!!!」
ジークの事を思い出したのは、寮に着いてからだった。
◆◆◆
薄暗い部屋では3人の影が揺れている。
「うわぁ…カオスキメラ倒しちゃったよ…」
「まぁ、そうでしょうね。SSランクは最早敵じゃないでしょう」
「2年半前はSSランクの魔龍に苦戦してたのに」
そう話すのはマイズとブエイムだ。遠距離でも戦闘を見ることが出来る魔導具でアレクサンダーとソフィアの戦闘を観察していたようだ。
「ふあぁ…それでぇ、僕はどうしたらいいのぉ…」
大きく欠伸をするのは10歳くらいの少年、しかし、額に黒い角が生えている。デーモンだ。
「そうですね。まずは人に擬態して彼らに近付いてください」
「んー、別にいいけどさぁ、バレるよぉ?さっきの人達のレベルは既に僕達に近付きつつあるし」
「大丈夫ですよ。近付きつつあると言っても100歩中の1歩です」
「バレたら殺しちゃうよぉ?」
デーモンの言葉にマイズはピクっと反応する。
「それは…いけませんね」
殺意の籠った瞳でデーモンを睨みつける。
「はいはい、殺さないよぉ、それじゃー、行ってくるねぇ」
そう言ってデーモンは消えた。
「ええ、頼みますよ。七つの大罪"怠惰"のスロウス…」
アレクサンダー達に、七つの大罪が近づく。
第112話ご閲覧いただきありがとうございます!
次回をお楽しみに!




