閑話 人間が龍に恋をした話
「はぁ…退屈じゃのう…」
2人を見送ったあとアルはため息ばかりついている。
始祖の龍にとって半年とは極僅かな時間という認識だった。しかし、共に過ごす喜びを知ってしまうとその僅かな時間が惜しくなるものだ。
「アレクを見た時、お前の生まれ変わりかと思ったぞ、黒髪じゃし」
ノーグの写真を見ながら、この半年を思い出す。
「じゃが、アレクはアレクじゃったなー、なんと言うか生意気なクソガキじゃ。エマは素直な可愛い子じゃ。どちらも愛おしいのぉ…」
真新しい1枚の写真を見てアルの頬が綻ぶ。
「ノーグにも会わしてやりたかったの…。ノーグが逝ってもう1000年か…懐かしいの…」
◆◆◆◆◆
エノリス大陸の中央に聳える山。人はそこを『聖神龍の住処』と呼び、聖域としていた。
聖神龍の住処の麓にある国『ニエロア王国』。そこには黒髪の少年がいた。
「あんた、名前は」
「野口狩米です」
「のぐ…ち…かりま…。呼びずらい名前だなぁ…」
「そうなんですか?うーん。なら"ノーグ"で!オンラインゲームではこの名前でやってたんです!」
「おんらいんげーむ?お前が何を言ってるかさっぱりわからんが、ノーグとして冒険者登録しておくぞ」
「はい!」
黒髪の男、ノーグは茶色の瞳を輝かせ自然豊かな王国を見渡す。
「すごい…!やっぱり異世界だ…!ラノベみたいな事ってホントにあるんだな!」
ノーグはテンション高めに街を見て回った。
「転移する前は成人前だったのに、この世界じゃ僕はまだ14歳か…」
そして、ノーグの目には一際目を引く大きな山を見た。
「おじさん!あそこの山ってなんですか?」
「なんだおめぇ、聖神龍アルテナ様を知らねぇのか?」
「龍!?ここに来たばかりであまり詳しくないです」
「アルテナ様は始祖の龍と言われていてな、なんでも世界が出来たときに生まれた7体の龍の1体らしい。力は絶大…っておい!」
話を最後まで聞かずにノーグは走り去っていった。
「すごい!すごい!龍だって!ファンタジーだ!!」
ノーグが一直線に走っていくのは聖域と言われる聖神龍の住処だった。
聖域は新米冒険者が入れる場所ではなかったが、ノーグは巧みに監視の目を逃れ、聖域に侵入した。
「聖域って言うから、なんかすごいキラキラしたとこかと思ったけど…普通の森だなぁ…」
予想外に普通な聖域を見てノーグはガッカリしていた。すると、
『そりゃそうじゃろ。聖域とはあやつら人間が勝手に付けた名前じゃからな』
ノーグのすぐ背後に金髪で黄金の瞳の女性が立っていた。
「うわぁぁあ!!!!誰!?!?」
「うるさいのぉ…。妾が誰かわからんのか?」
「知らないよ!ここには聖神龍っていうすごい龍が居るって聞いたんだ」
「それで?ここにきてどうするつもりじゃった?」
女性の鋭い目付きにノーグは若干腰が引ける。
「な、なにもしないよ。ただ、1目見るだけだよ」
「………ふむ。嘘はついておらんようじゃ」
「お姉さんはどうしてこんなとこにいるの?ここは聖域だから一般人は入れないはずだけど」
「お主が言うか…。妾は入れるんじゃよ。そうじゃな…アルとでも呼べ」
「そうか!よろしくね!アル!」
「お、おう…」
これが、ノーグ、後のノーグ・ベイガールと聖神龍アルテナの出会いだった。
それから、ノーグは聖域に通い詰めるようになる。冒険者登録したはいいが、特にやることも無いためお金を貯めつつ暇を見てはアルに会いに行っていた。
「ノーグよ、お主はなぜこんな場所に通うのじゃ?」
街で買ってきた肉串をむしゃむしゃと食べながらノーグはアルに答えた。
「え?暇だから」
「そ、そんな理由か…」
「アルと喋るのも楽しいしね!それに、龍を見るまで通うつもりだよ」
「へー、そうか。変わっておるな」
しばらくそんな生活が続いたある日、冒険者協会でノーグは話を聞いていた。
「ランクアップ?僕がですか?」
「お前以外誰がおる。お前は今日からSS級だ」
「ふーん。SS級ってどの辺ですか?」
ノーグの答えに周囲は唖然とした。
「「「1番上だよ!!!」」」
「え!?そうなの!?」
ノーグはいつの間にかSS級に認められるほどの力を持っていた。
「お前が小遣い稼ぎと言って倒していたモンスター達はどれもSランク以上だ。昨日お前が鼻歌交じりに倒した10体のモンスターはキメラって言って、複数いれば天滅級と言われる程の敵だ」
「へー、てんめつきゅうねー、なるほど」
「わかってねぇだろ…まぁ、お前はそれでいい。格安でSS級の力を貸してもらえるんだ。俺達からしたらお得な話だ」
こうして、ノーグはいつの間にか史上最年少14歳でSS級の冒険者になっていた。
そして、いつもの様にアルの元にやってきた。SS級冒険者になったことで自由に聖域に出入りが可能になったので、以前よりすんなり会えるようになっていた。
「ほう、これがSS級冒険者のカードか。あんまし変わらんの」
「だろー、もっと金ピカに輝いてたっていいよな」
「まぁ、妾はノーグがSS級になると思っていたがな」
「そうなの?てか、SS級ってそんなにすごいの?」
「お主はホントに自分の興味が無い事はほったらかしじゃの…」
ノーグは基本的に自分の興味があること以外は無頓着だ。だが、興味があることには人一倍のこだわりを持つ変わった男だった。
「ねぇねぇ、アル、こっち見てよ」
「なんじゃ?」
〔パシャッ〕
「な、なんじゃ!?お主何をした!」
突然ノーグは光を放つ箱をアルに向けた。その箱は不思議な音を立てたが、特に何も起こらない。
「まぁ、待って」
「ん…?」
箱の下から何か紙が出てくる。それにはアルの顔が写っていた。
「これは絵か?しかし、精巧じゃな」
「これは絵じゃないよ。"写真"って言って光が放ったその瞬間を切り取って紙に写すんだ」
「なんと…。聞いたことも無い魔導具じゃ。お主が作ったのか?」
「そうだよ!すごいだろ!」
「すごいぞ!本当にすごい!」
瞬間を切り取り紙に写す。そんな魔導具は世界のどこにも存在していなかった。天才的な発明にアルは自然とテンションが上がっていた。
「そんなに喜んでくれるなら作ったかいがあるな!実はまだまだ考えている物がたくさんあるんだ。また出来たら見せに来るよ」
「よろしく頼むぞ!」
ノーグは異世界『日本』での知識を活かし数々の魔導具を開発して行った。
ノーグとアルはほぼ毎日顔を合わせている。話も合う、互いが惹かれ合うのも当然だろう。
しかし、事件は起こる。
「ノーグ、国王が謁見に来いってよ」
冒険者協会の会長がノーグに声をかけた。
「謁見?国王の名前なんだっけ」
「バカ!首はねられるぞ…モッゾ・ニエロア国王陛下だ」
「なにその〇ッシュ〇ラムラみたいな名前」
「何言ってんだ?いいから早く行ってこい」
ノーグは国王に謁見する。そこで、衝撃的な事を言われた。
「ノーグ。お主には【聖神龍アルテナの討伐】をしてもらう」
「………は?」
ノーグの思考が止まる。アルテナはこの国のいや、大陸の守り神のはずだ。それを討伐?正気じゃない。
ノーグはそう考える。
「な、なぜ討伐を?」
国王はノーグの問に欠伸をしながら答えた。
「あの山は資源が豊富での。たった1匹の龍には勿体無い。それに、守り神なんかおらずともノーグがおれば問題なかろう」
でっぷりと太った身体を似つかわしくない玉座に預けボリボリと腹をかいていた。
今までアルテナに守護されていた事実を蔑ろにしての王の言葉。ノーグには到底受け入れられなかった。
話は1度持ち帰ることにして、謁見は終わった。しかし、アルテナ討伐の噂は瞬く間に広がりそして、たまたま人里に降りていたアルテナ本人の耳にも入った。
ノーグが自分を殺しにくるかもしれない事実を。
次の日。ノーグはいつもの様にアルの元へやってきた。いつもの様に笑い、いつもの様に話た。そしてアルは例の件について話た。
「ノーグ、お前はアルテナを殺すのか?」
「んー、その話な…」
どうもノーグの歯切れが悪い、アルの頭は悪い方へ考えいってしまう。
「お前に殺せるのか?アルテナを」
「殺すなんて言ってないだろ」
「ではどうして黙る!!」
アルは思わず声を荒らげてしまった。すると、ノーグは困ったように笑った。
「僕が、君を殺せる訳ないだろ?」
「……なぜ妾じゃと思う…」
「この山には人1人いないはずだ、でも君はいつもいる。ちょっと世間離れした考えや、そのただならぬ気配。それに、龍は人に擬態できると聞いた」
それを聞きアルは立ち上がりノーグと距離をとった。
「そこまでわかっておいてその不遜な態度はなんだ?妾は始祖の龍ぞ。生意気よのう。人間風情が」
アルはそう言い放ち尋常じゃない殺気をノーグに向けて放つ。殺気に晒されたノーグは思わず膝を着く。
「アル…?」
「過去にも妾の討伐を目論んだ愚か者は何人かいた。そして、その度に妾はその者を殺し、この山の守り神として君臨したのじゃ。わかるか?お主も今からそうなる」
冷酷な瞳でノーグを睨む、そして瞬時に肉薄しアルの拳がノーグの鳩尾を捉えようとする。しかし、
「なぜ避けない…」
寸前でアルの拳は止まった。
「お主なら妾の動きも見えていたはずであろう!なぜ避けん!」
するとノーグはへらっとした顔で言った。
「アルに殺されるならそれも悪くない。僕は君を愛しているから」
「なにを…妾は始祖の龍じゃぞ、人間とは違う」
「違くないよ。僕からしたら君も1人の女性だ。人間であろうが龍であろうが関係ない。僕は君という存在を心から愛してしまったんだ」
「なにを言って…」
「アル!!」
アルは思わずその場を去ってしまった。わからない。なぜあの男は自分を愛したのか、人間からは崇められる、それが普通だった。でもあの男は自分を女性として見ている。わからない。愛とはなんだ、生殖本能のない始祖の龍に分かるはずがない。
そうアルは思い込んでいた。「愛していると言われて嬉しかった」その本心に戸惑いながら。
その後もノーグは何度も聖域を訪れた。しかし、アルが現れることはなかった。訪れる度に、愛していると姿を見せてくれと何度も何度も叫んでいた。
そんなノーグを影からアルは見ていた。でも、もう一度ノーグの前に出る勇気がでなかった。
そして、国王はノーグに討伐の件の決断を急がせた。ノーグの心は最初から決まっていた。その事を伝える為に、今日もノーグは聖域を訪れた。
相変わらずアルは出てこない。
「アル!!!僕は君に伝えることがあるんだ!!」
ノーグの声は聖域に木霊する。
「もしかしたら、これが最後になるかもしれない!!どこかで聞いてるんだろ!?」
それでもアルは姿を表さない。
「僕は今からニエロア王国を滅ぼす!!!君を殺そうとする国なんかあってたまるか!!!もし僕が死んだら盛大に笑ってくれ!!馬鹿な男だと!!生きて帰ってこれたら!!!どうか!!また姿を見せてくれ!!」
ノーグの叫びは聖域に木霊した。アルはノーグの発言に困惑していた。ニエロアを滅ぼす?ニエロアは小国だがたった1人で滅ぼせるほど甘くない。いくらノーグが強かろうと命を落とす可能性の方が高い。
「さ、さすがに冗談じゃろ…どうせそう言えば妾が姿を現すと思ったのじゃろ。浅はかじゃな、仕方ない次は姿を見せてやるか」
アルは冷や汗をかきながらそう言った。
しかし、数分後、麓の王都で火の手が上がった。
「あのバカ!!!」
アルは山を降り、王都に向かった。
王都は既に戦場となっている。状況は、ノーグVS1万を超える兵士。王都の住人が避難するまで防御に徹していたようだ。一方的に攻撃を受けていたようだが、ここからノーグの反撃が始まる。
いや、反撃と言うより一方的な蹂躙だ。
ノーグVS1万を超える兵士の戦争は一撃で終わった。
「滅級火魔術『紅焔』」
ノーグは王都の外から極小の火の玉を放った。その極小の火の玉は王都の中央、モッゾの銅像に着弾した瞬間、王都を包み込むほどの巨大な火に包まれた。
その日、ニエロア王国の王都は地図から消えた。
「ノーグ!!!!」
「あれ?アル、君から会いに来てくれたんだ」
「バカもの!!!なぜこんな事をした!!」
「言っただろ?愛する人を殺そうとする国なんて許さないよ」
「バカ…」
アルはノーグに抱きついた。生きていることに安心し、ホッと胸をなでおろした。
「アル、実は今日僕15歳の誕生日なんだ。だから、その…良かったら、恋人になってくれないかな…」
ノーグは少し照れくさそうに言った。
「妾は愛はわからん…。お前の望む恋人になれんかもしれんぞ…?」
「いいよ、僕がその愛を教えてあげるよ!ダメかな…?」
アルは少し嬉しそうに少し照れくさそうに頷いた。
こうして、2人は結ばれた。
その後、革命を起こしたノーグは新国の国王を名乗り出て、自らをノーグ・ベイガールとそして、新国家ベイガール魔導王朝を建国した。
ノーグの魔導具の技術、魔術の力で勢力を伸ばし最終的にエノリス大陸を支配する大陸の王となった。
それからは幸せな日々だった。アルは悪態をつきながらもノーグの事を想いそばに居た。
いつしか、アルはノーグの子供を身篭りたいと考えるようになった。生殖本能の無いはずの始祖の龍には考えられないことだった。
おそらく、ノーグとの愛の形がほしいと思ったのだろう。だが、やはり確率は低いのだろうか、アルはノーグの子供を身篭ることはなかった。
そして、建国から45年。謎の魔力炉暴発が起こり大陸は分裂、ベイガール魔導王朝は45年という浅い歴史で幕を閉じた。
◆◆◆◆◆
「はぁ…妾のために国を滅ぼす男なんてノーグぐらいじゃろうな…。惚れるのと当然であろう」
机の上には写真が飾られている。アルお手製の写真立てだ。ノーグとの思い出が詰まっている。1000年経った今でも状態が良いのはノーグが状態保存の魔術を施したからだ。
「ふふっ…良い写真達じゃ…」
ノーグの写真、2人が写った写真。そして、アレクとエマとアルが写った写真が飾られていた。
「また会いたいのう…」
アルはそう呟きながら机の写真を眺めていた。
閑話ご閲覧いただきありがとうございます!
これがノーグとアルテナの出会いの物語です!
次回も閑話です!お楽しみに!




