第100話 もう1人の家族
今回で100話目です!
1週間、俺とエマは地獄を見た。
体内で暴れ狂う龍の力を抑える為に必死に足掻く。身体を内側から引っ張られるような感覚。今にも身体中が引き裂かれそうな痛み。体を少し動かしただけでも、叫び上がる程の痛みが襲う。もちろん動かなくても常に激痛は体を駆け巡る。
5分は経ったと思っても実際は数十秒ほど。長い長い1週間だ。
あまりの激痛に俺とエマは泣き叫びもう嫌だと暴れたこともあった。その度にアルは大丈夫だと言い聞かせ抑えてくれた。
◇◇◇
1週間後…。
「はぁ…はぁ…終わった…」
「本当に地獄だった…」
「よく耐えた。流石じゃ」
無事龍の力を制御することができた。アルは耐え抜いた俺達を抱きしめた。
半身に広がっていた唐草模様は消え、俺は右肩にエマは左肩に龍の紋章が刻まれていた。
「ちょ、ちょっと!アル!こんな紋章あったら可愛い服着れないよぉ…」
「安心せい、今は出ておるがしばらくすると消える。龍の力を解放した時に浮かび上がる仕組みじゃ」
「そ、そっか、よかった…」
お洒落に無頓着だったエマがそんなことを…。ソフィアやアレイナに着せ替え人形にされたのが良かったみたいだな。
「龍の力って言っても実感ないな」
力が溢れる!!とかそういうのも無い。ただただいつも通りだ。
「そうじゃろうな。龍の力は2人の魔力と融合したのじゃ、感覚的には前と変わらん。まぁ組み手でもしてみると嫌でも実感するじゃろ」
俺とエマはいつも組み手をしている場所に向かった。
◇◇◇
「起きたばっかなのに、普通に体動くな」
「龍の力に耐えられる体なんじゃ、体力も並ではなかろう」
「なるほどなー」
俺とエマは向かい合う。
「全力出しても大丈夫か?」
「もちろん!私も全力だよ」
「あ、そうじゃ。アレクよ、もう剣術を使って構わんぞ」
「え!?ズルくない!?」
「いいのか?」
剣術も使えるならいい勝負が出来そうだ。
「魔術だけに絞ったのは龍の力に適応する体を作るためじゃ。もう適応できておるから魔術に絞る必要は無いんじゃよ」
「なるほどな」
俺は魔導袋から夜桜を取り出した。
「半年ぶりだな…」
夜桜を腰に挿し、抜刀した。漆黒の刀身に刃の部分は薄ら赤みがかっている。刀身に合わせ横に広がった鍔の中央には紅の魔力石が嵌め込んである。
しっくりくる。そうだよ、これが俺だ。夜桜を握り目を閉じる。
感じる…龍の力と融合した俺の新しい魔力。
『属性武装:雷』
『属性付与:雷』
解放した魔力から猛々しい雷電が俺の身を纏う。予想以上の出力だ。もう何%とか気にしなくて良さそうだ。
「す、すごい…」
エマは思わず息を飲む。
「私だって!」
『属性武装:風迅』
エマが風を纏うと同時に物凄い暴風が吹き荒れる。
「万全でいかないとね」
そして、周囲には各属性の球体が浮かび上がる。
「殺す気か!!」
「流石に破壊光線は使わないよぉ、これは色んな使い方があるんだよ」
そう言うとエマは構えた。合わせて俺も刀を構える。雷と風が激しくぶつかり合う。いつもの特訓場所は風と雷が吹き荒れる危険地帯となった。
「はぁ…すぐ決着が着きそうじゃ」
アルは少し呆れ気味にため息をついた。
「「いくぞ!!」」
俺とエマは瞬時に肉薄した。したは良いが、速すぎる。
「「え?」」
〔バコーーーン!!!〕
「があっ…」
「ぐあっ…」
強化されたスピードに対応出来ず、互いの額がぶつかりあった。ごっつんこなんて生温い物じゃない、頭蓋骨がかち割る勢いだ。
あまりの衝撃に俺とエマは気を失った。
「ほらみろ…2人も十分馬鹿じゃの…」
アルは呆れながら2人を抱え家に戻った。
しばらくして俺とエマは目を覚ました。それにしてもよく頭蓋骨砕けなかったな。これも龍の力のおかげか?
「痛てて…ズキズキする…」
「バカ!!アレクの石頭!!うぅ…割れるかと思ったぁ…」
「エマが石頭だろ!考え無しに突っ込んできやがって!」
「アレクが石頭なの!見てよ!私のたんこぶの方が大きい!!」
「俺の方がデカい!!石頭!!」
「バカバガバカ!!」
「どっちもどっちじゃ」
「「痛っ」」
ギャーギャーと言い合いをしているとアルにチョップされた。
「いきなり全力で戦う馬鹿がどこにおるか。試したことの無い未知の力なんじゃ、未知に対して慎重になれとあれ程言うたろうに…先が思いやられるぞ…」
「ご、ごめんなさい…」
「悪かったよ、調子に乗った…」
しょげる俺達を見てアルはクスリと笑った。
「残りの1週間は自分の力を慣らすように!それが出来たら半年の特訓の全課程修了じゃ!」
アルは嬉しそうに胸を張って言っているが、あと1週間で別れ。寂しいのだろう、少し表情が暗い。かく言う俺達もすごく寂しい。
「ああ、あと1週間頑張るよ。な、エマ」
「うん…」
それから1週間はあという間だった。
アルから力の扱い方についてレクチャーを受けながらエマとひたすら組み手。徐々に出力を上げ、1週間後にはそれなりに扱えるようになった。
アル曰く、完全に力を扱えるようになれば奥義を使えるようになるらしい。どんな技か聞いたが教えてくれなかった。その時のお楽しみらしい。
そして、最終日。アルテナ島に飛ばされて今日で丁度6ヶ月になった。
「なぁ、失敗作が眷属なら成功作はなんて言うんだ?」
別に眷属と呼ばれても俺は構わないが、それを言うとアルは露骨に嫌な顔をするからな。
「人間社会では龍の力を『神龍の加護』と呼んでいるそうじゃ。故に2人は『聖神龍の加護』を持つ者と呼ばれるじゃろ。略して加護持ちじゃ」
「安直だな」
「アルは私達以外に誰に加護を与えたの?」
確かに気になるな。魔龍や基本4元素の龍はよく聞くが聖龍だけは全く聞かない。
「1000年前にノーグに与えたのう…。あとは、500年程前に光の神子とか言う"マレニア・ミアレス"と言う女に与えたの」
「「光の神子!?」」
光の神子…500年前ってことはプライドを封印した人だ。
「あやつは図々しい女じゃったなぁ。会うなりいきなり加護が欲しいと言ってのう。なんでも勇者の為に強くならなければいけないとか言ってのう」
勇者?光の神子と勇者は仲間だったのか?
「あまりにしつこいから適当に力を与えたのじゃ、どうせ適応できずに龍になるじゃろうと思ってな。じゃが、あやつは適応し、妾に深々と頭を下げて去っていったのじゃ。「この恩は一生忘れません」とか言ってのう」
「その後はマレニア・ミアレスと会ったのか?」
すると、アルは渋い顔をした。
「会ったが…変わり果てておったの…。酷く窶れ隈も酷かった。当時の面影は感じれんかった。魔神戦争は勇者の勝利じゃ、なのになぜあやつはあんなになってしまったのじゃろうな。恩と言って建てたのがこの家じゃ。その後の行方は知らん」
「そうか…」
マレニアの身に一体なにがあったんだ…?やっぱり、500年前の魔神戦争には色んな秘密が隠されてそうだ。
「アルはあまり加護を与えないんだな」
「妾は認めた者しか力を与えん。マレニアは例外として、ノーグ、アレク、エマだけじゃ。この意味がわかるか?」
「最愛の者…家族の絆か…?」
「そうじゃ…」
そう言ってアルは俺とエマを抱きしめた。
「そろそろ時間じゃろ?小船を用意してある。嵐は妾が何とかするからアレクとエマは前だけ見て進むのじゃ」
「アル…離れたくないよぉ…」
エマはポロポロと泣き始めた。
「たった半年じゃが、妾にとってはかけがえのない日々じゃった…。再びノーグに引き合わせてくれたのは2人のおかげじゃ。今ではノーグと同じくらい2人を愛しておるぞ…」
アルは俺達を強く抱き締めたあと離れた。
渡すものがあると言って大急ぎで家まで戻っていった。
アルには沢山の物を貰った。これ以上なにを貰えるんだろか。
俺とエマが砂浜で小船を出す準備をしているとアルが戻ってきた。何やら服を持っているようだ。
「アレク、エマ。その服じゃ格好つかんぞ」
俺達は自分の格好を見る。魔龍との戦いでトレードマークの黒いマントは焼き払われてしまったから、今は白いワイシャツに黒のズボンだけだ。
「アレクにはこれを」
手渡されたのはチャコールグレー(濃い灰色)のロングコートだった。
「うむ。ピッタリじゃな」
「これは?」
「妾の翼膜で出来たロングコートじゃ」
アルの翼膜…。そう言えばこの人始祖の龍だったな。
「ちぎったのか?」
「なわけなかろう!大昔に魔神龍と喧嘩しての、その時に翼を切り落とされてな。今はもう再生しておるが。その素材で作ったのじゃ」
自分の一部を素材って…。
「これはノーグに贈ったものじゃったんじゃが、あやつ「白は趣味じゃない」とか言ってこの色に染めたんじゃ、ひどいやつじゃろ?」
そんな事言いつつアルは少し嬉しそうだ。
「ノーグの魔導袋の中に入っておっての。妾は着ないから、アレクなら丁度いいじゃろ。龍の翼膜は頑丈で柔らかい、滅多なことじゃ破れんから一生モノじゃぞ」
「そうか、ありがとう。大切にする」
アルはニコッと笑いエマの方を向いた。
「エマにはこれじゃ」
「うわぁ…綺麗なマント!」
「アレクと同じく妾の翼膜で出来たマントじゃ」
「これはグレーじゃないんだね!」
綺麗な白色だ。アルの本来の色だろうか。
「これは2人がダンジョンに行ってる時にこっそり作ったものじゃ、新品じゃぞ?」
「やったー!!」
エマは嬉しそうにそのマントを羽織った。
「うむ。2人共よく似合っておる!」
「なんか、悪いな。貰ってばっかで」
「何を言うか、2人からはこんな物よりも良いものを貰っておる。気にするな」
もうそろそろお別れの時間だな。
「あ、そうだった。アル、これをアルの家のどこかに書いとってくれ」
アルに1枚の紙を渡した。
「これは…」
「転移魔法陣だ」
「え!?転移で来れるの!?」
エマは驚いているが現実はそう甘くはない。
「アレクとエマの魔力量でもさすがにこの距離は転移できんぞ?」
「えー」
「わかってるよ。もしかしたら、なにか方法があるかもしれないだろ?」
「それもそうじゃな。わかった。玄関横に書いておこう」
もし、転移ができるようになればいつでもアルに会える。いつになるかはわからないが、必ず方法を見つけよう。
「それじゃ、行くよ」
「またね、アル…」
エマは涙を堪えながらアルに抱きついた。アルもまた瞳に涙を貯め抱き返した。
「ほれ、アレクも」
「ああ…またな」
俺もアルとハグをし、別れを告げる。
小船に乗り込み風魔術で発進した。小船と言うが2人ではあまりある程の大きさだ。快適な船旅になりそうだな。
「アルー!!!!またねー!!!ありがとー!!!」
エマは砂浜で俺達を見送っているアルに向かって叫び手を振った。
すると、アルの身体が輝き始め、次第に本来の姿に戻る。
この半年、アルは龍の姿になることはなかった。人間の姿で生活することに慣れたかららしい。
「わぁ…すごい…」
「すごいな…これが、始祖の龍…神々しいな…」
体長15m程の光り輝く大きな龍に変貌したアルは、大量の魔力を貯める。そして、背にある翼を大きく広げた。
『聖龍滅魔』
アルが放った途方もない量の聖の魔力は俺達の前に広がる嵐に直撃し、嵐を吹き飛ばした。
「うわぁ!!」
「うおっ…」
その余波が俺達を襲うが、どうやら事前に防御魔術を展開してくれていたらしい。船は無傷だった。
俺達は進む。嵐の向こうに。たった半年…俺達に取っては濃厚で濃密でかけがえのない日々だった。
聖神龍アルテナは俺達のもう1人の家族だ。
◇◇◇
「行ったのう…」
小船が見えなくなり、吹き飛ばした嵐は再度吹き荒れる。
「はぁ…孤独とはこんなに辛いものじゃったか…?」
アルはまだ砂浜に佇み、アレク達が消えた方向を見ている。
「まるで、妾とノーグの子供のようじゃ…。なんか照れくさいのう」
左手の薬指で輝く指輪をぎゅっと握り、目を閉じた。
「アレク、エマ…戦いを選んだお前達の道は茨の道じゃ…。辛く、苦しい思いをするだろう…。それが、魔剣士と賢者の宿命じゃ…」
2人の将来を思い思わず涙が零れ落ちる。
「大丈夫じゃ…。2人には沢山の友人や家族がおる…。もちろん妾もな…。信じておるぞ…」
「私の可愛い子供達…」
アルは踵を返し、家に戻った。
「……ええい、らしくない!中々に照れるの!」
顔を赤くしたアルは1人で騒ぎながら、日常に戻るのだった。
第100話ご閲覧いただきありがとうございます!
今回で100話目ですが、エノリス群島編も終わりです!
次回は閑話になります!
人間が龍に恋をした話。お楽しみに!




